長編 #4982の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
相羽は純子に語り掛ける風に続けた。 「停電や蝋燭、誕生パーティという言葉から、夜だと信じてしまったんだよ」 「当然でしょ、停電で真っ暗に……あっ」 純子は口を半開きにして、地天馬に向き直るとこの意地悪な出題者を指差し た。もう片方の手で口元を覆ってから、 「地天馬さん、部屋が真っ暗になったなんて、一言も口にしてない!」 と言うその声の調子は、何故か弾んでしまう。 「正解。真昼の太陽の光が射し込む部屋で、ボタンを拾い上げるのはさほど難 しいことではない」 「やられましたね。確かに、今このタイミングで話すのにふさわしいパズルだ」 前髪をかき上げ、息をつく相羽。 「正解に達したのだから、そんなに悔しがる必要はないじゃないか」 「いや、術中にはまってしまったのが、悔しいな。普段聞いたのなら、もっと 早く気付いていたと思う」 珍しく負け惜しみを言って、相羽は腕組みをした。 「やられっ放しは悔しいから、今度は僕から出題させてください」 「かまわないが、最初の事件の続きは?」 「後回しに」 その刹那、家の外から悲鳴がした。人殺し!と聞こえた。 「な、なに」 びくんと身体を震わせ、相羽の方に最接近する純子。 様子を見に行こうと腰を浮かせた相羽を、すでに立ち上がっていた地天馬が 制する。 「僕が行こう」 「では僕も」 「君には守るべきものがある。何が起こったのかはっきりしない内は、軽々に 行動してはいけない」 地天馬は素早い身のこなしで出て行った。 「何が起きたのかしら……」 「心配しなくていいよ」 暗闇のせいもあって、いつになく恐がる純子の手を、相羽は強く握った。そ うしつつ、戸締まりのチェックを視認していく。 「停電になって、初めて分かったわ。この辺りって、いつもなら外灯や町明か りで、夜でも明るいから、犯罪がなかったのかしら……。地天馬さん、灯りを 持たずに出て行かれたけれど、大丈夫よね」 「心配無用でしょ。何たって、あの人は名探偵だから」 元気づけるため、わざと軽い調子で言う相羽。 近隣にパトカーの音が響き渡ったのは、五分ほど経ってからだった。 「安心していい」 戻って来た地天馬がどことなくつまらなさそうにしていることに、純子と相 羽は気が付いた。 「何があったんですか」 「近所に、独り暮らしの女性がいるね。カトレア=ウェルズ」 「ええ。挨拶を交わす程度で、込み入った話はしたことありませんが、評論家 か何かで、地元の新聞にも論説の枠を持っていると聞いています」 「そこで事件があった。叫び声の通り、殺人。カトレアを訪ねて来ていた妹の パトリシアが、家の中で殺された。撲殺だが、凶器は見つかっていない」 淡々と説明する地天馬に対し、純子は息を飲んで聞いていた。 「カトレアの主張によると、二人がそれぞれ別の部屋で過ごしていると、不意 に停電になり、カトレアは闇の中を勘と手探りとで歩き回り、まず自分の灯り を確保してから、パトリシアにも灯りを持って行こうとした。部屋のドアをノ ックしたとき、庭に面した大きな窓ガラスの開けられる音がした。訝りつつ、 ドアを開けると、パトリシアは死んでいたという。植え込みを飛び越えていく 人影を見たとも言ってる。 実は、カトレアは一ヶ月ほど前から、Nという宗教団体から脅迫を受けてい たそうだ。新聞に載ったカトレアのコメントが、我らを冒涜するものだとかで、 謝罪文を載せねば命を奪うというものだった。これまでにも、カトレアの自宅 の間取りを事細かに記した図面や、彼女の一日の行動を詳細に記述したレポー トめいた物が送り付けられており、十日ほど前には、進入経路や犯行手段を書 いた殺人予告まで受け取っているそうだ。それでも本気にせず、警察には届け なかったと言うから、変わってるねえ。それで、カトレアが『妹には私の部屋 を使わせており、その上、停電で暗かったこともあり、妹は私に間違われて殺 されてしまったのだろう。その証拠に、Nの犯行声明が現場に置いてあった』 と言うからね、僕も現物を見せてもらった。Nの教義十九項目を一覧にした印 刷物で、その五番目『他者を貶めることなかれ。禁を破りし者には死を』に、 赤くアンダーラインが引いてあった。血だ。