長編 #5073の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ――相羽君。おはよう」 「おはよう、純子ちゃん」 駅までの道すがら、相羽の背中を見つけて、純子は小走りで追い付いた。 待っていた相羽と並んで歩き出す。早朝登校は昨日で終わりにしたけれど、 それでもまだ充分に余裕がある時間帯。 「今日は、唐沢君は一緒じゃないのね」 「普段も、行きしなはあんまり一緒にならないなぁ。そっちこそ、町田さんや 富井さん、井口さん達とは別々なの?」 「え、ええ。まあね。芙美はともかく、郁江達は確かバス通学だし」 「そっか。やっぱり、学校が別になると、会う機会も減ってしまうのかな」 純子はこれには答えず、曖昧にうなずいた。 (学校が違うせいじゃないのよ。私のせい。あなたとはまた友達の関係に戻れ たけれど、郁江達とはどうなるか……自信ない) 小さくため息をつく。すかさず聞いてくる相羽。 「どうかした?」 「ううん」 駅に着いた。陸橋を渡りながら、純子は今朝感じたことを口にする。 「てっきり、駅まで自転車と思ってたわ。マンションから遠くない?」 「それほどでもないよ。部活できそうにないから、ちょうどいい運動ってとこ ろかな」 「あれ? 部活、しないの?」 「うん。しないというか、できないというか」 プラットフォームに立ち、少し思い出す風に相羽は空を見上げた。 「そうか、まだ誰にも言ってなかったっけ。エリオットさんに教わることにな ったんだ」 「エリオットさんて、ピアノの先生の? どういうこと?」 ほんの少し、嫌な記憶が蘇って、目元をしかめた。外国に行くと今さら言い 出すはずがないと信じていても、不安に駆られる。 「エリオットさん、四月から日本の音大で教鞭を執るんだ。それで、土曜に時 間を作っていただけることになって」 「習いに行くのね、凄い! よかった」 相手の台詞を先取りして、純子は拍手の格好をした。心の底から、精一杯の 祝福をする。 (J音楽院行きをあきらめたのが、もしも私のせいだったのなら――と思うと、 心配でたまらなかった。規模は違うんだろうけれど、それでも相羽君がピアノ を続けられるのなら……少し、肩の荷が降りた気分) 今度は安堵の息をそっとついた。 「いつかまた、聴かせてくれる?」 「もちろん」 相羽の返事に、駅のアナウンスが被さる。電車が入ってきた。 学校に着き、クラスに入ると、結城が怒っていた。机にしがみつくようにし て座ったまま、純子を手招きする。 スキップで近付くなり、恨めしそうに言われてしまった。 「どうして、今日に限って普通に登校なんだよ〜、あんたは〜」 「え? え?」 古典的幽霊を思わせる仕種で指差され、目をぱちくりさせた純子。戸惑いつ つ、見れば、結城の目が腫れぼったい。すぐに察しが付いた。 「もしかして、私に合わせるために、早起きして……」 「……ぴんぽ〜ん……」 机に突っ伏し、疲れた声で応じる結城。 「そりゃもう、眠くって眠っくて、たまんないわ」 「ごめん、マコ」 手を揃え、深々とお辞儀する純子に、結城は身体を起こして手の平を振った。 「謝ってほしくて言ったんじゃないよ。愚痴を聞いてほしかっただけ。だって そうでしょ。私って、苦労を人に知ってもらわないと気が済まないタイプなの かな。影で努力するってことはできないんだ」 そうでもないんじゃない?と思った純子だが、言わずに仕舞い込む。 結城は目をこすりながら、聞いてきた。 「早朝登校はやめたの? それとも、今日はたまたま寝坊したとか?」 「あ、もうやめると思う。多分ね」 「そっか。じゃ、明日から、一緒に通えるね」 「うん。駅で待ち合わせする? だったら、時間を決めておいた方が」 「適当でいいよ。そこまで決めたら、しんどくない?」 結城があっけらかんと言い放つ。