長編 #5364の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
顔を洗って、赤くなった目が戻るのを待つ。 純子が洗面台の鏡の前に立って、二十分近くが経過していた。その間、他に 出入りしたのは五人。 町田と分かれたあと、淡島のいる占い研究会の部屋に足を運ぶには、このま まではいけないと、時間を取っている。思い出すと瞳が潤みそうになるから、 最前の町田とのやり取りは、一時忘れるように努めた。それでも、なかなか元 通りにならない。 ため息ついて、面を起こし、鏡の中の自分を観察する。目の腫れぼったさも 赤みも、どうにか見られる程度に収まったようだ。 目元や頬をもう一度ハンカチで拭いて、髪留めを付け直し、最後に唇の両端 を指先で押し上げた。笑みを作ってみる。 (――よし) まだ不完全だろうけど、見切りを付けないと、ずるずるとここで時間を潰し てしまいかねない。淡島だけでなく、結城も待たせることになる。 廊下に出ると、純子は半ば駆け足で、占い研究会に向かった。着いてみると、 教室前の廊下では結城がすでに来ていて、手持ちぶさたに外を眺めやっている。 ごった返していて、純子に気付いた様子はない。 占い研究会の前には、短いながら、順番待ちの列ができていた。小規模なサ ークルにも関わらず、女性客を中心にかなり繁盛している様子だ。入口と出口 は別々に設けてあるのだが、出て行った人数だけ、入って行く。ところてんの ように流れていく。 窓には暗幕が張られており、中でどんなことが行われているのか、全く見え ないが、観てもらったあとの人達の表情が、ほとんど一様に楽しげであるから、 満足の行くレベルなのだろう。無論、中には不満そうな人もいるけれど、これ は自身が期待する道しるべを示してもらえなかったせいかもしれない。 混雑の中を縫って、純子は結城に近付いた。 「マコ、お待たせ」 「おーっ。ほんとに待ちかねたわよ」 びっくり顔になった結城は、次に抱きついてきた。よほど時間を持て余し気 味だったとみえる。 「ごめん。友達と話し込んでしまって」 「いいよいいよ。中学のときの友達でしょ? そりゃあ、長くお喋りしたくな るもんだわ。私も分かる。でも、高校からの友達も、大事にしてね」 薄く笑って、腕をぎゅっと掴む。純子は当たり前のようにうなずき返した。 それから、列の最後尾に着く。純子は、何か喋っておきたくて、話題を一つ 見つけた。 「ここって、占い師を指名できるのかな?」 純子のこの問い掛けに、大発見したみたく、手を叩き、声を大きくする結城。 「ああー、そう言えば、そんなことまで、考えてなかったわね。淡島さんに観 てもらうものだと、決め込んでいたけれど、他にも占い師役の人って、いるに 決まってるんだ」 「どうしよう。淡島さん以外の人だと、話しにくいような」 不安げな表情になって、片手を胸に当てた純子。それを見ていた結城が、一 瞬、頬を膨らませ、そして聞いてきた。 「純子は、何を占ってもらおうか、決めてきたの? それも結構、重要な」 「え?」 「だって、さっきの口振りじゃあ、そう受け取れなくない? どうでもいいよ うな相談なら、別に誰に観てもらっても、さほど気にならない。淡島さんじゃ ないと困るって顔をするのは、相当にプライベートな悩みだと、私はにらみま した。いかがかな?」 台詞半ばで、面白がる口調になった結城。前に回ってきた彼女のその目が、 純子の瞳を覗き込んでくる。 純子は、予想外の成り行きに、肩をすくめた。 「深読みしすぎだよー、マコってば」 「じゃ、違うの?」 「ええ、もちろん。私は単に、淡島さんに観てもらいたいなって、それだけよ」 「ふうん。だったら、相談事、考えてきてないんだね」 「うん」 占い研究会を前にして、こんな会話も不自然だ。思わず、苦笑を誘われた。 それから、ちょっとした付け足しを。 「まあ、悩み事はいっぱいあるんだけれどね。現実的で、生々しいから」 「ほう? 聞き捨てならない、興味深いお言葉だわ。私達の年齢で、生々しい とかって言うと、恋愛モンダイだと思うけど、当たってる?」 「あはは、外れ」 笑いながら、心の中で、「外れってことにしといて」と言い直す。 