長編 #4995の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
唐沢の険しくなった表情が、ふっと緩む。 「差し出がましいこと言って、悪い。ああー、だめだな、俺」 「そんなこと、ない」 「あれれ、知らない? 男は、女の子に困った顔をさせてはいけないんだぜ」 言い切ると、相好を崩して笑い声を立てる。普段の唐沢だ。 「それじゃ、次の次の日曜はどう? また仕事だったら、怒るよ」 「その日なら問題ないわ。朝から大丈夫」 「よし、それじゃあ待ち合わせ……十時に駅前でいいかい? それとも、迎え に行こうか」 「ううん。駅まで行く」 答えながら、生徒手帳のカレンダーに書き込んだ。いつもならメモをしなく ても忘れないのだが、このところの自分の調子を考えると不安だった。 「寒くなりそうだから、暖かくして来なよ」 唐沢は弾んだ口調で、楽しそうだった。 * * 冬休み前、最後の日曜日は、朝から寒風が吹きすさんでいた。天気も曇りが ちで、十時半になっても陽がなかなか射さない。 それでなくてもあまり気乗りせず、昨晩は寝付けなかった相羽は、憂鬱さに 拍車を掛けられて参っていた。 コートのポケットに両手を突っ込み、肩をすくめて立っていると、五分遅れ で白沼が現れた。名前に合わせたわけではないだろうが、白いふわふわしたコ ートに、白い毛の帽子が目立つ。下は黒っぽいスカートで、この季節にしては 短めだった。脚には白と茶色からなるブーツで、踵がやや高めだ。 「待った?」 「待った。おはよう」 笑顔をなす。冷えた皮膚が音を立てそうな気がした。 白沼は謝りながら、腕を絡めてきた。その際、後ろ手にハンドバッグを持っ ていたんだと気付く。持ってあげようかどうしようか迷ったが、結局何も言わ ずにおいた。 美術館に向かって、ゆっくりした足取りで進み始めた。 「ごめんなさいね。つい、準備に時間を掛けてしまったわ」 白沼が、相羽の正面になるよう、顔を向けてきた。 すぐに気付く。よほど鈍感でない限り、誰だって気付くだろう。 「白沼さん、化粧してる……」 「そうよ。うっすらとだから、問題ないでしょう。野暮はなしよ」 問題ない、野暮はなしとは、校則に引っかかるからといって咎め立てするほ どじゃないでしょうという意味らしい。 「合わないのを使うと、肌荒れすると聞いたことがある。気を付けた方がいい」 「家ではたまに着けていたの。何も起きなかったから全然平気よ」 「……香水も着けてる」 鼻を一度だけひくつかせ、相羽は言った。甘ったるいが、どこか刺激的な匂 いが漂ってくる。もし夏場なら、むせ返るように匂いそうだ。 「いい匂いと思わない?」 「……悪い匂いじゃないけれど」 語尾を濁した相羽。好きな匂いでもない、とは言いにくかった。 「相羽君が絵には興味ないなんて、意外だわ」 道すがら、白沼がかすかに首を傾げる。そのような意味のことを、先日、美 術館へ行こうと誘われた際に、相羽は白沼に告げていた。 (まるで興味がないわけじゃなく、可能性は低いとは言え、あいつと……紅畑 と顔を合わせるかもしれないと思うと、気が向かないだけなんだが) 付け加えるなら、白沼と二人きりというのも、気後れする理由の一つだった。 今度ぐらい付き合ってよ、これまでずっと断ってきた罰よ、とまで言われて、 どうしようもなくなった結果である。 「音楽方面に突出したせいかしらね。ピアノ、飛び抜けて上手だもの。あんな に優しい演奏、初めて聴いたわ」 「優しい演奏だけできても仕方ないけれどね」 肩をすくめた相羽だったが、白沼は笑顔で否定した。 「いいえ、それだけでも充分凄いわよ。その上、練習してるんでしょう。大変 よね、音楽学校に入るのも。頑張って」 白沼の励ましに、相羽は曖昧にうなずいて置いた。まだ決めかねている。 (この頃、純子ちゃんと話せていない。おかげで先週のCM撮影、見学に行き たかったのに、気後れしてしまった……。