長編 #5121の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ええ。他にはないわ」 「そうかぁ」 少なからず、不満そうな相羽。表情を読ませないのは相変わらず、でも、声 の調子に出ている。 「私の話を聞いて、相羽君はどう思った……?」 「僕の考え方は、関係ないでしょ」 「ううん、あるのっ」 そっぽを向こうとした相羽の手を取り、純子は強く言い切った。 瞬間、ぽかんとした相羽の様子はなかなかの見物だった。しかし、長くは続 かない。表情を引き締め、何故?と問い返すでもなく、語り始める。 「やめてしまえって思った。今でも思ってる」 「映画に出るのを? それなら同じ――」 「違うよ。全部やめる。芸能活動なんて、やらなくていいんだ」 純子の手をそっと外すと、逆に手を添えた相羽。 「どうしてもって言うんなら、モデルだけでいいじゃないか。香村みたいな奴 がいるところと関わる必要ない」 「無理、よ」 「どうして? 全ておしまいにする気になれば、簡単じゃないか」 「色んな人に、迷惑が」 「そんなこと、気にするなよな」 相羽の口調に、純子は身体をびくりとさせた。 「他人を思いやって、それで君が傷つくのを見てられない。純子ちゃん自身は どうなの? 嫌になったんだろ? やめたいとは思わない? 人間関係を忘れ て、正直に言ってみなよ」 「そ、そりゃあ、こんな思いするくらいなら、いっそ、やめたいわよ」 「だったら、何もかも捨てて、やめればいいじゃないか」 「そんなことができるくらいなら、悩んだりしない。できそうにないから、こ うして、あなたにだけ、打ち明けたんじゃないの……」 純子は手を引いた。まだ食べ残しのあるお弁当箱に蓋をして、そのままうつ むく。涙が落ちないように、奥歯を噛みしめ、我慢した。 「相羽君なら、分かってくれると思ったのに」 「……残念だけど。分からないよ。芸能界のことなんか、全然、分からない」 相羽は腹を立てたように、吐き捨てた。それなのに、言葉遣いは穏やかだ。 「何だか、純子ちゃんが遠い感じがする」 「そんなこと、ない」 「今の君には分からないんだろうね。僕が分からないのと同じように」 相羽の物言いは、ひどく寂しく響いた。 (どうして分かってくれないの? 何がいけないの?) 相談するつもりが、冷たく突き放されたように感じて、純子は唇を噛んだ。 相羽はパンの袋や空き缶を持つと、静かに立ち上がった。 「言い過ぎた。ごめん。最後に決めるのは、純子ちゃんなんだから。決められ るのは、君以外にいないんだった」 「……」 純子は、誰かに決めてほしい、背中を押してほしいと願っている。確かに、 相羽は背中を押してくれたけれども……そちらには飛べない。少なくとも、今 は飛ぶ勇気が持てない。 「先に行くよ」 相羽が言うのへ、純子は何も返事しなかった。 * * 相羽は屑篭を見つけると、空き缶を手元に残し、ごみを放った。今度は空き 缶を捨てるべく、自販機を目指す。缶専用の赤い屑篭が、その横に備え付けて あるはず。 歩いている間も、さっきのやり取りが頭から離れない。 (香村のやり方を知って腹が立っていたとは言え……もっと、ましな言い方が できたのにな) ため息をついてしまう。焦れったく、もどかしい。 (伝わらないのは、僕の言い方が間違ってるのか……) 歩みが自然と遅くなっていた。純子が追い掛けてくるのを、無意識の内に期 待しているのかもしれない。 ばかばかしい空想に気付き、相羽は頭を振った。純子が芸能活動を続けるか どうかなんて、相羽にとって実のところは些末なことだ。所詮、最優先するの は、好きという感情。 (未練がましい。でも、好きなのは仕方ない) 髪をかき上げ、苦笑い。自己嫌悪から立ち直れそうだ。 それから、一つ、気掛かりを思い起こした。 (純子ちゃん、琥珀をくれた本当の相手、知りたいとは思わないのかい?) 相羽は自動販売機のそばまで来ると、空き缶を放った。 缶は二つともへしゃげていた。 * * 「――ど、どうしたんだ、涼原さん」 教室に戻るなり、話し掛けようとしてきた唐沢が、顔色を変えた。 「ん、何?」 「何って、泣いて……たんじゃないのか」 指差されて、純子は目元をこすった。そうして、お弁当箱の包みを軽く持ち 上げ、振る。 「あくびしたからかな。外で食べてたら、気持ちよくって」 「その割には、目が赤いぜ」 真顔の唐沢が、じっと覗き込んでくる。純子は顔を逸らして、自分の机に向 かった。 「これは寝不足」 「嘘つくのには、何か理由があるわけ?」 「な……」 「声がかすれてるよ」 純子は黙り込んだ。唐沢は、自分の推測が当たったことをちっとも喜ばず、 つまらなそうに眉を寄せた。 「次の休み時間、話しよう」 「え」 純子の返事を待たず、唐沢は身を翻した。次の瞬間、昼休みの終わりを告げ る予鈴が鳴った。 午後一つ目の授業は、相羽とのやり取りに加えて、唐沢のことが気になって、 まるで集中できなかった。どうにか乗り切ったところで、その唐沢との話が待 っている。 (事実をありのまま話したって、唐沢君には関係ないことだわ) 休み時間に入るなり、机まで飛んで来た唐沢を見上げながら、純子は言わな いでおこうという考えを固めつつあった。 「唐沢君の思い違いだってば」 「じゃあ、聞くけどさ、今日に限って、どうして外で食べたんだい?」 「何となくよ。外の方が気分いいかなと思って」 「友達とは別々に、かい? 結城さん達は教室にいたぜ」 「それは……」 「俺、ちゃんと見てたんだ。女の子の動きのチェックは怠りません」 自嘲して、おどける唐沢。雰囲気が少しだけ和んだ。 純子は目を軽く閉じ、あきらめの息をついた。改めて目を開け、話せる範囲 で打ち明けようと思い直す。 「実は、相羽君とお昼、一緒に食べたの」 「相羽と」 ふーんと、鼻で返事をする唐沢。口元を緩めて、冗談を吐いた。 「それで、相羽におかずの卵焼きを取られて、泣いてたとか?」 「あは、まさか」 ひとしきり笑ったあと、唐沢は真顔に戻った。 「実際、相羽のせいで泣いてたのか? だとしたら、俺――」 「ううん。そうじゃないの。仕事のことで悩んでて、相羽君に愚痴を聞いても らってただけ。相羽君は私の仕事のこと、色々知ってるから」 結局、嘘をついた。 「話してたら、途中で嫌なこと思い出して、悔しくなって、涙が出ちゃったの よね。それでも、全部吐き出したら、すっきりした。今は平気よ」 「……相羽が、うまいこと慰めてくれたわけだ」 「え――ええ。聞き上手っていうのかな」 純子が笑顔を作ったとき、話の輪に第三の人物が加わった。結城だ。 「誰が聞き上手って?」 「え――っと」 答えあぐねた純子の代わりに、唐沢が「相羽だとさ」と気安く教えた。 「聞き上手だから、お弁当のおかずを巻き上げられたって」 「そんなこと、言ってないわよー」 唐沢の冗談に、釘を差す純子。そのやり取りを聞いた結城は、なかなか勘よ く、純子に尋ねた。 「ふーん? ひょっとして純、お昼に相羽君と会ってたとか?」 「……うん、仕事のことで。ごめんなさい」 黙っていたことを詫びるつもりで、頭を下げる。しかし、結城は一向に気に していなかった。「あー、それは仕方ないわね」と笑顔で答える辺り、相羽の ことを本当にあきらめたのだろうか。 それから結城は、おもむろに純子を指差してきた。 「そうそう、私、ついさっき聞いたんだけど」 「何?」 「あなたって、風谷美羽という名前で芸能活動してるって?」 目を大きく開いて、晴れやかな表情の結城。その横合いでは、唐沢がずっこ けていた。腰を落として姿勢を崩したのを、純子の机に手をつき、どうにか支 えている格好だ。 「し、知らなかったのか? 三ヶ月経とうっていうのに」 「ええ。あんまり芸能界に興味ないもんで」 あははと笑って、結城は頭をかいた。 純子が唖然としつつ見守る中、唐沢と結城のやり取りが続く。 「し、しかし、化粧とかファッションには興味あるだろ?」 「そっち方面も、あんまりないのよ。まあ、手荒れを防ぐいい品があったら、 ほしいなとは思ってるけれどね」 手の平をさする結城。唐沢は純子にひそひそ声で聞いた。 「……涼原さん、言ってなかったのかい?」 「え、ええ。わざわざ言うことじゃないと思って」 (でも、全く知らないなんて、予想してなかったわ。ふふ、マコらしいかな) 含み笑いをする純子に、結城が手を合わせた。 「ねえ。もしもいいのがあったら、教えてよ。モデルやってるなら、こういう のに詳しいでしょう?」 「う、うん。まあ、少しは」 「いやあ、それにしてもびっくりしたわ。友達に芸能人がいたなんて」 「俺は、そのことに気付かない結城さんに、びっくりしたぞ」 唐沢が芝居がかって肩をすくめ、首を振る。笑いに包まれたところで、休み 時間が終わった。 芸能活動は続けるにしても、今度の映画出演だけはやめたい。 その意志を伝えるべきは、まず最初に市川が来る。 だけど、言い出す決心が着かないでいた。事情全てを打ち明けることに抵抗 があったし、打ち明けても、市川は味方に付いてくれず、逆に純子を丸め込ん もうとする。そんな恐れを敏感に察知した、という理由もある。 だから純子は、気の置けない人物を、打ち明ける最初の相手として求めた。 「――理由は以上です」 土曜日の夜、相羽の母の在宅を確認してから訪れた純子は、テーブルを挟ん で対峙する相手の顔を、真っ直ぐに見つめた。ドアの前に立ち、呼び鈴のボタ ンを押すまで気重だったのが、香村との関わりを包み隠さず打ち明けた今は、 肩の荷が降りたみたいに気分が軽くなっている。 黙って純子の話に耳を傾けていた相羽の母は、心持ちうつむき、唇を内側に 噛み込んだ。困った風に前髪をかき上げる。 「だめでしょうか……?」 ここで拒絶されたらと思うと、恐る恐る尋ねる。 「私一人で決められる話じゃないのだけれど」 相羽の母はそう前置きして、考え考え、言葉を紡いだ。 「純子ちゃんの話、看過できないわ。すぐにでも、ガイアプロや出版社に事実 確認を求めなければいけない。場合によっては、記事の訂正と損害賠償――」 「あの、ことを荒立てたくないんです」 「え?」 「折角友達になれたんだし、香村君のイメージを傷つけるような真似をしたく ないですから……できれば、このまま丸く収められないでしょうか」 「傷ついたのは」 あなたの方でしょうにと言わんばかりに、相羽の母は困惑の眼差しを純子に 向けた。 だが、台詞は途中で止まり、新たに言葉を選ぶ風に、唇を湿す。 「純子ちゃん。あなた、どうしたいの?」 「映画に出るのをやめられれば、それでかまいません」 「……香村君との共演が嫌なんだ?」 相羽の母の問い掛けに、純子はこくりとうなずいた。 「だったら、ここはきちんと抗議して、状況を明白にしておくべきと思うわよ」 「いいんです」 「でも、映画出演を辞退するとなると、正当な理由がないと。結局は事情を全 て話すしかないんじゃないかしら」 「……」 ――つづく
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