長編 #5066の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
登校が、久しぶりにちょっぴり恐い。写真週刊誌のことが皆に知られていた らと考えるだけで、今朝は頭痛がしそう。初めてのコマーシャルやドラマが放 映されたときと同様の感覚だ。いや、話がスキャンダラスな分、今回の方が重 大事件で、プレッシャーが強いと言えるかもしれない。 (知られていませんように) 着替え終わったとき鏡の前で、家を出るとき玄関で、そして学校最寄りの駅 に降り立ったときにも、純子は両手を組んでお祈りした。 徐々に大きくなる校舎の影を意識しながら、懸命に足を前に運ぶ。早朝登校 のおかげで、同級生とはまだ顔を合わさないで済んでいる。 (知っているとしたら、相羽君だけよね? あの写真を見ているかどうかに関 係なく、おばさまから聞けば分かるんだから) 言い聞かせるのは、自分を落ち着かせ、納得させるため。相羽が喋りさえし なければ誰も気付くまい――本屋の店先で、誌面を飾った問題の写真を見たが、 そう信じるに充分な不鮮明なものだった。 (ああ……でも、ほんとに髪の毛、短くしとけばよかった。それなら、もっと 確実にばれない自信が持てるかもしれないのに) 思い、自身の髪を手で撫でる。知らず知らずの内に、愛おしさがあふれた手 つきだった。長い方が気に入っている。色んな髪型ができて楽しいから。 好きで切りたいなんて、一度も思ったことがない。失恋がなかったら、髪を 切ろうとは絶対に発想しない。 (相羽君) 高校入学……否、中学の卒業式以来、いまだに顔を合わせていない。なのに、 心の中に映し出される相羽の姿形は、以前よりも鮮明になってきているようだ った。相羽と会わないよう、無理をして避け続けてきたが、想いは抑え込めな いほどにふくらみつつある。 (相羽君があの写真をもう見たとしたら、何を感じたんだろう……。何も感じ なかったかな) もう叶わぬ恋だとしても、香村との仲を写真週刊誌に載ったまま相羽に誤解 されたとしたら、解いておきたい。 本当に誤解しているのかどうか、確かめる術をちょっと思い付かないのだが。 (だって、会うことさえままならないんだもの……ね) クラスは隣同士だと言うのに、一瞬ちらっとでも見かけることもない。運命 が見えない糸を操って、二人が出会わぬよう弄んでいるかのごとく。 純子が腕枕に額を当てて、物思いに耽っていると、元気のよい声に意識を起 こされた。 「早すぎ!」 背筋を伸ばして確認すると、声の主はやはり結城だと分かる。純子は素早く 目じりを拭いながら、笑みを作った。 「結城さん、おはよう」 「おはようもおはようよ。本当に早すぎるわ、純子ったら」 机に噛みつかんばかりの勢いで、結城は接近し、純子を上から見つめてきた。 「何とかして、一緒に登校しようと私は努力しているというのに、それを嘲笑 うかのごとく、この仕打ちだわ」 「悪いとは思ってる……けれど、しばらく、この習慣は変えられそうになくて。 帰りはなるべく結城さんに合わせるからさ」 手の平を合わせる純子の鼻先に、結城は人差し指を持って来た。 「早朝登校がやめられないなら、もう一つの習慣を改めてほしいのよね」 「え?」 どきりとして、胸を片手で押さえてしまった。何か気に触ることをしたのか しらと、頭の中で入学式以後の結城との付き合いを振り返る。分からず、二の 句を告げないでいる純子へ、結城は目の高さを合わせた。 「名前の呼び方よ。そろそろ、もっと親しみのある呼び方してくれたっていい んじゃないかと、私は思うわけなのよ。純子はどう思う?」 「はぁ」 純子が皆まで答えきらない内に、結城は人差し指を天井に向け、上目遣いに 言った。 「私の方は純子のことを、最初っから、純子って呼んでるしね。あっ、呼び捨 ては嫌? もしそうなら言ってちょうだい。他のを考えるから」 再び指差された純子は、勢いに押されて、立ち上がった。首を大きく振って、 返事する。 「ううん、かまわない。これまでの友達も、たいていは純子とか純って呼ぶの」 「よかった。でも、友達って、男子も純子って呼ぶの?」 意外と細かい点を気にする結城。純子は、先ほどとは違う意味で、慌てて首 を左右に振った。 「ないない! 下の名前で呼ぶのは、女子だけ。男子は当然、名字だってば」 「あ、やっぱり」 目尻を下げる結城。どうやら、最初から承知の上で、わざと尋ねてきたもの らしい。純子は気疲れを覚えつつ、別のことを考えた。 (一人だけ、いるんだ。男子で私のことを下の名前で呼ぶ人が。ううん、今で は、『呼んでいた人』かもしれない) 教室内が段々騒がしくなっていく。クラスメートが姿を見せ始めた。 「結城さん……じゃなかった」 後ろから呼びかけた純子は、肩越しに振り返った結城にじろりと見据えられ た。気付いて、急いで言い直す。 「マコ」 「そうそう」 身体の向きを換えて純子の正面に立った結城は、満足げにうなずく。呼び方 について、結城自身が希望した「マコ」と「ユウ」の二つの内、純子は前者を 取ったのだ。 「早く慣れてね。それで、何か用?」 「ええっと、神村先生が呼んでたわ。職員室まで、すぐに来てくれって。球技 大会のことみたいよ」 「面倒だなあ。体育委員なんて、引き受けるんじゃなかった」 昼休みも半ば、人が行き交う廊下を、結城はぼやきながらも駆けて行った。 後ろ姿を見送り、純子は思い起こす。自分自身も、さっきまで先生に呼ばれ ていた身なのである。 (よりによって、最初に気が付いたのが先生だったなんて) 写真週刊誌の一件である。 生徒の中にも騒いでいる子はいたが、それはあくまで香村に恋人がいるかも しれないという記事内容についてであり、その相手として写っているのが純子 だとは、誰も気付いていない。 一方、神村先生は、この手の雑誌を愛読しているという。しかも、人の顔を 覚えるのが得意らしくて、問題の写真の少女も純子だと直感的に分かったんだ と、誇らしげに語った。 第三者であれば苦笑いでも浮かべて見過ごしていればいい事実だけれど、純 子は当事者なので、そうもしていられない。 写真週刊誌を愛読するとは言っても、教師は教師だ。芸能界の舞台裏には興 味を示さず、毅然としてただ一点を問い質してきた。つまり、香村綸とはどう いう交際をしているのか?である。 (単なるお友達だって言ったけれど、信じてもらえたかしら) 正直に答えたのに、今になって少々不安になる。 (もしまた疑われるようなことになったら、誰か証人がいるかもね。相羽君と かおばさまとか……) また思い出してしまった。相羽のことを脳裏から拭いきれない。拭いきれる はずがない。 「……ばか」 つぶやいて、自らの頭をこつんとやる。息をつくと、廊下の窓辺に身を寄せ、 両腕を枠に乗せた。 季節は春の残り香を漂わせ、日一日と暖かくなっていく。青空と緑の木の葉、 そして太陽がまぶしかった。 純子は、ポケットから小さな巾着袋を取り出した。紐を引っ張ってその口を 開き、琥珀のお守りを手の平で受け止める。 親指と人差し指とで優しく摘むと、頭上、額の前辺りにかざす。 光に透かして見た。内部がきらきら輝いている。 (いっそ) 琥珀を見つめながら、思う。 (これをくれた香村君のことを、心の底から好きになれたら、丸く収まるかも しれないのにね……なーんちゃって) だめだ。今の時点では、自分に嘘をつけない。相羽が好きだ。 (琥珀をくれたのが、相羽君だったらな。それなら私、誰にも負けない。悪い んだけれど、たとえ郁江や久仁香にだって、譲れない。そう強く信じていける) あり得ない仮定――自分にとってあり得ない――を弄び、自嘲気味に笑った 純子。穏やかな日差しの下では、楽しそうに微笑んだようにも見えたであろう。 * * (あ……) 相羽は途端に嬉しくなった。とうとう、純子に会えた。いや、違った。会え たのではない。純子の姿を見かけることができた。たったそれだけで、嬉しく てたまらなくなる。 相羽が見た純子は、廊下の開け放った窓の窓枠に両肘を乗せて、外へと眼差 しを向けていた。やや上を見ている。 瞬間、声を掛けようと思った。これまで遠ざけてきたことが嘘のように、自 然にそんな気持ちになれた。雑誌に載ったあの写真が、相羽の心に何らかの影 響を及ぼしたのかもしれない。 「じゅ――」 相羽は約五メートルまで近付いて、純子の手に琥珀があるのに気付いた。 間違いない、と思った。 正確な形状を覚えていたわけでもないくせに、あの琥珀は、恐竜展で自分が 純子に渡した物だ、と確信を得る。記憶に重なったのだ。 (運命を感じるのは、間違ってるのか?) 足を止め、考え込む。純子に、気付いた様子はない。 (やっぱり、好きだ) 写真週刊誌の記事なんて、どこかへ吹き飛んだ。いや、気にはなるが、些細 なことである。 純子から友達宣言をされた事実の方が、よっぽど重大だ。 吹っ切れたはずの気持ちが、再び慎重になった。純子へ声を掛けるのがため らわれる。友達のままでいいのなら、お喋りも気さくにできようが、そうじゃ ない。感情の整理をつけねば。 相羽は言葉を飲み込むと、伏し目がちになって、純子の後ろを静かに通り過 ぎた。そのまましばらく歩いて、離れてから、そっと肩をすくめる。 何も話せなくても、純子の姿を目にしたことによる嬉しさは変わりなかった。 * * レッスンを終えた純子を訪ねてきたのは、ガイアプロの藤沢だった。 「状況が分かりましたので、報告に来ました」 いくらかもったいぶった調子で、口を開く藤沢。 純子は話を聞く前に、着替えをすませた。その後、市川や杉本、それに相羽 の母と一緒になって、藤沢の言葉に耳を傾ける。 「単刀直入に申し上げると、写真週刊誌『キャッチ』の編集長が、三月末時点 で交代させられたそうです」 「……それは、つまり」 遠慮がちに、相羽の母が聞き返す。 「問題の写真や記事を掲載しないという約束は、前編集長との間でのみ成立し ていたものだった。編集長の交代により、あっさり破られたと解釈してよろし いのでしょうか」 「ええ、まあ、そうなります」 ゆっくりうなずき、視線を合わせる藤沢。右の人差し指を立てて、続けた。 「一つだけ注釈を加えるとすれば、編集長交代の理由について」 「何か、特別な事情でもあるんで?」 杉本が口を挟む。藤沢は、今度は顎先だけで首肯した。 「端的に言えば、あの写真と記事を掲載したいがために、編集長の首をすげ替 えた節が見受けられるんですよ。まあ、名目上、前編集長降板は、特ダネ記事 をみすみす没にした責任を問われた格好になっているようですけれどね。裏で はどうなっているのか、我々外部の者にそこまでは」 肩を大げさにすくめた藤沢は、瞼を閉じ、眉間の辺りを指で揉んだ。 「抗議する余地はありませんの?」 冷淡で、きつい調子で問うたのは、市川だ。いきさつは理解できたが、結果 に対する落とし前をつけてもらおうじゃないの――そんな気迫がちらほらと見 え隠れする。 「さあて、難しいかもしれません。私どもとしてもこんな事態までは想定して いなかったから、前編集長の名で約束を取り付けて、手書きの文書を交わし、 よしとしていたんですよ」 「雑誌名は入っていないんですか、その文書に」 「無論、入ってます。だけれど、個人名が優先すると主張されれば、それまで かな……」 いつもに比べると、藤沢は自信なさげだった。早々にあきらめた雰囲気さえ 感じられる。記事が出てしまったあとでは、いかなる対策を講じようとも、ど うにもならないという境地か。 ――つづく
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