行けばよかった) 浮かんだ純子の姿を、相羽はかぶりを振って打ち消した。いくら何でもこれ は白沼に失礼だ――。生真面目にも思い直す。 「ねえ。相羽君て、誰か女子と付き合ったことあるの?」 「ない。前にも言わなかったっけ」 「じゃあ、こうして女子と二人きりでどこかに出かけるなんてこと、これまで にないんだ?」 一層強く、相羽の腕を抱き寄せる白沼。それも胸の方へ。わざとなのかどう か分からない。 相羽は、空いている方の手を使って、緩やかに振りほどいた。 「二人きりね、ないこともないな」 「――何ですって? 誰と?」 驚きに加え腕を解かれた白沼は、相羽に遅れてしまった。急いで追い付く。 相羽は強いてきっぱりした口調で答えた。 「涼原さんとだよ」 「……」 「モデルの仕事で、時々、僕が撮影場所までの案内役をさせられる」 正確なところを説明すると、白沼は安堵の笑みを覗かせた。しかし、そうと 悟られるのが嫌だったのか、次の瞬間には表情を消すと、「そんなことだと思 ったわ。くだらない」と不愛想に応じた。 取り留めもない話を重ねる内に、美術館の建物が見えてきた。周囲に二、三 の前衛的な像が配置されているが、それ以外は極普通のビル。木々に囲まれ、 白い石畳が落ち着いた空気を作り出している。 エントランス脇の窓口には、親子連れらしき四名と画家然としたベレー帽の お年寄りの姿がある。相羽と白沼はその次に列んだ。 「休みの割に、空いてるみたいね。よかった」 ガラス戸の方を透かし見やりながら、白沼が嬉しげにつぶやく。立ち止まっ たのをいいことに、再度、腕を組もうとしてきた。 「中学生は……」 財布を取り出す動作に紛れ、逃げる相羽。嫌いなわけではないが、べたべた するのは勘弁してほしい。それに、もしも知り合いに見られたら話がややこし くなりそうで、避けたかった。 学生証を提示して中学生料金を払い、切符を受け取って中へ。 入ってすぐのところに、薄っぺらい冊子が置いてあった。正規のパンフレッ トは、別に販売されている。白いビニールバッグに入ったそれは、A3程度の サイズがあり、写真がふんだんに使われているようだ。その分、値も張る。白 沼一人が購入した。 「持つよ」 相羽が言うと、白沼が「ありがとう」と言いながら手渡してきた。見た目通 り、重みがある。 静かな館内を、順路の矢印に従って回る。他の入場者もちらほら見かけるが、 皆、大人しい。ただ、喋るときは普通よりややボリュームを絞っている程度。 ひそひそ声だとかえって耳障りになるからだろうか。重苦しさよりも気安さの 勝った雰囲気だ。 「折角だから、じっくり観て回りましょうよ」 相羽が歩いて行くのをたしなめる白沼。相羽自身は歩みを緩めていたつもり なのだが、それでもまだ早いらしい。あるいは、早く出たい気持ちが表れてし まっていたのかもしれない。 「最初は……クリスティね。初期の作品だそうよ」 冊子を参考に、白沼が指差した。 * * 展示スペースを出ると、館外へ出るまでのワンクッションとして、待合所か ロビーのような部屋が設けられていた。外へと続くガラス扉の向こうには、美 術館のすぐ横に隣接する形の喫茶店が見える。 唐沢が、ここで休憩していこうと主張したが、純子は断った。 「だって、校則違反よ」 「大丈夫。誰も見ていないって」 「もしもということがあるわ。そのせいで受験失敗したら、目も当てられない」 「……そりゃそうだ」 ブルゾンのポケットに両手を入れたまま、肩を大げさにすくめる唐沢。 「しょうがない。缶ジュースで我慢しますか」 彼が指差した先には自動販売機。小銭を出そうと、財布に手を伸ばす唐沢。 純子は手首を返して、腕時計を見やった。 「とっくにお昼過ぎてるね……。ファーストフード店で食べて行かない?」 「おー、そっちに賛成だな。実はこのあと持ちかけるつもりだった。涼原さん の方から言ってくれるとは、予想してなかったよ」 「唐沢君がよければ、甘味所でもいいよ」 純子のジョークに、唐沢は大げさに首を振った。そしてしっかり、こんな希 望を付け足す。 「デザートは、食事から時間を空けていただきたいね。たとえば……映画でも どうかな。昼飯がすんだら、映画を観に行かないか」 「うーん、どうしようかな」 このあと、特に予定はない。漠然と、受験のことを考え、勉強でもしようか しらと思っていただけ。最近、相羽の一件で志気が落ちているので、やる気が 出ないでいる。 (明日やればいい) 承諾の返事をしようとした瞬間、美術館の展示スペースに通じるドアが開く。 その音に何気なく振り向くと、扉を閉めてきびすを返した二人と目が合った。 「あっ」 声を上げたのは誰だったろう。 エントランスホールならぬイグジットホールの現在には、四人――純子、唐 沢、相羽、白沼の他に誰の姿もなく、奇妙なまでの静けさがさして広くない空 間を占拠した。 「奇遇ね、こんなところで遭うなんて」 意味のある言葉を最初に発したのは、白沼だった。言いながら、相羽へ手を 伸ばす。相羽の右腕に掛かる白いコートは白沼の物らしく、それを渡してと求 めているようだ。 しかし、相羽は勘付かないでいる。純子と唐沢を見つめたまま、立ち尽くす。 左手のビニールバックが揺れていた。指先に引っかけるだけで持っている。 数秒間、白沼は手をひらひらさせていたが、相羽の様子を気取ると、不意に にやっと微笑を浮かべた。 「そちらは、何だかとても珍しい取り合わせね。唐沢君が一対一のデートとい うのも、凄く新鮮で貴重な場面だわ」 「おーお、俺の全てを知ってるかのような口を。あとをつけてるんじゃなかろ ーね。白沼さん」 唐沢がおどけ口調で応じた。わざとに違いない。でも、唐沢の努力も虚しく、 調子っ外れな場の空気のまま、事態は推移する。 (……何も……こんなとき、こんな場所で出くわさなくたって) 自分でも分からないけれど、涙が出そうになる。純子は手で慌てて表情を隠 し、相羽達に背を向けた。そのまま、全身を預けんばかりの勢いでドアを押し 開け、外へかけ出る。 「あ、涼原さん?」 * * 「あ、涼原さん?」 唐沢は肩越しに振り返り、すぐにも足を動かそうとしたが、踏みとどまる。 急に相羽に近付くと、「どうなってるんだ?」と耳打ちで尋ねた。 「……何が」 「おまえが白沼さんと一緒にいることと、おまえの顔を見て涼原さんが逃げ出 す理由だよ」 「知らない。運が悪いのかもしれない」 うつろにさえ聞こえる相羽の声を、唐沢はもはや背中で受けていた。 「またあとでな」 言い置き、建物の外へダッシュした。純子の姿を探し、頭を巡らせ、ついに は身体をゆっくり一回転。見つかった。 純子は、もう走ってはいなかった。容易に追い付けた唐沢は、それでも純子 の手を取るとともに立ち止まり、正面を向かせる。 「どうしたのさ。逃げなくていいじゃないか」 軽い調子で始める。表情もさっぱりした笑顔にしたつもりだ。 「見られたからって、どうってことない。遊びに来ただけなんだから」 純子はいつの間にかうつむいていた。 「あいつらだってそうさ。暇な者同士で都合つけて、美術館に足を運んだまで」 俺は何を言ってるんだ。唐沢は、話す内にもどかしさを加速度的に覚えた。 (何で、相羽の奴と白沼さんの仲を否定するような言葉を吐く、俺は? まだ 分からないじゃないか。いや、確かにあいつは涼原さんにふられたはずだが、 どう見てもあきらめてなかった。 そういうことじゃない。俺は、涼原さんが逃げ出した理由を勝手に想像して いる。涼原さんが逃げたのは、俺と一緒にいるところを見られたからじゃない。 涼原さんは相羽が好きだから逃げたんじゃないか。そう考えているんだ、俺は。 だから、慰めるような、取りなすような言葉を口にしたんだ。 でも、何で俺はそう思ったんだ? 相羽は涼原さんにふられたんだろ? ど う考えたって、矛盾してる……) ――つづく
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