長編 #4992の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
* * 相羽の頭が揺れる。 白沼が腕を絡ませてきて、さっきからしきりに同意を求めて引っ張るのだ。 ほぼ、なすがままの状態。 「離れ離れになるんだったらさ、何か思い出作りしたいわよね」 「……」 「ねえ、聞いてる?」 「いや。上の空」 「聞いてよ!」 正直に言ったら、より一層激しく揺さぶられた。ロックコンサートの観客み たいに、頭を振ってしまう。 白沼は相羽の腕から手を放すと、同じ言葉を繰り返した。 「そういう話は、全部決まってからにしてほしい」 相羽はもう取られまいと腕組みをして答える。身体の向きを換えたせいで、 純子の姿が見えた。気になる。ずっと気にしてる。 だが、そのいとまを奪うかのごとく、白沼は即座に反論してきた。 「一月になってからじゃ、遅いのよ。時間がないじゃない。受験勉強本格化す る頃合いよ。今の内に、気兼ねなく、楽しい思い出を作りたいの」 「そう言われてもな……。こんなこと言うと行くと決めたみたいで何だけどさ、 僕は思い出を充分持っている。いいのも悪いのも」 「私はほとんどないわ。私と相羽君、共通の思い出」 「え……っと、もしかして、さっきから言っているのは、白沼さんと僕とに限 った話?」 自らと相手とを順に指差した相羽。白沼は「当然よ」と鋭く言い放った。 「クラス全体での話だと思ってた。みんなで送り出してもらえたら幸せだな。 ははは」 「そんなの、また別にすればいいじゃない」 冗談でうやむやにしようとした相羽だったが、白沼はきっぱり、流れを断つ。 「私、クリスマスを一緒に過ごしたいわ」 「……一年のときのパーティみたいに?」 「ううん。分かってるくせに。今度は相羽君一人だけ招待するわ」 「それは」 「最後になるかもしれないでしょ? 私のお願いを聞いてくれてもいいと思う んだけれどな」 しなを作って髪をなで上げる白沼。その仕種に対しては、相羽は素知らぬふ りを続けた。そして言い聞かせるような口調で告げる。 「あのさ、白沼さん。もし日本で最後のクリスマスになるんだとしたら、僕は 自分のために過ごしたい。最後なんだからこそ」 「それは……分かるけど」 一度は物分かりよく引き下がった白沼だが、不平は溜まっていそう。頬が若 干膨らんでいる。次に口を開けば溢れ出すかもしれない。相羽は間を置かずに 言葉をつないだ。 「特別な日だろ。家族だけで過ごしたいんだ。他の日なら、まだ考える余地、 あるかもしれない」 言ってから、ちょっと甘かったかと後悔した。その推測通り、白沼は喜色満 面になって食い付いてきた。 「それじゃあ、二十三日か二十六日。できれば、やっぱり二十三日の方がいい わね。イブイブで、雰囲気あるもの」 「その……白沼さんの両親の都合とかは?」 「うーん、難しいでしょうね。お父さんもお母さんも忙しいから。だけど、説 得してみようかしら。それともいっそのこと、私一人で相羽君をおもてなしし てあげてもいいのよ」 「ええ?」 白沼をまじまじと見つめた相羽に対し、返って来たのは笑顔だった。 「その方が都合がいいかな。うふ」 「……勝手に決めないでくれる?」 声を低くした相羽だったが、この台詞はまずかった。 「じゃあ、いつならいいの? 言ってよ。私がそれに合わせるわ」 白沼に詰め寄られて、返答に窮す。 「クリスマス間際が無理なら、試験明けの休みでもいいわよ。日曜日ならかま わないでしょ」 喋りながら、生徒手帳にある十二月のカレンダーを調べる白沼。すぐに声を 上げた。 「日曜は二回あるし、二十三日でもいいわね。どれか一日くらい、空いてるで しょう? ねえ」 「休みの日は、ピアノの練習をするために、出かけることが多いから」 「何でピアノの練習? 受験は終わったんじゃないの」 「まだ力を着けないといけないよ。それに、近い将来、弾く機会があるんだ。 その練習もしないと」 「だったら、私のピアノを使って。お家にはないんでしょう? どこで練習す るのか知らないけれど、私の家だと近くて便利よ」 「ありがとう。気持ちだけで充分だよ。迷惑かけたくない」 「迷惑なんかじゃ――」 懸命に誘う白沼に、相羽は飽くまで冷静な口調で告げる。 「それに、僕って一度始めると、周りに目が行かなくなる質でさ。もし貸して もらったとしても、白沼さんと話す時間、ほとんど取れないと思う」 「……うー」 白沼がたまりかねたように、短くうめいた。 「分かったわ。ピアノのことはいい。遊びに行くの、付き合って。一日だけな ら何とかなるでしょっ?」 彼女の押しの強い物言いに、相羽は弾みで首を縦に振った。 * * ルークの市川や杉本から「たまには出て来れないかな?」と呼びかけられて 応じたのは、気分転換になると思ったから。状況が許せば、仕事をしてもいい とさえ考えていた。悩みごとに心を占拠されてしまわぬよう、何かに一生懸命 にならないといけない。 「鷲宇さんから伝言よ」 事務所に顔を出すなり、市川からそう告げられて、純子は目を白黒させた。 そういうことは電話で先に言ってほしい。 「『ボランティア活動しませんか』ですって」 開封したばかりのメモを読み上げる市川は浮かない表情だ。声にも張りがな い。なるほど、「ボランティア」が気に入らないらしい。 「ボランティアですか」 純子がおうむ返しに尋ねるのを無視し、市川はさらに続けた。 「『OKなら連絡ください。今月中ならアメリカの方へ、来月以降は日本の方 へお願いします。詳細を以下に記しておきます』……しんど」 つぶやくと、純子にメモを渡した市川。乗り気でないのは明白だ。 「折角、純子ちゃんがこの時期、やる気になってくれたのに、ボランティアだ のチャリティだのじゃあねえ」 純子と杉本がメモの続きを読む間、市川はぶつぶつ言っていた。 「あ、あの、私、まだやると決めわけではないんです。時間が少しだけ空きそ うだから、もし何かお手伝いできることがあればと思って」 「時間ができたって、どれくらい」 大きなデスクの端にもたれ、ため息混じりに問う市川。期待していない口調 だ。今頃になって契約内容に悔恨の念を抱いているのだろう。 「えっと。三日ぐらい」 具体的には考えていなかったので、適当に答えてしまった。日常を忘れるた めに仕事に没頭したい気持ちがある反面、果たしてうまく仕事をこなせるのか 自信を持てないでいた。 「短い。それじゃ難しいわね」 「だけど、このボランティアならちょうどいいじゃないですか」 杉本が嬉しげな声を張り上げた。その彼をじろりと見据える市川。 しかしかまわずに――気付かずに?――杉本は捲し立てた。 「これなら一日だけですよ。いや、唱って、ちょっとトークして、おしまいの ようですから、六時間もあれば充分かなあ」 「メリットがない」 市川は抑えた口調で言った。 「久住淳にも、ルークにも、メリットがない。鷲宇さんが海外でボランティア 活動してるのは知ってたけれど、あの人って全然宣伝しないんだから。タレン トとしての好感度を上げるためじゃなく、本気でやってるのよねえ。それは立 派だし、最初から鷲宇さんにはお世話になっているとは言うものの、だからっ てこんなイベントでうちを頼ってこられても困るのよ。まだまだ新興の弱小な んだから、余裕はないの。お分かり、杉本?」 「お、お言葉を返しますが、市川さん。鷲宇さんがこの手の活動を日本でやる のは初めてでしょう。きっとどこかが嗅ぎつけて、記事にしますよ」 いささか怯えた響きのある提言だったが、市川は聞きとめた。 「そうかね」 「いざとなったら、うちから外部へ漏らすというのもありかと」 「なるほどね。手ではある」 話の内容は純子にも充分把握できた。が、あまりよくないことであると分か っていても、なかなか反対しにくい。それに、反対すれば参加を止められるか もしれない。 (出たいなぁ。ううん、別に歌じゃなくていい。