結城は、呑気な調子で、「ならば……あ、純子の場合、仕事関係ってのもあ り得るわね」などと重ねて聞いてくる。純子は、勘弁してと手を拝み合わせた。 「今ここで言ったら、まるっきり、マコが占い師じゃないの。いいご託宣を授 けてくれるのかな?」 「そりゃあ、私には無理だね、占い師。ずばり、ずばり、答えないと気が済ま ない性格だと自覚してるもので」 結城と話す内に、純子はある考えを芽生えさせていた。本当に、恋愛問題で 相談してみようかな、という……。 十分ぐらい待っていただろうか。順番が回ってきた。一人ずつしか入れない とのことなので、先に結城が歩を進めた。 「じゃ、あとでね」 「うん」 のれんのように戸口上から垂れ下がる暗幕の向こうに、結城を見送る純子。 一人になると、改めて考え出す。 (相羽君のこと、久仁香と郁江のこと、白沼さんも関係してくるかもしれない。 問題がたくさんあって、とても一つに収まりそうにない) 「次の方、どうぞ中へ」 迷ったままでいるところへ、声を掛けられた。占い研究会の案内の女子だ。 二年生のようだが、下級生である純子達にも、丁寧に接してくれる。 「あ、すみません」 ぼーっとしていて反応が遅れたことを謝り、お辞儀する純子を、腕を開いて 室内へと導く二年生。文化祭とは言え客商売、感じのよい応対ぶりである。気 分が上向いた。 教室の中は、雰囲気を出すためだろう、窓という窓は暗幕で覆われ、ぼんや りとした明かりが白っぽく、オレンジ色を交えて中を照らしている。 料金を払うと、飲み物を選ぶように言われた。オレンジジュースにした。 「三番ブースの席が空いています。どうぞ、お座りください」 紙コップを受け取り、示された席にちょこんと収まる。 席は、確認できただけで六つほどあった。それぞれが、衝立で仕切られてお り、お客の顔は互いに見えないようになっている。 お客と相談者は机を挟む形になっており、やはり間に仕切りがあって、顔は 見えない。ただ、仕切りの下部に隙間が設けてある。これは多分、手相を観る ため。 机に視線を落とすと、右手にマイクがある。説明書きが添えてあって、「声 を変えたい方は、このマイクをお使いください。」とある。 (そっか。同じ校内だと、誰が誰だか分かってしまうものね。それを分からな くするために、色々と工夫してるんだわ) 感心していると、仕切り板の向こうから、声が。 「ようこそいらっしゃいました。どのようなご相談でございますか」 ボイスチェンジャーを通した声だった。でも、ワイドショーなどによくある ような、極端な変質は施されていない。女性だと分かる。柔らかく、それでい て意志の強そうな物腰。 (もしかして、淡島さん?) 偶然、友人に当たったかもしれない。そんな想像が、純子の反応を鈍くさせ た。返事がないのを不審がって、また声が届く。 「お客様。いかがなさいました?」 使っている単語も、淡島に似ているような気がする。 (どうしよう。私もマイクを使えばいいんだけど、何となく、気後れ……) 迷いを抱きつつ、マイクを手に取る。 「あの……何でもいいんですか」 「もちろん、何でもかまいません」 当たり障りのない質問に、当たり前の返事。占い師が相談事を選り好みして いては、商売にならないだろう。 「気を楽にして、お話くださいませ。秘密は厳守いたします。他のブースに聞 こえることもありませんので、ご安心を」 「実は、二つあるのですが、どちらを聞いていいのか、決めかねているんです」 「……二つとも、お伺いしましょう」 「で、でも、それだと悪いような気が」 「料金のことでしたら、後ほど、お心尽くしだけで結構ですわ」 どうしても、淡島のように思えてならない。この辺りの言い回しが、とても 滑らかで、すらすらと出て来るなんて。 純子は親しみを覚えると同時に、知っているからこその気まずさも感じた。 (それとも、占い研究会の人達って、みんなこんな喋り方なのかなあ) どちらとも着かないまま、相手が軽やかな調子で告げてくる。 「それとも、どちらの相談事になさるかを、私が占って差し上げましょうか?」 冗談なのだろう。しかし、このマイクを通してだと、冗談を言われても非常 に分かりにくい。