長編 #4972の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「どんなわけがあるのかしらないけれど、劇が終わるまでは邪魔しちゃいけな い。飛鳥部さんだけじゃなく、演劇部のみんなに迷惑かけてしまう」 「……随分、向こうの肩を持つのね。短期間で仲良しになったのかしら」 「そんなんじゃないわ」 「分かってるわよ。そりが合わないだけよ。さっきのもいつものパターン。だ から、あなたが心配してるようなことにはならないわ」 「それならいいけれど……」 率直な気持ちを言うなら、これ以上悩みの種を増やさないで。 さて、白沼は悩みの種を増やしこそしなかったが、種の一つを発芽させよう としてきた。 「ちょうど二人きりになったことだし、いい機会だから聞いておくわ。相羽君、 どうして休んでいるの。あなたなら知っているでしょう、涼原さん」 決めつけるような物言いに、純子は辟易した。でも、これより以前に富井達 に同様のことを言われていたおかげで、気持ちの爆発には至らない。 「ううん、知らない。みんなと一緒、何も聞かされてないよ」 「本当に?」 横目で訝しげに見やってくる白沼へ、純子は改めて強くうなずく。すんなり 信じてもらえないようなら、いっそ、相羽から告白されて、それを断ったこと を話そうかとさえ考えた。 (言い方を考えないといけないだろうけど……ストレートに話したって、火に 油を注ぐことになりかねないかも) 純子の懸念は杞憂に終わった。 白沼は瞼を軽く閉じ、分かった風に首肯した。 「そうよね。いくら仕事上のつながりはあっても、家庭のことまでは知るはず ないわね。関係ないんだもの」 決めつけられると、ちょっぴり腹が立たなくもない。 (私しか――多分――知らない、相羽君の家庭のことだってあるわよ) だけど、今はこれでいいと思い直す。 「ああ、気になる。木曜まで待つほかないのね」 歯噛みする白沼。 純子はそろそろ着替えに戻ろうとした。その肩をしっかりとつかまえ、白沼 が最後に囁く。 「あんな部長に負けたらだめよ。いい?」 「え……どういう意味?」 「今日の練習を見て、行けるかもしれないって思ったわ。あなたなら勝てる。 向こうのペースに乗せられなかったら絶対大丈夫。舞台で、あっちより目立つ のよ。いいわね」 「あの……劇はみんなで作り上げるもの……」 純子が小声で反論したが、白沼には届かなかったようだった。 こんなに長く感じる三日間はない。 (会いたいよ、相羽君。早く会って、話がしたい) 最初は顔を合わせるのさえ恐いと思っていたのに、嘘みたいにその感情がな くなっていた。不安な心を埋めなければ、息が詰まりそうだ。 (相羽君、あなたは今、どんな気持ちでいるの? 私のこと、どう思う? も う嫌いになった? 怒ってるかもしれないよね。私は、あなたの気持ちに全然 気付かなくて、あなたを傷付ける言葉を平気で口にしてた……。応えることは できないけれど、せめて謝らせて) 何も手に着かない。勉強だけじゃなく、お喋りもスポーツも、漫画もテレビ も。食事にしたって上の空。自動人形みたいに、機械的に手と口を動かすだけ。 かと言って、表面上は、口数が減った程度。あとは普段と変わらないよう努 めてきたつもり。 学校でも極自然に振る舞って、友達とも接している。 その分、家に帰って、自分の部屋で一人になると、ため込んでいたものがこ み上げてくるような気がした。今も英単語のカードをぼんやり眺めるだけで、 中身はほとんど頭に入ってこなかった。 「純子、電話よ」 ドア越しに母の声がしたが、言葉の意味は純子の耳を右から左へと通過した だけ。 ノックの音とともに同じ台詞が多少の苛立ちを伴って繰り返された。 頬杖を解き、椅子を蹴るように立った。声に出して返事していないことに、 純子は気が付かない。 ドアが母の手で開かれた。向かってくる純子に、目が驚きを表す。 「寝てたんじゃないの? いくら呼んでも返事がない――」 「誰からの電話?」 期待を込めて尋ねる。不安を上回る期待。 でも、母の答にがっかりさせられる。 「香村君よ」 笑顔がしぼんでいくのが自分でもよく分かった。立ち尽くしていると、母が 急き立ててきた。 「早くなさい。向こうは忙しい人なんだから。分かっているでしょうに」 「はぁい」 呑気で明るい調子で答えた……つもりだったが、実際にはかすれた声が出て しまった。 ん、ん、と咳払いをして母に続いて階段を下りる。電話の前でもう一度咳払 いをし、送受器を取った。 「香村君? 代わりました。待たせてごめんなさい」 一気に喋ったのは、早く電話を終わらせたい気持ちの表れかもしれない。そ れは香村に失礼だ。思い直し、向こうの言葉に耳を傾ける。 「全然問題なしだよ。待たされるのも楽しいってね。久しぶり。いつもに比べ て、元気ないみたいだけど」 「そっかな」 「もしかしたら、寝てるところを起こしちゃったかな?」 「そうじゃないわよ。ちゃんと起きてました。こんな時間から寝ないわ」 「なら、いいんだけど。さしもの涼原さんも、受験勉強とやらで人並みに疲れ てるんじゃないかと思った。僕なんか暇を見つけては睡眠取ろうとしてるから。 はははっ」 「あはは」 純子の追従笑いはすぐに途切れた。香村の方の笑い声はもうしばらく続き、 やがてお喋りが再開される。 「今日は聞いてこないんだね。何の用?って」 「……分かってるんだったら、早く言ってよ、香村君」 「クリスマスイブに会おう」 「……えっと」 送受器を右から左に持ち替えた。髪に手櫛を通してゆっくりとかき上げなが ら、相手の話した意味をしばし考える。 「そのときに、君からの返事を聞かせてほしい。もう考える時間は充分のはず だよ」 香村が矢継ぎ早に言った。 「香村君は……クリスマスの仕事はないの?」 純子はテンポのずれた質問を出した。 「はは、当然、クリスマス向けの番組を何本か収録したけどね。イブ当日はオ フ。丸ごとフリー。そうでなけりゃ誘わないさ」 「クリスマスに――25日に何かあるんじゃない?」 探す。何故か、相手の多忙さを証明しようとしている。 香村は軽く笑い飛ばした。 「ドラマの賞関係の生番組に出演するけど、関係ない、ない」 「でも、忙しいんじゃあ……」 「大丈夫だって。その頃には、正月用のはとっくに収録終わってるだろうし、 スケジュールが押してるドラマもないからね。いくら僕と言えども、たまには 休まないとエネルギーが切れる」 「そうだよね」 「君の顔を見たら、また復活できる」 「……」 甘い囁き声は、テレビやスクリーンの中の香村そのものだ。 「はぐらかさないで。そろそろ答を聞かせてくれ。ね、いいだろ」 「……イブまでには考えておくわ」 押し切られる形で言った純子。今日までずっと引き延ばしに努めてきたのに、 自らタイムリミットを設定してしまった。同時に、デートの誘いにも応じたこ とになる。少なくとも、香村はそう受け取るに違いない。 「よし、約束っ」 一転して、子供っぽくはしゃいだ声が流れてきた。純子は疲労感を覚え、た め息を小さくつく。 「話は換わるけど、ねえ、涼原さん。君はどこにも出ないのかい?」 「え……っと。何の話?」 「賞だよ、賞。どこかの賞の新人女優部門にノミネートされたって聞いたぜ」 「それはドラマの?」 つい、聞き返してしまった。だが、香村は久住淳の正体を知らないのだ。案 の定、怪訝な調子で質問が返ってくる。 「決まってるよ。他に何の新人賞があるの? モデルかい?」 「あ、ううん、急に言われてびっくりしちゃって」 「事務所から聞いてなかった? おかしいな」 「多分、辞退したのよ。休業中なんだから」 「もったいない。受けるだけなら、ちょっと行って、ちょっと顔出して帰って いいのに。もらえる物はもらっておくといいよ」 「待って。ノミネートだけなのに」 「君なら獲れるさ。僕が言うんだから間違いない」 人気タレントに自信たっぷりに断言されると、純子としては何も返せなくな ってしまう。 「でもまあ、いつでも獲れるだろうから、今は無理しなくてもいいか。ははは はっ!」 十二月に入ったら詳しいことを連絡すると言って、香村は電話を切った。 (香村君以外にも、タレントの人達と友達になっておこうかな。それがルーク のためになる、なんちゃってね) そんなことを思い、笑みをこぼした純子だった。 しかし、すぐに表情には影が差す。 (相羽君、電話ぐらいくれてもいいのに) 数日前にふられた相手に旅先から電話を入れる男がいたとしたら珍しい―― そんなことにも気付かない。 とにかく、話がしたかった。 待つばかりで、心細さは募る一方。感情が器を溢れ出す寸前だ。よりどころ とまでは行かなくても、誰かに胸の内を聞いてもらいたくてたまらない。 誰に話すのがいいか、純子は就寝前に考えた。最初に思い浮かんだのは母親。 (……だめ。他の男子ならともかく、相羽君のことは。名前を伏せたって、分 かってしまいそうなのも恐いし) ベッドの上で頭を左右に振ると、布と髪がこすれ合って音を立てた。 (大人より友達かな。当然、女子。そうは言っても、郁江や久仁香は無理よね。 芙美はどうなのかな? 少し前に相羽君のこと、あきらめたみたいなこと言っ ていたけれど……分かんない) 身体の向きを右へ。ベッドがちょっぴり軋んだ。暗がりの向こう、壁を見つ めながら思索は続く。 (相羽君のことを特にどうとは思ってない人になら、打ち明けられる……いる かしら? 調べようがないじゃない。口では何とも言ってなくたって、心の中 では好きって思ってる人もいるわ、きっと。いえ、待って――そうだわ。すで に恋人のいる人なら大丈夫なのよ) 名案に思えた。すぐさま脳裏に浮かんだのは、前田の顔。 (前田さんなら、立島君と公認みたいなものだから、問題ないわよね? それ に、私だって前田さんの恋の悩みを聞いたわ。逆に聞いてもらっても、罰は当 たらないはず) 再び天井を向く。安心感が出て来たため、目を瞑った。 (迷惑にならないようだったら、前田さんに聞いてもらおう。……ひょっとし て、前田さんは相羽君が私のこと気にしてたって、知ってる? 案外、立島君 が知ってて、前田さんに話してたりして……) もしそうだとしたら――何となく、気恥ずかしい。「今頃気が付いたのね」 なんてため息混じりに言われたら。 (だけど、前田さんの他に話せそうな相手いないし……もう、明日になってか ら決めよっと) 最終的に左を向き、早く眠ろうと布団を引き寄せた。 そして翌朝、水曜日。学校において、純子は決意を固めた。約束を昼休みに 取り付け、放課後、本日の文化祭準備作業も終わったところで、前田に話を聞 いてもらうことに。 「さて、どうしましたか」 ――つづく
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