長編 #5087の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
小隊長らしい男が一歩前に出た。同時にサラが激しい口調で言う。 「神前です。ここで暴力を振るうことは許しません」 小隊長は苦笑を浮かべる。 「おれたちは、トラウスの神殿を蹂躙してきたばかりだぜ。いずれにせよ、おまえら に用は無い。用があるのはそこの魔導師だ」 「グーヌ神とフライア神を共に敵に回すというのですか」 サラの言葉に小隊長はさらに笑いを深める。 「だからおれたちはもう、中原じゅうの神様を敵にまわしてるんだよ。おい、魔導師 殿、我々にはあんたの術はきかないよ。おれたちの鎧はヴェリンダ様自身の手で魔封 じの呪術文様が刻印されてるからな。おとなしくこいよ。でないと死ぬことになるぜ」 「気をつけなさい」 サラはうんざりしたような口調になって、言った。 「警告しておきます。今すぐここから立ち去らなければ死ぬのはあなたがたです」 小隊長はサラに負けないうんざりした口調で言った。 「だからおれたちはもう百万回くらいは地獄に行くくらい神域を犯してきたんだって。 神罰なんざいまさら」 「いやいや、そうじゃなくて」 突然エリウスがのほほんとした口調でしゃべりだす。 「サラの警告は正しいよ。僕もいっとくけど、今すぐここから立ち去るか、ここで死 ぬかそのどちらかしか君たちには選択子がないよ」 オーラの兵たちは、ぎょっとしたようにその青年の声で語る美貌の人物を見た。そ の常軌を逸しているといってもいい美しさと黒髪、黒い瞳。その特徴にあてはまる人 物を兵たちは知っていた。 「まさか、あんた」 「あたり、だよん」 エリウスのひとを喰ったものいいに、兵たちは一斉に剣を抜いた。戦闘陣形をとる。 素早く二人一組の兵がエリウスの前後左右に展開した。 エリウスは美しい瞳で夢見心地に兵たちを見ている。小隊長は残虐な笑みを投げか けた。 「こいつはいい拾いものをした。王子エリウス、噂通りの美しさだ」 「いやもう、王子じゃないって。トラウス無くなっちゃったし」 オーラの兵士たちは羊を囲む野犬の群のように、殺気立っていた。その瞳には血肉 を引き裂く欲望が渦巻いている。欲情しているかのように激しい気がその全身から立 ち上っていた。 対するエリウスは夢の中にいるように、佇んでいる。異なる時間の流れにいるもの のように、兵たちを無視して薄く笑っていた。 「僕は一応警告したからね、みんな」 小隊長はエリウスを捕らえるつもりは無い。優れた剣士と聞かされているからだ。 しかし、8人の訓練された兵士に囲まれて切り抜けられる剣士がいるとは思えない。 だいいちエリウスは剣を身につけてさえいなかった。要するに血が見たかっただけな のかもしれない。目の前の美貌の王子が血の海に沈む様が見たかったのだろう。 小隊長は号令を発するべく口を開いた。しかし、声は出ない。一瞬、視界の片隅に 閃光が走ったような気がしている。 ふと小隊長は自分の身体が血塗れであることに気付いた。その血は自分の喉から流 れているようだ。薄れていく意識の中で、自分の部下たちも同様に血塗れであること に気付く。 何が起こったのか判らぬまま、オーラの兵たちは糸の切れた操り人形のように倒れ ていった。エリウスは一人薄く笑いながら、緋のビロードを床へ敷き詰めたような血 塗れの祭儀場に立っている。ヌバークは思わず戦慄とともにエリウスの手にある水晶 剣を見た。 フェアリーの羽のように薄く氷のように透明なその剣。刃渡り三十センチほどの剣 をエリウスはエルフの紡いだ絹糸で操ったのだ。 兵たちの首筋を掻き斬るのに、瞬きするほどの時間しか必要としなかった。到底人 間のなしうる速さではない。 エリウスは物陰からあらわれたバクヤに声をかける。 「一緒にいくでしょ、バクヤも」 「なんでおれが」 「だってオーラの兵が踏み込んだということは、ここはもう包囲されてるよ。脱出す るのに僕の知ってる抜け道使わないと苦労するよ」 バクヤは憮然とした顔になる。サラが口を開こうとしたのをエリウスが制する。 「僕の剣持ってきて」 「エリウス様」 「ま、僕は適当にするから、後よろしく」 サラはうんざりしたように、エリウスを見るとあきらめたように指示を少女に出す。 少女は駆け出していった。 エリウスは、左手に鞘におさめられた剣を持ち、右手に小さな発光石を持って広大 な地下通路を駆け抜けてゆく。ヌバークとバクヤはその後を追うのがやっとであった。 地下通路は複雑な迷路を構成している。地下深いところにあるにも関わらず、天井は 高く、道幅も広い。黒い液体のような闇が満たしているその地下通路を、天空に輝く 小さな星のごとき発光石の明かりのみで行き先を判断しているエリウスは、バクヤに とって驚異的な存在だった。 今、この地下通路で置き去りにされれば、永遠に迷うしかないと思える。数え切れ ぬほどの曲がり角を曲がってきたし、道の分岐は無数にあった。エリウスはまるで天 空から地面を透かしてこの地下通路を見ているのではないかと思えるほど、確信に満 ちた足取りである。 やがて、地下通路は迷路のような分岐を抜けだらだと続く長い坂道に行き当たった。 エリウスは歩調を緩め、その坂道を昇ってゆく。バクヤは感覚的に自分たちがサフィ アスの中心部に向かっていることを感じ取った。 「おまえ、ここにきたことあるのか?」 「ないよ」 バクヤの問いにそっけなく、エリウスが答える。 「本当に道はあってるんだろうな」 「うん、ま、なんとなくこっちのほうだという気がするから」 エリウスはぼんやりと答える。バクヤはあまりにとぼけた言葉につっこむ気力すら 無くした。ヌバークが不安そうにバクヤの顔を見たが、バクヤは肩を竦めただけであ る。 彼らはサフィアス最大の神殿であるフライア神の神殿に向かっていた。そこに神聖 騎士団の隠れ家があり、そこで装備を整えた後サフィアスを脱出する段取りである。 「それにしても、」 バクヤは独り言のように愚痴をこぼしはじめる。 「おれが騒ぎをおこすと巻き込まれるとか言っておいて、結局おまえがおれを巻き込 んどるやないか。どういうこっちゃ」 「しかたないじゃない。まあ折角だから一緒にアルケミアへ行こうよ」 「なんで、おれが」 バクヤはうんざりしたようにいったが、エリウスは妙に楽しげに言葉を続ける。 「どうせブラックソウルを倒すといっても、一緒にいる魔族の女王ヴェリンダの魔力 を封じる方法なんて考えていないんでしょ」 「まあな」 「だったらアルケミアの魔導師を味方につけてヴェリンダの魔力を封じる方法でも検 討してみたら」 「そんな簡単なもんやないやろう、だいたいなあ」 バクヤはつっこもうとしてヌバークの視線を感じ、口を閉ざす。 「私としてもおまえが我々に助力してくれるのであれば、おまえの敵を倒すのに力添 えをするつもりだ」 「おまえなぁ」 ヌバークの言葉にバクヤは多少げんなりしたようだ。 「おれは本来一格闘家やからおまえらのような謀略家というか、国家レベルの価値判 断で動くようなやつとかかわりたくは無い。だいたい、おまえらエリウスに何を期待 しとるんや。こいつの背後の神聖騎士団やヌース教団をあてにしとるんやったらとん だ見当ちがいやで。こいつは政治力ゼロやし、こいつが他人に動かされることはあっ ても他人を動かすことはない。そいつは保証しとく」 ヌバークは、半ばその姿を闇に溶け込ませている。表情から考えを読むのは不可能 だ。しかし、その言葉は冷静で迷いは感じられなかった。 「我々が必要としているのは、エリウスという名の人間の能力だ。かつて暗黒王ガル ンを倒したといわれるその能力」 バクヤは怪訝な顔になる。 「ガルンやと。かつて中原を壊滅させた狂王やろ。そんなやつ遠い昔に滅んだはずや」 「おまえの言う通りではある。しかし、な」 ヌバークは静かに言った。 「ガルンは甦った。アルケミアはやつに支配されつつある」 バクヤは闇が凍り付いた気がした。ヌバークの言葉が本当であれば、六百年以上昔 にあったといわれるあの暗黒時代が再来するということになる。 「魔族の王ヴァルラ・ヴェック様はガルンの手のものの謀略によってデルファイとい う場所に幽閉された。もともと魔族には二つの勢力がある。保守派と革新派といって もいい。保守派とは古の約定にしたがって人間界へは干渉せず神々の賭けを静観しよ うというもの。革新派は世界に新しい秩序をうち立てるため約定を無視しても人間界 に干渉しようというもの。ヴァルラ様はむろん保守派だ。かつてガルンが滅ぼされた 時、革新派は勢力を弱めたものの根絶やしにされた訳ではない。 保守派はまだ主導権を握っているが、ヴァルラ様が幽閉された以上革新派がアルケ ミア全体を支配するのは時間の問題だろう」 「ガルンは本当に甦ったの?」 エリウスがぽつりといった。 「確かに、革新派がそういうデマゴーギュを流通させ不穏な状況を造りだし、心理戦 をしかけている可能性はある。ガルン自身の姿を見たものはいないからな。しかし、 私も魔導師のはしくれだ。とてつもない魔力を持った存在が、アルケミアに出現した ことは間違いない」 バクヤは唸った。 「確かにエリウスは剣の腕はたつ。しかし、ガルンは強力な魔力を持っているんだろ う。あんた本当にエリウスがガルンを倒せると思うか」 「無理だな」 ヌバークは平然と言った。 「それやったら」 「ヴァルラ様の幽閉されている場所、デルファイ。そこは、全ての魔法が作動しなく なる場所なのだ。そこからヴァルラ様を救出するのに必要なのは魔法の力よりもむし ろ、剣の腕ということになる。今我々が望んでいるのはガルンを葬ることではない。 むしろヴァルラ様を救出することだ。 デルファイでは魔族ですらその能力を全て失う。我々人間の魔導師に至っては全く 無力な存在と化してしまう。エリウス、バクヤ、おまえたちの力を借りなければなら ないと判断したのは、そういうことだ」 もう一度バクヤは唸った。 エリウスが今までの話を聞いていなかったかのように、呑気な声でいった。 「ついたよ」 エリウスの手にした発光石の薄明かりの中に、扉が浮かび上がる。 「フライア神の神殿への入り口だよ」
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