長編 #5142の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
西暦二〇〇〇年――東京 奥田はふらつきながらボートを降りた。鋼鉄製のトンネルが広がって いる。いつものことながら、時間移動した気がしない。港を出るまでは、 確かに別の所に来たのだという事を確信できない。どこの港も似たよう な形で、区別がつきにくい。 「気分はどうですか?」 声をかける景徳に、奥田は頭をおさえながら答える。 「最悪だ」 「悪酔いですか。奥田さんは時間移動の経験があまりないのですか?」 「お前の運転が下手だからだよ。それより、早く出ようぜ。外のうまい 空気を吸いたい」 景徳は意地悪そうな笑みを浮かべた。 「あまり期待しない方がいいですよ」 歩き出した彼を、奥田はこめかみを小突きながら追った。来た時と同 様に分厚い鉄の扉があって、そこを出ると薄暗く長い階段が上にのびて いた。 「誰を探すのですか」 上りながら、景徳が声をかける。 「おや、お前知らないのか。この時代に逃げ込んだ、みんながやっきに なって探し回っている時間犯罪者、塔多教授を」 「いいえ、知りません。私は今までお客さんを送り迎えするだけでした。 旅の目的は聞かないのがルールです。しかし今回はあなたの良きパート ナーですから」 「見張り役だろう。頼むから足を引っ張るのだけはやめてくれよな」 「大丈夫です。私はお客さんが用を済ませるまで、その時代で暇をつぶ していました。二〇〇〇年の東京には何度も来ていますから、役に立ち ますよ」 今まで何人もの人間を捕まえてきた。もちろん大半は悪者だが、そう でないやつもいた。現代では働く所がないが、過去にはあるという人間。 単なる冒険心だけで未来へ行ってみようとする奴。しかし、政府に許可 されていない者はみな犯罪者なのだ。良心の呵責を感じる必要などない のだ。警察に渡した人間がどうなっても、知ったことか。そんな事を考 えているうちに、階段の上に着いた。 そこは狭い踊り場で、鉄製のはしごが壁を這っていた。景徳は人差し 指を上に向けた。 彼の足の裏を見ながら上っていく。スーツケースを持ったまま上がる のは、少々苦労した。景徳は天井の丸いふたを開けた。途端に明るい光 があふれてきた。 這い出ると、そこは何も置いていない、コンクリートの壁が四方を囲 んでいる、殺風景な部屋だった。 「さ、こちらへ」 景徳にうながされて外へ出る。細い通路があって、進むに従ってにぎ やかな音楽が聞こえてきた。 旧式の洗濯機や掃除機が並んでいる場所に出た。人がひしめいている。 店員らしき人間が笑みを浮かべ、奥田達に声をかける。 「いらっしゃいませ」 その店員は急に真顔になって、うなずいた。景徳がうなずき返すと、 元の笑顔に戻った。 店を出ると、大量の人間が歩いていた。高いビルが立ち並んでいる。 「ひでえ空気だな。これじゃ頭痛が治りゃしねえ」と奥田は言った。 「言ったでしょう? 期待しない方がいいと」 「どこに来たんだ?」 「秋葉原です」 「ああ、この時代では確か、コンピュータを売っている店がたくさんあ った場所だな」 「ええ、そうです。これからどこに行きますか?」 「お前、飯食ったか」 「いいえ。ボートを整備していましたから、まだ食べていません」 「じゃ、決まりだ。食いに行こうぜ。どっかうまいもの食わせる店に案 内してくれ」 秋葉原 奥田は公衆電話を見つけると、一一七にかけて腕時計を合わせた。 「よし、行こう」 景徳に連れられて、広い車道の脇の狭い歩道を歩いていく。店頭には ひどく古いタイプのコンピュータが並んでいる。記憶容量がメガバイト やギガバイトといった単位で測られるような、とんでもなく記憶力の悪 いマシン達だ。考えることもできなければ人間の言葉を理解もできない。 そんなものを高い金を出して買っていたのだから昔の人間はかわいそう だ。 道を曲がる。ラーメン屋や宝くじ屋の横を通り過ぎて、駅の改札口が ある所に入った。大量の人間が吐き出されてくる。皆ちゃちな娯楽用品 を求めてここに来るのだ。あわれな連中め、と、奥田は心の中で嘲笑っ た。当時の最新技術に彩られた電化製品を少しでも安く手に入れるため に、地方から長い時間電車にゆられてやって来た奴も大勢いるはずだ。 奥田には彼らが一個の饅頭に群がる餓鬼のように見えた。 駅の反対側に出る。切符の販売機の前に人間が密集している。機械か ら切符をもらわなければ電車に乗ることさえできなかったのだ。恐ろし く不便な時代だ。 群集の真ん中へんで喧嘩が始まった。列に割り込んだ、割り込まない と言って騒いでいる。あまり住みたい時代じゃないな。そう思うと、奥 田の口の中に酸っぱいものが広がった。喧騒の都市、東京。汚れた空気。 ストレスで傷だらけの心をかかえた人々。しかし、自分よりはましかも しれない、と奥田は考える。逃亡者狩りなどという唾棄すべき商売をし なければ生きていけない。不況のどん底とは言っても、こいつらにはコ ンピュータや、CDや、DVDを買うだけの金があるのだ。 「たくましい人間だな、俺も」と奥田はつぶやいた。 「は?」景徳は不思議そうな顔をした。 「あんたも」 奥田はあらためて彼の姿を見た。油で汚れた作業服の格好のままだ。 「着替えた方がいいぜ、景徳」 「さあ奥さん、見て行って下さい。ほんの少ししみにつけて、ちょちょ いと水ですすぐと、ほら、この通り」 自分が売っている洗剤の素晴らしさを野次馬達に一生懸命アピールし ている男の脇を通り過ぎて、建物の中に入る。 「何が食べたいですか? カレー屋あり、そば屋あり、お好み焼き屋も ありますよ」 「お好み焼きって、なんだっけ」 「小麦粉と卵を混ぜて、野菜や肉を入れて焼いた食べ物です。結構おい しいですよ」 「あまりうまそうじゃないな」 奥田は周りを見回した。景徳の言う通り、いろんな店がある。お土産 屋らしいのもある。カレー屋の中が見えていて、少し席が空いている。 「あそこにするか」 「この時代のお金は持っていますか?」 「もちろん」 二人でその店に入り、奥田はタイカレーを、景徳はインドカレーを注 文した。 出されたカレーライスを口に入れたまま奥田はしゃべった。 「しかしこの食い物は長い年月に渡って生き残っているもんだな。まあ 俺達が食っているのより少し下品な感じがするが」 「最初に日本に入ってきたのが、確か明治維新の時ですよ。一八六〇年 頃ですか」 「やけに詳しいじゃないか」 「私、日本の歴史や文化にとても興味があります。この商売を始める前、 ヨコハマ・シティに三年ほど住んでいました」 景徳の皿はあっという間に空になった。奥田はまだ半分も食べていな い。 「塔多教授というのは、どんな罪を犯したのですか」 「あんまり突っ込んだことを聞くなよ」奥田はスプーンをライスの中に 差し込みながら、景徳をにらんだ。「お前、スパイじゃないだろうな」 「はあ、すみません」 奥田が食べ終わるのを、じっと待っている。 「奴は時間の研究者だが」奥田は水を飲んだ。「あまり研究しすぎて、変 な結論にたどりついたんだ。タイムマシンは発明されるべきではなかっ た、とね」 「私には分かるような気がします」 「とんでもねえ! 発明されなきゃ、こっちの商売はあがったりだ。奴 はH.G.ウェルズを殺そうとして失敗し、牢屋にぶちこまれたがすぐ に脱獄した。次にアインシュタインを殺そうとしたがまた失敗し、脱獄 し、どこに行ったのか分からなくなった。ここにひそんでいるという説 が有力だが、誰も見つけられねえ」 「どうして見つからないのですか?」 「お前を信用して言うがな、奴は整形したらしい。整形後の写真を俺は 裏のルートで入手した。こいつは最新の情報だ。俺が一番のりってわけ さ」 食べ終わった奥田は、残りの水をいっきに飲み干した。 「しかし、この広い東京で、どうやって見つけ出すのです?」 「今日の三時から、S大学で学会の研究発表会がある。偉い先生方が集 まってくる。そこで苅野という教授が時間に関する論文を発表するんだ。 あまりにも荒唐無稽で誰にも相手にされないんだが、ずっと後になって その研究がタイムマシンの発明に大きく貢献するんだ。奴は必ずそこに 現れる。発表する前に苅野教授を殺したいはずだからな」 奥田は立ち上がった。 「案内してくれよな。三時までに着くように」 研究発表会 他の人間達に紛れて、さりげなく講堂内に入り込んだ奥田は、黒い頭 で埋まっている会場を見回した。 「本当にいますかね」 景徳の問いには答えず、適当な席を探して歩く。 「ここにするか」 奥田は後ろから二列めの席を指差した。景徳を先にすわらせ、自分は 通路側に腰掛ける。途中で背広を買って、着替えた景徳は、それでも貧 乏臭さが抜けきれていなかった。彼自身はスーツケースに入れて持って きたグレーのスーツに着替えていた。 「苅野先生が壇上に上がって、塔多が飛び出したら捕まえるんですね?」 「それじゃあ遅すぎるな。俺達より先に警備員に捕まってしまう。そし たらもう手が出せない。第一、その前に殺さないとは限らない。苅野教 授の後ろにすわって、毒針を刺すとかね」 奥田は首をのばして周囲を見た。 「急がなきゃならん。俺ちょっと、会場見て回るわ」彼は景徳に、にや けて見せた。「大丈夫だよ。逃げたりしねえって」 左右をよく確認しながら歩いていく。難しい顔をして配布資料をにら んでいる者、やたらと咳払いをしている者、いろんな奴がいる。だがそ の中に苅野教授も、塔多教授の顔も見えない。ただ、奥田が手に入れた 苅野教授の写真は二〇一二年に撮られたものだったので、いても分から ないかもしれないが。 最前列に着くと、今度は隣りの通路を後ろへ進んで行く。どこにも二 人の姿はない。こりゃまずいぞ、と思うと、胸の中にあせりが広がって くる。 最後列にたどり着き、壁際の通路を前に進もうとした時、進行係が開 会の挨拶を始めたので奥田は席に戻った。景徳は退屈そうにあくびをし ていた。 「どうでした?」 「いねえな。いや、いるかもしれんが、見つけられなかった。二人とも」 奥田は景徳が見ている配布資料を奪い取った。 「苅野教授の発表は四時からか。おい、こういう時発表者はどっか控え 室にいるもんなのか? それともみんなと同じようにすわっているの か?」 「さあ、知りません」
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