長編 #4978の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
つーんと澄まして、顔を背ける。でも、清水達も粘る。前に回り込み、今度 は声が若干真面目になった。 「昼間、変な奴に電話番号聞かれたんだって?」 心配する響きが明らかに入っている。見れば、清水と大谷両者の表情にも現 れていた。 「変な奴は言い過ぎよ。普通の中学生や高校生」 「俺はその場にいなかったから、よく分からんけどさ。無事だったか」 「無事じゃなかったら、今、こうしてられないと思うんだけどな」 あきらめて話し相手になることを決めると、純子は近くの机にコップを置い た。緑茶のペットボトルを探したが、見える範囲ではどれも空っぽ。仕方ない ので、ウーロン茶を選んで自分のコップに注ぐ。 「あのさあ……おまえさあ、どんだけ自覚あるわけ?」 「自覚って」 「顔、売れてるんだぜ。あんなしょうもないポスターでも、載れば目立つ」 「しょうもないとは何よ。私は好きよ、あのポスター」 自分ばかりか、相羽の母の仕事までばかにされたみたいに感じて、むきにな って言い返した。 清水は失言を悔いるかのように、目に狼狽を浮かべ、口元を手の甲でこする。 全てを取り消したいとばかり、首を何度か振った。 「とにかくだ。何人にも電話番号聞かれたんだろ。そんだけおまえを狙ってる 奴が多いってことだ」 「だから、どうしろってのよ」 「……モデル、ほどほどにしとけ」 男子の言うことは同じだと思った。おかしくなってきた。純子が実際に笑い 始めると、清水が怪訝そうに目を見開く。大谷と一旦顔を見合わせ、改めて向 き直った。 「何がおかしいんだよ」 「あはは。心配してくれて、どうもって思ったの」 「本気で言ってるんだぞ?」 「分かってます。ほどほどにするわ。その代わり、応援してよね」 「あ、ああ」 戸惑い顔が面白い。 「それともう一つ。しょうもないポスターと言ったこと、取消して」 「何だよ、まったく……」 「いいから、取り消して。――じゃなきゃ、あのことばらすわよ」 不意に思い付いて言った。純子は机を離れて、指先を清水の胸元へ向けた。 「あ、あのことって何だよ」 「あのことよ。去年の六月だったかな、私を呼び出して――」 「わーっ!」 ゆっくり言いかける純子を遮り、清水は意味不明の言葉をわめいた。 「それ以上言うな! 分かった、謝ります。あのポスターは素晴らしい」 (効果抜群だわ) 純子は内心、驚きながらも笑みを浮かべた。 ただ、心の片隅で、シグナルがちかちか点滅している感覚が起きる。清水か ら告白されたことはこうして笑って話せる思い出になったけれど、相羽からの 告白はどうなるのだろう……。 「売り上げも伸びたに違いない。構図って言うのか何だか知らないけど、絵柄 もよかった。口紅の色、はっきり出てたもんなあ。写真の腕前も凄い」 清水の謝罪が続いていた。すでにギャグの領域に入った感、なきにしもあら ずであるが。 「それに、なんたって、涼原がきれいに写ってた」 うんうんとうなずいていた純子が、動きを止める。自分の頬が赤らむのが分 かった。 ところがそんな雰囲気をぶち壊す清水の余計な一言。 「……まるで別人みたいだったぜ」 次の瞬間、グーで叩いていた。 「許せ、悪気はない!」 舌を覗かせ、逃げる清水。大谷はにやにや笑うのみだ。 純子は拳を握ったまま、微笑みながら言った。 「ええ、そうでしょうとも。私も悪気はないけど、もう二、三回、殴らせてく れない?」 六時までには完全に下校しておかなければならないが、現在時刻は五時五分。 まだ時間は充分にあった。 そんな折、そのニュースはもたらされた。 「おー、楽しそうだな」 突然戸が引かれ、担任の牟田先生が現れたので、誰もがびっくりしていた。 お喋りの音量は半分に急落し、何の用だろう?という疑問が浮かぶ。労いの言 葉はとっくの昔にもらっている。 「先生、どうぞ」 紙コップを差し出したのは唐沢だ。 「駆けつけ三杯ってことで」 「まったく、おまえはどこでそういう言葉を覚えるんだか」 教室中に笑いが生じ、空気が弛緩する。疑問は解消されてはいないが、さっ きのにぎやかさに戻っていく。そもそも、牟田先生が打ち上げに参加したって 別にかまわないと思っている生徒が大半なのだ。 「えーと、相羽はどこだ」 コップを持ったまま、牟田先生は首を左右に動かした。 「ここです」 片手を一旦挙げ、コップを置いて、相羽は先生の方へ近付いていった。 牟田先生は相羽を正面に迎えると、一つ咳払いをしてから、皆にも聞こえる 声で滑らかに言った。 「いい知らせだ。さっきな、おまえのお母さんから電話があって、J音楽院か ら合格通知があったそうだ」 「え」 相羽が絶句していた。 その様子を視界に捉えていた純子は、相羽と先生のやり取りを頭の中で再生 してみた。 (J音楽院……何それ? 合格通知って、どういう意味?) 「よくやったな。と言っても、僕は音楽はいまいち分からんが……とてつもな く凄いことなのは確からしいな」 苦笑いを作りながら、相羽の二の腕辺りをぽんと叩いた牟田先生。 相羽はしばし黙り込み、やがて唇を湿してから、反応を見せた。 