長編 #5405の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
仮面のマジシャンはアシスタントに仕種で謝意を伝えると、引き続き、手品 を行う。コップを横に一列に並べ、ポットから液体を注ぐ。それは、鮮やかに 着色された水だった。各グラスの半分程度まで入れていった。 そうしておいてから、黒の筒をコップの上から被せ、覆ってしまう。それを 皮切りに、コップそのものが消えたり、水の色が変化したり無色になったり、 あるいは水量が増減したりと、様々な不思議を見せてくれる。観ている方は、 いつ拍手を休めていいのか、分からなくて困ってしまうくらいだ。 この現象の最後に、マジシャンはコップを全て重ね、筒で覆い、またも消し てしまった。これで一区切りと思わせておいて、舞台の床を見ると、コップが 行儀よく並んでいるというおまけ付き。鳩の消失とは演出を変えてくる辺り、 プロフェッショナルを感じさせる。 三つ目は、トランプカードのマジック。小手調べに過ぎないのだろう、まず はカードを手からどんどん大量に生み出していくのだが、その出し方が美しか った。加えて、スピード感もある。純子がテレビで見たどのマジシャンよりも、 手つきが素晴らしく思えた。 カードの大量生産が一段落すると、マジシャンはマイクを手に取った。当然、 流れていた曲も中断する。 「どうも、ありがとうございます。嶋田妻夫(しまだつまお)です。皆様のク リスマスを、もっと楽しくできれば幸いに存じます。さて、これからしばらく は、カードを使ったマジックでお楽しみください。ただ、そのためには、協力 者が必要なのです。先ほどのアシスタントの女性もいいのですが、今日は気分 転換しましょう。お手伝いしてくださる方はいらっしゃいませんか? どなた でもかまいませんが、できれば若い女性が僕は好みです」 笑いが起きる。いい雰囲気なのだが、積極的に手を挙げるような人は一人と していなかった。 (面白そうだけどな。どうしてみんな、大人しいのかしら。普段、乗りのいい 人がほとんどなのに) ちょっぴり怪しい予感がして、純子は挙手をせずに考えてみた。 (あの嶋田っていう奇術師の人は、鷲宇さんの友人みたいだから、これまでも 何度かみんなの前でやってるのね? ということは、そのときににわかアシス タントをやった人が、何か大変な目に遭わされた、だから今誰もやりたがらな い、とか?) 想像をたくましくする純子。そんな彼女に、舞台上のマジシャンは手を差し 向けた。そしてスポットライトが、打ち合わせしてあったかのようにタイミン グを逃すことなく、純子に当てられた。 「そちらの方、どうでしょう?」 「え?」 自らを指差してしまう。 「今ここにいる中で、一番若い女性だとお見受けしました。いかがですか」 嶋田は明朗な中にも甘い感じを含ませた口調で、純子に呼び掛けた。 呼び掛けられた方は、実は妙なことを考えていた。 (この人って、私が久住淳の正体だと知っているのかな?) 舞台に上がったあとで、聞くわけにもいくまい。ここは慎重を期し、知らな いものと見なして応対すべきだろう。 方針を定めると、すっきりして、決意も固まる。元々、上がってみたいと思 ったのだから、躊躇は一切なし。 「私でいいんですか?」 「ありがとう。歓迎します。勇気ある彼女へ拍手を!」 呼応して、拍手が起きる。整然とした音の拍手だった。 (勇気って、何よ。やっぱり、大変な目に遭わされるのかな?) 言葉尻を捉えて、また不安がよぎる。だが、今さら引き返せない。頭を振っ て、舞台へのステップを上がった。 「こんにちは。鷲宇にこんなかわいらしい友人がいるとは、初めて知ったので、 内心実は驚いています」 人を驚かせるのが商売の彼は、ちっとも驚いた気配なしに、さらりと言った。 純子は笑みを浮かべて佇む。余計なことを言うまい、すまいと意識するあま り、かえって緊張したかもしれない。舞台の大切さを知っているが故の気遣い が出てしまう。 「失礼ですが、お名前を。あ、いや。イニシャルで結構です」 「えっと、J・Sです」 「J・S。