長編 #5408の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
全身を貫くような衝撃と轟音に、涌井修は一気に覚醒した。 目の前にハンドルがある。 俺、運転してたんだっけ……思い出した。酒をしこたま飲んで、真夜中のド ライブ。一時間ほどして、そろそろ引き返そうかなと考えたのと同時に、瞼が 重たくなった。それでも眠ることはあるまいと、休憩せずに走らせた結果が、 このざまだった。 のろのろと腕を伸ばし、胸をハンドルから引き剥がす。身体のあちこちに痛 みがある。鋭く走るような痛み、じわじわ染み通るような痛み。どんな類の怪 我出、どの程度重いのか、さっぱり分からない。 ほぼ無意識の動作で、エンジンを切り、キーを抜いた。 爆発するかもしれない、という予感が突如湧いて、車から脱出を試みる。ド アが開かない。何にぶつかったか知らないが、車体が事故の衝撃で歪んだのだ ろうか? 頭の中は、恐怖感が満ちる。無闇にドアをがたがた言わせた。 と、ロックを解除していないことに気が付いた。舌打ちしながらドアを開け、 転がり出る。鼻を利かせるが、オイルが漏れたような臭いはない。死の恐怖を 脱して少し落ち着くと、周りを見る余裕ができた。明るい方に、まず目を向け る。 道路沿いに外灯が等間隔に並んでいる。だから田舎道という訳ではないが、 時間が遅いせいだろう、人や車が通りかかることはない。 涌井は、車がぶつかった先を凝視した。こちらは暗くて、判然としない。シ ルエットから、三角屋根の小さな建築物があるらしいと分かる。何かの作業小 屋か、公衆トイレといった雰囲気だ。道を外れて、その小屋に衝突したのだろ うとだけ、当たりを着ける。 「ん?」 痛みに呼吸を乱しつつも、涌井はある物に目を止めた。向かって小屋の右手 の闇に、赤い光が浮かび上がっている。文字だ。しばらく考え、電光掲示板が 設置されているのだと気付く。地上からの高さは、三メートルくらいか。目を 凝らすと、蛍光色の緑地に浮かぶその赤い文字は、日付と時間を示しているの が分かった。「10日23:25」と読めた。 涌井は漠然と、「今日は十日だったっけ? 違うだろ」と思った。腕時計で 確かめる。二十一日の午前〇時三十五分。日付も時刻も狂ってやがら。嘲笑を 浮かべ、電光掲示板へ歩を進める涌井。 その途中で、門の存在にも気が付いた。プレートがはめ込まれていて、その 枠内では流麗な筆記体で、アルファベットが十数文字、踊っている。こちらの 方は明かりが足りず、読めない。 だが、涌井は唐突に思い出した。そうか、ここ、ゼネラルスタジオパークだ。 オープンの日を控えて、仕上げが急ピッチで行われているとかどうとか、ニュ ースでやっていたな。がきどもが飽きて押し寄せてこなくなったら、俺も行っ て遊んでやろう。あ、でも、車がお釈迦だよなあ。面倒だな、ここまで来るの、 どうしよう……。 思考の赴くがまま、どうでもよい先のことをだらだらと続ける。現実逃避と いう訳ではなく、事態の深刻さを未だ認識できない。誰かが駆け寄って、心配 顔を見せてやれば、彼も普通に慌てるだろう。あいにく、その誰かが存在しな い。 涌井は突然、腰を落とした。痛みが治まらず、立っているのが辛くなってい た。あぐらを掻き、両手で膝を掴むような格好になり、荒い吐息をした。多少、 楽になったところで、救急車はまだかな等という呑気な考えが、鎌首をもたげ た。 「ああ、そうか。自分で呼ばないと」 声に出して自嘲する涌井。片膝を苦労して立て、起き上がろうとする。力を 込めるため、視線が自然と下り、地面の辺りを徘徊した。その刹那、人の顔が 見えた。 「……おお」 意味不明のうなり声を上げ、涌井は再びへたり込むと、後ずさった。 男が一人、俯せに倒れていた。感情をなくし、抜け殻の表情を涌井に向けて いる。車の陰になっていて、今まで気付かなかった。 当然ながら、下敷きになっていないからと言って、轢いていないとは言い切 れない。涌井は確かめるのが恐かった。 逃げよう。車のことをすっかり忘却した涌井は、地面に手を突いたまま男に 背を向けた。足を踏ん張り、前のめりになりながらも、この場から立ち去ろう とした矢先――。 「あんた、どうした? 何があったんだ?」 「三山平次だな。小城徹也殺害容疑で、逮捕状が出ている。今は大人しく、来 てもらおう。詳しい話はあとで聞く」 と、一方的に連行されてから、ちょうど十日目。 三山は限界を迎えようとしていた。 「分かるだろ。な? これ、どう読むんだよ」 何度も見せられた写真を、今また突きつけられた。顔を背ける力も残ってい ない。 写っているのは、タイル。