「本当ですか」 「ああ。お母さんも真っ先に知らせたかったんだろう。聞いた僕も黙ってられ なくてな。君らの打ち上げの最中だが、知らせに飛んで来たわけだ」 「わざわざすみませんでした。どうもありがとうございます」 相羽の礼は、くぐもっていたせいもあり、聞きつけた他のクラスメイト達に よってかき消された。どういうことなのかを問う声が、嵐のように相羽と先生 にぶつけられる。 相羽は何も言わず、任せる風に先生を見た。ところが牟田先生の方も、 「最終的にどうするのか決まったら、すぐ知らせるんだぞ」 と、相羽に念押しするだけであとは急ぎ足で職員室に戻って行った。 仕方がない。相羽は頭に片手をやりながら、聞いてくるみんなに向き直る。 「ええっと。ひょっとしたら、J音楽院に進学するかもしれない」 答えるや、相羽は元いた場所まで歩き出した。 (何よ、それ) 相羽を斜め後ろから見つめながら、純子は心の中でつぶやいた。平気な顔を してそんなことを言う相羽に、何故かしら腹が立つ。 相羽の答に対し、次の疑問が矢継ぎ早に発せられた。 「ええ? 緑星じゃないの?」 「J音楽院て何じゃ?」 「どこの学校なの? 何か遠そう……」 「聞いてねえー! 何で隠してたんだよ」 特に急追するのは白沼だ。先頭に立ち、相羽に最接近している。 「相羽君、言ってたじゃない、緑星って」 「……悪い」 実際は、白沼ら友達に対して、相羽本人の口から緑星を目指していると言っ たことはない。周りの人が言っていただけだ。 「どうして教えてくれなかったのよ」 「……黙っていたのは、だめだったとき、恥ずかしいからで」 鼻の頭をいじる相羽。細めたまぶたの向こうで、目がきょときょとと落ち着 きなく動く。 「受かるかどうかなんて、本当に分かんなかったしね」 「そんなの、関係ないわ。ねえ、私は緑星を――」 「ストップ。まだ行くかどうか、決まってないんだ」 「え、どうして? わざわざ受験して、合格したのなら行くのが当然じゃない の。ごまかそうとしてない?」 「……遠いんだよね。滅茶苦茶遠い」 少し笑った相羽。次いで、首を巡らせ、ふっと視線を純子へ向けてきた。何 気ない仕種のそれは、約三秒で終わる。 「ちょっ――」 純子は何か言おうとした。何を言うのか決めていなかったけれど、何か言わ なければいけない。でも、続けられなかった。逸らされた相羽の視線の軌跡を、 ぼんやりと追い掛けるしかできない。 「向こうでやっていくのに、色々とかかるからさ。まだ行くと決めたわけじゃ ないよ」 「向こうって、どこなの」 白沼の声が押し殺したように低まった。直感で、いい返答は期待できないと 分かったのだろう。 相羽は紙コップに残っていたわずかなジュースを飲み、吐息とともに言った。 「ニューヨーク」 「――」 白沼からの声による反応が消えた。何とも言えないしかめっ面になって、歯 噛みしている。他の女子も似たようなもので、せいぜい、「嘘!」と声を上げ るくらいだ。 「相羽、それ、まじか?」 唐沢が身体を割り込ませるようにして出て来た。相羽がうなずくと、唐沢の 硬かった顔つきが変化した。ひいきの野球チームが得点チャンスを逃した直後 の、脱力したときに似ているかもしれない。 「うーん、ま、おまえなら、英語ぺらぺらで外国人の女の子助けたくらいだか ら言葉の心配はいらないわな。おっと、そういう問題じゃねえか?」 唐沢が声高に言ったことで、皆の注目が分散を見せ始めた。「外国人の女の 子助けたって、どういうこと?」と唐沢に聞いてくる女子が何人かいる。白沼 も、「女の子」というフレーズが気になったか、相羽から唐沢に目を転じてい た。 机の縁に腰を載せ、やっと一息つけた相羽。 純子はJ音楽院の話で騒がしくなったから、ずっと相羽を目で追っていた。 今なら一人だ。話し掛けやすいだろう。 しかし、近付くことができない。ためらわれた。 (相羽君。あなた、もしかして、いなくなっちゃうから、私に告白してきた?) ついさっき浮かんだ想像を確かめるのがためらわれた。 でも、確かめなくとも、当たっているのだろうと思う。 (そんなのって。あなたがニューヨークに行くと知っていたら、私……知って いたら?) 知っていたら、相羽のために、告白を受けただろうか。あのときの返事は簡 単に覆される安っぽいものだったのか。分からない。 (あのとき友達よって言ったのに、遠くに行くなんて……。約束守ってよ!) いけない。感情を表に出してしまいそうだ。今、それをしてはならない。土 壇場でそんな意識が働いた。 自分の鞄とバッグを置き引きでもするかのように荒っぽく持つと、無言のま ま、教室の扉へと向かう。手を掛けたところで、 「す、涼原さん。ど、どうしたの」 一番近くにいた遠野がおろおろしていた。 「ごめん。先に帰るね」 かすれそうな声で遠野に告げると、廊下に出る。 相羽の眼差しをはっきり感じたが、振り返りはせず、逆に断ち切ろうと扉を 強く閉め、そして走った。 (とりあえず……郁江達にどう伝えようかな) ――『そばにいるだけで 42』おわり
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