長編 #4976の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「そうなんですか。あれ、もう二年くらい前ですよね? 覚えてくれてるなん て、ちょっと感動しちゃいました。――裕恵ちゃん、今の純子おねえちゃんは レイに変身する前なんだ。いっぱいやらなきゃいけないことがあって忙しくて、 今日は一日中このままだけどね」 「うん。さっきも舞台できれいだったの、見てた。面白格好よかったよ」 舌足らずな言い方だが、それでも純子は嬉しく感じた。疲れが吹き飛ぶよう な気がする。 「ありがとうね。頑張った甲斐があった。ようし、変身できないお詫びとして、 一緒に見て回ろっか」 「うん!」 万歳をする裕恵の後ろで、少し眉をひそめる小菅先生。 「こら、裕恵。ちょっとは遠慮を……。涼原さん、本当にいいの? 劇が終わ ったばかりで疲れてるんでしょう」 「えへへ。疲れてますけど、裕恵ちゃんと話してたら元気になりました。お昼 前までなら予定ありません」 「無理しなくていいのよ。好きなところを回れなくなるかもしれないし……」 先生はそう言うが、現時点の純子は無理をしたい気分なのだ。煩わしさを忘 れられるような多忙の中に自分を投じていたい。 「大丈夫ですってば。先生も、私がいれば、裕恵ちゃんのお守りの苦労が半分 になって、回りやすくなりますよ」 「あははは。あなたも言うわねえ」 その後、裕恵のリクエストに従って、あちこち見て回った。 裕恵が特に興味を示したのは漫画研究会。ちょうど遠野が後輩部員を手伝う ためにいたので、協力してもらう。 「このおねえちゃんもねえ、運動会でフラッシュ・レディに変身したんだよ」 遠野の袖を引っ張りながら、純子。つい、意地悪く顔がほころんでしまう。 赤面した遠野を、裕恵はしばし見つめ、小首を傾げた。見ているはずなのだ が、思い出せないらしい。 「レイの大ファンなのよね、裕恵は」 小菅先生の話に、純子と遠野の立場が逆転した。結局、私だけなのねと、ふ てくされてみたくもなる。 それでも、漫画研究会の部屋を出る頃には、裕恵は遠野のことも大好きにな ったに違いない。フラッシュ・レディのアニメグッズを両手で抱えるほどもら い、すっかりご満悦の様子だったから。 それからも回っていると、三年の特に男子からよく声を掛けられた。ジュー スやゲームの景品、それに何故か、折り紙でできた首飾りまでサービスされる。 「うふふ、凄い人気ねえ」 「あ、あは。モデルをやった役得ですね。ちょっぴりなら有名になるのも悪く ないなあ、うん」 裕恵にジュースをあげながら、そう応じた。 「そう言えば、そっちの方のお仕事、続けるの? 今は休止中と聞いているけ れど」 「はい。依頼があればっていう条件付きで」 冗談めかして答える。裕恵の方はまだ理解していないのか、知らないのか、 きょとんとしていた。 手芸部の展示に足を踏み入れると、すぐさま一人の女生徒が純子の前へ駆け つけた。椎名恵が顔を紅潮させて、純子の両手を握りしめてくる。 「来てくれたんですね、涼原さん! もっとあとになるって聞いてたのに、こ んなに早く来てくれるなんて、嬉しいです」 「早く来たのは、成り行きなんだけれど……」 感激いっぱいの椎名に水を差すようで気が引けるが、嘘を言うわけにも行か ない。 純子は室内を見て、話題を転じた。 「よかった、盛況みたいね」 「はい、それはもう。イラスト解説が結構受けてます」 ボードには編み物の基本手順を描いたイラストが、連続写真のように並べて 貼ってあった。しかもご丁寧なことに、右利きと左利きの二通り。そのイラス トを縮小コピーした小冊子も好評で、次々とさばけていく。 「そう言えば、付き合ってる子は来てくれた?」 「いえ。まだです」 椎名の口調が途端に固くなった。と言っても、仲がうまく行っていないので はなく、この場でそんな話題を持ち出さないでほしいという気持ちの表れらし い。その証拠に、目が落ち着きなく左右に動いて他の人の様子を窺っている。 「クリスマスにはプレゼント、あげるのかな?」 「私が決めてるのは、涼原さんにあげること、です」 「それだと恵ちゃんの彼氏に悪い――うん? なに、裕恵ちゃん」 裕恵が下から純子のスカートを引っ張っていた。まだ小さい裕恵は手芸部の 展示に早くも飽きてしまったらしい。手編みのセーターに関心を持つのはもっ と先のことか。 「次に行こうよー」 「よし、行こ。だから、スカート引っ張るのはやめようね」 裕恵の手を取ってから、椎名へ向き直る。 「あとでまた来るから。いいよね?」 椎名は裕恵をじーっと見て、やがて息をこぼした。 「仕方ありませんね。私こそ暇になったら、涼原さんのクラスに行きます。昼 からですよね、涼原さんが出てるの」 「その予定よ。できれば大勢で来てね」 互いに約束して廊下に出た。 「やっぱり迷惑掛けてるわ」 小菅先生が眉を寄せている。 「涼原さん。もういいから、好きなところに行きなさい」 「私なら平気ですよ。――ねえ、裕恵ちゃんは私がいたら邪魔?」 「全然!」 小さな子は精一杯強く首を横に振った。話を聞いていたのか、小菅先生をき つい目つきで見上げながらさらに続ける。 「頼んどいて、そーゆーこと言うのは、しつれーだよ、お姉ちゃん」 覚えたばかりの言葉を懸命に駆使するさまが微笑ましい。姉の小菅先生も、 負けたという風に肩をすくめた。 「しょうがないわねえ。でもねえ、涼原さん。友達も大事にしないといけない わよ」 「あの、裕恵ちゃんと友達になってはいけませんか?」 「ふふ、なるほどね」 小菅先生の再度の負けたわという顔付きをもって、この件はおしまい。 その後もあちこち覗いて回り、裕恵が歩き疲れた様子を見せ始めると、休憩 がてら、調理部の部屋に入った。 「いらっしゃ――あれ? 先輩、来るの、夕方じゃあ……。あ、先生」 後輩の二年生部員が、表情をころころ変えながら近寄ってきた。 「うふふ。お客様よ」 緊張気味の後輩部員によって、中庭の見える窓際の席へ案内された。昼食時 にはまだ早いせいだろう、空いている。純子達の他には、同じ三年生のグルー プと家族連れの二組だけだ。 注文から程なくして、紅茶とクッキーのセット三つが並べられた。 「ありがとう。いい香り」 「ゆっくりおくつろぎください」 ウェイトレスを務める部員は先生から言われて緊張が幾分やわらいだようだ。 受け答えのあと、純子に耳打ちしてきた。 「こんな感じでいいですか」 「上出来よ。あまり気にせず、頑張って」 「はい。でも、相羽先輩の紅茶には勝てませんよー」 相羽の名前が出て、一瞬、純子の口の動きが止まる。無表情を埋めるように して苦笑を浮かべた。 「クッキーも、じゃない?」 それからは、先生に勉強のことを尋ねたり、裕恵とフラッシュ・レディを始 めとする漫画の話で盛り上がったり、あるいは純子からモデルやドラマ出演時 の裏話をしたりと歓談を重ねた。 特に、純子の話が終わる頃には、裕恵はすっかり感化されていた。 「私もなりたい」 そう言われると、純子も困ってしまう。自身も偶然によってモデルを始めた だけで、なり方を知っているわけでなし、モデルやタレントとしての才能を見 抜く力があるとも思えない。 「うちの母は裕恵が生まれてしばらくしてから、赤ん坊モデルの募集に申し込 んだのよ」 小菅先生は斜め上を見つめ、思い出す風に言った。 間を取るために紅茶を口に運んでいた純子は、意外に感じて「へえ?」と声 を上げた。先生を出すような家系はきっとしつけに厳しく、モデルのような芸 能関係に興味を示すのは禁じられているんじゃないかと勝手に想像していたの だ。 「残念ながら落選しちゃったんだけれどね。赤ん坊の頃ってみんなかわいいか ら、写真だけで選ぶ方も大変だったでしょうに」 「そうですよね。玉のようにって言うの、よく分かるもん」 「涼原さんは、赤ちゃんを抱いたことある?」 「え? ないです。小さい頃、親戚の赤ちゃんをぎゅっと抱きしめたことはあ るみたいなんですが……記憶になくって」 右頬を指先で掻く。 「そうかあ。じゃ、先生に赤ちゃんできたときは、ぜひ来て抱いてちょうだい。 まだ先になるでしょうけど」 突然の発言に、純子は目をぱちくりさせた。 (先生は確か未婚……ということは) 「結婚なさるんですか?」 声量を落として聞いた。すると先生は目尻を下げ、小さくうなずいた。ほん のり、頬が色付く。 「いつ、ですか」 「来年早々に。みんなには秘密よ、まだ」 「はい、誰にも言いません。あ、おめでとうございます」 急いで頭を下げると、先生から「ありがとう」と静かな声が返って来た。 「相手の方はどんな人なのか、聞いていいですか」 「ふふふ。私とね、同じ職業の人。大学のね」 「じゃ、教授さんですね?」 「今は教授じゃないけれどね」 放すに従って、先生の表情が緩んでいく。 純子も知らず、相好を崩していた。幸せな心地が伝染した。 「頬杖はいけないんだよー」 話題から取り残された裕恵がぶうぶう言っている。不平そうに尖らせた唇が かえってかわいらしかった。 正午になり、純子は小菅先生達と一旦別れて自分のクラスに行こうとしたそ の折もおり、また新たな人物に引き留められることになった。 「――ああ、聞いた通りだったわ」 調理部の部屋と廊下の境目で鉢合わせした相手は、純子を見るなり、手の平 を合わせた。 純子の方は相手の顔を見て、誰なのか思い出すのに時間を要した。が、それ とて一瞬のこと。 「国奥さん! ひっさしぶりー!」 右手を国奥の左手に、左手を右手に重ねて握り合い、その場で飛び跳ねる。 と、騒いでる自分達に気付き、戸口から離れて外に出た。 「来てくれたんだ? 嬉しい。そっちの学校は休み?」 「ええ。中学最後の年くらい、涼原さん達の文化祭見てみたくって。これまで 行けなかったし」 他校の制服に身を包む国奥は特別に目立つようだ。行き交う生徒達が、ちら ちらと見やって通り過ぎる。 しかし、純子はかまわず、国奥へ手を拝み合わせた。 「そう言えば、ごめーん、私の方も行けてなかったね。いつあるの? みんな で行く」 「今度の日曜日よ。来てくれたら嬉しいけれど、受験でそろそろ大変なんじゃ ない?」 「全然。見に行くから」 「もちろん歓迎するわ。ただし、うちは三年生はタッチしてないのよ、残念な がら。涼原さん達、大変よね。私は観られなかったんだけれど、劇に出たんで すって? それも演劇部の」 「え、ええ」 観られなくてよかった、と思った。観られていたら、あんな衣装を着けてい たわけを一から説明しなければならない。 国奥は話したいことがいっぱいあってたまらないとばかり、早口で続ける。 「涼原さんのクラスが五組というのは聞いていたから、最初、五組の教室に行 ってみたの。そしたら、クラスの人達が涼原さんはいないって。どこにいるの か聞いたら、調理部の方じゃないかって言うから、すぐに来たのよ。でもその ときはいなくて」 ――つづく
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