長編 #5043の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
香村が沈黙するなんて珍しい。純子は急いで話題を探した。 「――あ、そうだ。食べてるときにあれなんだけどね。バレンタインに渡せな かったから」 チョコの入った小箱を取り出した。 すると、香村の意識が即座にこちらへ向くのを感じる。 「わおっ。感激だな!」 「大げさ。チョコなんて、食べきれないほどもらってるんでしょう?」 くすっと吹き出しながら、箱を両手で差し出す。 「いやいや。確かに山ほど届くけれど、君からのは特別だよ」 香村は芝居がかり、額にいただくようにして受け取った。 「ありがとう。開けていいかい?」 「いいけれど、ハンバーガー、食べてからにした方が……」 純子が皆まで言い終わらぬ内に、香村は開け始めた。慣れた手つきでリボン を解き、包装紙を剥いでいく。 「――わーい。やった、手製っ」 ホワイトチョコで「これからもヨロシクね」と描かれた中身を確かめ、香村 は子供っぽく喜びを表現した。その表情を眺めている内に、純子はふと不安に 駆られる。 「あ、あの、これはあのことの返事とは関係ないからね!」 あのこと――付き合ってくれという誘いに、まだ明快な返事を出せないでい る。本当に好きなのは相羽一人だと気付いているのに、香村に気を悪くされな いために、いけないと感じつつ、曖昧な態度で通しているのだ。 それに、琥珀の思い出のことが大きい。 (香村君が琥珀をくれた男の子なら、将来、同じ話題でまた意気投合できるよ うになるかもしれない。相羽君が誰か他の子とくっついたときには、私だって、 他の人を好きになれるかもしれないし……) 「今はそれでもかまわない。義理チョコだろうと儀礼チョコだろうと、もらえ ることが感激なのさ」 確かに香村の笑みは、タレントとしての魅力があった。 「バレンタインデーに送られてきたチョコの中に、涼原さんからの分がないと 知ったときは、ショックだったんだぜ、これでも」 「そ、そう? ごめんなさい、事務所の住所、聞いてなくて」 「来年から、きちんとしてね。はははは!」 先のことを言われても、困ってしまう……。 日差しは午後から多少優しく、暖かくなった。 公園を散策する純子と香村は、傍目からは、完全に恋人同士に見えることだ ろう。この年齢にして二人ともサングラスを掛けているところが、いささか不 釣り合いな雰囲気を発しているにしても。 「そろそろ、戻らない?」 純子は意識しないように言った。 何故って、香村が公園の奥へ奥へと行こうとしていることに、ついさっき気 が付いたから。いや、果たして香村にそのつもりがあるのかどうか、明白では ない。点在する公園内の案内板を手掛かりに、ここへ行ってみよう、次はあそ こへという具合に、ゆっくりと進んできている。 「いいじゃない。まだ時間、大丈夫だろ?」 「それはそうだけれど、段々飽きて――」 「少し疲れちゃったな。あそこのベンチで休む?」 口では純子の意向を伺ったにも関わらず、手を引き、さっさと足を進める。 結局、ベンチに二人で収まった。 人の声や物音は聞こえてくるが、辺りには誰も見当たらない。 「いい天気になってよかった」 足を組み、サングラスを額にずらすと空を見上げる香村。純子は相づちを打 って、逆にうつむいていた。 「ゆったりできるのって、久しぶりだ。ただ休むだけなら簡単だけど、こうし て楽しく休めるのは、涼原さんがいてくれるおかげかな」 「ど、どういたしまして」 「そういうわけで、これ」 傍らに下ろしていたリュックから小箱――立方体に近い直方体の小箱を取り 出し、香村はベンチの上に置いた。包み紙はなく、白い表面が剥き出しになっ ている。 「あ、それ、クリスマスのときの……」 「そうだよ。包み直そうかと一旦考えたんだけどね。このままの方が気持ちが 続いてる感じがしていいなと思って。それと、約束守れなくて、ごめんな」 「約束?」 「最高のシチュエーションで渡すって言ったのにさ、こんな普通の渡し方にな るなんて。ほんと、色々考えたんだけどなあ、大がかりで目立ってしまうんだ。 せめて、夜ならよかったのに」 「あ、あ、あのね、遅くなると、お母さんやお父さんが心配するからっ」 「じゃ、今、受け取ってくれるね」 箱の蓋を取った香村。イヤリングの片割れを指先に引っかけ、ゆっくり持ち 上げる。微妙に揺れているのは、香村の意志なのかどうか。 「で、でも、そんな高い物」 純子は小刻みに首を左右に振ったが、香村は軽く目を閉じ、笑みを浮かべた。 そして再び目を開けると同時に、純子の唇のすぐ前に、自身の人差し指を縦に 当てた。 「涼原さんはあのとき言った。クリスマスイブのあの日、今度会うときまで僕 の気が変わってなかったら、と。気が変わってないんだからね、僕は。だから、 君に渡す。君は受け取らなければいけない。これは定めなんだよ」 甘い囁き声が、さすがに堂に入っている。 純子は前を向き、頭を冷やしてから答えた。 「わ、分かったわ。受け取るから、その喋り方はやめて」 「喋り方はやめてもいいけど、受け取り方に注文付けさせてもらうよ」 「え?」 新たに向き直ったとき、香村は立ち上がっていた。ハンチングを脱ぎ、サン グラスを下にずらして瞳を覗かせている。やおら、イヤリングを持っていない 方の手を純子に差し伸べた。 「さ。立って」 「は、はい」 導かれるままに立ち、香村と向き合う格好になる。視線を強く意識して、純 子は胸で大きく息を吸った。 「それじゃ……髪をどけて、耳を見えるようにしてくれるかい?」 囁き口調の香村の、右の手の平にはオパールのイヤリングが二つ。 純子は左を向き、右の耳を覗かせた。 「こう?」 「だめだめ。前を向いたまま――僕を見つめたままで」 「……」 少し顔を伏せがちにし、前を向く純子。香村は左手にイヤリングの片方を持 ち、急接近してきた。指先がもう届く。 「ピアスじゃなくて、ちょっぴり残念だ」 そんなことを呟きながら、片手で器用にイヤリングを扱い、純子の右の耳た ぶにはめる。 「次、左だね」 今度は香村の手が純子の髪を持ち上げる。右手も起用に、手際よくイヤリン グを付けた。 「とても似合うよ」 言ったあとで、一歩下がり、純子の顔を見つめる香村。 「サングラス、取って」 「え……ええ」 両手で静かに外した。薄く紫がかった視界から、通常へと舞い戻る。 香村は満足げに目を細めた。 「思った通りだ。よく似合ってる」 「あ、あは。ありがとう。嬉しいわ」 純子はサングラスを掛け直すと、急いで座った。本当に似合うかどうかなん て、頭になかった。この瞬間の雰囲気から逃れたい、ただそれだけ。 「涼原さん」 香村もまた座る。帽子を被り直し、サングラスで目を隠したものの、これま での空気を今も引っ張っている感じだ。 (いけない。何か喋らなくちゃ) 純子は耳にかかる髪をしきりに気にしながら、早口で言った。 「あのね、こういう派手なアクセサリーって、多分、校則で禁じられるだろう から、ずっとは着けていられないと思うの」 「いいさ。ここぞっていうときに着けてくれれば。ま、大切にしてほしいな」 香村の口調が普段通りに戻っていた。純子はようやく一息つけた。 「さて、これで今日の目的は達したぞっと。次に会うのはホワイトデーと行き たいところなんだけどね、そううまくは暇がなくて残念だよ!」 香村は快活に笑った。 「おっはよ、純」 「あ、お早う、芙美」 登校の最中、後方から声を掛けてきた町田は、小走りで純子の横に並んだ。 「いよいよ卒業式ね」 「そうね。長かったような、短かったような三年間だったけれど、色んな楽し い思い出がいっぱいある」 純子の感慨に、町田は「いきなり過去を振り返られても困るんだな」と独り ごちる。 「え? どういうこと?」 「現在を見てくれなきゃ。つまり、こうして並んで登校するのも、これが最後 だと思うわけ」 「あ、そっか。……だから芙美、わざわざ一緒に?」 「そこまでは考えてないって。にゃはは」 後頭部に両腕をあてがって笑う町田に、純子は重ねて聞いた。 「唐沢君は?」 「あー、あいつったら、今朝、折角誘ってあげたのに、先に出発してたわ」 「ふうん。学校で、何か用事があるのかしら」 口元に人差し指を当て、考えてみる。何ら想像できないでいると、隣の町田 が断定的に言った。 「大方、これまで付き合ってきた女子との関係を清算しなきゃいけないんでし ょうよ」 「まさか……」 相変わらずだなあと思い、くすくす笑い。 そこへ、富井の呼ぶ声がした。息せき切って追い掛けてきたものだから、純 子達も立ち止まって待った。 「とうとう、今日で最後だね。悲しいよー」 朝の挨拶のあと、富井はいつもの口調で言った。ただし、悲しいのは本当ら しく、目がうっすら潤んでいる。 「こらこら。今からそんなじゃあ、式では大泣きしちゃうぞ」 「だってー」 「いいじゃない。泣いたって、誰も笑わないよ」 富井の弁護に回る純子。自分自身、泣くかもしれないと思って、予防線を張 っておく。 「ねえ、純ちゃんや芙美ちゃんの高校の制服、かわいい?」 富井が唐突に言った。 「うん? どうだったかな」 「どうしていきなりそんなこと聞くの」 純子が問い返すと、自らの制服を見下ろす富井。 「私、この制服も結構気に入ってたんだぁ。桜峰女子のもいいんだけど、こっ ちに慣れてしまったし」 「そうよね、この制服とも今日でお別れか……」 胸に片手を当て、純子もまた自身を見下ろす。 町田はそんな空気がくすぐったそうに頭をかいた。 「そういうこと言い出したら、きりがなくなるわ。この靴とも、この鞄とも今 日でお別れよ。学校に行けば、下駄箱や上履き、ロッカー……」 「制服は特別だよー」 不満たっぷりに反論する富井。おかげで三人全体の歩みがどんどん遅くなる。 「だいたいさあ、芙美ちゃんはロマンチックなところがないのよ。きっと、ボ タンのことなんて考えてもないでしょっ?」 「ボタン。……ここでボタン鍋とか言ったら、怒るんでしょうねえ」 「――あ、第二ボタンのことね」 密かに考えていた純子は、思い当たって富井に確かめた。大きくうなずく富 井。不満はどこかに去ったようだ。 「ねえ、相羽君に頼んだら、くれるかなあ、第二ボタン」 「さあ? 言えばくれるかもね」 町田があっさり答える横で、純子は内心、自分もほしいと思い始めていた。 「まあ、人気あるだろうから、どうなるか分からんか」 富井を不安にさせるためか、町田が意地悪く微笑む。しかし富井はくじけな かった。 「いいもん。第二ボタンじゃなくても、ボタンだったら何でもいい!」 学生服の金ボタンどころか、その下に着込む白シャツのボタンでもOKを出 しそうな勢いである。 「はあ。そういうもんですか」 町田が呆気に取られていると、今度は井口が合流してきた。じきに学校に到 着だ。 「ボタンねえ。ちょうだいって頼んだら、好きだって言ってるの同じだもんね え。結構、勇気いるわ」 井口はボタンの話題に、そんな感想を漏らした。これには富井も即同感。 「そっかぁ……断られたら、ショックで立ち直れなくなりそう……」 「頼むんだったら、早い方がいいだろうけどね。純もそう思うでしょ?」 ――つづく
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