純子も、笑っていいものか、迷ってしまい、表情が強張る。 「あ、それじゃ、言います。一つ目は……私がやっている、アルバイトのこと なんです」 話しやすい方から始めることにした。と言っても、隅から隅まで、全てをき れいに打ち明ける必要はないだろう。 「今の仕事を続けていくべきかどうか、たまに疑問に感じることがあって……」 「参考のために、どのような職種か、教えていただけますか?」 「それは……自由業と言うか、浮き沈みの激しい仕事と言うか」 自分の説明に、笑ってしまいそうになる。困った。 (モデルって言うだけでも、ばれちゃうよね。でも、真面目に相談に乗ってく れてるのに、自分を全然さらけ出さないのも、気が引けるわ) そのとき、ふっと閃いた。ルール違反かもしれない。それでも、確かめずに はいられなかった。 生徒手帳を取り出し、一枚破くと、ペンを走らせた。「違ってたら、ごめん なさい。淡島さんですか?」と記したメモを、仕切り板の下部から、向こう側 へと滑らせる。 数秒間の沈黙の後、返事があった。声ではなく、同じメモの形で。 戻って来た紙には、「御意。あなたは涼原さんですね」と書いてあった。明 らかに、淡島の筆跡。 純子は、安心して打ち明けることにした。もちろん、声で。 「モデル活動、やめた方がいいかなぁ……」 「私はそういった業界について、詳しく存じあげてませんが、とにかく占って みます。続けるかやめるか……」 水晶玉を前に、呪文でも唱えているのだろうか。シルエットがぼんやりと見 える程度で、よく分からないのだが、雰囲気だけはひしひしと伝わってくる。 「モデル仕事は楽しいですか?」 手を、小さな円を描くように動かしながら、淡島が聞いてくる。純子は肯定 の答を返した。 「それでも当然、大変なこともあるんでしょうね。スケジュールや人間関係、 学校との両立……」 「え、ええ」 すでに占いの結果に入っているのかなと、純子は首を傾げた。仕切りの向こ うでは、影が変わらぬゆったりとしたペースで手を動かしている。 「でも、最近、一番疑問に感じたのは、主体性のなさって言うか……自分が好 きで始めた訳じゃないから、自主的な判断で仕事することがなくて、これでい いのかなという思いが募ってきた感じなの」 「なるほど。分かりました」 影の手が、宙で止まる。そして、空飛ぶ絨毯の着地みたいに、揺らぎながら 降りていく。 純子が固唾を飲む間もなく、淡島は普段よりも若干早口で宣告を始めた。 「やめてはいけません。あなたは必要とされています。仕事に対して完璧であ ろうとするあまり、自己主張しにくく感じているだけです。あなたの前に疑問 や嫌なこと、辛いことが立ちふさがったときは、近くの人に助言を求めること です。今まで通り、あなたを支えてくれるはずです」 「……ありがとうございました」 堂々とした物言いに、思わず頭を下げる純子。事実、おおよそ的を射た見解 だと感じる。 (自分の意見を言うのを、忘れていたような気がする。今度からは、自分の意 見を述べた上で、助言してもらおう。 これで、ついでに男の格好をしていることも相談できたら、いいんだけどな) 内心で苦笑いを浮かべる純子に、淡島から次を促す台詞が。 「二つ目は、何についてでしょう?」 「友達と同じ人を好きになったとき、どうすればいいのか……分かんなくて」 廊下で考えたフレーズを、一息に言った。こういうことは、思い立ったとき に踏ん切りよくしないと、打ち明けられなくなってしまう。 「退くことはありません」 占わない内から、言い出した淡島。さらに続けて言おうとしたようだが、は たとやめる。自分の役割を思い出した風に、おもむろに手をかざした。 「淡島さん、大丈夫?」 「名前を呼ばないでくださいませ」 淡々と応じて、手振りをやめる淡島。肩が上下するほど、大きな息をついて、 意を決した風に話し出した。 「実を言うと、以前、あなたとあなたが好きな人の運勢を、観てみたことがあ って。簡単にだけれど」 「ほんと? でも、それって、私と、誰?」 「……イニシャルS・A君。同じ学年で、隣の組の彼のことです」 ――つづく
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