長編 #5218の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
その秘密めいた調子に、思わず足を止め、一歩戻って、物陰に身を隠す純子。 「高校入ったら、彼女の一人くらい、できると思ってたんだが」 「そうそう。授業きつくて、遊んでる暇が」 「無理しなくて、ワンランク落としておけばよかったかねえ」 どうやら男子ばかりで、喋っているらしい。それにしても、別に内緒にする ような内容ではない。純子は、再び歩き始めようとした。 が、次の台詞に、またも足を止める羽目に。 「いいと思ってる女子、誰かいる?」 純子とて、この手の話題に関心がないわけではない。いや、むしろ今は大い にある。 (何組の人か分からないけれど、一年生なのは間違いないわよね。知ってる名 前が出て来るかな) 「この学校でって意味?」 「そりゃそうだ。決まってるだろ」 「俺はねえ、そうだな、三組の」 時間を取って、もったいを付ける。焦らしたいのか、言うのが気恥ずかしい のか。その先取りをするかのように、別の男子が言った。 「三組って言うだけで、ばればれ。涼原さんだろうが」 (え?) いきなり自分の名前が出て来て、心臓が跳ね上がりそうな気分になった。 「てことは、おまえもだな」 「もちろん。あの子、ずば抜けてかわいいもん」 「俺も、俺も」 三人目の男子まで、乗り遅れまいとばかりに、忙しなく主張する。 「モデルやってて、スタイルもいいし」 「モデルのことは関係ないよ。とにかく、いい」 一応、よく言われているのだから、純子にしても悪い気はしない。ただ、出 て行けなくなってしまった。顔に火照りを覚えつつ、仕方なしに続きを聞く。 「あーあ、涼原さんをいいと思ってる奴、大勢いるんだろうな」 「巨乳好き以外、全員かもよ」 話の輪に、少し大きめの笑い声が起きた。でも、彼らも内緒話をしていると いう自覚があるのか、じきに収まる。 (きょ……) 純子は自らの胸を見やり、片手で襟元を引っ張った。 (そんなに小さいかなぁ。久住になるときは、きつく締め付けてるのに。これ でも、昔に比べたら随分――って、違うわ。そんなことよりも、身体、見られ てるんだ〜) ますます顔が熱くなる。全身に波及しそうだ。 「体育祭のときなんか、ずっと探しちゃったぜ。目の保養になると言うか、す げえ、どきどきさせられる」 「そういう目で見るなよ。不健康でいかんよ。美しい物を愛でる、当然の行為 をしたまで、と言えばいいのである」 「おまえ、それ、冗談かまじなのか、分かんねえ」 何度目かの笑い声。聞き耳立てている方としては、笑うどころではなかった けれども。 「でもさあ。走ってるときや体操しているときの姿って、見た?」 「見た見た。もちろん」 「感動的でない? て言うのも、俺はもっと大人しい人だと思ってたからさ」 「あー、それはある。モデルだから、怪我を絶対にしないようにって、全然動 かないのかと思ったら、その正反対で、凄く活発。おてんばというか」 「まじで格好よかったよな。敵のクラスだったのに、心の中で応援しちまった」 「そう言えば、涼原さんがあまりにも元気すぎるんで、がっかりしてた連中も いたっけ。勝手に、おしとやかだって決めつけててさ、それがひっくり返され ると、幻滅したっていう」 「俺なんか、あれを見てますます好みになったけど」 「だいたい、普段、見てれば分かるよ」 「何が」 「涼原さんて、結構男っぽいとこあるぜ。喋りはそうでもないけどさ」 息を詰めるようにして聞いている純子は、一段と意識を集中させた。久住に 変身しているときでもないのに、男っぽいと言われるのは嬉しくない。 「ほう。どんな根拠で?」 「大股で歩いてる」 「はい?」 「他の女子と比べたら、大股だよ。今度、すれ違うときがあったら、よく見て みろよ。