よかった、好都合だ」 純子や他の観客には何が好都合なのか説明のないまま、嶋田マジシャンはト ランプカード一組を取り出した。話しながらの動作だったせいか、どこから取 り出したのか分からないほどの早業に見えた。 それを見事な手さばきで広げ、右手にファンを作る。裏向きの模様が、まる でオス孔雀の羽根のように、鮮やかだ。嶋田は手首を返して、表を見せた。 「よく確かめてください。極普通のカードが、ご覧の通り、全くのランダムに 並んでいることを」 彼の言うように、カードは数字もマークもばらばら。純子がうなずくと、嶋 田は念のためとばかり、観客にもカードをかざし、簡単に改めさせた。 次に嶋田はカードをまとめて一つの山とし、左の手の平に置いた。そこへ右 手を添え、指を使って縦向きに弾く動作をなす。 「カードをこのように順に落としていきますから、好きなところでストップを 掛けてください」 「はい」 「では……」 ゆっくりとした一定のスピードで、カードを弾く嶋田。純子は終わりの方で ストップを掛けた。 「ここでいいですね」 「はい」 嶋田は右手に残るカードを取り除き、左手の中のカードの一番上を取るよう、 純子を促した。 「めくってみてください。私に見えてもかまいません」 「……スペードのジャック」 何の気なしにつぶやき、マジシャンにカードを見せる。嶋田はカードを観客 にも見せるよう、腕を広げた。 「スペードのジャックは、あなたのカードなんですよ。お気づきですか?」 舞台からパーティ会場内を見下ろす格好の純子へ、後ろの嶋田が問い掛ける。 「私のカード?」 「スペードのジャックのイニシャルを取れば、どうなります?」 「S・J……あ、逆にすれば私とおんなじ」 気が付いてから、カードを凝視してしまった。そうして、嶋田の顔をもじろ じろ見る。感嘆の色を隠さず、惜しみない拍手を送った。 「それでは、あなたのカードを、一旦戻していただけますか」 嶋田の広げたカードに、純子はスペードのジャックを返した。ほぼ真ん中辺 りに差し挟んだ。 嶋田はまたもカードをまとめて、今度はヒンズーシャッフルを始めた。 「お好きなときに、ストップと言ってください。そうしたら、私は切るのをや めます」 「――ストップ」 嶋田はカードを先ほどと同様に左手でホールドし、やはり同じく右手で弾く。 「度々のお願いになりますが、好きなときにストップを」 「ストップ!」 純子はすぐさま止めた。 全く同じ要領で、カードの山を二つに分け、下部の山の一番上を取るように 促すマジシャン。対する純子は、最早予想はできていても、まさかと思う気持 ちも強い。 カードを見ると、スペードのジャックだった。 「やはりね。これは、あなたのカードだ」 笑みを覗かせ、手元のカードを扇に広げる。そして再び言った。 「でも、まだ偶然かもしれない。あなたのカードを、好きなところに戻してく ださい。次も出会えれば、それは偶然ではないと言えるでしょう」 純子はつられて笑顔になりながらも、内心では胸がどきどきしていた。種が あると分かっていても、どういう仕組みなのかは見当も付かない。少し恐くな ってきた。 「カードを入れるのは、どこでもいいんですね?」 敢えて聞き返し、時間を取ることで、落ち着こうとする。 「もちろんですよ。どうぞ」 純子は山の下の方にカードを差し込んだ。嶋田がカードの扇を閉じる。間違 いなく埋没し、どれがスペードのジャックだったか分からなくなった。 嶋田は何度かシャッフルすると、手の平の上にカードの山をきちんと置き、 純子の前へ差し出す。もちろん、観客からもよく見える位置だ。 「今度は、あなた自身の手で選んでみましょう。人差し指と親指とでカードを 縦につまむ風にしてください。どの位置でカットしてもかまいません」 嶋田のする手の形を真似、言われた通りに、カードの山に指を添える。ほぼ 真ん中辺りで、指を止めた。カードの上辺と下辺から挟んで、持ち上げる。 「では、下の山の一番上を、どうぞ開けてみてください」 純子はここで不思議な気持ちになった。スペードのジャックが現れることを、 いつの間にか望む自分がいる。 果たしてそれは、スペードのジャックだった。黒の鋤が、またも現れたのだ。 