長編 #5022の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
(J音楽院に行かないことに決めたとしても、そこの先生と偶然出会ったら、 挨拶くらいするかなぁ。でも、立ち話だけじゃなく、タクシーに乗り込んだの だから、ちゃんとしたお話があったのよ、きっと) みんなと別れた帰り道、相羽の家に電話をしてみた。でも、誰も出ない。正 月なのだから、少なくとも相羽の母がいるはずなのに。 (あのあと、タクシーで家に向かい、おばさまを加えて三人で出掛けて、エリ オットさんから留学の話を聞いているのかしら……) 充分あり得る展開と思った。むしろ、当然の流れと言えよう。 それでも純子は帰宅するなり、もう一度電話してみた。変わらず、留守。 「何よ」 人の気も知らないで。荒っぽく電話を切ると、純子は着替えも乱暴にすませ、 二階へ駆け上がった。部屋に入ると服をハンガーに掛けてから、室内を歩き回 り、いらいらしながら見回す。アノマロカリスのぬいぐるみが目についた。修 学旅行のとき、自分のためのおみやげに買った物。その歯をつかまえて引き寄 せると、ぬいぐるみのデフォルメされたかわいらしくも大きな目玉を、指先で 弾く。 「どうしてこんなに分かんないことだらけなんだろうね」 ぬいぐるみに話しかけるようにつぶやく純子。 自分の声が耳に届き、口をつぐんだ。 アノマロカリスの表情が歪み、身体がへこんだ。純子の手に力が入っていた。 ぬいぐるみを元の場所にそっと戻し、純子は壁の上方に差し掛けてあるドラ イフラワーを見上げた。去年の誕生日、相羽からもらった花を自分で加工した。 割とうまくできたと思う。 相羽からもらった物が、この部屋にはいっぱいある。ハンカチや髪留め、ぬ いぐるみ。クッキーやフランクフルトは、食べてしまってもうないけれど、と てもおいしかった。 見える物、形ある物以外にも、たくさんもらった。そいつらのせいで、今、 純子の心は相羽に占められている。 ふと、気になった。 (私からは何をあげたんだろう) と。 チョコレートをあげた。消しゴムをあげた。ミサンガは今でも相羽の手首を 飾っている。 (他には誕生日に唄った程度よね……。私、相羽君の優しさに全然、応えてな いじゃない。そのくせ、そばにいてほしいと思ってる。私だって自分勝手だ!) 自分で自分が嫌になるときがある。その「とき」が純子にも訪れていた。 (相羽君の中で、私はどれぐらいの存在なんだろう? 私の中の相羽君は、押 さえきれなくて、あふれそうなのに) しかしそれは隠さねばならない想い。 もしもこの想いを相羽にぶつけて、確かめることができれば、どれほど気が 楽だろう。 「何考えてるの?」 再び声に出す。部屋の中を虚ろに伝わり、消える。 (私を嫌いになったのなら、今はそれでもかまわない。我慢する。だけど、嘘 は言わないで。進学をどうするつもりでいるのか、私にも本当のことをちゃん と説明して。お願いよ) グラウンドに列んだ生徒の大部分は、同じことを願っていたに違いない。早 く終わってほしい、と。 普通、新学期のスタートは心改まるものだが、今年はまた格別に気が引き締 まるよう。やはり三年間の最後を飾るからだろう。それに、多くの生徒にとっ て初体験であるはずの受験が控えている。気を引き締めなくてどうする。 とは言え、冬が寒いのは、気持ちを引き締めるためではないはず。この季節、 朝礼はきつい。 隣県の中学校数校で生徒が犯罪に巻き込まれる事件が多発しているとかで、 校長を始めとする先生の話は軒並み長かった。そのせいで、鼻の頭がすっかり 冷たくなってしまった。 温泉地みたいに白い息がそこここで絶え間なく続いた始業式がようやく終わ り、校舎内に入れることになるや、皆一斉に喋り出した。ただし、寒さで顔の 皮膚が強張っていたので、舌足らずな言い回しが多く聞かれたが。 「私、結局、女子校に、することになりそう」 「へえ? どこ?」 遠野の話に興味を覚えた純子は、ちょうど靴を履き替えるところだった。話 に気を取られたおかげで、足元をよく見ずにいて、上履きを軽く蹴り飛ばして しまった。 「多分、桜峰女子……。富井さんと同じところ」 「ああ!」 いいじゃないと呟きながら、上履きを揃え直して履く。足裏がまた冷えてし まいそう。 「郁江と同じなら、連絡取りやすいね。高校行っても一緒に遊ぼう、ね?」 「あの、涼原さんは緑星だよね?」 「――うん」 返事が遅れた純子。実は、ここに来てまた迷い始めていた。相羽が緑星を受 かっても行かないのだとしたら、意味がない。そんな気がしてしまう。 「あそこって、勉強がだいぶ厳しいって聞いてるから、一緒に遊ぶなんて、私 達の方で邪魔しちゃうような……」 「やだ! 何言ってんのよ、遠野さん!」 教室へ向かう廊下で、純子は遠野の背に右手をあてがった。 「邪魔なんてとんでもない。それとも、私のこと、嫌い?」 遠野はびっくりした風に目を大きく開き、激しく首を横に振った。そんなに 首を振ったら眼鏡がずれて、どこかに飛んじゃうんじゃないかと心配させるほ ど。 「違う、そんなこと、絶対ない」 「だったら」 「で、でも、涼原さんは高校に入ったあと、モデルとかの仕事を再開するって 言ってたから、そっちの方もきっと忙しくなる……」 「もー、そんなことまで気にしなくていいってば。もしも遊ぶ時間がなくなり そうなら、他を削ればいいのっ」 「……ありがとう」 「お礼を言われるようなことじゃないと思う」 呆れ気味に笑って、教室に入る。純子の目は、自然と相羽を探した。 すると、相羽も純子を探していたらしく、すぐさま目が合った。用があるの か、近寄って来る。思わず、身構えた。遠野はそっと引き下がる。 「先生から、アルバム委員の最後の仕事があるから、今日の放課後、残ってい てほしい、だってさ」 「あ――そう」 気が抜けた。力も全身から抜けていく。 (……そうよね。こんな状況で、重要なことを言うはずない) 納得はできたが、これでは話が続かない。 「聞こえた?」 「……あ、うん」 「終わってみたら、あっという間だったよね」 「そう? 私はまだそんな気分にまで行ってない」 内心では、急に名残惜しい気がしてきていた。相羽と二人で何かの作業をす ることが、もうないかもしれないと考えるだけで、今日の放課後が貴重に思え てくる。 「写真撮ったときのこと覚えてる? 個人写真の方」 「ええ。私が普通の顔をしているのに、撮る瞬間に清水達に笑わされて、散々 だったわ。時間を取ってしまって……。相羽君も見てたのね。だったら、早く 注意してくれたらよかったのに」 「いや、あれはあれで撮ってもらってもよかったんじゃないかと思ったから」 「どうして」 「あんなに楽しそうな表情は、なかなかない。アルバムに載せるとなると、な おさら」 「一部、認めてもいいけれど、一人だけ爆笑しているのは変でしょ。絶対嫌よ」 「そりゃまあね。でも、笑う前は、つまんない顔してたなあ、純子ちゃん」 実際、撮影したのは、相羽からの告白をふって間もない頃だったので、気乗 りしない精神状態だったのだ。清水達のいたずら心のおかげで、その後どうに か表情を作ることができたと言えなくもない。 「つまんない顔? もう、失礼ね」 「あ、間違った。つまんない顔じゃなくて、つまらなさそうな顔、だった」 冗談だったのだろう。相羽は頭に手をやった。 その様子を見ていると、つられて笑ってしまった。大しておかしくないのに。 笑う内に、ちょっぴり、泣きそうになる。こんな風に話できなくなるかもし れない――ついさっき味わったのと同じ感情が、ぶり返してきた。 (もう一度、きちんと確かめたい。聞けばいいじゃない) そう思った。純子の顔から笑みが消える。 でも、ストレートには聞けない。口ごもってしまって、間が空いた。 純子の表情の変化に気付いた相羽の表情もまた、見る間に変化を見せた。瞬 きを二、三度して、眉間に不安げなしわを作る。 「ど、どうかしたの?」 「……エリオットさん……」 「え?」 「エリオットさんとは、あのあとどうなったの?――かなあと思って。よかっ たら聞かせて」 声に元気がないと分かり、純子はおどけた口調に転じてみた。演技のうまく なった自分に、知らず淋しさを覚える。 「あのあとというのは、みんなで初詣に行ったとき?」 「もちろん」 「あれは――」 相羽の話が途切れた。心の中で答を待ち構えていた純子の眼前で、相羽の肩 を引っ張ったのは白沼だった。 「なあんだ。元日、涼原さん達と初詣に行ってたのね?」 「うん」 バランスを崩しかけた相羽だったが、立て直して白沼へ顔を向ける。でも、 その目線は純子に残しつつ。 白沼は半眼になって、ため息をついた。 「元日に電話したのに、全然出ないから、つまらなかったわ。ううん、それよ りも、どうかしたのかと思って心配したのよ」 「うん。わざわざあとで掛けてきてくれて」 「そう、そのときに初詣に行ってたって教えてよ。別に、大したことじゃない んだし」 「……ごめん」 二人のやり取りを聞く内に、純子は確信を強めていた。 (白沼さんが電話を入れたのは、きっと、相羽君とおばさまがエリオットさん と出かけたあとだったんだわ。そのことを白沼さんにも言いそびれた……じゃ あ、やっぱり、J音楽院に留学する方向で話が進んでいるのね) 本人の口から答を直接聞く前に、何となく想像できてしまった。頭の隅っこ の方から、どうでもいいような気分が染み出して、広がっていく。少なくとも 現時点では、相羽によるこれ以上のだめ押しをしてもらいたくない。 「あの、あとでいいわ」 純子は言い置くと、相羽の視線を振り切って、自分の席に向かった。 休みの日も朝から勉強。受験云々ではなくて、他にすることを思い付かない。 勉強に没頭でもしなければ、余計なことを――反面、余計ではないこと――を 考えるのに頭を使ってしまう。 いや。それでは足りない。勉強机に向かい、鉛筆を握っているときでさえ、 相羽のことがたまに浮かんでくる。最近になって、頻度が増えているような気 が純子自身してならない。 (今の相羽君は私のことで、思い悩んだりなんかしてないんだろうな……。多 分、頭の中は、留学のことでいっぱいなんだ) 時折、純子はこう考える。相羽を素直に送り出すには、自分はどんな風にす ればいいのだろうか、と。 考えて、結論を見つけられないまま、慌てて否定するもう一人の自分。何と かして引き留めたい、離れたくないと願っている自分。そして、一縷の望みを かけている自分。 (私ってあきらめが悪いのかな。吹っ切れないというか……一度、相羽君本人 から聞かなきゃいけないみたい) いつしか頬杖をつき、天井の方、カーテンレールをぼんやりと眺めていた純 子。問題集のページが、勝手に前に戻っていた。 と、そこへ母の呼ぶ声。気分を一新したい心理が働いたのか、純子は素早い 反応を見せた。階下に行き、母に聞いてみると、唐沢が来ているという。 「何か言ってた?」 「え? いいえ、特に何も。ただ」 母が言葉を区切る。エプロンを締め直しながら、なかなか続きを言わない。 気になって、先を促す純子。 「ただ?」 「とっても礼儀正しいわね」 「はあ……」 拍子抜けした純子へ、母はさらに言葉を重ねる。 「以前にも見かけたことある男の子だけれど、そのときに比べて引き締まった 感じ。唐沢君ももてるんでしょうねえ」 「はいはい。もういいから。盗み聞きしないでよ」 母を部屋の奥へ追いやり、純子は靴を引っかけ、玄関のドアを開けた。 ――つづく
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