まだ乾いてなくて、てかてかと光 っていた。誰の血か正確なところはまだ分からないが、恐らく被害者のものと 思われている」 「そ、それで、辺りに犯人がまだ」 「いや、もう解決だよ」 「だったら、犯人は捕まったんですね。現行犯逮捕で」 「まだ捕まってはいないが、時間の問題だね。真っ先に駆けつけて、現場の様 子を見ることができたおかげもあるんだが、犯人の目星はついた。警察もすぐ 勘付くだろうから、口を挟まず帰って来たんだよ」 「え? それって」 純子が聞き返すと同時に、光が戻った。安堵感が部屋いっぱいに広まる。 「やっと直りましたね。事件解決を暗示してるみたいだ」 相羽は蝋燭の火を吹き消しながら、かすかに笑った。 地天馬も呼応するかのように唇の端を上向きにする。 「彼は分かったようだ」 「多分」 「……全然、分かんない」 取り残された純子が、不平たっぷりに言った。相羽の顔を上目遣いに見やる。 目が、教えてほしいと物語っている。口に出して言わないのは、悔しいからだ。 相羽が地天馬に顔を向けると、探偵は小さくうなずいた。相羽が推理を引き 継いだ。 「Nからの刺客にとっても、停電はハプニングだったはずだ。この一帯は普段 は明るいから、懐中電灯を用意していたとは考えにくい。カトレア=ウェルズ 宅の間取りも把握していたのなら、忍び込んだあとも迷わないから、やはり懐 中電灯は不要。 ところが実際は停電になり、月明かりもない。真っ暗闇だ。そんな状況で、 犯人は犯行が可能だろうか。どうにか部屋に辿り着けたとしても、犯行声明の 印刷物を取り出し、血のアンダーラインを引くことは難しいと思う。あらかじ めアンダーラインを引いた犯行声明を用意した可能性も、血の乾き具合から言 って、あり得ない」 「……そうよね。ということは、犯人は――カトレア?」 「恐らく。そうですよね、地天馬さん」 地天馬は再度うなずいた。 「カトレアは小細工を弄しすぎた。妹をうまく呼び寄せたその夜に停電が発生 し、これぞ天の配剤と信じたかもしれない。だが、かえって犯行の露見を容易 にしただけだ」 停電というハプニングがなくてもすぐに解決できたと言わんばかり、自信に 満ち溢れた口調の地天馬。 納得できて、心から安堵できた純子だったが、一つだけ、引っかかる。 「このこと、警察は気付きます? いつかは気付くかもしれないけれど、今す ぐには難しいんじゃないですか?」 「同じ推理で犯人にたどり着くとは言っていないよ」 地天馬は悪戯げに笑った。 怪訝に感じて、首を傾げるのは相羽。 「他にも証拠があるんですか」 「ああ。カトレアの犯行が明白になるので、隠していたけれどね。実を言うと、 黒い人影が逃走したという窓ガラスには、血痕が全く見当たらなかったんだよ。 犯行声明に血のアンダーラインを引いた犯人は、手を入念に拭いて逃げたとは 考えにくい。一刻も早く逃走したいはずだからね。警察が怪しむとしたら、ま ずこの点だろう」 地天馬が言ったとき、パトカーのサイレンが鳴り渡った。ひょっとしたら、 カトレア=ウェルズを乗せて、警察署に向かったのかもしれない。 「とんだことになったが、我々の時間は何とか守られそうだね」 地天馬の声に、純子は思い出した。立ち上がり、デザートの準備を再開する ため、キッチンに向かう。 「あーあ、事件のことではらはらしちゃって、手がまだ震えてる。しばらく待 ってくださいね、地天馬さん。思ってたより、時間かかりそう」 「かまわないよ。暇つぶしに、お待ちかねの、最初の事件の真相を話そうか」 椅子の背もたれに身体を預けながら、地天馬が言った。応答は二通り。 「お願いします」 「いや、もう少しあとで」 前者が純子、後者は相羽だ。地天馬は軽く手の平を打った。 「そうか。相羽君の挑戦を受けなければいけないんだったね」 「そのことなら辞退します。あとにしてもらうのは、別の理由で……」 相羽は席を立つと、純子のあとを追ってキッチンに入った。気遣うように声 を掛けながら、手伝いを始める。 「――なるほど。これは僕の配慮不足だった」 地天馬はつぶやき、全てを理解した風に首肯した。 なお、翌日の新聞には、カトレア=ウェルズが妹殺しを認めたという記事が 大きく載った。 ――おわり
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