「これで決まりですね」 純子の手からカードをそっと取り上げ、嶋田は指先で弾いた。 「はい」 ついさっきまでの恐さはどこへやら、純子は嬉しくなってうなずいた。 嶋田はおどけた風に肩をすくめ、カードをひとまとめにすると、ポケットに 仕舞い込んだ。 「さっきのカードは、あなたに恋をしてしまったので、もうマジックには使え ません」 「あは、本当ですか?」 「そうですよ。新しいのと交代させましょう」 嶋田は別のカード一組を取り出した。カードマジックがまだまだ続くのだと 知って、観客から歓迎の拍手が起きる。 「次は逆に、あなたが好きな相手のことを、考えてみましょうか」 「え……?」 急な話にどぎまぎして、思わず両頬を手で押さえる純子。顔が赤らんだよう な気がしたのだが、実のところ、そんなに目立つものではなかった。 「安心して。フルネームを教えてくれとは言いません。私がこのマスクを外さ ないと同様に、人にはしたくないことがあるものですからね。代わりに……イ ニシャルはどうだろう? それでも嫌かな。難しい年頃だしね」 軽妙な喋りに場内は沸くが、当事者である純子はそれどころでない。言わさ れるのではないかと、心臓が高鳴る。 だから、嶋田の次の一言で、救われた気分になった。 「イニシャルも言わなくていいよ。代わりに、カードに聞いてみるから」 「どうやって聞くんです?」 盛り上がりに水を差してはいけない。本気で不安がっているところを悟られ ないよう、純子はしっかりした口調で聞き返した。 「全然難しくありませんよ。そう、あなたは素直な気持ちで、私の言う通りに してくれればいいですからね」 純子の困り顔を一瞬でも垣間見たせいか、嶋田は小さな子供に優しく語りか けるような口調になっている。 これではいけないと奮起して、胸に両腕を引き寄せ、「はい!」と元気よく 応じる純子。嶋田は微笑し、カードを何度かリフルシャッフルした。さらにオ ーバーハンドシャッフル、ヒンズーシャッフルと多彩な切り方を巧みな手さば きで素早くこなし、そしてカードを整える。 「相性が重要だから、まずは、あなたのカードを取り出さないとね。一番上を めくってください」 「え? まさか……」 語尾を曖昧にしながら、純子は手を伸ばす。そのしなやかな指先がカードに 触れたとき、たまらず聞いた。 「まさか、これがスペードのジャックなんですか?」 「私は予言者ではありません」 全てを包み込むような笑みを見せ、「事実はすでに確定しています。めくっ て、確かめてごらんなさい」と促す嶋田。 純子は手首を返した。やっぱり、スペードのジャックだった。 「すご……」 口を開けたが、感嘆で言葉が出ない。純子は空いている手で口元を覆った。 嶋田はさも当然とばかりに大きく首肯すると、残りのカードをオーバーハン ドシャッフルし始めた。先ほどよりもスピードアップしている。 「あなたの好きな人のカードは、多分、そのあなたのカードと相性がいいでし ょう」 (そうなのかな) ふっ、と現実に引き戻されて、疑念を感じる純子。いくら仲がよくても、肝 心なところで見えない壁に遮られて、離ればなれになる運命ではないかとさえ 思ってしまう。 「カードは純粋で、正直です。あなたも素直になって。カードに身を任せるつ もりでね。あなたがその人のことを本当に心から好きなら、運命を委ねる気構 えを持って。それが大切です」 嶋田に言われる内に、純子は真剣になった。手の中のカードを見つめ、念じ る。自分を託し、分身に乗り移ってもらうような心持ち。 「いいですか。これは、あなた一人のためのマジックです。他の誰のためのも のでもありません。あなたの心に、不思議を起こす力が潜んでいるんです。成 功すれば、きっと奇跡に驚くことになるでしょう」 マジシャン特有の口上だと分かっていても、その気にさせられる。 「さあ、心の中で、あなたの好きな人の名を念じてください。今一度、強く、 強く!」 純子は軽く目を閉じ、言われる通りにした。もはや、何の迷いもない。 (相羽信一君。私が好きな人の名前です。探し当ててください) ――つづく
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