長編 #5063の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
* * 呼吸がわずかながら乱れていた。一瞬、息を止め、唇を固く結んで、駅の電 光掲示を見上げた。 (間に合わなかったか) 上体を折り、膝に両手をついて、荒い息を吐く。 走ってきたが、純子には追い付けなかったようだ。 相羽は努力が実らなくて落胆すると同時に、どことなくほっとしたものも感 じていた。 中学卒業の日、純子の口から友達宣言を聞いて以来、一度も顔を合わせてい ない。いざ会うとなったら、どんな顔をして、何を喋ればいいのか、途方に暮 れてしまうような気がした。 (こんなことなら、唐沢と一緒に帰っていればよかったか……唐沢の奴、誰と 帰ったんだろう?) 頭の中に、純子と唐沢のツーショットが浮かぶ。去年の末、美術館に来てい た二人の姿に、若干の加工をしたものだ。 (同じクラスだし、一緒に帰ってもおかしくない) 納得したにも関わらず、頭を水平方向に振る相羽。 (畜生っ。ふられた上に、友達宣言された自分には、何ができるんだよ?) 電車の通過する音が聞こえ、風が巻き起こった。 * * (芙美め、何で邪魔すんだよ) 純子と別れてから、町田と連れだって帰宅する途上で、唐沢は心中、悪態を ついていた。 (折角、いい雰囲気に持って行けそうだったのに、いきなり話し掛けてきやが った) 斜め前を行く町田の肩の辺りを、じろりと見据える。町田は勘付く様子もな く、いくらか足早に進んでいた。 (それに、あのことが聞けなかったのも、おまえのせいだぞ。涼原さんが卒業 式の日に泣いてたっていう、あのこと……何とかして事情を聞き出そうと考え ていたのに、台無しになっちまった) もっとも、町田に邪魔されずとも、聞き出すための手筈が整っていたわけで なかったが。 「――あんた」 町田が不意に振り返った。びくりとして、足を止める唐沢。 「な、何だよ」 まさか心の声を聞かれたわけでもあるまい、落ち着け落ち着けと自らに言い 聞かせながら、唐沢は町田の返事を待った。 「純に直接聞いたんじゃないでしょうね」 歩を詰め、じっと見上げる町田。 「何の話か分からねえ」 「とぼけないの! やっぱり、今朝、あんたにあの話をしたのは迂闊だった気 がする」 「約束なら守ってるぜ。と言うより、涼原さん本人に言うのもだめなのか、他 言無用ってのは?」 「当たり前でしょうが。純は、相羽君を好きだという気持ちを、その場にいた 人達――郁と久仁と白沼さんにしか知られてないと思ってるんだから。この三 人以外が聞いたら、一段とショック受けるに決まってる」 「相羽を好きだっていう気持ちを知られるのが、そんなに大変なことか?」 「あの子は隠してきたつもりだろうからね。私やあんたにまで知られたと分か ったら……。だから、私は知らないふりをしたのよ。さっき純と会ったとき、 聞きたくてたまらなくなったのを、辛抱した。今は、純から言ってくれるのを 待つのよ。私にできるのは、それだけ」 「ふん。俺は、辛抱できなくなるかもしれない」 「あんたね、あれだけ女の子と付き合ってきたんだから、女の気持ち、少しぐ らい分からないの?」 「分かるさ。分かってて、言ってるんだ」 長く息を吐き出し、天を仰ぎ見た唐沢。 「……友達が大事、か」 視線を通常の高さに戻し、町田の反応を窺う。何もなかった。 唐沢は背を丸め加減に、さもつまらなそうに言うことにした。 「おまえが涼原さんに対して知らないふりをするのも、涼原さんが相羽への気 持ちを隠そうとしてきたのも、全部、友達が大事ってことだな。誰某が好きだ っていう気持ちよりも友達が大事」 「そうなるわね」 少し気恥ずかしそうに、そっぽを向いたまま肯定した町田。 唐沢はと言うと、表面上は平静を保ちつつ、内では葛藤していた。 (ばかな。相羽がかわいそうすぎるぜ。女同士で何ごともなければ、相羽がど う傷ついてもいいのか? 涼原さんは相羽から告白されたこと、誰にも打ち明けてないんだな? 俺が 言ってやろうか? 相羽が告白してふられたってことを知れば、芙美だって考 え方を変えるだろうさ) そこまで思い詰めるのだが、最後の一歩を踏み出せない。 (俺がここで言えば、涼原さんを苦しめることにつながる? それだけは避け なければ、意味がない。畜生、誰も傷つかない道ってのは、ないのかよ!) 「ねえ」 声に気付くと、町田が見つめていた。 「くれぐれも、余計な真似はしないでよ」 指差され、ついでに釘も刺されてしまった。 余計な真似って何だよ?と言い返したくなるのをこらえて、唐沢はわざと咳 払いをした。 「分かったよ。どうせ、俺には関係ないことさ」 * * 富井と井口は待ち合わせ場所の公園でお互いを見つけるなり、 「どうする?」 と同時に言った。 高校生活にまだまだ馴染みきれない四月半ば、土曜の昼間に二人はあらかじ め約束して、出会った。 「私達の方から謝るのも変でしょぉ?」 「ええ」 「だけど、純ちゃんが悪いとは言い切れないし」 「そもそも、どっちが悪いとかどうとかで片付く問題じゃない」 井口は目を伏せ、嘆息した。富井もつられたように大きなため息。二人とも、 分かっている。 暗い顔をしたまま、ベンチに並んで腰掛けた。しばらく足をぶらぶらさせた り、公園内の新緑を見るともなしに見たりと、沈黙が続く。 やがて、脇の道路を、小学生達が自転車で駆け抜けていった。その騒々しい 声をきっかけにして、富井と井口の間の会話は再開された。 「こうしてても始まらないから」 まず、井口が口火を切る。 「最初にできるのは……状況を整理すること、かしら」 「うんうん」 「真っ先に来るのは、当然、私も、郁江も、そして純子も、相羽君が好きだっ てこと」 「そうなんだよねえ……」 起こしたばかりの顔を、また下に向ける富井。少し遠くの地面を、蟻の列が 行進している。 井口は言いにくそうに続けた。 「そして、純子は昔、相羽君のことを何とも思ってないと、私達に言ってた」 「言ってた。約束もしたんだよね」 「純子はほんとの気持ちを私達に隠していたことになる……言い換えれば、嘘 をついていたことに」 「……だよね」 「悪気があってしてたことじゃないと思うけど」 「私だって、信じてるよ。けれど、それ以上に、嘘をつき通されていたことを 思うとさぁ、釈然としないって言うか」 「そうなのよね。同じ高校に行くようになったのも、何だか嫌」 友達の心情を理解しようとする気持ち。 友達に裏切られたような悔しい気持ち。 二つが相半ばしている。 富井がまたも足をぶらつかせ始めると、井口はベンチから飛び降りた。 「純子、相羽君とどんな顔をして会ってるんだろうね」 「ううん……気になる、ね」 気になりつつも、緑星高校まで見に行くことはもちろん、最寄りの駅まで足 を運ぶのさえためらわれる二人だった。 * * 早朝登校が続いている。 早寝早起きが健康によい作用をもたらすのかどうか、純子の肌の色つやには 皮肉なくらい、磨きが掛かっている。 「純子って、いつ学校に来てるの?」 今日も一時間目のあとの休み時間、結城が不思議そうに尋ねたものだ。純子 が答えるが、結城は納得せず、 「何でそんなに早起きして、わざわざ学校に行くのよ?」 と、あくびをかみ殺しながら聞いてきた。当人は眠くて眠くて、たまらない ご様子だ。純子は苦笑を隠しながら、さらに答える。 「何となく、よ。高校生になったんだっていう新鮮な気持ちを、どこまで保て るかなあって、試してるようなもの。その内、やめるわ」 「早くやめてほしいな」 真摯な眼差しの結城。純子は目で問い返した。 「私は純子と一緒に、駅から登校したいのよ。下校はどうにか一緒になれるけ れど、登校がさっぱり重ならない」 下校もぼちぼち一緒にできなくなるかもしれない……とは言えなかった。モ デルやタレントの仕事で忙しくなるなんてこと、今の内から打ち明ける必要は ない。そうなったときでいいだろう。 「だったら、結城さんが早起きして、来てほしいな。あはは、ごめんね。勝手 なこと言って」 「いいよ。その内にね。ところでさ、クラブ、決めた?」 「え。ううん」 首を振って、相手の言葉を待つ。結城は頭を心持ち左に傾け、「うーん」と 唸った。そのあとから腕組みをする。 「純子の考えも参考にしようかと思っていたんだけど、決められないとなると、 私一人で決断するしかないか」 「私のことなら、気にしないで。もちろん、一緒の部に入れたらいいなと思う けれど」 「……私さあ、一応、情報集めてるのよね」 「何の?」 「好きな男子を見つけたって、前に言ったの、覚えてる?」 「え、ええ」 忘れるはずがない。何か進展があったのだろうか。身を乗り出す純子に、結 城は耳打ちの格好を取った。 「誰にも言わないでね」 「うん」 「この前、やっと名前が分かって、彼、化石に興味あるみたいなのよ」 「ふうん」 相羽君と同じだわ、と頭の片隅で感じる純子。 (名前、なんて言うんだろう? ひょっとしたら、私とも趣味が合うかも……) 「彼ね、クラスは――」 結城が続けようとした矢先、チャイムが鳴った。 何となく、「四組」と聞こえたような気がしたが、はっきりしなかった。 ――つづく
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