長編 #5085の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
トラウスの象徴ともいうべき巨大な樹、ユグドラシル。それは、遙かに離れた地か らでも見ることができるほど、高く聳えている。その天の高みに届くほどの世界樹は、 周囲をアウグカルトと呼ばれる山に囲まれていた。その山々は、ユグドラシルの根本 に広がるトラウスを取り巻く形に峰を連ねている。 トラウスのある山々に囲まれた平地には広大で美しい湖があった。その湖から西方 に向かって河が延びている。その河はアウグカルト山地の西側の切れ目から西海へ向 かって流れていた。その河の下流、西海へ流れ込むところに快楽の都と呼ばれるサフ ィアスがある。 サフィアスは、女性の乳房を思わせる優美な曲線を描く丘陵に築かれた都市であり、 神殿群であった。そのなだらかな丘陵の頂には女神フライア神の神殿がある。その神 殿の周囲には祭儀場でもあり娼館でもある建物が無数に建てられていた。 フライア神というヌース神の母親でもある神を主神とするフライア教が、娼館も営 んでいるというのは一見奇妙に思える。しかし、娼館の経営はフライア教の趣旨と決 して矛盾するものでは無い。 ヌース教は人間を始めとするあらゆる生命体は、誤ってこの宇宙に来てしまったも のであり地上での人間の役割は、宇宙の秩序を乱さないよう徹底的に節制を行うこと とされていた。そもそも人間がこの宇宙に存在することが過ちであるのだから、本来 人間が子孫を造ることは許される行為ではない。ただ、星船を復活させ黄金の林檎を 金星に帰すために働くことによって始めて人間に生きることや子孫を絶やさぬことの 意義ができくるとする。 フライア教は、ヌース教とは正反対といってもいい立場にたつ。人間がこの宇宙に 来てしまったのは過ちであったとしても、生命の存在はこの宇宙を救罪しより大いな る秩序へ帰すことができると教えた。つまり、人間が生き地に満ちあふれることによ ってこの宇宙全体を救うことができるというのだ。 ヌース教が徹底した節制と禁欲を強いるのに対し、フライア教は欲望を肯定し、性 愛による喜びすら善なるものとする。豊穣こそフライア教の目的であり、フライア教 の祭儀では常に大量の蕩尽が行われた。神に捧げるための大量の食物や酒を消費し、 人々には等しく性愛の喜びを与える。これがフライア教の教えであり、様々な性愛の 秘技を追求し美と快楽の僕であることを自認するフライア教徒が娼館を営むのは、必 然的といってもよかった。 ある意味では、フライア教はグーヌ教と似ているといってもいい。しかし、グーヌ 教は宇宙の秩序を真っ向から否定し、魔法によって秩序を破壊するのを目的とするが、 フライア教はあくまでも宇宙の中に新たなる秩序を生み出すことが目的であった。 フライア教は、ヌース教が支配階級のものたちに圧倒的に支持されているのとは対 象的に貧しい者、虐げられる者たちのための宗教といってもいい。フライア教団は貧 しく生きるための術を奪われた女たちに性愛の秘技を伝え、生きる場所と手だてを与 えた。 また、フライア教はヌース教によって否定された様々な土俗宗教をその配下にとり こんでいる。王国の建国以前、魔族たちが中原を支配していた時代に人々の間には様 々な神々が存在し、崇拝されていた。ヌース教はそれを一掃したが、フライア教はそ れらの土俗信仰も自らのうちにとりこんでゆき、複合的に宗教となっている。 サフィアスの中心部はフライア教の神殿によって構成されているが、西海に面した 港の近くは種々雑多な人種、フライア神の息子や娘となることにより生き延びた土俗 の神々が存在した。そこは混沌とした街であり、港から入り込んでくる南方や北方の 名産品も商われ、フライア神の娼館を目当てに中原のあちこちから訪れる富裕商人や 貴族たちによって経済的に潤っている。 オーラ軍はトラウスを陥落させると同時に、このサフィアスへも兵を進めた。サフ ィアスは軍事力を持たないためあっさりとオーラの支配を受け入れている。オーラ軍 はサフィアスに駐留しているが、その目的は不可解であった。 元々中原における軍事バランスから考え数年先になるはずであったトラウスへの進 軍と同様に、オーラが軍をこのサフィアスに駐留する理由を説明できるものはいない。 ただ、かつて賑わったサフィアスの街も戒厳令下にあるように静かになったという事 実だけがある。 神官の衣装を纏い、フードつきのマントとベールで顔を隠した人影がサフィアスの 市街を歩いていた。オーラによる軍事封鎖以来、夜間の外出は禁止されたこともあり まだ陽がくれたばかりであるというのに、歩く者はほとんどいない。 月の明るい夜である。フライア教徒の僧衣である白い布に金の糸で模様を刺繍した 長依を纏ったその人影は、港の近くの複雑に入り組んだ小路を足早に抜けていく。目 指しているのは、サフィアスの中心部である丘陵の頂であるようだ。 月明かりの元、土俗の神々の壁画が描かれた街の中を進んでゆく。普段であれば、 市も立ち南国の果物や供物の獣、着飾った売笑婦で賑わっているであろう街も喪に服 しているように静かだ。 僧衣を纏った者は、巧みに小路を抜けていたがふと道を誤ったのか、サフィアスの 中心部に向かう大通りに出てしまう。とたんに、声をかけられた。 「おい、そこを行く者」 長剣を腰に提げた、オーラの兵士である。巡回の途中のようであった。四人一組の 小隊である。甲冑を身につけているわけではないが、制服の下に帷子は着込んでいる ようだ。 僧衣のものは、兵たちに行く手を阻まれ壁際へ追いやられる。 「顔を見せろ」 兵の言葉に従い、その者はベールを下げる。女のようであった。月明かりの元で見 る限りではかなりの美貌の持ち主である。 兵たちは、薄笑いを浮かべていた。 「私は、ナルディス様の統べる神殿のもの。名はカーラ。所用があって港にでていま したが、今帰る途中です。通していただけますか」 女は落ち着いた声でいった。兵たちは薄笑いを浮かべたままだ。 「信じられないのならば、ナルディス様に問い合わせていだければ」 「いや」 兵士は、低い声でいった。 「そうなのかもしれない。多分、そうなのだろう」 兵士たちは、じっとカーラと名乗った女の美貌を見つめている。貼り付くような視 線であった。 「問題は、陽が暮れたあとの外出は禁じたはずということだ」 「ええ、陽のあるうちに帰るつもりでしたが、所用が長引いて」 「いや、そうなのだろう。まあ、そんなことをいちいち咎めたりはしたくない。しか し、決まりは決まりだ。本来ならばあんたを捕らえる必要がある」 兵士たちは、にやにやと笑う。 「まあ、ひらたく言えばだ。あんたは娼婦なのだろう」 カーラは頷く。 「おれたちは、遠い異国から長い遠征のはてにこの地へ辿り着いた。軍隊の生活とい うのはあじけないものでね。死と隣り合わせだが、楽しみというのは何にもない。恋 人や家族も遠い故郷に残してきているしな」 兵士たちは顔に笑いを浮かべたままだ。女は無表情で兵士たちを見ている。 「そんなおれたちがこの娼婦ばかりの街にきたというのはだ。飢えた獣の前に肉の固 まりをほうりだすようなもの。そう思うだろ」 女の美貌に始めて笑みのようなものが浮かぶ。兵士たちは顔を見合わせ頷きあった。 「あんたのもつフライア神から授かった秘技というやつを見せてもらえれば、おれた ちの信仰も高まってあんたへの信頼も増す。そうなりゃ夜中に出歩こうが知ったこと じゃない。そう思うだろ、あんた」 「ここでしますか?」 女の言葉に兵士たちは少したじろいだ。こうあっさり受け入れられるとは、思って いなかったようだ。 「いや、ここではまずい。どこから見られているか判らんしな」 女は頷くと、振り向き歩き出した。兵士たちはその後を追う。女は小路の中に入り 込むと、街の奥へ進む。 やがて、小さな広場へでた。小振りの祭壇があり供物がある。おそらく土俗神の祭 儀場なのだろう。 「じゃあここでやるか」 兵士の言葉に、女が答える。 「馬鹿だろ、てめえら」 女はフードを払いのける。そこから現れたのは、少年のように短く刈り込まれた頭 であった。同時にマントを脱ぎ去り、よく鍛え上げられ筋肉質の両腕が顕わになる。 そして、目を惹くのは左腕であった。 影を切り取り腕のかわりに貼り付けたような漆黒の腕。それが女の左肩から生えて いる。女はさっきまでの無表情とうって変わって闇に潜む獣の瞳で兵士たちを見据え ていた。 兵士たちは思わず数歩後ろに下がると、剣に手をかける。 「だいたいやな、どうみても妖しい女を捕まえて即斬るどころか自分たちから人気の 無いところに来てくれるとはや」 女は野獣の笑みを見せた。 「ありがたい話ではあるんやけどな、おれにしてみれば」 兵士たちは剣を抜いた。動揺は消え去り、冷静に隊形を整えつつある。二人が正面 に立ち、残りの二人が左右へ回った。 正面の兵士は、剣を青眼に構える。正面から牽制し、左右から切り込むつもりらし い。一瞬、女の黒い左手が鞭のようにはしる。 正面の兵士たちが呻いた。その剣は二本ともへし折られている。 女の漆黒の左手が、蝋が溶けていくように滑らかに延びてゆく。先端は細くなりレ イピアのような形態を取り始めた。 「どうしたんや、メタルギミックスライムを見るのは始めてか?」 女の言葉に反応したように、左右の兵士が切り込もうとした。しかし、それより早 く闇色の左手が黒い風のように動く。その速度は肉眼で捕らえられるものではなかっ た。 左右の兵士の切り落とされた首が、地面に落ちる。正面の二人の兵士は、短剣を抜 き夢中で飛びかかってきた。 女はサイドステップで身をかわすと、漆黒の左手を疾らせる。兵士たちは胴を薙ぎ 斬られ、地面に倒れた。はみ出た内蔵が、湯気をあげながら地面をのたうつ。流れ出 た血が月明かりの下で、鈍く光った。命の輝きを失った兵士たちの瞳が、虚しく月を 見上げる。 女は再びマントを身に纏うと、その場を立ち去ってゆく。
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