長編 #4977の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ、一回来てた? ごめんなさい。先生と他のところを見て回ってたのよ」 「いいのいいの。それで仕方ないからこの近くを一回りして戻って来たら、う まく巡り会えたってわけ」 「そう言えば国奥さん、一人で来たの?」 「ううん。友達みんなと。私を入れて七人。けれど今は単独行動中よ、涼原さ ん達とゆっくり話せるように」 「――ウェイトレス」 ゆっくりという単語を聞いて、思い出した。ゆっくりしている暇はない。 「急がないと。来て」 国奥の手を取り、人の間を縫って走り出した。階段を下り、渡り廊下を突っ 切って、角を折れたら三年五組の教室。 混雑し始めた教室にこっそり入ると、同じ時間帯を担当する一人、白沼が純 子を目ざとく見つけて棘のある声で非難する。 「あ、やっと来たわね。遅刻よ。大変なんだから」 「ごめん」 時間がもったいない。言い訳せずに、教室隅のカーテンと衝立とで仕切られ たスペースに駆け込んだ純子。素早く着替えに掛かる。上は重ね着して大丈夫、 履き替えねばならないのは下だけだからすぐだ。 窓枠に引っかけてある鏡をちらと覗き、髪に手櫛を入れ、仕上げにリボンで 大きくまとめる。 (よしっ) 準備完了。カーテンを引き開け、笑顔で“店”に入った。 すると、純子の出を待っていた国奥が、改めて教室内に入ってくる。 「こちらへ。はい、メニューをどうぞ」 透明なビニールでカバーしたメニューを差し出す。 受け取りながらも、純子の顔を見つめていた国奥は、不意に吹き出した。 「ど、どうしたの、国奥さ――」 「ふふふ、よかった。営業スマイルじゃなくて」 「え?」 「さっきの笑顔と変わってない。さあて、お昼ご飯にしようかな。お勧めは?」 「あの、ええっと、チャイナスパゲッティ、エメラルドサンドかトロピカルカ レーかな?」 自信なげな口調になったのは、ある不安がよぎったから。急いでいたので、 品切れになっていないかどうか確かめる暇がなかったのだ。 「あははは、不思議な名前付けてるのね。チャイナスパって?」 「とろみのあるスープ、じゃなかったわ、とろみのあるソースをかけたスパゲ ッティ。中華料理であるでしょう、片栗粉を使った……」 「エメラルドは? まさか宝石挟むわけないから」 「緑色の野菜をありったけ挟んでるの。アボガドがメインね。カレーはココナ ッツミルクが入っているの。フルーツも少し」 「……これで儲け出るの?」 メニューにある値段を指差しながら、我がことのように不安を口にする国奥。 「モットーは薄利多売ですから」 純子が冗談ぽく言うと、国奥も「それじゃあ、回転を早くしないと行けない わね。のんびり考えてたら悪い」と呼応した。 スパゲッティをオーダーした国奥のテーブルを純子が去る。その際、相羽と すれ違う。白いシャツに黒のズボン。サスペンダーの色も黒。 「お願いね」 「了解」 入れ代わる形で、国奥のテーブルの横に立つ相羽。手にはカードが。 「ようこそ、お客様」 「あ、相羽君? 久しぶり……ってその格好は?」 「料理ができるまでの時間を利用して、少し不思議なことを一つだけお見せし たいと思いますが、よろしいですか」 接客口調をやめず、相羽は言った。この時点で国奥もカードに気付き、合点 した様子。軽くうなずき、 「ええ、お願い。相羽君の手品も久しぶりだわ、楽しみ」 と目を細めた。 純子がスパゲッティを運ぶと、ちょうど手品は終わっていた。どうやら、ど こを切ってもエースが現れるマジックを披露したらしい。 そのまま静かに引き下がろうとする相羽をつかまえると、純子は国奥に宣伝 しておくことにした。 「一時から本格的な手品をやるから、観て行って」 「ほんと? 相羽君、何も言ってくれないんだからぁ」 「言わなくても、国奥さん、ここにずっといると思ったので」 相羽は説明をすると、他のテーブルに向かう。マジックによる接客に忙しい。 彼の背中を見やりながら、国奥がぽつりとつぶやく。 「相羽君も変わってないみたいね」 「う、うん」 純子には……相羽が変わったようにも見える。間違っているかもしれない。 告白されたあとでは、冷静に振り返れなかった。 (そうだ。国奥さんも言ってたっけ。相羽君が私を好きみたいだって。気が付 いてなかったの、私だけだったのかな……) そのことだけでも心が痛む。が、さらに別の事実に思い当たった。 (じゃあ、小学六年のときから、相羽君はずっと私のこと――) 「涼原さん! 新しいお客さんよ!」 白沼の悲鳴のような指摘に、背筋をしゃんと伸ばす。声のした方では白沼が テーブルの間を忙しく回っており、一八〇度反対向きを見やると、小さなお客 さんが大挙して押し掛けていた。 「国奥さん、またあとでね」 「ええ。頑張って」 国奥の席から離れると、純子は小学三、四年生ぐらいの子達を出迎えた。 「いらっしゃい。えっと、何人いるのかな?」 そこへ、知っている声に名前を呼ばれる。 「涼原のおねえさーん! 私、私!」 団体の後ろの方で手を振るのは藍ちゃんだった。 「あっ、藍ちゃん」 「こっちにいるんならこっちって教えてよお。最初、調理部の方に行っちゃっ たんだからあ」 「……そんなこと言われても」 定期的に連絡を取り合っていたわけでもないのに。途方に暮れて、苦笑せざ るを得ない純子だった。 (今日はこういう日なのかしら? 