ボランティア、やってみたい) 人の役に立つ。まだ漠然としたイメージしか湧かないけれども、打ち込めそ うな気がする。どんなことができるだろう? 「じゃあ、とりあえずOKの返事をしておこうかしらね」 市川が言った。一転して笑顔になっている。計算が立ったのだ。上機嫌にな って、ファイルされた資料や書類をデスクに広げた。 「さてと。ここからは私が獲ってきた仕事なんだけれど……そうねえ、二日あ ればこなせる仕事もある。こんなのとか」 市川が提示したのは、すべてコマーシャル出演の話だった。候補は合計で五 つあり、馴染みの美生堂も含まれている。 「どうかしら。久住淳で出てくれと言うのもあって、面白いと思うんだけどな」 言いながら、一つのファイルを引き寄せる市川。対象商品は新しく出るゲー ム機器だ。開いたページには簡単な企画書めいたメモがあった。本決定に至れ ば、もっと詳しい説明があるのだろう。 「ゲームはあんまり得意じゃないんですが」 「そういうのは関係ないの。うまく編集されるから。ただ、私の個人的一押し は、こっち」 別のファイルが開かれる。クライアントはある有名ジュエリー店で、商品は アクセサリー類全般とある。 「ティーンズ向けの新シリーズのイメージキャラクターに、風谷美羽を使いた いと言ってきてくれてるの。これは大きい仕事よ」 「それって、モデルですよね。だったら、おばさま……相羽さんにも相談しな いといけない」 何でもないことなのに、「相羽」と口にする瞬間、少し躊躇した。 市川は大きく首肯した。 「もちろん、やるとなったら合意の上でやるわよ」 「はあ……。美生堂さんのを見せてください」 モデルをやるきっかけや最初の仕事をくれた美生堂には、少なからず感謝し ている。口紅の広告は今もってシリーズが続いているし、相羽の母とのつなが りも強いらしいし、できるだけ協力したい。 美生堂からの依頼は候補商品が一覧になっており、化粧品、シャンプーやリ ンス、入浴剤などに混じって、男性整髪料なんてのもあった。 (久住淳が男性整髪料の宣伝するのは無理じゃないかしら。かつらなんだもん。 そもそも、女がやってはまずいような) 思わず苦笑い。そこへ、市川から注釈がもたらされる。 「お風呂関連は入浴シーンがあるかもしれなくてよ」 「……そうですよね、普通」 むしろ、そんなシーンがあって当然だろう。どんな風に撮影するのか知らな いけれど、積極的にやりたいとは思えなかった。この辺りの分野は、まだ恥ず かしさが先に立つ。 「やるなら、今ここで決断を下してほしいんだけど、いいかな、純子ちゃん?」 「はい」 返事をして、気持ちを引き締め、改めてファイル全てに目を通す。仕事のこ とを真剣に考えるだけでも、心悩ます苦痛をひととき忘れられた。 最終的に、純子はジュエリー店のを選んだ。美生堂を避けてしまったのは、 相羽の母のことがちらつき、相羽と顔を合わす機会が増えるのではないかとい う思いが浮かんだから。 (しばらく忘れるためにやるんだから、これでいいのよ。こうしなくちゃ) 相羽と言葉を交わす機会がめっきり減っている。 学校で顔を合わせても、朝の挨拶をすればまだいい方で、それさえ省略する ことが多くなっていた。あとは、教室内で必要最低限のコミュニケーションを する程度。二人きりの会話なんて全くない。 喧嘩しているのとはやや様相を異にするため、どう対処していいのか分から ないのが本音だった。 (別にいいもん。私には関係ないことだわ) 無理に割り切ろうとしてみた。 (相羽君、あなたがどこの学校に行こうが関係ないし、誰と付き合おうが関係 ない。……私に告白しといて、そのすぐあとでなんて、随分勝手だとは思うけ れど。怒ってなんかないわよ) 無理は続いているが、こう思うことで、平静を保っていられる。そんな気が している。思い込みかもしれないが、今は必要。 ――つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE