長編 #4981の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
食事が終わり、デザートの準備を始めようとした、その折もおりだった。 突然明かりが消え、真っ暗になった。途端、三人は三様の反応を示す。 「あ……停電?」 そうつぶやいたのは純子。 相羽の方は、ゆっくりと立ち上がり、暗がりの中、感覚を頼りにそろりそろ りと歩き出す。懐中電灯を取りに行ったのだろう。 そして今一人の男――来客の地天馬は、カーテンをめくって外を見やった。 「この一帯はみな停電のようだ。外灯さえ顔を黒くしてお休みしている。今夜 は月明かりもなし。それでも開けた方が明るく感じるかもしれない」 カーテンの端を握ったままの地天馬。その声がよく通る。 「いえ、必要ないでしょう」 懐中電灯と蝋燭を持って、相羽が戻って来た。蝋燭の一本には、すでに火が 灯されている。テーブルに五本の蝋燭を並べると、その全てに火を移していっ た。懐中電灯のスイッチはひとまず切っておく。 「とんだ記念日になりましたね」 揺らめく炎の明かりに、全員の顔がほのかに照らし出される。蝋燭に思いっ 切り顔を近付ければ、もっとはっきり見えるのだろうが、そんな意味のないこ とはしない。 「記念日が二つ重なったと思えばいい」 先の相羽に呼応して地天馬。 「君達二人と初めて出会った記念日に加え、今日は停電記念日だ」 「なるほど。いい考えですね」 かすかに笑う相羽。地天馬も珍しく含み笑いをしたようだった。 (この二人は、ほんとに……) 二人とも大好きである純子だが、こういうことになると、ちょっと着いてい けないなあと感じなくもない。着いていけないと感じつつ、結局は付き合わさ れるのだが。 「落ち着いたところで、話の続きを」 相羽が促すと、地天馬は斜め上を見つめ、しばし考える様子。まさか、どこ まで話したのか失念してしまったわけでもあるまい。 地天馬が昔関わった事件について、聞かせてもらっていたのだ。いよいよ犯 人を特定する山場に差し掛かったそのとき、部屋がいきなり真っ暗になったお かげで、中断している。 「途中で悪いんだが、今の状況にふさわしいパズルがある。先にそちらを聞い てもらうのはどうだろう? 無論、この事件の続きもあとで話すよ」 「え? それは、別にかまいませんが……」 地天馬の思いも寄らない申し出に、相羽は純子と顔を見合わせた。暗いので、 互いの表情ははっきり見て取れないが、戸惑いがまず訪れ、次に苦笑いがこみ 上げてくるのは二人とも同じだったろう。 (この人らしいと言うか、らしくないと言うか) 純子は両手の平で顎を支え、頬杖をついた。聞く態勢に入った。 「代わりに、もしつまらなかったら、ボディガードを引き受けてもらいたいな」 相羽の提案に、地天馬は純子の方に視線を投げかけながら、 「彼女のだね? よろしい。では、始めよう。ある一家の、誕生パーティでの 出来事なんだ。テーブルには豪華な食事が列び、真ん中には白く大きなバース ディケーキ……」 * * テレビの画面が真っ暗になり、静かになった。代わりに私は、一声叫んじゃ った。 「落ち着きなさい」 と、お父さん。 別に慌ててなんかいないけど。さっき「きゃ」って言ったのは、テレビが消 えるときにばちんて音が聞こえたからよ。 家の中のあちこちをしばらく見て回ってから、お父さんは戻って来て、大発 見したみたいに言った。 「ただの停電だ」 もう分かってるって。 「分かってますよ」 ほら、お母さんも言っている。 「何だか縁起悪いわね」 そうよ。姉さんの言う通り、暗ーくなっちゃうじゃない。 「まあ、少し淋しくなるが、このまま続けるのに支障はない訳だからな。気に しないことだ」 お父さんはライターを使って、蝋燭に火をともした。周りが明るくなる。円 形のケーキの白いクリームが、オレンジ味に変わったみたい。 「消すよ」 私は一応断って、私の歳の数ある蝋燭の火を吹き消しにかかった。肺活量は 普通のつもりなんだけれど、一度で成功。 すかさず、みんな拍手してくれる。そのあとは当然、「おめでとうね」と声 をかけてもらえると思っていたら。 「あ!」 お父さんが素っ頓狂な声を張り上げた。何よ、もう。何か大事なことでも忘 れてたの? 「ボタンが飛んでしまった」 「え?」 「拍手してたら、袖のところを引っかけたんだな」 お父さん、屈み込んで、四つん這いになって床を眺め透かすように探し始め ちゃった。母さんもすぐに続いた。 「どんなボタン?」 聞きながら、お父さんの衣服を見やる姉さん。お父さんは左手をかざした。 「こんな、黒のボタンだ。小さいし、床も黒っぽい色だから、分かりにくいな」 「待ってよ。私も探すから……」 私の家族三人は、床に吸い寄せられるように、顔を近付け、目を凝らう状況 になった。本日の主役を放って、何やってんだか。私は、そんなことしないか らね。 と、決心していたのだけれど、ふと下を見たら、ボタンらしき丸い点に気付 いた。しょうがないなあ、どこを探してんだか。 私は椅子に座ったまま身体を折って腕を伸ばし、ボタンをひょいと摘み上げ た。 「あったよ。早くお祝いしてよね」 * * 「――おしまい」 情感たっぷりに話し終えた地天馬は、両手を組んで、聞き手の反応を窺うか のように視線を送った。 「え、あの、もう終わりですか? これで?」 純子は目をぱちぱちさせ、念押しした。 「終わりだよ。不思議な話に聞こえないかな? 不思議に聞こえなかったとし たら、僕の話し方がまずかったことになる」 「えっと、それは、停電してるのに、女の子が黒いボタンを簡単に拾うことが できたということですよね」 気付いてはいた。確かに不思議であるが、当然、そのことについて説明があ るものだと思って聞いていた純子は、虚を突かれた格好である。第一、こんな に短い話とは予想外だ。 「懐中電灯か蝋燭の火で照らしたんじゃないですよね。女の子は一瞬の内に見 つけたのだから」 「そうだね。そもそも、懐中電灯は物語に出て来ていない」 純子に指摘し、地天馬は卓上の懐中電灯を一瞥した。 「停電が解消されていたっていうことはありませんよね」 相羽が尋ねる。地天馬は首を横に振ってから、暗がりでジェスチャーだけで はまずいと思い直したか、「停電は続いている。今の我々のようにね」と付け 加えた。 「ボタンが蛍光色だったなんてことは……」 思い付きを口にする純子だが、これも否定されてしまった。 「ヒントは全てお話の中にある。重要なことを隠してはいないさ。ただ、君達 の思い込みを利用している」 「……テレビが消えて……蝋燭……蝋燭はケーキ……」 うつむきがちになってぶつぶつ言っていた相羽が、突然面を上げた。 「分かりました、地天馬さん」 「どうぞ」 「お話に登場した人達は、現在の僕らと同じ状況に置かれたものとばかり思い 込んでいましたが、本当はそうじゃないんですね」 「どうやら正解にたどり着いたようだ」 純子にはまだ分からない。二人の顔を交互に見ていると、相羽と目が合った。 ――つづく
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