階段なんかだと、下にいれば覗けるんじゃないかって、想像しちまう くらい」 「うーむ。それは確かめてみないと分かんないが、確かに、体育祭でも身ぶり 手振りは大きくて、男っぽかったと言えるかもな」 「それに、なよっとしたところ、ほとんど見られないよ」 純子は徐々に聞き流しながら、校舎の壁にもたれ、腰を落とした。 (言われてみれば、男子みたいな仕種を、無意識の内にしていたような気がす る。話すときだって、思わず『僕』と言いそうになって、慌てて言葉を飲み込 んだこと、割とあったのよね) 思い当たる節がある。これから気を付けなければ。 (恐らく……久住淳をやってるからだわ。神経張り詰めて演じて、久住から私 自身に戻ったあとも、癖が残ってしまってるのよね) 何とかした方がいいかな――と、純子が思い悩む内にも、男子らの会話は続 く。 「結局は、好みの問題に過ぎないね。気にする奴は気にしてりゃいい」 「そうだよな。要は、自分が好きならいい。かわいらしくて、スタイルよくて、 スポーツができて、話も多分、面白い。理想的」 「成績もいいみたいだから、その辺のバランスが、俺達とは取れてない。困っ た困った」 「顔ならバランス取れてるってか? よく言うよ」 「そう言や、成績のことだけどさ、女子どもが嫌な噂を立ててたよな」 「ああ、あれ」 純子は、自分の耳がぴくりと動くような気がした。 (嫌な噂って? 私、全然聞いたことない。過去形なのが救いと言えば救いだ けれど、気になるっ) 不安を抱きつつも、耳を塞ぐことはできない。逆に、これまで以上に意識を 集中した。彼らがその噂の中身まで話してくれるかどうか、確実ではないだけ に、強く念じる。 小さな願いは叶った。 「不細工どもの完全なひがみさ。先生がひいきしてるなんて、ばかげてる」 「そりゃ、今となったら、根も葉もない噂だと信じるけどな」 「何だよおまえ、最初、信じてなかったわけ?」 「まあな……普通、考えなくない? モデルとかCMとかやっててさあ、どれ ほど勉強できんの? 何で成績がいいんだ?ってよ」 「なるほどねえ、分からんでもないが、それこそひがみ」 男子の会話が途切れる。みんなして、納得した風にうなずき合う空気が感じ られた。 純子は屑篭を傍らに置き、真剣な表情になって考え込む。 (そんな風に思われていたんだ。そっか。……タレントって、早退したり休ん だりした方が、それらしいもんね。あはは) 空虚な笑みをこぼす純子。 男子達のお喋りが再開していたが、純子には最早聞こえていなかった。 (やめよっかな) 頭を反らすと、ポニーテールが壁を掃いた。 (久住淳だけでも、やめられたらいいのに。このままだと、どんどん男っぽく なっちゃうかも。久住淳をやめられたら、癖が付かないですむし、胸だって締 め付けないでいいから) 今の純子には、普通に戻りたいという気持ちが、急速に湧き起こっていた。 仕事で嫌なことがあったわけでなく、忙しさにも慣れてきたというのに、心の 内にあるちょっとした間隙を突かれた。 (夏休みの思い出話も、みんなから聞かされるばっかり。自分から話せるよう なことは、なかったせいもあるけれど。段々、ずれを感じちゃったものね……) 現在、気持ちが、ネガティブな方向に一直線。普通に女子高校生をやって、 普通に楽しい体験をしたい――そっちの方は、どんどん膨らんでいる。 気が付くと、男子達の気配がなくなっていた。腰を下ろしたまま肩越しに振 り向き、角から顔をそっと覗かせると、やはりもういない。 純子は時計を覗き込んだ。ごみを捨てに教室を出てから、随分時間が経って いる。急いで立ち上がる。一旦屈み、忘れそうになった屑篭を持つと、駆け足 で戻り始めた。 「おっと」 昇降口で、偶然、唐沢と鉢合わせした。黙ったまま、横をすり抜けて行こう とする純子を、唐沢は当然のように呼び止めた。 「涼原さん、掃除当番だろ? さっき行ったら、待ちかねてたみたいだぜ」 「あ、ありがと」 「……どうかしたのかい。何か、暗い。と言うか、思い詰めたような顔をしち ゃって」 「そ、そう見える?」 唐沢の観察眼に、純子は足を止めた。ひょっとすると泣き顔になっているの ではと危惧を覚え、目の回りに手を右、左の順に当ててみたが、どうも違う。 「ずばり、悩みごとがあるね。どう?」 「……」 当たっているとも言い出せず、純子はただ、唐沢をまじまじと見た。 察した唐沢が、穏やかに説明した。 「そんな驚くことじゃない。全然悩みのない人間なんて、滅多にいるもんじゃ ないからね。当てずっぽうさ」 「……そうだったの」 「それで? どんな悩み? まさか、ごみ捨てのことでも」 冗談めかす唐沢。純子は、頭の片隅では早く教室に戻らなくちゃと焦りなが ら、一方では不思議なほど落ち着いて、つい、こぼした。 「私って、女らしくない?」 「へ? ――女らしいよ、凄く」 怪訝そうに眉を寄せつつも、唐沢は淀みなく言い切った。 「正直に言ってよ」 「だから、女らしいと」 「ほんとに?」 「ああ。嘘を言う必要なんてないし、そもそも嘘じゃない。一体何なんだい、 これは?」 進まぬ話に焦れたか、両手を広げて、唐沢。ちょうど純子を通せんぼうする ような格好だ。 「どうして、俺に聞くのさ」 「ん……唐沢君なら、色んな女の子と付き合ってるから、女らしさが分かって るだろうなと思って」 言い繕う純子を、唐沢の目がまだ訝しげに観察する。 「ふーむ。どうも変だな。ま、いい。俺は涼原さんを相手に、悩み相談を引き 受けたくはないんだよね。話は聞くけどさ」 「え。それって、どういう……」 そっちから聞いてきたくせに、と不審がる純子。でも、返ってきた答は。 「秘密だな。考えてくれたら、嬉しいよ」 唐沢は煙に巻いて、肩をすくめると、足早に行ってしまった。 引っかかるものを感じて、しばらく後ろ姿を見送った純子だったが、屑篭が 視野に入って思い出し、教室に急いだ。 十月の第一土曜日、朝八時の電話で、純子は起こされた。 学校は休みだし、珍しく仕事もレッスンも一切なかったので、朝寝するつも りでいただけに、つらい。誰からの電話か知らないが、疎ましく感じる。そも そもまだ眠たく、気怠い。 「誰からー?」 起こしてくれた母に尋ねると、「唐沢君と言ったわよ」との返事。 「何だか、早口でよく聞き取れなかったんだけれど、急いでいるみたい。早く 出てあげなさい」 「はあい」 電話される心当たりがない。何だろうと訝しく思いつつも、目をこすりなが ら、廊下にある電話に向かう。 「もしもし。代わりました――」 「涼原さん、すぐ出て来てくれ!」 朝の挨拶を述べる間もなく、大きな声量で捲し立てられ、純子ははっきり、 目が覚めた。半分方閉じていた瞼が、完全に上がる。 「な、何て言ったの?」 声の大きさばかりが印象に残り、しかと聞き取れなかったため、聞き返す。 唐沢は焦れったそうに、同じフレーズを重ねた。最前より、声のボリューム は下げられていたけれど、それでもなおやかましい感がある。 「出て来られるだろ? 確か、今日は何もないって、学校で言ってた」 「え、ええ。そうだけど、でも、どこへ? それに、どうして……」 「電話じゃ、詳しく話せない。時間がないんだ。相羽がちょっと」 「あ、相羽君がどうかしたのっ?」 両手で送受器を持ち直す純子。唐沢の口調につられて、切羽詰まった話し方 になる。 「とにかく、家を出て。場所は、そう、青坂公園で待ってるから。場所、分か るだろう?」 青坂公園と聞いて、血の気が引くのを覚えた。電話での会話だというのを忘 れ、無言でうなずいてしまう。 (病院のすぐ前にある公園じゃないの!) ――つづく
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