長編 #5140の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
神の視点 絶対零度の闇の中に、巨大な火の玉が激しく輝いている。それは誕生 の苦しみにもがくかのように、炎の尾をいくつも噴き上げていた。計り 知れない高温と高圧にさいなまれ、火球は震えていた。ついに耐えきれ ず、爆発した。今、時間が流れ始めた。 温度は下がり、内に包んだ細かい粒達は互いに結合して大きな粒とな り、それらがつながってさらに大きな粒子になっていき、物質を形作る 素となった。 火の玉であったものは急速に大きくなり、密度が小さくなり、荒れ狂 う原子達は次第に穏やかになっていった。熱いガスは所々に集まり始め た。渦巻く流体の中で、さらに粒子達は何千、何万という塊に分かれた。 密度が疎になっている部分は、真空へと近づいていった。膨大な数の 銀河達の一つ、その端の方に、小さな恒星が生まれた。星の周りにさら に小さな子供がいくつも生まれ、内側から三番目の惑星は、水をたたえ た美しい星に変貌をとげた。 海の中に息づく者が誕生し、大きくなり、姿も様々になり、やがて海 上の世界にあこがれる者が、陸へ上がった。 彼らは子孫を残し、その度に種類が増えた。時間がたち、巨大な動物 が支配したが、すぐに氷河期が来て絶滅した。残ったのは、小さな生き 物だった。その中に、二本足で歩く者がいた。彼らは道具を使うことを 覚え、岩をうがったり、土を掘り返したり、石で他の生物を殺したりし 始めた。 人間と呼ばれるその生物が支配する時代が来た。地上をいろいろな建 物で埋め、土地が足りなくなると森を切り崩し、機械で走り回り、飛び 回り、地球から出ていくことさえ覚えた。時には集団で争い、殺し合っ た彼らが、ついに巨大な火球を生み出す道具で、地上を焼き始めた。母 なる星を傷つけ、彼らは全滅した。宇宙へ逃げた者も、他のどの星にも 適応できず、次第に絶えていった。 宇宙は、そんな微生物のことなど知らぬというように、平然と膨張を 続けていたが、やがて最初の爆発による力よりも、内の物質同士が引き 合う力の方が大きくなり、収縮していった。 長い時間をかけて、火の玉に戻り、再び爆発した。そして星を生み、 生命を生み、外側への力が弱くなるとまた縮んだ。 時間の流れの中で、少しも変わることなく繰り返される営み。それは、 永遠に続くかのようだったが、そうではなかった。 紀元前 肩を揺すられているのに気づいて、ワツは目を覚ました。徐々にはっ きりしてくる視界に、子供達の笑顔が見えた。 「おじいちゃん、またあのお話を聞かせてよ」 隣りの穴に住んでいる、一番やんちゃな男の子が、期待に胸を膨らま せたような顔をして言った。 「ああ、人食い魚の話かい? それとも穴があいた太陽の話かい?」ワ ツはまだ半分眠ったまま答えた。 「逆さ人(びと)!」 男の子が言うと、周りの子も口々に叫び始めた。 「逆さ人! 逆さ人!」 老人は床に右の手の平を押しつけ、上半身を起こした。穴の入り口か ら赤い日の光が射し込んでいる。もう夕方か、と彼は思った。ちょっと だけ昼寝をするつもりだったのに、ずいぶんと眠ってしまった。 ワツは毛むくじゃらの腕をさすりながら、頭をふった。最近寝る時間 が長くなったような気がする。子供達に起こされなかったら、永遠の眠 りの世界に入っていたかもしれない、と考えると、彼は少し怖くなった。 「またあの話をするのかい? もう何べんしゃべったか、分かりゃしな い」彼はゆっくりと立ち上がった。「困ったもんだ」 全身毛むくじゃらの子供達が飛び跳ねて喜ぶのを、ワツは微笑ましく 思った。妻は先に逝き、息子夫婦は象にふみ殺された。しかしこの子達 がいる限り、まだ生きていける。 ほら穴の外に出ると、大きな夕日が大地を赤く染め、彼は強い光に思 わず目を細めた。幼児達が背をかがめて丘の方へ駆けていくのを、老人 もまた背を丸めて追いかけた。 「おいおい、そんなに急ぐもんじゃない」 草の中の小道を、子供達の笑い、はしゃぐ声を聞きながら登っていく と、木も草もない平らな土地に出た。 「逆さ人!」 隣りの子が指差す先に、毎日のように見続けてきた石像があった。 「早く! 早く!」 急き立てられて、彼は像に近づいていった。 一見、人間にも見えるが、彼らの姿とはかけ離れている。毛は頭にし かなく、顔は突き出していない。下半身だけでなく、上半身まで見たこ ともない衣に包まれ、しかも下半身は、足首の方まで覆われている。体 型は、彼らよりもだいぶ細い。それが、ワツの胸ぐらいの高さに、逆さ になって浮いているのだ。石像とは言っても灰色ではなく、肌が露出し た部分は白に近いピンクで、衣の部分はほとんど白だが少しだけ灰色が かっている。非常に固く、叩いても、やりで突いてもびくともしない。 何か恐ろしいものでも見たかのように目と口を大きく開き、両腕を水 平に伸ばしている。首をのけぞらせ、しっかりと地面を見つめている。 「おじいちゃん、お話を聞かせて」 女の子がせがむ。まだこの子には聞かせたことがなかったなと、彼は 思った。 「昔、この土地はクア・クアという精霊に支配されていたんだ」 「クア・クアって何?」女の子は人差し指を口にくわえて言った。 「クア・クアは、クア・クアだよ。まあ、超自然の生き物と言ったらい いのかな。お嬢ちゃんには難しいかな」 小さな瞳が彼を見つめている。 「この男は狩りをしていたが、森の中に迷い込んでしまったんだ。日が 暮れてどんどん辺りは闇に包まれていった。男は途方にくれて、森で一 晩すごすことにしたんだ」 彼らの周囲もだいぶ暗くなってきた。 「朝になって目が覚めると、近くで水の流れる音が聞こえた。彼が音を 頼りに奥に進んでいくと、小さな泉があった。男がのどをうるおすため に水をすくおうとすると、どこからともなく声が聞こえた。『ここは私の 土地です。早くお帰りなさい』とね。彼は、それがクア・クアの声だと 分かったが、こう言った。『何を言う。ここは俺達の土地だ。だから俺が どこに行こうと勝手だ』」 「いけない人だなあ」と男の子が言った。 「彼はクア・クアの水を飲み、しばらく休憩した。もう声は聞こえなか った。森の中をずいぶん歩いて、太陽が真上に来る頃になって、ようや く出られた。すると、彼の目の前に象がいたんだ。しかしその腹の中で クア・クアが休んでいることを、彼は知らなかった。男は象を殺してし まうんだ。その罰を受けて、彼は永遠に逆さ人となって浮かぶことにな ったのさ」 「この人はずっと昔からここに浮かんでいるの?」と女の子が言った。 「おじいちゃんが若い頃、像はもっと低い位置にあったんだ。このくら いかな」彼はかがみこみ、子供の膝くらいの高さに手を掲げた。「子供の 時は、さらに低い高さに浮いていたんだ」 「その前は? 頭が地についていたの?」 「そうだな、もっと小さい時は」 ワツは思い出そうとしたが、できなかった。昔の記憶がなくなってき ていることに対して、どうしようもない老いを感じる。 「もっと小さい時は……どうだったかな」 空の人 潜水服に身を包んだ男が、魚の群れとたわむれている。彼の撒き餌を 頂戴しようと寄ってくる。彼は、こうしている時が一番楽しかった。 魚達がいっせいに向きを変える。水中に射し込む日の光を受けて、黄 色がきらりと光る。まるで踊っているかのようだ、と彼は思った。海は 神秘の楽園だ。実際には、ここも陸上と変わりなく弱肉強食の世界であ ることを知っているが、彼は努めてそういう嫌な側面を考えないように していた。 群れの向こうに、男がよく知っている動物が泳いでくる姿が見えた。 愛嬌のある顔、賢い頭を持つ者。彼は水の抵抗に逆らって手を振った。 まるで旧知の友ででもあるかのように。 イルカがダンスしながら周りを回るのを、彼は楽しげに見つめた。い つまでもこうしていたい。しかし酸素がそろそろ無くなるので、残念な がらもう上がらなければならなかった。彼は、お別れの挨拶として投げ キッスをすると、水面へと向かった。 水飛沫をあげて空気中へ顔を出すと、がっしりとしていて浅黒い、少 ない白髪を毛羽立たせた老人が、筋骨隆々の腕を差し出した。彼は友人 の手をつかむと、転がるようにして小船に上がった。 「おっと、こいつはいけねえ。酸素が底をついてるじゃねえか」ずいぶ んと年上の友は、彼の背からはずしたボンベを調べながら野太い声を出 した。「孫の顔を見せないうちに先だったら、かあちゃんが悲しむぜ」 「まだ余ってたさ。呼吸は楽にできた」彼は潜水服を脱ぎながら答えた。 「どうする、ジャック。帰って飯でも食うか」 「いや、もう少し西に行ってみたい。珊瑚のきれいな場所があるんだ」 少しも年齢を感じさせない大男は、日に焼けた手を額にあてて、真っ 青な空を見上げた。 「あーあ。まだ付き合うのかい。暑くてたまらん。日射病になっちまう ぜ」 そのままずっと首をそらせているので、彼は不審に思って声をかけた。 「どうした。嵐でも来そうか」 「見てみろよ。ありゃあ、何だ」 またUFOが出たなどと言い出すんじゃないだろうな、と思いながら、 彼は太陽がまばゆく輝く大空を見上げた。そんなものがいたためしがな い。 水色を背景にして、灰色のしみのようなものが見えた。 「鳥じゃないのか」と彼は言った。 「バカ言え。じっとしてる鳥なんかいるかよ」 彼は目をこらした。よく見ると、逆さにした十字架のような形をして いる。 「双眼鏡があっただろう」 大男がどたどたと走っていき、戻ってくると、彼はその手から双眼鏡 をひったくった。 拡大された風景の中に、その物体の姿をとらえた。彼は「あっ」と声 をあげた。 「どうしたんだ、ジャック」 「人間だ。人間が頭を下にして浮かんでいる」 「そんなバカな。そんなことありっこねえよ」 全体に灰色がかっている。スーツを着ているようだ。生きている人と いうよりも、石像のようだった。顔は服より薄いグレーだが、細かくは 見えない。両腕を広げ、空中に静止している。 「俺、カメラをとってくる」大男が怒鳴るように言った。 「ああ、頼む。急いでくれ」 だが、視野の中で、像は点滅するように現れては消えを繰り返し始め た。すぐに見えなくなってしまった。 彼は双眼鏡を目から離した。 「消えた」とつぶやくのが精一杯だった。
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