長編 #5045の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
牟田先生の締めの言葉が終わったあとも、サイン帳を書き合ったり、寄せ書 きを作ったりと、クラスの中は別れを惜しむ空気が続いていた。 いつまでもとどまりたい。そんな思いに駆られたが、調理部の方にも顔を出 さなければいけない。 純子は家庭科室まで同行する相羽の他に、遠野とも一緒に部屋を出た。 「考えてみたら運動会の私達の仮装って、凄かったよね。みんなでなりきっち ゃって」 廊下を行く道すがら、純子が中心になって思い出話に花を咲かせていたのだ が、何となく雰囲気がおかしい。遠野があまり喋らず、聞き手に回るのはいつ ものことなのだが、今日に限って言えば微妙に感じが違う。普段は自分から積 極的に話をしたがらないのが、只今の遠野は話したいことがあるのに我慢して いる、あるいはタイミングを掴みかねている、そんな風に見えた。 (もしかして……相羽君にだけに聞いてもらいたい、とか? じゃあ、私、お 邪魔虫か) そう考えて、自然に二人きりにする状況を作ろうと、足先に力を込めた。用 を思い出したとか言って、走り出せばいい。 その矢先――。 「あのね。涼原さん、相羽君」 廊下の突き当たりに来た地点で、遠野が言った。 純子は不思議に感じた。私の名前も呼んだよね、今?と。 「はい?」 何気ない調子で聞き返すのは相羽。純子もそれに倣って、問い返す視線を遠 野に送った。 しばらくもじもじしていた遠野だったが、意を決した風に面を上げ、何も持 っていない方の手をお腹に当てる。落ち着こうとしているのだろう。小さく深 呼吸をし、言った。 「二人の前で、きちんと謝らなくちゃいけないとずっと思っていたんだけど、 なかなかできなくて、でも、今日で最後になると思うから、今、言います。あ のときはごめんなさいっ」 「……えーっと」 頭を深々と下げ、そのままの姿勢を保っている遠野を前に、相羽と純子は顔 を見合わせた。 「何の話だか分かんない……あのときって?」 「六年生のときのあの、キスの」 早口で言って、遠野は上体を起こした。顔は斜め下を向いているが、赤面し たのがはっきり分かる。今も赤色が濃くなっていく。 純子自身も、顔が赤らむのを意識した。見えないけれど、真横に立つ相羽も きっと同じだろう。 「い、今になって、言われても、ね、ねえ」 唇がわななく感じになりつつも、相羽の方を向いた純子。 相羽は存外、冷静なようだった。 「時効だとは思うけどね。でも、言ってくれて、何だか嬉しいよ。遠野さんも、 もう気にしないで」 「よ、よかった……」 遠野はほぅっと安堵の息を漏らし、表情から硬さが取れた。 (そっか。遠野さんの気持ちが落ち着かなかったのよね) 純子もすぐに付け加えた。 「私はずっと前に話してもらったから、元々、全然気にしてないよ」 「……ありがとう……」 「それよりも許せないのは」 純子が声の調子をきつくすると、遠野は目を丸くした。純子はすぐさま微笑 を浮かべて、続けた。 「遠野さん、もう会えないみたいなこと言った」 「あ」 「これからも友達だからね。会おうと思えば会えるんだから」 「そうだよ」 相羽も短く口添え。遠野は申し訳なさそうに目を伏せたが、それはほんの一 瞬だけだった。くしゃくしゃと嬉しそうな顔付きになって、精一杯の元気を込 めた声で、しっかりうなずいた。 「うん!」 純子と相羽も、黙って何度かうなずく。自然に笑みがこぼれる。 「さて、そうは言ったものの……そろそろ短い別れをしなくちゃいけないかな」 純子の腕時計を覗き込む風に身体を折ながら、相羽が言った。 「遠野さんも部室に行くんだよね?」 「え、ええ。でも、その前に、もう一つだけ」 遠野の視線が動く。純子と相羽に半分ずつ行き渡っていた意識が、たった今、 相羽一人に注がれた。 「ん? 何?」 それを感じて、相羽が首を傾げる。遠野は息を吸い込み、ちらっと純子の方 を見やってから、素早く相羽へ戻す。そして思い切った。いつにも増して小さ な声で、やっと聞き取れるほどだったが、でも、思い切った。 「好きでした。ありがとう」 相羽に対して、もう一度深くお辞儀をすると、遠野は顔を起こすところを見 られたくないかのように、翻って走り出した。ぱたぱたぱた……と廊下を駆け る足音が小さくなっていく。 「――」 何の返事もせず、相羽は見送り、唇を噛みしめる風にしながら頭をかいた。 純子はと言えば、意外すぎる場面を前に、口をぽかんと開けてしまっていた。 (言った。あの遠野さんが) はたと気付いて、口をつぐみ、相羽の様子を窺う。授業中、難問を当てられ てもここまで困った顔をした彼を見たことは記憶にない。 「……案外、ずるい」 やがて多少ひきつった苦笑いを作り、そう呟いていた相羽。 純子の内に、面白がる気持ちはゼロだった。去年十月の相羽からの告白がな かったのであれば、冷やかしたりからかったりできるのだが。 今は、会話をどうつなげようか、困惑が広がる。 「純子ちゃん。急がなくちゃ」 相羽の方から言ってくれた。 調理部の送別会は例年通り、滞りなく執り行われ、最後を迎えた。部長を務 めた町田による締め括りの言葉が終わり、お開きとなる。 ただし、一言付け加えると、例年通りとは行かなかった点が一つだけある。 家庭科室の外の廊下が、やたらと騒がしかったのだ。送別会スタート時点で はまだそれほどでもなかったのだが、進むに従ってわいわいがやがや度がアッ プ、すりガラス越しに見える頭の影も、目で数え切れないくらいになってきた。 廊下に並びきれなくなったのか、反対の中庭の方からまで人の声がし始める始 末。 「どうすんの?」 ぼちぼち帰り支度をしながら、町田が富井と井口に目を向けた。廊下の方を 顎で示しながら、 「あれ、きっと相羽君目当ての子だよ」 と小声で告げる。 「卒業生の他に、在校生も随分いるみたい。第二ボタン、ううん、第二じゃな くてもいいから、金ボタン狙ってるんだね」 「ライバル多いと覚悟してたけれど」 そばかす顔に手の平を当て、ため息をつく井口。 「こんなに多いんじゃあ、気後れしちゃいそうだわぁ」 富井は両手を組み合わせて、不安を一層募らせていた。 純子達女子四人は、相羽の方をちらと見やった。 相羽は、調理部の後輩――もちろん女子ばかり――に囲まれ、今まさにボタ ンをねだられているところ。何とかしてうまく断ろうとするのだが、後輩達は 理屈抜きでほしがっている。 「仕方ない。一個だけな」 面倒になったのか、それとも周りの状況を感じ取ったのか、相羽は学生服の 左袖のボタンを一つちぎり取った。 ええー、全員にくださいよー、と無茶な要望を口にする後輩達に、相羽は取 ったボタンを突き出した。そして、おもむろに手の平を返して机の上に置いた。 「まあ、卒業記念ということで、調理部に置いて行く」 「じゃあ、ボタン、部の物になるんですかあ?」 「そういうこと。僕が偉そうに言える料理はクッキーぐらいだから、クッキー 作りのときは、そのボタン、お守りにしてやってくれよ」 相羽は爽快そのものの笑みを見せ、後輩の輪から離れた。 「今がチャンスかも」 「そうかな?」 町田の後押しに、富井と井口はまだ迷いを覗かせる。 「そうよ。一人で行けないのなら、一緒に行って、もらえば? 少なくとも一 個はくれると思うなあ」 「一個」 考え込む富井。共有で我慢するか、勇気を出すかで悩んでいる……と思いき や、少々内情が違った。 「二人じゃあ……。ど、どうせなら、みんなで行こうよー」 「みんなって、私らもかいな」 町田は自身と純子を順番に指差した。しきりに首を振る富井。井口も同じ考 え方に身を寄せた。 「四人で行けば、平気だわ」 「あんた達ねえ……。ま、私はいいけれど。純、どうする?」 「え?」 改めて確認されるとは思っていなかったため、慌ててしまった。 「も、もちろん」 それだけ答える。曲がりなりにも話はまとまった。さあ、相羽に言いに行こ う――と振り返ったら、当人の姿がない。 視線を巡らせる。ちょうど廊下に出るところだった。相羽の後ろ姿が、ドア の向こうに消える。 同時に、甲高い声が湧き起こる。前方のドアががたんと音を立てた。 「やば」 町田がいち早く行動を起こし、教室後方のドアへ急ぐ。 「出遅れなさんな!」 富井、井口、純子の三名も続いた。扉を引き開けた途端、黄色い声に涙声も 混じって、「相羽君」「相羽さん」「相羽先輩」「先輩」と続けざまに聞こえ る。相羽を呼び止め、ボタンをくださいとお願いする騒ぎが一気に盛り上がっ ていた。 「あ、あの、ちょっと」 さしもの相羽も、圧倒され気味。家庭科室の戸に背を当てたまま、どう収め ようか、しどろもどろになっている。表情が珍しく強張っていた。 「あちゃー。この人垣を突破するのは大変だぞ」 町田が急に傍観者然としてのたまった。確かに、目の前には二重三重の人垣 ができていて、いくら特権を振りかざしたとしても、相羽の前へ容易には辿り 着けそうにない。声を掛けようにも、騒ぎでかき消されるのが落ち。 「す、凄いね」 「う、うん」 「あんな様子じゃあ、もらえないー」 「と、とにかく、努力してみましょ」 純子が富井達を促したのだが、その純子は別の誰かに袖を掴まれ、動けなく なった。驚きつつ振り返ってみると、椎名恵が袖をしっかり握って、上目遣い に見上げてくる。 「恵ちゃん――」 「黙ってお別れなんて、ひどいです」 「そ、そういうつもりは」 泣きそうな椎名を前にして、慌てて首と手を振っていると、背中の方で空気 が一変するのが窺えた。 忙しくまた振り返る。相羽が走って逃げ出していた。 「勘弁しろよー! 朝からずーっと、断ってたはず!」 そんなことを言いながら。 「簡単にはあきらめられない!」 当然のように追い掛ける女子達。見れば、町田は追跡に加わることなしに、 その場に残った。富井と井口も、このまま追っかけても無駄と察したらしく、 しばらく行った渡り廊下の中ほどで立ち止まり、肩で息をしているようだった。 走ったせいではなく、途方に暮れたため息かもしれない。 相羽のことはひとまず脇に置き、純子は椎名に向き直った。 びっくりした。椎名の顔がすぐ前にあった。 「最後のお願い、聞いてください」 ――つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE