長編 #5075の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
見る間に最前線に立つと、右手だけによる手振りを交えて、何かを注文した。 代金と引き替えに、パンと紙パックのジュースの入ったビニール袋を受け取る と、行きと同様、すいすいと泳ぐみたいに、人の波を乗り越え、帰還した。汗 一つかかず、涼しい顔をしている。 純子と結城は互いに見合ってから、一つうなずき、淡島に声を掛けた。 「淡島さん! よかったら一緒に食べようよ」 「……涼原さんに結城さん」 淡島はスイッチを切ったみたいに立ち止まると、眠そうな目つきで見返して きた。あれで焦点が合わせられるのかどうか、不思議に感じる。 「どうも、ありがとう。喜んで」 「そんじゃあ、教室に」 今来た道を指差す結城に対し、淡島は細い顎に右の人差し指を当て、困った 風に首を傾けた。 純子がわけを尋ねると、その姿勢のまま、スローテンポで答える。 「すみません……私、いつもの場所で、食べたいのだけれど、だめかしら」 「え? ええ、いいわ。その方が、気分換わっていいかもしれないし。ねえ?」 結城に同意を求める。 「うんうん。私も、淡島さんがどこでお昼食べてるのか、気になってたんだ。 ふふふ、凄い秘密の場所だったりして」 好奇心をストレートに表し、えくぼを作った結城。手にした弁当箱の包みを 軽く振り、「早く行こう」と催促する。 「それじゃあ」 静かに言い置き、先に歩き始めた淡島が向かった先は、渡り廊下。本館と平 行して建つ別館へ向かう模様だ。各学年の教室が入った本館に対し、特別教室 を集めたのが別館だ。部屋によっては施錠されて、自由に出入りできない場所 もある。 「どこへ行くのかな」 耳打ちする結城の視線は、前を行く淡島の姿をじっと捉えていた。その表情 は、わくわくと音を立てかねないくらい。 「マコも、淡島さんのこと、気になってたんだね」 「まあね。多分、全員が大なり小なり、気にしてるんじゃないの」 淡島は階段を昇り始めた。平らなところでも階段でも、同じ歩調で進んでい るように見える。 別館は部分的に騒がしいスペースがあるが、それは部活動関係か、昼からの 授業が入っているところだけ。あとはたいてい静まり返っている。淡島は、そ んな中でも殊更に静かなルートを選んでいるのか、どんどん寂しい方へ行って いる。 やがて、三階で昇るのをやめ、とある一室の前で立ち止まった。何の部屋な のか、表示がない。 「着きました〜」 抑揚を欠いた口ぶりで言うと、淡島はその部屋のドアを引いた。当然のよう に開いた。 「あれ? 鍵は?」 「ここは、私の入ってるサークルに、与えられた部屋だから、自由に、出入り できるの」 純子と結城は、再び顔を見合わせた。 (淡島さんて、何のサークルに入っていたんだっけ?) 二人とも思い出せなかった。元から知らなかったと言うべきかもしれない。 中は雑然としていた。誰かが散らかしたのではなく、最初からこの部屋は物 置代わりに使われているらしい。人体模型や天球儀、オルガンに望遠鏡など、 いずれも古びた品々が、ほこりを被ったまま置いてある。壁には棚がずらりと あって、その各段に空っぽのガラス瓶がいくつも並ぶ。 「ね、ね、淡島さん。こんなところで活動できるの、そのサークルって?」 結城が、相手の肩を叩くような身ぶりをしながら、質問する。 「占い研究会」 ぽつりと答えた淡島は、中庭に面した窓際の席に、すとんと腰を下ろした。 どうやら、そこが彼女の指定席らしい。 「占いかぁ。言われてみれば、ぴったりだわ」 結城の感想は、部屋の雰囲気を称して言ったものか、それとも淡島自身を言 ったのか、純子には判断しかねた。 取りあえず、純子達も適当な場所に座った。埃っぽく思えた室内だったが、 テーブルや椅子はどれもきれいにしてある。 「占い研究会の他の人が来ることはないの?」 「ええ。昼休みに来るのは、私ぐらいね」 純子の方を向かず、窓の外を眺めたまま返事した淡島。 何かあるのか気になって、純子と結城はお弁当を置き、淡島の後ろに立った。 「――何だ、教室が見えるだけじゃない」 結城が片手で額に庇を作り、眺めやる。 「ここからですと、私達のクラスが、とてもよく見えるのよ」 ほんの少しだけ微笑み、淡島は一点を指差した。確かに、一年三組の教室が 見える。ほぼ、正面と言っていい位置関係。 ならば、全くの正面には何組があるかというと――。 「あっ。相羽君がいる!」 結城が一際高い声を上げた。頬を少々赤らめて、それを両手で覆い隠す。 (ほんとだわ) 結城の声に敏感に反応した純子も、すぐさま相羽を見つけた。一年四組の教 室の窓際で、机の上におかずパンとおにぎりと缶飲料を並べて、誰かと話し込 んでいる様子が窺える。 立ち位置をずらして、角度を変えた純子と結城。相羽の話し相手が、どうに か見えた。 「あーん、やっぱり、女の子と話してるわー」 途端に嘆く結城。頭を抱えて、窓から離れる。 「誰しも考えることは同じかあ。仕方ないわね。それとも――ねえ、もしかし たらあの女子、純子の知ってる人?」 「う、うん」 「どっち?」 結城が聞き返してきた。純子の返事がつまりながらだったため、「うん」な のか「ううん」か、判断できなかったらしい。 「知ってる。同じ中学だった、白沼さんていう人」 「ふーん」 結城ではなく、淡島が言った。 純子も結城も虚を突かれた思いで、急いで彼女を見つめた。淡島は気付いて いるのかどうか、淡々と続ける。 「そうかぁ、あの人は相羽と言って、あの人は白沼。覚えとこう」 満足げにうなずくと、淡島はビニール袋からパンを取り出し、その端っこに かじりついた。 「ね、ね。淡島さん」 結城が人差し指で、淡島の肩口をつついた。口をもぐもぐさせながら無言で 振り向いた相手に、興味ありげに聞く。 「淡島さんてお昼を食べる間、あの男子を、ずっと見てた?」 「相羽という人のことですか。ずっとではないけれど。ここに腰掛け、外を眺 めると、自然と視界に入ってくる、そんな感じ」 「あの女子は?」 「……」 少し上目遣いをして、それからおもむろにジュースを開けて一口飲んだ淡島。 やがて、思い出したという風に目を元の高さに戻す。 「白沼という人も、よく見かけたかな」 「よく、とはつまり、あの二人はいつも一緒にお昼食べているわけ?」 結城が矢継ぎ早に尋ねるのを聞いて、純子はその心情が分かった。 「そんなことは、ありません」 淡島がきっぱり言い切った。今度はおにぎりを食べ始める。 「相羽という人が、教室で食べることそのものが、あんまり、なかった」 「え、でも、さっき、ここから外を見れば、自然に目に入って来るって」 「それは、あの相羽さんが」 さすがに面倒に思ったのか、淡島は初めて「さん」付けをした。 「あの相羽さんが、食堂かどこかで、お昼を食べ終わって、教室に戻って来た 姿を見た、という意味」 「なーんだ。ちょっと安心した」 一転して笑顔になる結城。安心するとお腹が空いているのを思い出したのか、 いそいそとお弁当の包みを解き出した。純子も結城の隣に腰掛けて、同様にす る。 「ねえ、白沼さんという人、相羽君の彼女じゃないよね?」 「――っ」 唐突かつストレートに聞かれて、純子は口に入れたばかりのご飯を喉に詰ま らせそうになった。けほけほと咳き込み、箸を置いて、両手で口を覆う。それ でも収まらないので、お茶に手を伸ばした。 「大丈夫? 背中、さすろうか」 「いい、いい」 かすれ声で応じて、お茶を飲むが、さして効果はない。胸板の真ん中付近を 拳で押さえて、ようやく収まってきた。 「いきなり咳し出すから、びっくりしたじゃないのー。どうしたのよ。私、そ んなに変なこと聞いた?」 「ううん。自分で勝手に咳き込んだだけだから。それで白沼さんのことだけれ ど、相羽君の彼女じゃないと思う」 およそ二ヶ月前になるとは言え、白沼本人が言っていたのだから、間違いな かろう。 結城は、まだ安心できないとばかり、引き締めた表情で重ねて聞いてきた。 「じゃあさ、相羽君に彼女がいるかどうか、知ってる?」 「多分、いない」 結城は大きく息をつき、満面に笑みを広げて昼食に集中した。 純子の方も、心の内で、安堵の息をついていた。結城が次に「相羽君が誰が 好きなのか知ってる?」なんて聞いてきたら、どうしようかと迷っていたのだ。 ひとまず、窮地を素通りできたらしい。 純子は話題を意図的に換えた。 「ところでさ、淡島さんは、どうしていつもここで食べてるの?」 「いつもじゃ、ない。屋上に行くときも、あるんだから。お天気が素晴らしく て、屋上へのドアが、開いていたら」 行き当たりばったりなことを言う淡島。多分、本当なのだろう。 このあと、純子の本来の問い掛けに返答した。 「私、高いところと、静かなところが、好き」 「……それじゃあ、私達、邪魔しちゃった?」 「とんでもない」 それだけ言って、淡島はおにぎりを食べ終えた。パンとおにぎりを交互に食 べていたのだ。 「これくらいの人数が、ちょうどかもしれない。面白いお話も、聞けたし」 そんなに面白い話をしたつもりは、純子にも結城にもないけれども。 「さて」 淡島は両手を丁寧にはたくと、右手人差し指を上に向けた。 「お近づきの印と、お礼を兼ねて、涼原さんと結城さんのことを、占ってみま しょうか」 微妙に言葉遣いを変えて、どことなく嬉しそうに申し出た淡島。 「恋い占いなんて、いかが」 (一つずつ、決着していかなくちゃ) 日曜日の朝。純子は心に固く誓うと、行動を起こした。 歩いて向かった先は、富井の家。あらかじめ電話を入れてはいない。もしい なければ、会えるまで、何度でも足を運ぼう。会ってもらえないのなら、会っ てもらえるまで。井口に対しても同様だ。 (でも、何て話せばいいんだろう……) 考えがまとまらない内に、富井宅の前まで来てしまった。門柱の前に立ち、 深呼吸を挟んで、呼び鈴のボタンを押した。 「はーい、どちら様でしょう?」 明るい大きな声がした。一瞬遅れて扉が開き、郁江の母が顔を覗かせる。純 子に気付いて、すぐに表情をほころばせた。 「あら、涼原さん。久しぶりねえ」 「こんにちは、お久しぶりです。あのっ、郁江は……」 「ごめんなさいねえ、郁江ったら、珍しく朝早くに出かけてしまって、今留守 なのよ。井口さんと一緒だって言っていたわ」 「あ、そうなんですか」 あり得ることと予期していたものの、やはり拍子抜けしてしまう。気を取り 直し、うつむきかけた面を起こす。 「てっきり、あなたや町田さんも一緒なのかと思っていたけれど、違うのね」 「え、ええ、はい。あの、いつ頃帰って来るか、分かるでしょうか?」 「さあ、聞いてないけれど……少なくとも、夕方になるんじゃないかしら」 「そうですか……」 「ごめんなさいね、ほんとに。折角来てもらったのに」 「いいえ、私の方こそ、急に来ちゃいましたから。また来ます」 お辞儀をして立ち去ろうと、足の向きを換える。呼び止められた。 「帰って来たら、電話させようか?」 「ううん、いいんです。会って、話がしたいだけだから」 再び礼をして、今度こそ離れる。よろしく言っておいてください、とは頼め なかった。 (郁江も久仁香も、留守なのね……) 気の重い事柄を先延ばしにできたのには、ほっとしたけれども、一大決心を してやって来ただけに、同時に疲労感をひどく覚える。 (日曜っていうのが悪かったのかしら。だけど、平日だと、夕方になってしま うし、あらかじめ電話で約束を取り付ける自信もなし……) 途方に暮れる。決意が早々と揺らぎそうになる。 ――つづく
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