長編 #4988の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「アメリカ行きを黙ってるたあ、友達甲斐のない奴だ」 「行くと決まったわけじゃないと、昨日言ったろ。行くとなったら言うよ」 「……試験を受けたときもアメリカ行ったんだろう? 三日も学校休んで」 「あ? ああ」 作ったような恐い表情をする唐沢を、相羽は訝った。 「その時点で言えってんだ!」 唐沢は軽く握った拳を、相羽の胸にゆるく当ててきた。相羽は首を傾げる。 「言ったら、何かあったと?」 「それはだな……アメリカ土産を頼んでた」 真剣な顔をして、人差し指を立てている唐沢。相羽は今度は肩を落とした。 「NBAのグッズあったろ? ほしかったなあ。俺、テニスも好きだけど、バ スケも好きなんだよ。もち、プロテニスプレイヤーのグッズもあればほしい」 立ち上がった相羽。 「ずっとその調子なら、帰る」 「待て。悪かった」 唐沢は謝りながら、腰を浮かせた。それ以上追い掛けようとはしない。 その読み通り、相羽は足を止めた。数歩戻り、同じ場所に収まると手を振り ながら唐沢に話の続きを促す。 「俺が言いたいのは、というかおまえに聞きたいのは」 真面目な顔付き、真面目な口調になった。 「アメリカの学校を受験したのを隠していたのには、わけがあるんじゃないか ってことさ」 「わけなら昨日、言った」 「他にもある。違うか?」 「どういう根拠があって、そう自信満々なんだよ?」 まず、そっちの方が気に掛かる。相羽の疑問に、唐沢は即答した。 「おまえが黙って外国に行けるはずがない。好きな子を――涼原さんを置いて 行けるかってんだ」 「……」 「なのに昨日の様子じゃ、涼原さん、何も知らなかったみたいじゃないか。ど う考えてもおかしいぜ、これは」 「……鋭い。なかなか」 声がわずかながら震えたような気がする。認めるのを本能的に嫌ったのかも しれない。唐沢はライバルなのだから(『ライバルだったのだから』と過去形 で言うべきか)、なおさら。 相羽は唐沢の顔を凝視した。 「な、何だよ? 急に、まじまじと」 「やっぱり、おまえには言っておくべきだよな。そうしないとアンフェアにな ってしまう」 「わけ分からん……あんこの大安売りか。『餡フェア』」 唐沢の冗談に突っ込む余裕は持ち合わせていない。 「この前、涼原さんに告白した」 「何っ?」 笑っていた唐沢の表情が引き締まり、硬くなる。驚きと失望と少しの怒り、 そんなところが混じり合ったように、唇が若干歪む。 「そしてふられた」 「……なぬ?」 しかめっ面に転じた。それも複雑なしかめっ面だ。テニスの試合でマッチポ イントを握られた直後、自分では外れたに違いないと思ったリターンが、審判 のミスでインとコールされたときのような、意外さとわずかな喜びの同居。 「相羽……おまえ、断られたのか……」 唐沢の顔が、手が、信じられないと語っている。 「ああ」 相羽としてはなるべく静かに返事するしかなかった。 「本当に?」 唐沢の喋り方が何だかかわいらしくなっている。相羽は思わず笑った。 「俺は真面目に聞いてるんだ」 「僕は何度も傷口をいじられたくない。返事は一度で充分だろ」 「しかし、信じられん」 「唐沢、どうしておまえがそんなこと言うんだよ。まるで、僕がふられたのが 不自然みたいな言い種だぜ」 「正直言うとだな。告白したって話を聞いて、俺はやられた!と思った。抜け 駆けしやがって、こいつ。ああ、もうだめだ。ってな」 「ひどい思われよう。でも、『もうだめだ』は変だぜ」 「いや、だから、今の時点でおまえが告白すれば、涼原さんも絶対に受け入れ るものと見てたんだよっ」 喋る内に焦れてきたのか、唐沢の語気が荒っぽくなった。相羽との距離もほ とんどないくらいまでに縮まっている。 「どうしてそういう嬉しい見方をしてくれるのかなあ」 口元に拳を当て自嘲しながらも、相羽は問い返した。他人からどういう風に 見られているのか、多少気になったせいもある。 「だってよ、涼原さんが一番楽しそうな様子なのは、おまえと話してるときや おまえがそばにいるときなんだぜ」 「……そりゃどうも。涙が出そうだ。かなり客観性に欠けた意見のようだが」 「そんなことないと思ったんだが……分からん」 唐沢は腕組みをして唸った。が、すぐ腕を解くと、閃いたように相羽へ早い 舌回りで尋ねる。 「告白したのは、J音楽院受験前か?」 「ああ」 それにしても根掘り葉掘り聞くなあ……内心で苦笑しつつ、相羽はうなずく。 「やっぱり、そういうことか」 唐沢が言った。相羽は別に返事しないでおいた。 「言わずに言ったのか?」 「……意味の分かりにくい質問」 「だから、おまえ、涼原さんに外国の学校を受けるって言わずに、告白したの かって聞いてんだよ」 「そう」 「どうして」 「言う必要ないと思ったから」 両者、沈黙した。 唐沢がジュースをすする音がしばらく続く。 「相羽」 「ん?」 「告白、受けてもらってたら、どうするつもりだった」 「さあ……考えていたかもしれないけれど、忘れた」 「涼原さんを置いて、外国の学校に行けてたのか? だいたい、何で外国なん だよ、ニューヨークなんだよ? 音楽なら日本でもできるだろうが」 「……そこが問題の一つでね」 「どういう意味だよ、それ? 日本のレベルじゃだめとか言うんじゃあるまい」 「色々あって、日本の音楽高校には行きたくない。行けないとした方が近いか もしれない」 「おいおい、分かるように頼むぜ」 「そう言われても……家庭の事情。これで勘弁」 「むー、煮え切らないと言うか、奥歯に物が挟まった言い方だな。ま、しゃあ ねえ。そんだけの事情があるなら、もう根掘り葉掘りはやめる。でよ、話戻す と……もしあらかじめ知ってたら、涼原さん、断らなかったかもしれないぜ」 「そうかな」 どちらかと言えば逆ではないかと思う。 「そういうことと関係なく、僕を見てほしかったから」 真面目につぶやいた相羽に対し、唐沢は見返してきた。それから片手を自ら の前頭部に載せ、顔を隠すようにする。 「……ばーか。長生きするぜ」 唐沢の目元に朱が差していた。ごまかすように、声を張り上げる。 「分かんねえのは、それだけじゃないぜ! おまえ、よく笑って話せるよな」 「何のことさ?」 「ふられたあとも、涼原さんと普通に話してるみたいじゃないか。俺には理解 できないね。おまえ、本気で好きだったのか?」 「唐沢」 相羽は腰を上げると、唐沢の真正面に立って膝を折り、目の高さを合わせた。 「普通に話せてなんかいない」 「な、に?」 相羽の低い調子に、唐沢は明らかにたじろいでいた。気圧されて、身体を反 らせている。 「涼原さんの前で、何でもない顔をするのは結構つらいんだぜ」 言って息をつき、伏し目がちになった相羽。この台詞、これでも思い入れを セーブした方だ。 唐沢はしばらく押し黙っていた。苦い物を口に含んだみたいに顔をしかめ、 軽く歯ぎしりの音がした。 「……すまん。分かった風な口を利いて、悪かった」 「別に、謝らなくていい」 聞き届けると、相羽は立ち上がり、出入口に向かって歩き始めた。 * * (また学校に来てないなんてことはないわよね) 妙な期待をしつつ、教室の扉を細く開け、覗く。だが、広い室内全てを見る には無理があった。そろりそろりと隙間を広げていき、それでも見えないもの だから、焦れったくなって最終的には全開にする。 (――いた) 相羽の席に相羽の姿を認め、落ち着けたような落ち着かないような変な気分 になる純子。相羽の方は男子の友達数名と熱心に話しており、純子の登校に気 付く様子はなかった。 (留学の話はもう収まったのかしら。みんなあんなに騒いだのに、案外、冷め るのも早いのね) 不平を感じながら、とりあえず自分の席に座った。一時間目の用意をすると、 頬杖をついて相羽をちらちら見やる。 その視界に、大きく影が割って入った。見上げると、すぐ隣の通路に、唐沢 が立っている。手にはノート一冊。 「教えてほしいとこがあるんだけど、いいかい?」 「あ、はい。大歓迎」 頬杖をやめて、スペースを作る。唐沢は空いたところへノートを広げた。数 行に渡って文字が書き連ねてある。何かの証明問題らしい。 「……時間掛かりそう」 問題文を読み、ノート越しに唐沢を見上げる純子。 「あとでもいいよ」 「急ぐんだったら、あ、相羽君に頼めばどうかしら」 言いながら、また相羽へ視線が行く。 その様子を黙って眺めていた唐沢は頭を掻いた。 「あいつには頼らないことにした」 いやに固い口ぶりで言うので、純子も思わず聞き返した。 「唐沢君たら、何だか怒ってるみたい」 「それはない。あいつに負けたくないだけでね」 「……喧嘩したんじゃないよね」 「してないよ。あいつとはずーっと、仲よしこよしだよん」 急におどける唐沢。さっさとノートを小脇に抱え、勉強の話の中止を態度で 示すと、お喋りを続ける。 「何でそんなこと思うの、すっずはっらさん?」 「だって、打ち上げのとき、相羽君の進路の話が急に出た……誰も知らない内 に進めてさぁ。それで怒ったのかなって」 「……なるほど。涼原さんは怒ってるのか」 前髪をかき上げ、そのついでのように頭を掻く唐沢。純子は肯定も否定もせ ず、「どうなのかな」とつぶやく。事実、自分の気持ちがよく分からない。 「しかし、あいつも罪作りなことするねえ。女子にあんな人気あるのに。俺だ ったら、女の子を置いて外国に行ってしまうなんて、とてもできません」 相羽のいる方角へ背を向けたまま、声を潜めた唐沢。 (唐沢君は知らないんだ。あいつが私に告白してきたこと) 純子はほんの短い間、喋ってしまおうかという考えを持った。けれど、すぐ に思い止まる。自分の中で整理が着いていないのに、他の人に話すのはためら われる。前田には、同性ということに加え、前に相談を持ちかけた仲でもあっ たので話せたが、男子にはとても打ち明けられそうにない。 「涼原さんだったら、どう思う?」 「え? 何?」 「つまり、好きな男に黙って置いて行かれたとしたら。さっさと別の相手を探 すか、それでも想い続けるのか」 意味ありげに唐沢の目が笑っている。いや、問い掛けの真意を隠すために無 理に笑っているような色彩が強い。 「そうね……」 純子は両手を組み合わせた。それを胸に押し当て、よく考える。 考える内に、気が付いた。 (私、現実のこととして答えようとしている) 苦笑を小さくこぼし、首を振る。 「今の私なら『想い続ける』よ」 「そうか。さすが、純粋の純を名前に持つだけのことはある」 冗談めかす唐沢に、純子も笑い声で応じた。それでも頭の中は、すぐに相羽 のことに戻る。 (しょうがないじゃない。断るしかなかったんだから。でも、外国行くのは前 もって言ってよ) 乱れっぱなしだった。 ――つづく
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