長編 #5094の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
意に反して、辞書をなかなか返せないでいる。 古典の授業は時間通りに終わったが、四組に行ってみると教室は空っぽで、 鍵が掛かっていた。二時間連続の授業だと気が付く。 次の、午前中最後の授業は、定刻を五分強過ぎて終了した。急いで四組に向 かったが、相羽の姿はなかった。白沼を掴まえて聞いてみると、食堂に行った という。 「相羽君に何か用事?」 辞書を背中の陰へ隠していた純子は、白沼の問いには曖昧に首を振って、後 ずさるようにして立ち去った。 (タイミング悪い……) 教室に引き返し、とりあえずお昼を食べておこう。 「私も辞書忘れればよかったな」 結城が明るい調子で笑い声を立てた。 「そうして、相羽君から借りる。まだあんまり話したことないけれど、純子の 知り合いだって言えば、貸してくれるわよね」 「多分、誰にでも貸してくれる」 「どうかしら。思うんだけどさ、相羽君は、あなたを好きなんじゃないの?」 急いでかき込んでいた純子は、喉を詰まらせそうになった。お茶に手を伸ば し、一気に呷る。 「――ど、どうして、そんなことを」 「え、純子は気付いてないの? 相羽君が下の名前で呼ぶ女の子って、あなた だけみたいじゃない。しかも、『ちゃん』付けよ」 「それは……昔からの知り合いだから」 「だめだめ。それじゃあ、白沼さんはどうなるの。知り合ってからの長さを比 べて、白沼さんと純子とで、そんなに差があるわけ?」 返事に窮する純子。やることがないので、ご飯を口に運んだ。飲み込むまで の間、結城にじっと見られて、居心地がよくない。 「あは、やだな、マコも。そう言う呼び方をするからって、好きだとは限らな いわ。逆に、からかっているだけかもしれないよ。あはは」 この話はおしまいとばかり、笑い声を立てた純子。だが、結城は終わるのを よしとしなかった。 「そう言うんなら、相羽君の気持ちは置いとくとして。じゃ、あなたの気持ち はどうなの、純子?」 「……」 いつかは来ると予想していた問い掛けだったが、今日だとは思っていなかっ た。純子は箸を置き、目を伏せがちにした。机の木目模様に視線を這わせる。 (どうする? 今ならまだ、いくらでもごまかせるだろうけれど。だけど、嘘 をつきたくない。二の舞は嫌よ) まなじりを決し、うつむいていた己の気持ちを起こした。 「あ、あのね、マコ」 「うん?」 結城はいつの間にか右手で頬杖をつき、左手ではお茶の缶を揺すっていた。 その表情には、微笑さえ浮かんでいる。 純子は音声を落として、囁いた。 「私――私も、相羽君が好きなの」 結城が右の手の平から顎を浮かせ、何度か瞬きをする。気持ち、目を丸くし た様子が窺えた。しかし、表面上、はっきりとした反応はそれくらいで、あと は、何も言わずに純子を見つめ返してくるだけ。 純子は息苦しさを覚えて、言葉を重ねた。 「あのっ。マコ、ごめんなさい。本当はもっと早く言うつもりだった、ううん、 早く言わなければいけないのに、長い間黙っていて、ごめん。あなたが相羽君 を好きだって言ったときから、私も打ち明けようと思ってたのに、できなかっ た。その、折角友達になれたのに、こんなことでいきなり――」 「もう、いいよ」 徐々に目線が下がっていた純子を、結城の言葉が引き戻す。 「え?」 「どうせ、分かってたことだしね」 「ええ? それってどういう」 食事もそっちのけで、二人して、ひそひそ話に熱が入る。 比較的に平静を保つ結城は、お茶を飲むと、瞼を閉じて、息を吐いた。 「何となく、気が付いたわ。相羽君を見てるときの純子の顔、いつもと違うん だもの。あー、これは凄く素敵だなって、うらやましくなったほど」 「そ、そんなに、顔に出てた?」 「目に見える形じゃなくて、雰囲気がさ。それこそ、何となく。それよりも、 私は今、猛烈に感動しているわけよ」 「はい?」 「あなたが、打ち明けてくれたことに。言ってくれるのを、待ってたんだから ね。いつになるのか、待ちくたびれるところだったわ。ははは」 「……今まで隠してきて、本当にごめん」 「謝んないで。私の方だって、気付いていたのに、待つだけだった。おあいこ みたいなものよ。ただ……友達なら言ってくれると、信じてた」 机の上に両腕を組んで、目を細めてにっこり笑う結城。緊張で凝り固まった 精神をほぐしてくれる表情だ。 「よかった」 純子もやっと笑顔を見せることが叶った。 穏やかな空気になったところで、結城がぽつりとこぼした。 「それでさあ、私は純子と恋人を取り合う気はないから、あきらめるわ。うん、 手を引く」 純子は箸を落としてしまった。まだ拾わない内から、 「そんなことは、しなくても」 と戸惑い露な対応をする。 結城は、転がってきた純子の箸を床から拾い上げて、手渡した。 「いいのいいの。これ以上やってると、本当に心底好きになってしまいそうだ わ。今でも好きなんだけどね、今だったらやめられるから。それに多分、相羽 君もあなたのこと……」 「それは分かんないってば」 否定はするものの、相羽がまだ自分のことを好きでいるシグナルは、少なか らず感じている。果たして、これも嘘になるのかどうか。 「まあ、とにかく、私は降りる。考えてみたら、純子抜きじゃあ、相羽君と今 以上には親しくなれない。だから、いいのよ」 「マコ」 あとの台詞はとうとう言えなかった。 (今の私には、相羽君を好きになる資格はないの。ふってしまったし、友達宣 言したのを聞かれたし、それに、郁江や久仁香をもう裏切れない) またもや、辞書を返す時間がなくなった。 三時間近い撮影を終えて、スタジオを出た純子は遠目から一見して、香村の 機嫌がよくないようだと感じた。身体をソファに沈める風に座り、両手をグレ ーのジャケットのポケットに突っ込み、背を丸めてうなだれている。暗色系統 の野球帽の端から覗く目は、床の一点を見据えていて、細く鋭かった。 (声を掛けにくい……藤沢さんもいなくなってるし) 広告用の撮影のためスタジオ入りした純子は、廊下で香村とすれ違ったので、 驚いてしまった。聞けば、香村も撮影だという。グラビアという点が純子と違 っていたが、所要時間は同じくらいになるだろうからと、あとで少し話す約束 をして、それぞれの仕事に掛かった経緯があった。 そのとき同伴していたマネージャーの藤沢の姿が、今はない。 (だいたい、何で服を替えたのかしら?) 最初に見た際、香村は青のポロシャツにジーパンだった。 (ひょっとして、休憩中? まだ撮影が終わってなくて、撮影用の衣装そのま まに――) 純子の思考を妨げるかのように、香村は顔を起こして、視線を当ててきた。 「やあ、終わったのかい?」 「う、うん」 どぎまぎしながら返事した。不意に話し掛けられたせいもあるが、それ以上 に、香村の表情が一転して柔和になっていたことに、唖然としてしまう。 「お疲れ。僕もさっき終わったところさ。何度も撮り直すから、参ったよ」 香村は饒舌だった。そして自分が腰掛けている横をぽんと叩き、純子に座る よう促す。 「藤沢さんは?」 純子は座る前に尋ねた。すると、予想外の返答があった。 「さあ?」 「さあって……知らないの?」 「僕は集中してたからね、よく見てなかったんだよ」 「集中って」 純子の目には、香村はただ座っているようにしか見えなかったが。 香村は珍しく照れ笑いらしき表情を覗かせながら、短く言った。 「ちょっとね、役作りを」 「……ああっ、そうだったの」 先ほどの香村の様子に合点が行って、純子は手を一つ叩いた。ようやく座っ て、改めて問う。 「何のドラマ? まさか、今度の映画じゃないわよね。私、脚本をまだもらっ てない」 「はははっ、心配しなくていい。単発のテレビドラマの話。夏休み子供向けの 内容で、僕は超能力者なのさ」 「超能力」 「そう。サイコキネシスと読心術が使える設定で、まあ、お決まりの設定だね。 他人の心を読めることで、孤独感にさいやまれる」 「あの、『さいなまれる』よ」 一応、訂正しておく。もしも台詞にあるんだとしたら、間違って覚えるのは まずいと思ったから。 当の香村は、気にしていない様子だった。 「そうそう、さいなまれる。孤独な主人公が、色んな事件を通して、少しずつ 心を開いていくっていうストーリー。ありがちな話とは言っても、超能力者役 は初めてだから、ちょっと気合い入れて役作りしてたんだ。藤沢さんがどっか 行っちゃったのも、そのせいじゃないかな。気を遣う方だから、あの人」 「大変そう……。それが終われば、映画に入ることになるのね」 「多分ね。そう言えば、さっき涼原さんは、脚本届いてないみたいなこと言っ てたけれど、全然聞いてないの?」 「え? 聞いてないって?」 おいてけぼりを食らったのではないかと、小さな不安に駆られる。 「『青のテリトリー』の大まかな内容をさ」 「ううん、全然知らない。何にも送られてこなかった」 不安顔のまま首を振る純子に、香村は安心させるかのように笑みを見せた。 「いや、僕も話に聞いただけで、書類をもらったわけじゃないよ。タイトルに 大きな意味が持たせてあると分かって、面白くなりそうだと思ったな」 「ふうん。教えてくれる?」 「もちろん、いいとも」 請け合ってくれた香村だったが、すぐには始めようとしない。焦らすかのよ うに、口元を一撫でした。 真正面を向いた香村の横顔を、純子はいくらかの期待感を持って、見つめる。 胸元に引き寄せた両手は拳を握った。さあ、いつでも話して。 やがて香村は、身体を動かすことなく話し出した。 「タイトルを言ってみて」 「映画の題名ね。『青のテリトリー』でしょ。これで正式決定したのかどうか は、知らないんだけど」 「ああ、それで本決まりだってさ。ポイントは、青」 「青春という意味じゃないの? テリトリーは領域だから、青春の領域……」 「その意味も持たせてあるんだろうけど、僕が聞いたのは、全く別の、もっと 具体的なことさ。どう? 想像つくかい?」 「分かんないから、聞いてるのにー」 力が抜けて腕を下ろした純子に、香村はおかしそうに声を立てて笑った。 「じゃあ、ヒント。青い物が出て来るんだ」 「それにしたって、いっぱいあるわ。青空とか、海とか。地球も青よね」 指折り数え上げる純子。香村は慌てたように首を横に振った。顔も、純子の 方を向く。 「そんな大きな物じゃないんだな。手の平に乗るくらいの物を考えてみなよ」 純子は自らの右の手の平を開いて、上を向け、見つめた。思い付かなくて黙 り込んでいると、香村が第二ヒントを出してきた。 「君が大事にしてる物とも、関係あるよ」 「私が大事に……」 再び考える。手の平に乗り、自分が大事にしている物……。 (もしかすると) 一つ、思い浮かんだ物があった。反射的に、スカートのポケットを布の上か ら押さえる。お守りの感触を確かめた。 (けれども、色が違うわ) 言葉にする前に打ち消した。 純子があまりに考えるので、ついには、香村の方がしびれを切らしてしまっ た。ため息をついてから、口を開く。 「もう時間切れ。そんな真顔になって考えなくても、教えるよ」 最初から言ってくれればいいのにと思いつつ、純子はうなずいた。目の前に いる香村から聞かれた答は……。 「琥珀だよ」 ――つづく
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