長編 #5180の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「体育祭では、そういう注意散漫が、思わぬ大事故につながります。気を付け ないと、危ないです」 「う、うん。気を付ける」 「よかったら、占いましょうか。どうすればアクシデントから逃れられるか」 どんどん先走る淡島に、純子は苦笑顔で首を横に振った。 そこへ今度は、唐沢が作業を放り出して加わる。ちゃんと最初からやり取り を聞いていたらしく、スムーズな流れだ。 「アクシデントがあると決めつけるような言い方は、勘弁してほしいなあ。心 配で、目を離せなくなるじゃんか」 「ですから、占いを」 「いやいや、そういうのは当たっても外れても、気分よくないしさ、なしにし ようよ。それよか」 大げさな動作で、その場で一八〇度向きを換え、純子に視線を合わせる唐沢。 「すっずはっらさん。仕事の方は一段落したのかい?」 「仕事って、どっちのこと?」 今やっている体育祭のための準備作業のことなのか、それとも芸能活動のこ となのか。 「もち、タレントの方。見学はいつ頃になるのか、気になっててさ」 「え、ええ。写真撮影でよければ、次の日曜にあるけれど」 「えっ、体育祭が近いのに、仕事あるのか」 それまでの芝居めいた気楽な物腰から転調し、唐沢は眉間にしわを作った。 「うん。そのあとのテスト期間、何にもできないから」 「ああ、そうかあ。忙しいんだな。俺さ、見学はいいわ」 「ん? どうして? 私は迷惑じゃないよ」 「代わりに、一日、涼原さんの時間をもらいたい」 「……えっと」 それだけ言って、腕を交互にさすった純子。意味が飲み込めず、戸惑う。そ の間隙を突くように、結城が両手を腰に当て、「へー」と感心した風に始める。 「唐沢君て、大胆だわね。他にもこうして女子がいるって言うのに――」 と、己と淡島を順に指差す結城。 「――たった一人にだけ、デートを申し込むなんて」 「デート?」 純子は結城の言葉を繰り返してから、唐沢の顔を見据えた。 「そ、そうなの、唐沢君?」 「手短に言えば、そうなるな」 微笑とともに答える唐沢。横合いで淡島が、「そういうことでしたの」と無 表情につぶやき、うなずいている。 「そんな、デートだなんて……」 困る、と言いかけた純子を遮る形で、唐沢が早口で付け足した。 「逆に、厳密に言うならば、デートじゃなく、君に目一杯楽しんでもらうため の日を作りたいんだよ。いいよね?」 「楽しんでもらうって」 「仕事仕事で、その調子だと、夏休み、全然遊びに行ってないんじゃないか」 「全然というわけじゃないわ。もちろん、遠くには行けなかったけれど……」 語尾を濁す純子。祖父母に会うため、家族揃っての帰省を夏の通例としてい るのだが、去年は受験、今年は仕事のせいで、帰れなかった。二年続けて行け なかったのは、物心ついて以来、記憶にない。 「満足してるわけでもないだろ? うむ、そうに違いない」 純子の心中を見透かしたかのように、唐沢は自信を持って言い切った。いつ もの調子に戻りつつあるようだ。 「だからさ、夏休み気分を味わわせてやろうっていう、この親心」 「こらこら、誰が親だ、誰が」 結城がしっかり、突っ込みを入れる。唐沢の表情が、突っ込んでくれてあり がとうと語っている。 「間違えた。俺の場合は親心じゃなく、友達心か」 「き、気持ちは嬉しいけれど、それだけで充分――」 「いーや。そっちが充分でも、こっちが不充分なのだ。何かしてやりたい。ま じで、涼原さんのこと尊敬している。モデルやら何やらの仕事をこなして、学 校を休まないどころか、成績もいい。友達付き合いも、かわらないでしてくれ てる。えらい。俺には真似できない」 「やだな、ほめすぎ」 くすぐったさを覚えて、苦笑いが浮かんだ純子。次いで、少しいたずらげな 顔付きになった。 「それに、友達付き合いしてくれてる、ってなあに?」 「は?」 ぽかんと口を開けた唐沢に、純子は小首を傾げたポーズで応じる。 「その言い方だと、まるで私が嫌々、友達付き合いしてるみたいじゃない。そ んなこと絶対にないからね」 そう言って、素早く目配せする。 唐沢の方は、しばし唖然とした間を取ったあと、声を立てて笑い始めた。 「ははは! 一本取られちった」 舌を出し、頭をかく唐沢。その背後に、担任の神村先生がやってきた。ひと 夏を越えて、肌の黒さが濃くなったようだ。 「もてもてだな、唐沢」 「え。あ、先生」 顔だけ振り返って、声の主が先生だと分かると、首から下も方向転換する唐 沢。グランドがかかとでこすられ、小さく砂埃が舞った。 「いやー、先生にはかないませんよ」 「こーら、からかうんじゃないよ。笑って男女仲よくしてるくらいだから、作 業終わったのかと思ったら、まだまだじゃないか。喋るなとは言わないが、手 を休めずにしてくれ。うちのクラスだけ遅れたら、格好悪いだろう」 先生の台詞が終わらない内に、純子らは作業に戻った。サッカーゴールが動 かせないよう、固定するのが仕事だ。体育祭当日は外部からたくさんの人が訪 れる。その中には小さな子もいることだろう。危険を取り除くために、やるべ きことが山積みである。 「続きは、またあとで」 唐沢はそう言い残すと、腰を屈めたまま、離れていった。どうやら先生の痛 い視線を感じて、女子から遠ざかろうということらしい。 「唐沢君て、よく分からないところあるわね」 「そう?」 結城の話に疑問符で返す純子。石拾いとともに、会話は続いた。 「明るくて、面白いし、優しいって言うのなら理解できるけれど」 「性格のことじゃなくて、女子との付き合い方よ。不特定多数と付き合ってい るの、純子も知ってるんでしょ」 「ん、それはまあ……中学からの友達だしね」 「彼から告白された?」 「な、何を急に」 手のひらで軽く握り込んでいた小石が、音を立てて転がった。「いけない」 と短く叫んで、再び拾い始める。 「唐沢君の本命って、案外純子なんじゃないかなって思うわけよ」 「そんなことないよー。さっきみたいに、遊びに誘われたことはあるけれど、 ずっと断ってきたの。だからひょっとしたら、唐沢君の方で、意地になっちゃ ってるのかもしれないね、あは」 「そうかなあ。――あ、それよりも、断ったってのは、やっぱり、相羽君がい るからね?」 「マコっ」 石をまた取り落としそうになったが、今度は無事だった。 「声、大きいよ」 「そうかしら? 誰にも聞こえてないよ。――淡島さん、どうだった?」 結城が尋ねると、淡島はふるふると頭を左右に。 「私自身には聞こえましたけれど、すでに知っていることだから、大した興味 もなく……また、他の方々の耳に届くには、かなり音量が低かったようですわ」 「あ、そう。サンクス。――ほら、聞こえてないって」 「簡単すぎる〜。確認になってない」 「いいから。そんで、相羽君の方とは、どうなってるのよ。身を引いた立場と しては、気になって仕方がないのよね。九月に入ってから、あんまり話をして ないみたいじゃない」 「うん」 「……それだけ? 気合いの入ってない返事。そんなことだと、白沼さんに取 られちゃうわよ」 「別に、取るも取られるも、ないない」 軽い調子で答えようとしたのに、顔の前で振る手の動きがぎこちない。 「のんきな。そりゃあ、相羽君は万人に優しいから、純子も安心してるんだろ うけど。近くにいる方が有利なのも間違いないでしょ。二学期になってから、 あっちの方が近くにいるみたいじゃない」 「相羽君と白沼さんはクラスが同じなんだから当然……」 「そういうことじゃなくってね〜」 呆れたように、渋面を作る結城。 「はあ。あんたって、意外とにぶいとこあるみたいね」 純子は分からない風を装った。笑みをなし、首を傾げる。 (とぼけてごめん。でも、にぶいはひどいじゃない) 胸の内で一くさり文句を言ってから、純子はまた相羽のことを思い出した。 (……ピアノのレッスンを見学する日、もうすぐだわ) こちらの想いは、胸の中でも言葉にしなかった。 「あっ、その日は」 放課後、教室で唐沢から話の続きを聞く内に、具体的な日にちのことに差し 掛かった。困ったことに、唐沢が第一希望として口にしたのは、ピアノレッス ン見学の日と重なっていた。 「だめ? 仕事でもあるのかい」 斜め前に立つ唐沢の顔付きが、若干不機嫌になったよう。机の上に身を乗り 出し、急ぎ、答える純子。 「ううん。仕事はないけれど、用事があるの」 「ふーん。どんな」 「……みんなと、相羽君のピアノを聴きに行くことになってて」 「相羽か」 不機嫌さに拍車が掛かったように見えたのは、気のせい? ちょうど差して きた夕日のおかげで、判然としない。 「ごめんね。先に決まったことだから……唐沢君の方が早かったら、そっちに 合わせられたと思う」 「いいって。こんなことで謝んな。簡単に謝りすぎ」 頭に手をやり、髪を一回だけかきむしってから、天井を見上げる唐沢。その 弾みか、半歩後退。彼が立ち位置を変えた結果、西日が純子の目を射た。一瞬、 目を瞑り、唐沢へ向き直る。 「別の日を考えればいいことなんだから、気にしなくていい。逆に、俺が気に しているのは、相羽のピアノを聴きに行くみんなって、誰と誰かってことだよ」 「芙美と久仁香、郁江よ」 この三人の名を口にすると、自然と笑みがこぼれた。四人揃うのが当たり前 だったのに、今はそうじゃない。でも、もうすぐ、昔と同じように、当たり前 になるんだ。 唐沢を見れば、彼もまた表情に変化を見せていた。渋い顔付きが続いていた のが、しばらく驚いた風に口を丸くし、最終的には嬉しそうに目を細めた。 「へえ! 懐かしの面々が久しぶりに勢揃いってわけか」 「懐かしだなんて、おかしい。少し、時間が空いただけよ。ええ」 胸に右拳を添え、自分自身に言い聞かせるように、純子。 「俺も、お邪魔しに行っていい?」 「え? あ、うん。多分、いいと思う」 突然の申し出に、純子は戸惑ったが、何ら不都合はないと判断した。 「郁江も久仁香も、相羽君に会えればいいだろうから。あとは芙美だけね」 「そうかー、芙美のやつ、今でも俺のこと、毛嫌いしてるのかねぇ。辟易しち ゃうぜ、まったく」 「あれ? 近所なんだから、たまには顔を合わせないの、芙美と唐沢君?」 「あ、いいや。近頃はさっぱりさ。ま、口うるさいけれど、会わないでいるの も不思議と淋しい。一丁、久方ぶりに会ってやろうじゃん。芙美に、逃げるな と伝えておいて」 「自分から言ったらいいのに」 「いや、角が立つ。ここは、涼原さんがソフトな語り口で」 「はいはい、分かりました」 笑いが起こったところで、話を本線に戻す。 「それで、いつにしよう?」 「……その……デートって、二人きりじゃないとだめ?」 「そりゃま、俺としては、二人だけの方が圧倒的に嬉しいけど」 純子は唐沢の答の語尾に飛び付いた。 「じゃ、じゃあさ。大勢でもかまわないのよね」 「……かまわないことないことないことない……」 「はい?」 唐沢のエンドレスで曖昧な言い回しに、聞き返す純子。相手は、疲れたみた いに、隣の席に横向きにどっかと腰を落とし、頭をかきむしった。 「いや、だからさ。どうせ、絶対に二人きりじゃなきゃだめだって言ったら、 君に断られる」 「そんなことは――」 「嘘つけ。分かるさ」 肘をそれぞれ机上と背もたれに載せ、両手を組むと、唐沢は唇の両端を上に 向けた。口は悪いが、目は優しげなものになっている。 「思い切り遊んでもらいたいのに、気疲れさせてちゃ、しょうがない。涼原さ んの要望に従うとするよ」 「要望なんて」 「いいから、言ってみ。どんな連中と行きたいか」 ――つづく
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