長編 #5131の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
庭の落ち葉の掃除をしているとはく息が白くなっていた。 もう冬ねぇ・・・。今日子は深いため息を一つつくと 自分のはかなさに驚愕した。 私は・・・一体何をしているんだろ? 幹夫が家に初めて宅配便を届けに 来てくれたのは10月の始めだった。 健康そうに日焼けした感じの良い青年だとその時思った。 「こんにちは!山下さんのお宅ですよね?お届け物です。 判子をいただけますか?」明るいはきはきした声で幹夫は言った。 「お庭の紅葉が色づいてきてますねぇ。いいですね、 奇麗に整えたお庭のあるお家にお住まいで」若い子には珍しいと、 今日子は感心していた。 「ご苦労様ね、はい、判子、ここでいいのかしら?」 その時だった・・・ 何かが玄関の開いたドアを通って飛んできたのである。 「あ、危ない!」 幹夫は今日子をかばうように、その飛来物を受けた。 近所の子供の野球のボールだった。 「大丈夫でした??」 今日子は心配そうにたずねた。 幹夫は笑って「平気ですよ!」と言った。 「僕より奥さん何ともなかったですか?」 幹夫の膝が ちょっと擦り剥けて血がにじんでいた。 今日子をかばった時に玄関の敷石に打ち付けたようだ。 「あら、大変! 血が出てるわ、消毒しないと!」 今日子は初対面の人間を家にあげる事など、決してできないほうだったが、 幹夫に対しては何故なのか? そういう心配をしなかった。 幹夫はしきりに唾をつけながら・・・ 「こんなん、唾付けたら平気ですから、大丈夫ですから」と言った。 可愛い人だわ・・・今日子は幹夫を玄関脇の応接間のソファに導きながら、 こっそりと笑みを浮かべていた。 「あっちぃ〜」 「あら、ごめんなさいね、痛かった?」 「いやぁ、どうも、ちょっとしみただけです、すみませんね、子供みたいで」 「はい、もういいわ、消毒しといたから大丈夫よ」 幹夫は照れた笑顔が可愛かった。 「どうも、ありがとうございます。じゃぁ、僕、次の配達があるんで・・・」 「ご苦労様、ありがとう」 今日子は思いがけないちょっとしたこの事件を、心から喜んでいる自分に 驚いた。が、幹夫の爽やかな笑顔を見れば・・・誰でもそう思うでしょう?と 自分に弁解じみた納得をさせようと努力していた。 「変ねぇ、私・・・」 その夜遅く出張先から帰宅した夫は宅急便の包みを見ると包装紙に軽く 触れた後、洗面所で神経質そうに殺菌用のハンドソープで手を洗いながら 今日子に言葉をかけた。 「部長のお嬢さんが結婚が決まったそうだよ。何か適当な物をお祝いに 届けておいてくれ」 「何がいいかしらね?あなた?」 「私は忙しいんだよ、そんな事ぐらい自分で考えてできるだろ!君と結婚 したのは、そういう事にきっとたけていてくれると思ったからだ。 しっかりしてくれないと私の出世にも関わるんだ。解ったな?」 今日子は夫の暴言には馴れていた。私はあなたの便利な妻という道具でしか ない。そんな生活の垢のような物が今日子から元気と明るさを奪っていった。 夫の一雄とは会話と呼べるような物はほとんどなかった。ハネムーンの時でさ え、夫は仕事用のノートパソコンの方がよっぽど今日子より大事そうにみえた くらいだった。 ホテルに入るやいなや、一雄は自分の母親に電話をかけていた。今日子が挨拶 をしようと代わってもらおうとすると・・・「君はいいから。母は難しい人な んだよ。君と話すより私と話す方が喜ぶし、君だってその方がいい筈だ」と 一雄は言って、1時間以上も電話で話していた。 今日子が生まれ育った家庭は厳格ではあるが娘想いの父と何時も家族への 愛情に溢れている母とその母とうまく心通い合わせている父の母、つまり祖母 との4人暮らしだった。そんな暮らしをしてきた今日子にとって一雄の言動 は理解しがたい事だった。 それでも、一雄の実家はかなりの旧家である為、法事やお祝い事など、 結構出席する儀式は多かった。そんな時、一雄の母は今日子のもとに、 あらかじめ用意したあつらえの洋服や着物を一式、頭の先から足の先まで コーディネートして送ってきた。一雄は「さすがはおふくろさんだ、いい 趣味だ」と何時も御満悦だった。「ちゃんと奇麗に化粧してけよ。上品にな。 おふくろの折角の苦労を無にするような事はしてくれるなよな」 今日子はその度に2キロは痩せた。元々細い上に結婚後は友達から、 「どこか身体悪くないの?」 と心配されるほど痩せていった。夫は出張が多 いので、今日子はそれだけが救いだと何時も思いながら・・・自分に何時も こう問い掛けていた・・・「私の生活って・・・私はどうしてこの生活に 甘んじているんだろ? これからもこんな生活を続けていくのかしら? 耐えられるかしら?」 一雄は次男だった。今日子はすぐにでも子供が欲しかったが、一雄は子供など 嫌いだからいらないし、実家の長男の所にはもう3人も男の子がいるから、 おふくろも好きにしなさいと言うからな・・・と今日子とはほとんど夫婦生活 もない乾いた関係が続いていた。 幹夫と出会ったその日の出来事は、そんな今日子の乾ききった寒々とした 心の中に、まるで小さな波一つたっていない湖面に小石を投げ入れると できる、小さいがおさまるにはそれなりの時間がかかるさざなみのような 動揺をもたらしたのかもしれないし、また今日子に、彼女本来の愛情深い、 一雄との間にはとうの昔に諦めている暖かい触れ合いを思い出させる一つの 運命だったのかもしれない。 ### 【花うつろひ】今日子の冬(2) に続く・・・ ### ******************************************************************** E-MAIL: muscat@mtd.biglobe.ne.jp 《マスカット》QKD99314
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