長編 #5162の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
* * 午前中に、夏休みの宿題一日分のノルマを片付け、町田は暇だった。遊びの 予定を入れてあるなら、当然、時間を持て余すこともないのだが、この日のス ケジュールは完全に空っぽ。親も二人とも、仕事で留守にしているため、一人 娘は退屈し切っている。 (こういうとき、中学までなら、純と郁と久仁を呼んで、ぱーっと景気よく騒 ぐこともできたのだけど) 扇風機の真ん前に陣取り、天井を見上げながら物思いに耽る。首を振る扇風 機と顔が合う度、髪が後ろへ流された。 (今は難しい、と言うか、無理か) ため息も、後ろに流されていく。 (仲直りしてくれないものかねえ、ほんとに。間に立たされた身としては、ど うしようもなくて困るんだってば。私が取りなすとしても、限度があるだろう し、純子は自分一人の力で解決したがってるみたいだし。はぁ) 目線を戻し、畳に投げ出した両足を引き寄せると、あぐらをかく町田。 (ま、純子は仕事で忙しいらしいから、たとえ仲直りできてても、簡単には集 まれないかな。それが救いと言えば救い……虚しいけれど) 肩を自分で叩く。 と、突然、呼び鈴が何度も鳴らされた。じんこんじんこんじんこん……と際 限なく続く。その様子から、町田には来訪者が誰だか分かった。 「あのばかがっ」 身を翻して立ち上がると、玄関に直行する。戸のすりガラス越しに、記憶に ある人影が見えた。 「みっともないから、やめなさいっての!」 戸をがらりと引くと、唐沢がにこやかな笑顔で立っていた。片手をひらひら 振りながら、やけにのんびりした調子で言う。 「みっともなくて、できないスポーツは何?」 「――野球」 町田の即答に、唐沢はたじろいだか、目が泳ぐ。それでも、笑みは全然消え ていない。 「野球ネタなんて、普通、女には分からないんだがなあ。さっすが、男勝りの 芙美ちゃん」 「ねえ。それが、人ん家に来ていきなり言うこと? あんたの口先に騙されて る女の子って、よっぽど心が広いか、鈍いんでしょうね」 「そう、つんけんしなさんな。俺は、軽い付き合いをするときは、軽い調子で 通してるだけだから」 「わけ分からんわ」 腰に両手を当て、鼻で息をする町田。 「で? 何の用よ。まさか、夏休みに入って、いきなり宿題見せてくれとかじ ゃないでしょうね」 「まさか。だいたい、今年から、おれとおまえ、学校が違うんだもーん。寂し いよなー、宿題、当てにできないし」 「私ゃ別に寂しくない。当てにされなくなるんだったら、せいせいするわ」 こうしていつでも会えるんだし……とまでは、口に出さなかった。 唐沢は両手を後頭部にあてがい、上目遣いになる。 「いいよ、いいよ。俺には、相羽センセーがいるから」 「ちっとも進歩してない……。んなことより、早く用件を言いなさいよ。これ でも忙しいんだから」 暇を持て余していた町田は、素知らぬふりで嘘をついた。 「まあ、今日はたまたま、デートする相手がいなくて、時間があったというの が大きいのだが」 自慢げに語る唐沢に、くるりと背を向けた町田。そのまま、すたすたと足音 をたてて歩くと、声が掛かった。 「おーい、話の途中なんですけど」 「聞いてほしいのなら、盆前の高速道路みたいに、ちんたら走ってないで、早 く進ませなさいな」 町田の冷淡になった口調に、唐沢は「すまん」とあっさり謝り、手短に用件 を切り出した。 「夏休み、誘いがない」 「……だから? 誘ってほしいわけ?」 「てことは、まだ仲直りしてないのか、涼原さんと富井さん達」 「そうよ」 町田は、わざと大きなため息をした。 「そういう話なら、私に聞かなくても、純から聞けば? その方が手っ取り早 いでしょうに」 「おまえが禁じたんだろ。直接聞くなって」 「おー、感心だね。ちゃんと約束、覚えてるんだ」 「当たり前だ。それで、何でここまで長引いてる?」 