水色のタイル二枚に跨る形で、血文字が残されて いた。縦書きで、次のような具合に見える。 ****** ****** ******* * * * * * * * * * ******* ******* * * ******* タイルは、ゼネラルスタジオパークの入り口に設置された案内所のもの。円 柱に円錐の屋根が乗った、縦長の小屋は、レンガ作りのサイロを意識したデザ インと言われる。 被害者の小城は背後から襲われ、首や胸、腹を刺された。即死は免れたが、 喉をやられて声が出ず、長い距離を歩けそうにもない。開園日まであと十一日 と迫った施設のすぐ前とは言え、夜中に人はなく、誰も気付いてくれなかった。 小城はせめて犯人の手がかりを残そうとして、すぐ目の前にあった小屋の壁に、 自らの血を使い、文字を残したと推測される。 そこへ、涌井修運転の乗用車が突っ込んできて、案内小屋に激突、壁を破壊 した。崩れ落ち、散乱したタイルを集め、復元した苦労の産物が、このダイイ ングメッセージという訳だ。 なお、小城は失血死であり、この点に関する限り、涌井の事故は影響してい ないと見られる。 「これは?」 刑事は、写真の上の方を指差した。三本の横線が並んでいる箇所だ。 三山が無言でいると、刑事は写真を鼻先に突きつけ、「これは何と読めるか、 聞いてるんだ」と凄んだ。 「さ、三……」 身柄を拘束されて以来、繰り返してきた問答が、今回も始まった。 「よし。じゃあ、これは」 刑事が指を下にずらす。三山は仕方なく、「山」と言った。 「いいぞ。最後はここだ。書きかけだから、ちょっと難しいがな。考えれば、 分かるはずだ」 上機嫌を装う刑事は、写真下部に指先を移す。横線二本の間に、点が二つあ る。 「……平っちゅう字の、書きかけのように見えます」 三山は、教えられた通りに答えた。初めて取り調べを受けた日、刑事によっ て教え込まされた通りに。 「よろしい、完璧だ。ここで被害者は事切れたんだが、これで充分だよな。犯 人が誰かってことは、火を見るよりも明らかだ。上から順に読めば、三、山、 平。三山平次、おまえの名前だよ」 「そんなこと言われても」 「小城とおまえは女を巡って、仲が険悪になっていた。学生時代に、車の貸し 借りでのトラブルが一度あり、おまえに不利な形で決着している。小城の方は 高校のとき、観ていない映画の結末をおまえから聞かされ、それ以来、おまえ をお喋りのおっちょこちょいと、ことあるごとに馬鹿にしたように呼んだそう だな」 「前にも言うたように……そんなくだらんことで、殺しやしません。卒業して からも奴とずっと付き合いあったんが、水に流しとった何よりの証拠です」 「いつでも殺しに行けるよう、相手の居場所を掴んでおきたかったのかもしれ んじゃないか」 嘲るように鼻を鳴らす刑事。三山は頭を抱え、「馬鹿な」と弱々しく吐き捨 てた。三山の反駁は、刑事の耳を片側からもう片側に抜けていっただけのよう だった。刑事は意に介さず、続けた。 「だいたい、女――西林美沙に、本気で入れ込んでるだろが、おまえも小城も。 ライバルを殺してでも、手に入れたいくらいにな」 「そ、そりゃ、思わんでもなかったけど……」 「そら見ろ! おまえがやったんだ」 決め付ける刑事に、三山は頭痛をこらえて、激しくかぶりを振った。 「ちゃうちゃう。考えるんと実際に殺すんは」 「死亡推定時刻は、二十日の夜十一時から二十一日の午前〇時半。おまえは二 十日の夜十時五分頃まで、知り合いと喫茶店で一緒にいたそうだが、それ以降 はアリバイがない。その喫茶店から現場まで、車で一時間強。余裕だな。知り 合いと別れて店を出るや否や、車に飛び乗ったんだろ」 「そんなこと、しとりませんて」 「動機あり、アリバイなし。証拠には、ダイイングメッセージってやつがある。 これでも、やってないと言い張るか」 「……きょ」 これを言ってはいけないと思いながら、どうしても言ってしまう。 「凶器が、見つかっとらへん」 「そうだよ」 開き直ったように言い、刑事は両脇に手を当て、腹を突き出した。 「おまえがうまいこと隠したんだろ。どこにあるのか、教えてくれりゃあ、決 まりなんだよ。それをまた、頑固に黙秘しやがって。最後の砦とか思ってるん だろうがな、そんなもん、いくら頑張ったって、俺達警察は必ず見つけ出す。 だから、あきらめろ。さっさと言え。税金の無駄遣いさせて嬉しいか、おい?」 唾を吐きかけたいのか、刑事が顔を寄せてくる。三山の動悸が激しくなった。 果たして、今日を乗り切れるだろうか。 不安が強くなる。昨日よりも今日、今日よりも明日……。 ――続く
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