長編 #5031の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「――あら」 足を止め、顔だけ横を向けた白沼は、純子の姿を認めると近付いてきた。そ していきなり言う。 「その様子だと、あなたも合格したようね」 「う、うん。ぱっと見ただけで分かる?」 「それはもう。肩の荷が降りたって感じね。とにかく、これで四月からまた同 じ学校になったわけね」 「あの、白沼さんもおめでとう」 「……ありがと」 純子の祝福に、白沼は戸惑ったように顔を逸らした。 「まあ、私がだめならみんな落ちるというくらいの気持ちで、勉強したんだか ら、当然の結果よ。それで……涼原さん、おめでと」 まともに言うのが恥ずかしいのか、白沼は素っ気なく告げて、肩をすくめた。 「ありがとう。それでさ、他の人の番号、聞いてない?」 「他の人って、相羽君達?」 「そう。ついでに見ておこうと思ってたんだけれど、番号を忘れてしまって。 だから、こうやって待ってて」 別に後ろめたくはないのに、喋るスピードがアップする。変に勘ぐられるの を避けたい気持ちが強いのかもしれない。 白沼は肌寒いのか、二の腕をひとさすりし、「ふーん」と分かったようにう なずいた。 「残念だけど、私も聞いてないわ。それで、涼原さん、このあとも待つつもり なのね?」 「え、ま、まあ」 「仕方ないわね。私も付き合わざるを得ないじゃない」 白沼は独り言のように呟くと、携帯電話を取り出し、どこかに電話した。聞 こえた範囲で判断すると、待たせている車の母親が相手だったらしい。 「待ち合わせしていないの?」 通話が終わるや、聞いてきた白沼。ところが、携帯電話を仕舞う途中で、急 に話題を差し替えた。無論、純子はまだ返事していない。 「あなた、家に報告の電話した?」 「ううん、まだ」 「携帯、持ってないの? モデルやってるくせして。スケジュール調整やスタ ジオ入りがおくれそうなときなんか、必需品じゃないのかしら」 「それは……」 関係ないわと答えるつもりが、言われてみれば、モデルなら持っているのが 普通かなと妙に納得できたので、口ごもるしかない。 純子の目の前に、白沼の携帯電話が差し出された。 「貸してあげてもいいわよ」 「え、あとでするから」 「あとですることを、今したっていいでしょうが」 押し付けられてしまった。仕方なく――というわけでもないが、遠慮がちに 自宅に電話した。通話時間が気になって、手短にすませる。 「ありがとう」 「もうおしまい? ――ついでに、先生にも伝えておこうかしら」 白沼は生徒手帳を開き、番号を確かめてから掛け始めた。つながり、取り澄 ました声で牟田先生を呼び出してもらう。 「はい、受かってました。ありがとうございます。ええ、はい、がんばります。 え? 他の人? いえ、知りませんけど、涼原さんなら今、隣にいます。はい、 代わります」 人の流れの中に相羽の姿を探していた純子は、いきなり渡され、戸惑う。 「涼原か? どうだった?」 「はい、おかげさまで」 「そうか。よかったな。よくがんばった。入ってからも、この調子でな」 「は、はい。努力します」 「それで、モデルは続けるのか? 緑星は厳しいぞ」 「さ、さあ……様子を見ながらになると思います」 先生との話を終えて、がっくりと疲れを覚えた。今度は黙って、電話を返す。 受け取った白沼は、先ほどの話題をちゃんと覚えていた。 「相羽君達と待ち合わせ、してないのかしら?」 「してたら、こんな風に早く来て、待ってない」 「それもそうね」 二人とも校門の方を向いた。会話が途絶える。 何となく落ち着けないでいる内に、純子の心に、ふとした疑問が芽生えた。 (白沼さんこそ、相羽君を誘わなかったの? 車なんだから、一緒に来るのも 簡単なはずよ) 確かめたい。どうやって切り出そうか、考える。 「白沼さん、ちょっと聞いていい?」 「何かしら、改まって」 頭を動かすことなく、答える白沼。 純子はそんな白沼を横目で見やり、再び視線を戻した。思い切って尋ねる。 「白沼さんは今日の発表を見に行くのに、相羽君を誘おうって思わなかった?」 「思ったけれど」 「じゃあ、どうして誘わないで……」 「あら、誘ったわ。けれど、やんわり断られてしまった。あーあ」 白沼はちょっぴり悔しそうに首を振った。 「え、何故」 「何故と言われたってねえ、あなた。相羽君たら、自信ないから一人で見に行 きたい、なんて言うのよ。でも、あの成績でしょ。どこまで本心なのかと疑っ ちゃったけど、あなたとも別々に来たのなら、まあいいわ」 自嘲気味に笑い声を立てる白沼。純子は真正面に向き直り、上目遣いに空を 見た。青空にため息をつく。 (またおかしなこと言う……。白沼さんが断られたのなら、私なんかお呼びじ ゃないのに。分かってるくせに) はっきりさせるつもりが、かえって混乱を呼び起こしたような。 「――そう言えば、白沼さん、名前知らないけれど他のクラスの男子から告白 されたんだってね」 今思い出した風に純子。すべてを言い切らない内に、白沼が笑い始めた。今 度は軽やかで、心の底からおかしがっている。 「どこで聞きつけたのかしら、嫌だわ。それに……あなたでもこういう話、好 きなのねえ。ちょっと意外だわ」 「好きというほどじゃないわ」 「隠さなくていいじゃない。まあ、その噂については事実だから、焦って否定 するつもりは全然ないけれども」 「……じゃあ……今、付き合ってる人はいないの?」 自分で聞いておきながら、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。辛うじて押さえた。 白沼は淡泊に返答した。 「いないわよ。いるわけないでしょ」 「……え?」 「聞こえなかったの?」 「ううん、聞こえた。いないって……本当に?」 「いたら、こんなに熱心になれるもんですか。それとも、なあに? 私があの 唐沢君みたいに、二股とかをするとでも思ってるのかしら?」 細くした目で、不満そうに振り向く白沼。純子は首をすくめ、両手を振った。 「違う、そんなこと言ってない」 「だったら、私の返事を信じること。信じられないなら、最初から聞かないで よね、まったく」 腕組みをした白沼を見ると、もうこれ以上は聞けそうにない。そもそも、嘘 を言っているようには見えなかった。 (相羽君と付き合ってるんじゃないの? それじゃあ、私、一体何を勘違いし てたんだろ?) 額に片手をあてがって、深く考え込んでしまう。そこへ、白沼の鼻に掛かっ た呼び声がした。 「相羽君! こっち!」 はっとして顔を起こす純子。校門から校舎へと続く道を、相羽と唐沢が前後 に列ぶ形で歩いて来るのが分かった。二人とも学生服に、学校指定のコートを 羽織っている。 「相羽君――唐沢君!」 純子も叫び、手を振った。相羽は気が付いたが、唐沢はそのまま行ってしま いそうな勢い。相羽に腕を引かれて、ようやく止まった。そして純子達のいる 方へ焦点を合わせる。 互いに距離を詰めるにつれ、表情が明瞭になる。 「……唐沢君、顔色がよくない」 純子は挨拶を交わすよりも先に、思わず指差していた。 事実、唐沢の顔色は普段に比べると白っぽく見えた。果たして、物腰も落ち 着きなく、上滑りした感じだった。 「そ、そうもなるさ。気が重いよ」 「じゅ……涼原さんも白沼さんも、その様子だと受かったみたいだね」 相羽が言った。二人ともすぐさまうなずき返した。 「おめでとう。さあ、唐沢。僕らも行こうぜ」 「あ、ああ」 相羽に引っ張られる格好で、唐沢の足が動き出す。 「一緒に行こうか?」 純子と白沼が口々に言うが、相羽は首を左右に振った。自分の結果よりも、 唐沢のことを考えたのかもしれない。 残された女子二人は、息を飲むような沈黙を迎えた。 (相羽君も、唐沢君も受かってて。お願いします) ここに来て神頼みもないのだけれど、両の手を胸元で組み合わせる純子。 「やっぱり、二人とも受かってくれないと困るわね」 白沼がぽつりと言った。純子が顔を向けると、白沼は息をついてから、 「最初は自分と相羽君が受かれば、まあいいと思っていたけれど。同じクラス なんだし、全員合格してこそ、心の底から喜べて、気分が盛り上がるというも のだわ」 と不安そうな口調で言った。 「うん。私もそう思う」 「それにしても、相羽君、女の子に興味ないのかしら? 私を放って、唐沢君 と一緒に見に来るなんて。一人で来ると言ったはずなのに」 「そ、それは……唐沢君の方から誘ったのかも」 「なるほどね、ありそうかも。唐沢君のあの自信なげな様子だと、一人で見に 行く勇気が出なかったのね、きっと」 勝手な推測をして、ころころと笑う白沼だった。純子は責任を感じて、肩身 の狭い思いをしつつ、早く戻ってこないかなと首を巡らせた。 と、次の瞬間、大きな声が。 「おーい! 涼原さーん!」 見れば、声の主、唐沢が元気よく走ってくる。右手をぶんぶん振り、左手で は相羽を引っ張っている。もう、その表情が結果を雄弁に物語っていた。 「信じられねえ、受かってた!」 言い切って、拳を作った右腕を突き上げる。 「ほんと? よかった!」 小さく拍手する純子。白沼の方は、苦笑いを浮かべていた。 「ああ、ほんと、よかった! 涼原さんが励ましてくれたおかげだぜ、きっと」 行きとは正反対に、威勢のいい唐沢。 「そんなの関係ないわよ。本人がやらなくちゃどうしようもないことだもの。 唐沢君の実力」 「おお。もっと誉めてくれーって、叫びたくなるなあ。白沼さんも、俺の努力、 認めてくれよん」 「まあね」 「それだけかいな。俺の普段の成績だと、奇跡的なんだが」 盛り上がっている唐沢には悪いが、純子はより気になる人の方を向いた。無 論、白沼も。 「相羽君は?」 「うん、おかげさまで。おみくじの結果をどうにかはね除けることができたよ」 静かに答えると、かすかに笑みを浮かべた相羽。 「よかった……」 純子は安堵の色を表情に広げながら、両手で顔の下半分を覆った。必死にな って頑張らないと、何だろう、泣き出してしまいそうだ。 (これで一緒に緑星高校、行ける!) 受験の日から身に着けっ放しの琥珀のお守りを、今一度、しっかりと握って 感謝した。 ――つづく
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