「まあ、あの子も仕事で忙しいみたいだから、じっくり話す機会もないんでし ょうよ。郁と久仁は、相羽君に接近してるし」 町田の言葉に、唐沢の眉が寄る。町田はことの次第を、簡単に説明した。 聞き終わって、唐沢が呻き気味に感想を述べる。 「それって……こじれてないか」 「さあね」 「おまえ、まだ待つって言うのかよ。いい加減、手を貸さないと、手遅れにな るかもしれないぜ」 「……話、長くなりそうね。上げてあげる」 町田はしゃがむと、唐沢へスリッパを差し向けた。 * * 夏休みに入ると、普段学校に行っている時間帯のテレビ番組を、見ようと思 えば見ることができる、というメリット(?)がある。 純子は、仕事先――今日はポスター撮影だ――の控え室で、やや遅めのお昼 を食べていた。部屋の片隅に置かれたテレビは、ワイドショーを流している。 見るともなしに、音声だけ聞いていた純子だったが、番組が新聞早読みコー ナーとやらに入るなり、否応なしに視線を惹きつけられることになる。 何しろ、映画『青のテリトリー』に関するニュース記事が、大写しになった のだから。 「あ……とうとう出ちゃった」 弁当のご飯が、箸の間からぽろりとこぼれ落ちた。 紙面には、白抜きの大きな文字で、主役交代、カムリンに代わるは、あの久 住淳、などというフレーズが踊っている。久住淳の不鮮明な白黒写真が、小さ く使われている。きっと、去年のテレビ番組から取った物に違いない。 記事の内容の方は、当然ながら、純子の知っていることがほとんどだった。 それでも見てしまう。 (へえ、香村君、外国から誘いを受けたことになったんだ) 香村降板の理由は、アメリカの有力プロデューサーから誘いを受け、チャン スを物にするには今しかなく、海外修行を決断した、となっていた。もちろん、 マスコミ向けの作り話。 ただし、米国で修行するというのは本当だろう。ずっと日本にいて、香村が 仕事をしないのは不自然極まりない。そこでガイアプロ自らがお膳立てをし、 飛び立つ寸法……。 (何となく、気が引ける……でも、これで香村君も私のこと、忘れてくれたら いいんだけど) 苦笑をこぼす。 とは言え、純子も笑っていられる立場にない。 (久住淳として、かあ。本当にできるの? ばれたら、大変なことになっちゃ うのに、市川さん達、引き受けるんだから……) 確かに、純子自身も承諾はした。断るに断れない状況だったからだ。 香村の代わりに久住淳を、というガイアプロの思惑は分かる。露出度が少な い分、爆発的ではないが、人気は香村綸に引けを取らない。注目度だけなら上 回る久住を担ぎ出すことで、興行収入の算盤を弾いたのだろう。 困るのは、ルークの方。純子と久住淳を同時に出演させるわけにはいかない。 物理的に不可能だ。うちの看板を二人とも同じ仕事に回すことは無理だと理由 をこねて、久住を出し、純子は降板と相成った次第。 これでは、純子、否、久住淳の相手役が空席となるが、そこは監督の殊宝が ガイアプロの若手の中から、これはというのを見つけてくるらしい。スケジュ ールが大幅に遅れているため、ヒロイン役が決まり次第、すぐさま撮影開始と いう段取りになっている。 (おかげで、休みが、なくなっちゃったのよね) 夏休みのほぼ全日を使っても、クランクアップできるかどうか、厳しいとの 話だ。九月以降にずれ込むのは、間違いないところ。 (郁江、久仁香。また会いに行けなくなりそう。私のこと、覚えてて。今は嫌 ってもいいから。近い内にきっと、話しに行くからね) 食事の手が止まっていた。 そんな純子を我に返らせたのは、やはりテレビの音声だった。惨劇だの血塗 れだの、物騒な単語が飛び交うと思ったら、いつの間にか画面が切り替わり、 犯罪記事を取り上げている。 お弁当を片付ける。猛暑が続いているが、食欲はある。身体は元気だ。精神 的にちょっぴり不安定だが、忙しさがそれをひととき、忘れさせてくれる。そ ういう意味では、この多忙にも感謝すべきなのかもしれない。 (映画、写真集、コマーシャル。もう少ししたら、鷲宇さんが戻って来て、本 格的にレコーディング開始……誰の話をしてるんだろね?) 自分のこととは思えない。長い夢を見ているよう。 小指を飾る、かわいらしいピンクのリング。これもスポンサーからもらった。 ティーンエイジャー向けに作られた物で、普段もなるべく身に着けてほしいと 頼まれている。 (久住淳になるときは、外すのを忘れないようにしなきゃ。他にもブレスレッ トやチョーカーももらったのよね。私達の年齢でも手の届く値段とは言え、も らいっ放しは気が引けるわ……) 右手の人差し指と親指とで、ブレスレットの形を作ってみる。それを左手首 にあてがう内に、ある事柄をふっと思い出した。 (――ミサンガ。相羽君、今もまだ着けてる) 渡したのは、随分以前になる。家では外しているのだろうか。そうだとして も、よほど大事にしないと、保たないと思う。もしかすると、ほどけるかちぎ れるかしても、また結び直して着けているのかもしれない。 そんな純子も、相羽からもらった物を、今でも大事に使い、取ってある。ハ ンカチに髪留め、ぬいぐるみ……。花に至っては、ドライフラワーにして部屋 の壁に飾ってあった。 (この想いを、断ち切らなきゃいけない日が、来るのかなあ……) 離れていった友達のことを考えると、覚悟しておかなければ。 純子は気持ちにひとまずの区切りをつけると、立ち上がった。そして、仕事 が待つドアの向こうへ。 * * 「――相羽君、偶然ね!」 白沼が言った。満面に喜色を浮かばせ、手を振りながら近寄ってくる。青系 統のワンピースが涼しげだ。 相羽は商店街の道の片側に寄り、立ち止まって待った。小脇に抱えた紙袋に は、本が二冊、入っている。うっすら、湿っていた。 アーケードがあると言っても、今日のきつい日差しは、半透明の屋根を突き 抜けてくる。 「こんなところで会うなんて、運命的なものを感じるわ」 「偶然だって」 偶然と運命を、同義語のように扱うのは、好きじゃない。 白沼はしかし、気にした素振りもなく、相羽の横に並ぶと、足を止めたまま 話を続けた。 「夏休みに入って、どうしてたの?」 「ピアノの練習がメインだったけれど、先生がしばらく帰国されるから」 「暇になるのね?」 「いや、久しぶりに、道場に通おうかと思ってるんだ。それに、友達に勉強を 教える約束もあるし」 瞳を輝かせんばかりの白沼に対し、相羽はぼんやり眼で見つめ返し、淡々と 答える。それでも白沼は、最初の勢いを保ったまま、重ねて聞いてきた。 「誰、その友達って。私の知ってる人? 同じ学校?」 一歩、詰め寄ってきた白沼。 相羽は視線を外し、辺りを見渡した。二人が並んでいると目を引くのか、行 き交う人の中には、ちらちらと振り返る者も結構いる。 「白沼さん、ちょっと見ない内に、日焼けしたね」 「話を逸らさな――」 「どこか、ちゃんとした屋根のあるところに入った方が、いいんじゃないか」 相手の色白の肌が、赤くなっているのを目の当たりにし、そんな提案をする 相羽。声を荒げかけていた白沼だが、気遣ってもらったことに感激したか、途 端に機嫌をよくした。 「それじゃあ、付き合ってくれる? そうね、あの店でいいわ」 白沼が指差したのは、一つ向こうの筋、角を占める、小さいが洒落た感じの カフェテラス。隣には、クレープやソフトクリームを扱うスタンドがあって、 同じ年頃の何名かが並んでいる。 おかしなことになったなと思いつつ、相羽は白沼と一緒に、その店に入った。 白と赤のストライプの庇の下、背もたれの大きな椅子に腰掛け、オーダーを済 ませると、白沼は早速、話の続きに戻る。 「それで? 友達って、誰よ」 「富井さんと井口さん。中学のとき、同じ調理部だった……」 白沼の顔色が、相羽の語尾を途切れさせた。 ――つづく
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