懐かしい人にいっぺんに会えて嬉しいよう な、もったいないような) 相羽の手品は大成功だった。 ただ、好評すぎるのも困りもの。案の定と言うべきか、種明かしの要望やも っと手品を見せてという声がなかなかやまず、一時は喫茶店どころでない状態 になった。 「人気者だったな」 展示時間も終わりを迎え、ぼちぼち片付けに掛かる中、唐沢が相羽の肩を景 気よく叩く。 「特に、女子高生のおねーさま方に」 「そうか?」 淡々と応じ、苦笑を浮かべる相羽。 手品による騒ぎの収拾をつけたのも相羽だった。いくつかの種明かしをしつ つ、安心した観客の隙を衝くような新たな手品を披露し、幕を下ろしみせた。 「電話番号くらい、聞いてもよかったのになあ。俺なら絶対にそうする」 「そんなに言うならおまえが聞いてこいよ。どこか近くにいるかもしれない」 「ふむ、それもいいな……ああ、いやいや、だめだ。俺、真面目に生きる決心 したもんね。少なくとも受験が終わるまでは」 どこまで本気なのか分からない話しぶりだった。 二人の会話を近くで耳にした純子は、手で口元を覆った。 (唐沢君も相変わらずね。それよりも相羽君、完全に普段通りに戻ったみたい。 今日の手品だって絶好調だったし、私も普通に話せたし。よかった) 四時半を迎えて、正式に文化祭の時間は終了した。これから三年生各クラス は教室内の展示物ないしは店を片付け、生徒だけで打ち上げを行うのが通例と なっている。純子達のクラスももちろんやる。 「遅いな、清水達」 机を移動させていた長瀬が、壁の時計を見やってつぶやいた。隣にいた柚木 が汗を拭いながら応じる。 「買い出し、どこまで行ったんだ? 菓子を買うだけだって言ってたけど」 喫茶用の食品があまればそれを皆で平らげようという段取りになっていたの だが、実際には予想以上の売れ行きだったため、足りない分を菓子とジュース を買ってきて補おうとなった。その買い出しに、清水と大谷が自ら名乗りを上 げ、出発したのが四時ジャスト。 「近くのスーパーなら、往復でも十分かからないよ」 「大方、道草してるんじゃないの?」 「それとも、片付けをさぼりたいだけだったりして」 「あの二人ならありそうでコワイ」 みんな口々に勝手な想像を言い始めた。打ち上げのために机の並び替えもほ ぼ済んで、暇になったせいもある。騒がしさが一気に増していった。 と、まるでそれを見計らっていたかのように、ドアが開き、清水と大谷が戻 って来た。大きなビニール袋と小ぶりの紙袋を持って。 「おまっとさん!」 「にぎやかだから、もう始めちまったのかと思ったが、間に合ったみたいだな」 興奮した口調で声高に言った清水と大谷へ、白沼が釘を差す。 「始められるわけがないでしょうが。あんた達が戻ってこなきゃ、ほとんど何 もないんだから。どこまで行ってたのよ」 大谷が近くのスーパーマーケットの名前を答えた。 「それにしては時間掛かったわね」 「いやあ、選ぶのに迷っちまって。皆に喜んでもらおうと、頭を悩ませたんだ。 遅くなったのは悪いと思ってるから、努力を認めてくれ」 しれっとして言う清水。 「それに、先生公認で学校から直にスーパー行って、買い物できるってのは、 結構楽しいもんだぜ」 「もう分かったから、早く出しなさいよ。時間がもったいないわ」 手の平を振って、白沼が促す。他の者からも急かされ、ビニール袋が盛大に 破かれた。 続いて紙コップが全員に回され、めいめいが好きなペットボトルからジュー スを注ぐ。準備完了。 「さて……こういう場合の音頭取りは」 唐沢が額に手の平を直角に当て、教室を見渡した。 「やっぱ、委員長か。近藤」 「俺はいいよ。本日一番の功労者――相羽、おまえどう?」 誰も異存なし。 近藤に指名された相羽は、しかしよく聞いていなかったらしく、両目のすぐ 下をしきりにもむばかり。 「おーい、相羽。聞こえてないのか?」 再度の呼び掛けにも応えない相羽を、彼のすぐ隣に陣取っていた白沼が指先 でつついて気付かせる。 「相羽君。乾杯の音頭、取ってよ。みんなからのご指名よ」 「あ、おんど? ……ああ」 自ら持つコップに目をやり、状況を飲み込めた様子。 (随分疲れたみたい。そりゃそうよね。接客でずっと手品見せていたんだから。 でも、あの相羽君が疲れてるのを表に出すなんて珍しい。よっぽどのことなん だわ) 純子の心配をよそに、相羽は元気を込めた声で言った。 「何がいいかな……。中学最後の年、こんな思い出に残る文化祭ができたこと に、乾杯!」 「かんぱーい!」 皆の唱和に混じって、「うまいこと言うなあ」なんて声も聞こえた。 生徒だけの打ち上げパーティは、ざっくばらんに進んだ。進んだと言っても 特に予定が組まれているのではなく、お喋りをして楽しむだけだ。 「よう、涼原ぁ」 純子が遠野と午前中のことを振り返っているところへ、清水が割り込んで来 た。わざとなのだろう、酔っ払いを思わせる口ぶりだ。大谷も一緒である。 「何よー、いきなり。呼び捨てにするなって前から言ってるでしょ」 邪魔をされたと感じて、棘のある声で反駁する純子。だが、遠野の方はすで に一歩引いていた。これでは清水らが勢いづく。 「酌してくれ。モデルやってたら、イベントコンパニオンの仕事もあるんじゃ ないのか?」 「いやよ。ばかなこと言ってないで、自分で注いだら?」 ――つづく
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