純子は目で問い返した。 「たとえばさ、純子が朝、急に休むことになったとして、当然、駅には来られ ないわよね。その間、ずっと待ってるのは、私にはきつい。気が気でないって 言うか、不安で潰される感じって言うか」 語尾を濁しながら、横を向いて頭をかく結城。目元がわずかに赤くなったの が、しっかり見て取れた。 「――了解しました」 純子は右手で敬礼のポーズをし、ついでにウィンクも決めた。一拍置いて、 二人とも吹き出す。 「何かあったん? えらく楽しそうだけど」 そのにぎわいに引かれたか、唐沢が近寄ってきた。 「あ、唐沢君、おはよ。ううん、大したことじゃないのよ」 「暇なら、一つお願いがあるんだけれど、聞いてくれるかい?」 鞄の蓋を開けながら、唐沢。その指が金具をかちゃかちゃと鳴らす。焦って いるみたいだ。 「何?」 「言いにくいんだが……宿題、見せて」 いきなり拝む。 一瞬、面食らった純子は次に苦笑し、承知した。 「ありがたい! 感謝! 実は昨日の夜さ、急に従兄弟が来て、遊びに連れ回 すんだもんな。すっかり相手のペースで、自分のこと何にもできなかった」 唐沢のお喋りを、結城が止める。 「言い訳はいいから、早く写せば? 今日締め切りは、英語と物理だっけ」 「そうそう」 素直にうなずき、純子からノートを借りた唐沢は、改めて礼を言って自身の 机に着いた。 そちらを見ていた純子の背後から、結城がため息混じりに呟く。 「何で唐沢君は、あなたに頼むのかしらね? 他にいっぱいいるみたいなのに、 女子の友達」 結城の言う通り、唐沢は入学一ヶ月を待たずに、大勢の女子と親しくなって いた。その数ときたら、両手では足りまい。 「だいたい、女子に見せてもらおうという心根が、よく分かんないよねー。男 の友達に頼めばいいじゃないのと思うんだけどな」 「多分、同じ中学出身のよしみで、来たんだと思うわ」 振り返っての純子の言葉に、結城は一応納得できた風に、黙って首肯した。 事件は、同じ日の昼休みに起きた。 純子は結城と机を並べて、お弁当を食べていた。 「えー? どこにも入らない?」 結城の口から、ふきのとうの煮付けが半分かじられ、弁当箱の中にぽとりと 落ちた。 部活の話である。結城は、さも落胆した様子で肩をすぼめ、食べかけのふき を再度箸で挟んだ。 「一緒の部に入ろうと思ってるって、あれだけ言ってたのに。どうして帰宅部 を選ぼうとするかなあ? 絶対、どこかに入ってる方がいいって」 「それは分かるけれど、学校の外で、ちょっと忙しくなりそうなことがあって」 純子の方はちょうど今食べ終わって、ごちそうさまをした。 「忙しいって、何が」 「それは――」 何て答えようか思案したため、話す速さがゆっくりになる。その隙を衝くよ うにして、結城が全く別のことで頓狂な声をあげた。「あー!」と叫んだ結城 を見ると、口を大きく開けて、箸を持った方の手で一方向を指し示していた。 純子が背を向けている方角なので、状況が分からない。 「どうかした? 急に――」 純子は肩越しに振り返って、その先に唐沢と相羽を捉えた。 (あ、相羽君。こっちの教室に来てくれたの、これが初めてだわ。やっぱり、 私が避けようとしてたせいなのかな) などと考える純子の右肩を、結城ががっちり掴んだ。慌てて向き直る。 「な、何?」 「ねえ、唐沢君と話してる男子って、唐沢君の知り合いなのかしら?」 真剣な眼差しになって、聞いてくる。いつの間にか、肩を両方とも掴まれて いた純子は、何度か揺さぶられた。 「知り合いも何も、中学が同じ」 「え? ていうことは、純子、あなたも」 「う、うん」 肩に置かれた手から、力が抜けていく。同時に、目の前の結城がうなだれ、 やがて椅子の背もたれに身を預けた。 「何だぁ、教えてよー、もう。と言っても、無理よね。最初に気付いとけばよ かったのに」 「マコ、一体どういう……」 「あのさ、私が言ったこと、覚えてる?」 「はい?」 「好きな男子ができたって。あれ、あの人のことなんだよね、はあ」 「――ええーっ!」 さっきの結城以上の大きさで、叫んでしまった。慌てて見渡すと、当然のご とく、皆の注目を浴びている。近しい女生徒の中には、物問いたげな視線も数 多い。大したことじゃないと示すために、急いで首を横に振った。 肩身を狭くしながら、結城に聞く。 「そうだったんだ? 私、全然気付かなくて、あは、ごめんなさい」 「謝まんないでよー。言ってないのに気付かれたら、私が困るわ」 顔は赤いままだが、徐々に調子を取り戻しつつある結城。とは言え、物腰が まだ安定しない。 「そ、それで、あの人、何て言う名前なの?」 「え。名前も知らない? 四組の人に聞くとか」 「四組まで行って調べるなんて、そんなはしたない。できれば、自然に知りた いと願ってたのよ。でも、限界だわ。あなたが知ってるのなら、聞く」 「はあ……相羽君て言うのよ。相羽信一君」 「どんな字?」 結城が聞き返すよりも早く、純子はノートを取り出し、その片隅に相羽の名 を丁寧に記した。読み易いよう、結城へと向けてあげる。 「これで『あいば』と読むのね。最初に聞いたとき、ちょっと変わった名前だ と思ったけれど、こうして見るといい感じ」 昼食もそっちのけで、ノートを両手に、結城は凝視する。その目が、純子に 合わされた。 「ねえ、お願いがあるんだ。単刀直入、紹介してっ」 「もちろんかまわないけれど……はしたないとか言ってたのは?」 「それは忘れてください」 両手を合わせてお願いする結城に、純子は後ろめたさを感じながらも、うな ずいた。 (これは……言わなくちゃ。私も相羽君が好きだって、マコに伝えてなくちゃ。 隠しておいて、また友達との仲を悪くするなんて、嫌) 決意を固めたものの、眼前の結城の嬉しそうな様子を見ていると、途端にく じける。 「そっかー、相羽君て言うのかー」 知り合ってから今まで、さほど女らしさを見せなかった結城が、凄く女の子 してる――そんな風に思えた。 (す、すぐに言わなくてもいいよね。しばらくしてからで) 様子見を決め込んだ純子に、結城が楽しげに話し掛ける。 「格好いいよねー、すらっとしてて、クールっぽくて。純子はあの人と親しい の? 唐沢君と友達なんだから、その友達の相羽君とも親しいよね?」 「え、ええ、まあ、その。実は、ずっと同じクラスだったから」 「本当? それじゃあ、全然問題なしじゃない! あとでお願いね」 ガッツポーズをすると、結城はノートを純子に返した。そしてお弁当の残り を片付けようとしたが、不意にストップ。 唐沢との話を終えた相羽が、純子のすぐ後ろに立ったのだ。 「今、邪魔かな?」 「えっと。ううん」 純子は結城の反応を横目で確かめながら、相羽に返事した。 しばらく固まっていた結城は、顔を伏せたまま、速い動作でお弁当の残りを 口に運び始めている。 「それで相羽君、何?」 「えっと、CDのことで――」 相羽が一瞬、結城の方を見た。直後、純子へウィンクを送って、話を続ける。 「――借りてたやつ、返すのが遅れそうなんだ、ごめん」 「え?」 (今のところ、貸してないわ) 怪訝に思ったのは短い間だけで、純子は閃いた。 (久住淳のことを言いたいんだけれど、マコがいるから機転を効かしたのね?) うなずき、先ほど思わず出てしまった「え?」を打ち消すため、思い切り笑 みを作る。 「全然かまわないから。好きなだけ、聴いてて」 「よかった」 ほっと息をつき、胸をなで下ろす仕種を見せた相羽。なかなかの役者である。 「じゃ、またあとでね、純子ちゃん」 ――つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE