長編 #5060の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「事情を聞いておきたいから、あとで職員室に来てね」 「はい」 心構えのできていたことだから、てきぱきと応対できた。先生の方から言っ てこなければ、自ら出向いて確認と了承を願い出ようと考えていたのだ。 ついでに、気掛かりな点をはっきりさせておこうと思った。 「あのっ、あと一つ、いいですか」 「悪いな。もう行かなくては」 神村は時計を見ると、「おっと、いけない」と小さく叫び、歩き出す。 「他の先生をつかまえて聞いてくれな」 ネクタイを締めようとしながら、行ってしまった。後ろ姿に黙礼をしてから、 純子は小さな息をついた。 (しょうがないか。同じクラスに相羽君がいるかどうか、気になるけど……) 今の純子は、同じクラスにならないでほしいと祈っていた。 その後、三組の鍵をもらっていこうと職員室に入ると、新入生のクラス分け のプリントをたまたま見つけたので、念のため確認しておくことにした。純子 は間違いなく三組だ。 (相羽君は――) と、そのとき、腰の辺りを手でぽんと叩かれ、「何をしているのかね?」と 低いが、明らかに女性と分かる声で問われた。飛び上がりそうになって振り返 ると、純子よりも背の低い、丸っこい印象の女の人が、両手を腰に当てて立っ ている。大きな眼鏡を掛けており、その奥の目が三角になってじろりと見上げ てくる。 「すみませんっ。私、一年生で、早く来すぎてしまって、どうしたらいいのか 分からなくて、とりあえずクラスはどこかなあと……それで、鍵を」 早口で弁解する。朝から緊張のし通しだ。 先生――これまた多分――は顎に手を当て、まるで品定めでもするかのよう に片目を細めた。首を捻ったかと思うと、銅鑼声で聞いてくる。 「クラスは分かったのかい?」 「は、はい。三組です」 「それなら鍵を持って行きなさい。中で待っているように。席は好きなところ に座っていい。放送があると思うから、それまで大人しくしてて」 「分かりました。どうもありがとうございます」 礼をし、鍵を取って出て行こうとするところを呼び止められた。 「ああっと、君、名前は?」 「――涼原純子と言います」 「ん、分かった。覚えたからね」 仏頂面をしていたのが、急ににっこり笑う。純子は頬の辺りがひきつるのを 感じながら、廊下に出た。 (ど、どうして覚えられなきゃいけないのかしら? 私ったら、ひょっとして、 目立つようなことばかりしてる?) 鍵を使って三組の教室に入り、しばしの間、一人でぽつねんとしていた。普 段、授業がある日としても早すぎる時間帯だ。ましてや今日は入学式。通常よ りも開始が遅く設定されている。 ただ待つだけでは手持ち無沙汰。純子は中学のときの日番を思い出し、窓を 開けたり、花瓶や黒板をチェックしたりと、一通りの仕事をこなして、席に着 く。廊下側の端っこの列の中ほどに座った。 「ああ……」 純子は大きく伸びをした。昨夜、熟睡できたわけではない。相羽と久しぶり に顔を合わせざるを得ないことを思うと、なかなか寝付けなかったのだ。 今朝、家を出て学校に着く頃までは気が張り詰めていたが、こうして落ち着 くと、少々眠気を感じる。いや、眠気と言うよりも、だるさとした方が近いか もしれない。 (他のことを考えようっと) 相羽の存在を頭から追いやり、目を閉じて、違うことを思い浮かべる。 現時点の気掛かりは……写真週刊誌。あまり楽しい話題ではないが、嫌でも 思い起こしてしまう。 (今のところ、ストップさせることに成功してるそうだけれど、まだまだどう 転ぶか分からないって、藤沢さん達が言っていた……。もう、これからは、仕 事をやるにしても、モデルだけにしたいなぁ) 市川やガイアプロの藤沢には着いていけない気がする。 (ルークを傾かせるわけにいかないから、稼ぎを言われると、弱いんだけどね。 モデルだけで久住淳の歌に届くくらいになれればいいのに、実際は全然うまく いかないわ) ため息が出る。高校生初日にして、こんなことで悩むとは思いも寄らなかっ た。純子は上半身を机に預け、指先で縁を掴んだ。 (いけない。もっと楽しいこと、考えなくちゃ) 自らの気分を奮い立たせ、改めて身体を起こす。 その瞬間、廊下に立っている人と目が合った。そばかす顔の知らない女の人 だが、学生服を着ている。ここの生徒であるのは確かだ。 (同じ組の人?) とっさにそう考え、目で挨拶する風に小さくうなずく。 だが、相手の方は純子から視線を外すと、廊下の向こうへ何やらジェスチャ ーを始めた。こっちこっちと、誰かを手招きしているらしい。 程なくして、やはり女生徒が二名加わった。大柄で太った感じの人と、それ とは対照的に小柄で大きな瞳の人だった。額を寄せ合って、こそこそ話し、と きに笑い声を立てる。 (新入生じゃない? と言うことは、先輩に当たる人……) 三人の態度がやけに馴染んでいるのを感じ取り、純子は推測を新たにした。 指で髪をすいて、どうしたらいいものかと戸惑っていると、最初のそばかす顔 の人が窓まで寄ってきて、顔を中へ覗かせてきた。 「ねえ?」 「はいっ」 純子の返事のさまがおかしかったのか、後ろで待つ二人がくすりと笑う。 「あなた、風谷美羽でしょう?」 「え……っと」 頭をかく。モデルのことを早くも知られている事実にびっくりして、何て返 事すればいいのやら戸惑ってしまった。 「――はい、風谷の名前でモデルをやっています。涼原と言います」 ぶしつけな質問とはいえ、相手は先輩。純子は答えてから、頭をぺこりと下 げた。途端に三人は手を叩いて、短い叫声を上げる。 「うちに芸能人が来るなんて!」 「まさかと思ってたのに、噂、本当だったんだわ」 「悔しいけれど、実物もきれい」 「でも、ちょっと印象違う感じ」 いささか大げさに興奮して、口々に喋り立てている。純子は聞こえないふり をしようにも、これでは無理があった。しかし、口を挟むのもはばかられる雰 囲気だ。 黙っていると、また向こうから話し掛けてきた。今度は三人並んで、窓枠に 鈴なりになって肘をかける。 「昔、カムリンと共演したんだよねえ? 一度きりだったけれど」 「は、はい。あれは――」 「どんな感じだった?」 純子に皆まで言わせず、そばかすの子が素早く切り込んできた。 「そう言われても……」 質問の意味するところが広範すぎて、一言で答えられそうにない。 口ごもっていると、小柄な人が割って入る。 「それよりも、今でもカムリンとはつながりがあるのかしら?」 「細い糸みたいなつながりですけれど……」 客観的には、これは嘘かもしれない。ただ、純子自身は香村と私的に付き合 えば付き合うほど、遠い感じを受けてしまうのもまた事実。 そんな純子の気持ちなど知る由もなく、先輩達は声を揃えて頼んできた。 「それじゃあさあ、カムリンのサインなんか、もらえる?」 「え、ええ……いつでもというわけにはいきませんけど、会ったときに頼めば、 多分、サインしてくれると思います」 その返事に三人はまた一段と高く、騒がしくなった。 純子は呆気に取られながら、息をついた。おかげで憂鬱さをいっときでも忘 れられたのは、よかったけれども。 ぽつぽつ、席が埋まり始めた。 外では、クラス分けの紙が張り出されたのか、ざわめきがほとんど間断なく 続いている。 純子はしかし、改めて見に行く気にはなれないでいた。確かめるのが恐くて、 身体が椅子に根を下ろしたかのようだ。 だから、頬杖をついて、教室の出入口をそれとなく見つめる。次から次にや ってくる新しい同級生の中に、相羽がいるのかどうか……。 「――すっずはっらさん」 戸口をくぐった唐沢が、純子の視線に気付いて、すぐさま歩み寄ってきた。 「――おはよう、唐沢君」 頬杖を解くと、頬を少し緩める純子。唐沢は挨拶を返してから、 「ほんとに早いな。もう来てたんだ?」 と、純子の机に片手を置いた。 「うん。唐沢君、三組?」 「ああ。嬉しいねえ、同じクラスになれるなんて」 相好を崩し、両手を上げかけた唐沢は、ふと動きを止めた。 「あん? 涼原さんは俺と同じクラスだってこと、知らなかったの?」 「あ、うん。クラス分けの紙、見てないから」 「じゃあ、どうやって三組だと分かったのさ?」 不思議がって腕組みをした唐沢に、純子はいきさつを伝えた。聞き終わった 唐沢は、そんなに朝早かったのか!と唖然とした。 「ま、明日からは一緒に登校しようよ」 「……」 唐沢の誘いに即答できない純子。ゆっくりと視線を外し、机の面を見つめる。 「ん? 何か不都合でも?」 「ごめんなさい。約束できない。――仕事が増えるかもしれないからね」 「はあ、そうか」 合点が行かない風の唐沢だが、曖昧なまま首を縦に振った。次に、不意に表 情を笑顔に切り換え、 「それにしても、何を着ても似合うね。その制服姿も、かわいいよ」 「そ、そんなことないって」 「いやいや、まじ。さっすがモデルさん、て感じだよ」 「――あんまり言わないでね、モデルのこと。じきにばればれになるかもしれ ないけれど……少しでも、隠しておきたいから」 両手を合わせて拝む純子に、唐沢はしばしきょとんとして無言になったが、 やがて胸を叩いた。 「了解。任せとけって。俺の口からは漏らさない。絶対に」 「ありがとう」 「礼を言われるようなことじゃないぜ」 前頭部に片手をあてがい、涼しげに笑った唐沢。そのあと、不意に気が付い た素振りをして後ろを見渡す。 「おっと。涼原さんとだけ親しげに話してると、他の女子に敬遠されちまう。 もったいないので、これにて退散、失礼をば」 ユーモアたっぷりに言って、唐沢は純子のそばを離れ、教室の真ん中、やや 後ろよりの席を選んだ。 (ふふ、自分で言うだけのことはあるわ) 唐沢の様子を見送りながら、純子は表情を少しほころばせた。 事実、唐沢はクラスの女子の視線を集めているようだ。きっと、またもてる に違いない。 「前、空いてるかしら?」 最初、自分が話し掛けられたのだとは思いもよらず、純子はゆっくりとその 声の方を向いた。 ショートカットで背の高い女生徒が立って、純子の前の席を指差していた。 純子は慌てて身体ごと向き直り、膝に両手を添えて返事する。 「え、ええ。空いてると思う」 「ねえ、彼、あなたの友達?」 「――あ、唐沢君? うん、中学が同じ」 相手が唐沢を見やるものだから、純子も再び視線を向けた。 「彼、いきなり注目の的ね。あなた、唐沢君とやらの彼女なの?」 「ち、違いますっ」 「そんな目一杯否定しなくても」 くすっと笑って、肩をすくめた相手は、耳たぶにかかる髪を指先でかき上げ、 純子の机に両肘をついた。 「あなたが恋人なら、しっかり掴まえとかないと、彼をとられるかもしれない よって、言おうとしただけなんだから」 「ああ……」 「違うんなら、かまわないけど。なかなか二枚目だから、中学でももてたんで しょうね」 「はい。毎日、色んな子達とデートしてたと言っていいくらい」 「――さっきから、堅苦しい返事ねえ。私、結城真琴(ゆうきまこと)ってい う名前なの。男みたいでしょ。あなたは?」 ――つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE