長編 #4970の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
照れもなく、さらりと言ってのけた。忘れることができないのだから、気が 済むまで想い続けよう。決意が固まる。 ふと気付くと、逆光の中、岡崎が最高の苦笑いを見せていた。 「そういうことなら結構。私も復活できるように一人で努力しようっと。君か らも少し元気を分けてもらったし」 立ち去り始めた岡崎に、急いで答えた。 「僕も」 「よかった。私でも役立つことあるのね。それじゃ、ばいばい。縁があったら いつか会えるでしょうよ」 手を振る岡崎。最初は小さく、遠慮がちで恥ずかしげだったのが、突如思い 立ったみたいに大きく振り始めた。 それに精一杯応える。 「いつか、また!」 本物の笑みが、少しだけ戻って来た。 そして、自分で気付くことはなかったけれど、彼――相羽は岡崎光に恋をし ていたのかもしれなかった。それは隙を衝くようなタイミングで始まり、瞬く 間に終わった。 * * 月曜日の朝、登校する純子の足取りは、小学生低学年の子にも追い抜かれそ うなほど、ゆっくりしていた。 (やだなぁ……あいつと顔、合わせたくない) 途中から通学路が重なるので、顔を合わせる可能性が高い。それを避けるた め、純子は普段よりかなり早く家を出た。 「――あれえ? 涼原さん?」 自転車で通り過ぎた学生服の子が、少し行って、その場で立ち止まった。 純子も足を止め、相手の顔を見る。寝起きのような声で言った。 「……何だ、唐沢君かぁ」 つぶやきに応じるように、唐沢は自転車を降り、わざわざ引き返してきた。 純子の方も歩き出す。 「おはよう。珍しいんじゃないか、こんな時間に見かけるの、初めてだ」 成り行きで、並んで歩きながら、唐沢が聞いてくる。 「おはよ……。うん、ちょっとね。今朝は目が覚めてしまったから。たまには 早く行くのもいいかなと思って」 「何だ、てっきり、日番なのかと」 「そう言う唐沢君は、いつもこの時間?」 うつむき、上の空な調子で尋ねる。正直なところ、どうでもいい話題だ。無 理をして話をしようと努めている。 「いっつもってわけじゃない。今朝はクラブのミーティングがあってさ。これ が三年生最後のお勤めになるかな」 「じゃ、急がなきゃ」 面を上げた純子は、唐沢の顔を見た。 「いいんだよ。どうせ大した話をするわけじゃない」 「そんなのでいいの? 後輩に示しが着かないんじゃない?」 「平気平気。文句言われたら、頼まれて、君を送ってたことにしていいかな」 「そんなの、困るっ」 真面目に受け止め、声を大きくした純子。対する唐沢は、片手を口に当て、 吹き出す。 「本気にした? 冗談だよ、冗談」 「……」 今朝は言い返す気力がない。唐沢の明るさを疎ましく感じてしまうほどだ。 「涼原さんって、素直だね。簡単に信じちゃって」 「……単純だって、言われたことある」 「ははは! 何だい、それ? ものは言い様ってやつだな」 「純子の純は単純の純だって」 「うまいこと言う! 誰が言ったのさ?」 「――」 答えようとして、一瞬、戸惑いが走る。その人の名前を口にするのが、恐い。 「ん? 涼原さん?」 声をかけられても、依然、上の空。 「おーい。すっずはっらさん? 純ちゃん?」 色々と呼び方を変えながら、純子の顔の前で手を振る唐沢。無論、現在、足 は止まっている。 「あ、え、えーと。ごめんなさい」 我に返った純子は、会話のつながりをすっかり忘れていた。わけも分からず、 頭を下げる。 「何、謝ってんのさ」 かすかな驚き顔から、苦笑の色になる唐沢。ゆっくりと自転車を押し始めた。 「純子の純は単純の純と言ったのは、誰かって聞いただけなんだけどな」 「あ、そうだったわ。あは。あのね、相羽君よ」 必要もないのに笑みを小さくこしらえ、続ける。 「あいつ、冗談を真面目な顔して言うのよね。引っかかちゃう」 「そうだな。ま、冗談なのか本気なのか分からんときもあるが」 校門が見えてきた。 教室に入る瞬間に瞼を閉ざした純子は、思い切って目を開けた。そして拍子 抜けした。 相羽の姿がなかったからだ。 (……私ったら、早く来すぎたんだわ) 大げさに言えば顔を合わせるのを恐がっていた。だから、まだ来ていないと 知って、ほっとする。ほんのしばらく猶予を与えられただけとしても、わずか でも引き伸ばしたい。 心の整理がまだ完全には付いていないのだから。 戸口のすぐ先で立ち止まり、胸をなで下ろした純子を、唐沢は不審に思った ようだ。顔を覗き込むようにして尋ねてくる。 「どうしたのさ。テスト前みたいに緊張した顔付きだぜ」 「え、そ、そう?」 「今日、小テストでもあったっけ?」 「ううん。ない、と思うわ」 「思う」と付け足したのは断言するだけの自信がなかったから。昨日までの 三日間に限って言うなら、学校の予定がどうなっていたかなんてつまんないこ と、純子の頭の片隅に追いやられ、黒い布を掛けられていたようなものだ。 「――涼原さん。元気出せよ」 唐沢が両手でいきなり純子の頬を包んできた。 あまりに突然だったため、目を見開くだけで声も出ない。 唐沢はそのまま手を上に滑らせ、純子の両耳を軽く引っ張る。 「な、何するのっ」 やっとのことで反応した。手を払いのけ、触られたところを押さえる。戸惑 い、うろたえて、わけも分からず頬がひきつったようになる。怒っているのだ けれども、どこかでおかしく思う感情もあった。 唐沢が頭を掻きながら、ぽつりと言った。 「よし、そんぐらいがいい。調子の悪い涼原さんなんか、見たくないからな」 「……今の私、そんなに変に見える?」 「ああ、まあね。具体的には言えないけどさ。そうだなー、元気の発散が足り ない。切れかけの電球みたいだ」 「……頑張る」 ほとんど意識せずに、そうつぶやいていた。 唐沢は肩をすくめ、かすかだが嬉しそうに笑んだ。 「何で悩んでるか知らないが、男の俺で役に立てることだったら遠慮なしに言 ってくれよ」 「うん。ありがとう。心配させてごめん」 「別にかまわないよ。まじで、芙美――町田さん達にも手に負えないんなら、 喜んで相談に乗るぜ。唐沢クンの人生相談」 おどける唐沢に、純子は少し吹き出した。 「いつかお願いするかも」 長い立ち話に幕が引かれた。 その後、予鈴が鳴っても、教室に相羽の姿はなかった。顔を合わさずにすむ ことをよしとしていた純子も、徐々に不安を膨らませていった。 (来てない……どうして) その空席を見つめ、心中でつぶやく。疑問符が渦巻く。 違う。疑問符は確かに浮かんでいるが、その答も純子には容易に想像できて いたのだ。 (金曜日のこと。私のせい?) 目線を逸らし、机に向かったままうつむく。ため息さえ出て来ない。逆に、 息が詰まりそう。寝坊か何かで遅刻しているだけだと思いたかった。 五分後、本鈴が割れるような音で鳴った。相羽の姿は、まだ。 一限目は牟田先生の数学の授業。クラスに入ってきた先生に白沼が、 「相羽君が来てませんが、何か連絡が入っているんでしょうか」 と捲し立てるように尋ねた。が、先生は「ちょっと待て」と制し、挨拶のあ と、改めて答え始めた。 「相羽は用事があって家族の者と旅に出ている」 古めかしい言い回しに、クラスのみんなはきょとんとしたり、隣の者と目を 合わせたりする。あるいは口に出してはっきり疑問を唱える者もあった。唐沢 のように。 「先生、用事って何なのさ? まさか観光じゃないでしょ」 「うむ。家庭の事情というやつだ」 曖昧にしか言わない牟田先生。出席簿で教卓を二度叩き、この話題を早々と 打ち切った。 「さあ、始めるぞー。教科書は――百四十八ページ、開けー」 中途半端な説明に、困惑が広がる。 (旅? 家族でっていうことは、おばさまも一緒なのね。だったら、私が断っ たこととは関係ないはず……) そう思い込もうとした純子だった。けれども、やがて違う、そうじゃないと 思い至る。首を横に何度か振った。 (何を安心しようとしてるのよ。欠席の理由と無関係としても、相羽君を傷付 けてしまったのは事実なんだから、そこから逃げちゃだめだ。今日は無理だけ ど、早くあいつと会って、元通り、話せるようにならなくちゃ) 今はその自信がないからこその思い。純子は決心して、両手を握った。 「涼原。何やってるんだ」 先生から不審がられてしまった。そう言えば、まだ教科書を開いてさえいな かった。 「あ。えっと」 一瞬、両腕でガッツポーズをしたまま固まり、目元に赤みが差す。頭をぴょ こんと下げ、急いで教科書を繰った。 「あのー、牟田先生。相羽君が帰って来るのはいつなんですか。明日には帰っ て来ますよね」 このことだけは、どうしても知っておきたかった。時間稼ぎと照れ隠しの意 味もあったけれど。 「何だ、まだそんなこと考えていたのか。身を入れろよ」 呆れてため息をつく先生だったが、質問には返事してくれた。 「木曜には出て来ると言っていたぞ」 「木曜……ですか」 純子のつぶやきに被さって、教室にざわめきが細波のように広がる。特に女 子に顕著だ。 (木曜って、三日か四日も旅行? どんな用事なのよ?) 「さあ、今度こそ授業開始だからな。気合い入れるために、涼原、応用問題の Cをやってみるか」 どきりとした純子だが、次には先生に感謝した。問題を当ててくれたおかげ で、純子はこの瞬間の迷いをどうにか吹っ切ることができそうなのだから。 「今日初めて聞いて、びっくりしたんだからぁ」 富井が身振り手振りを交えて、その驚嘆具合を表現している。 火曜日になって相羽の欠席の話を聞き及んだ富井、井口、町田の三人が純子 をつかまえたのは、給食の終わった昼休みのこと。晴れてはいるものの、気温 が低めなので外には出ず、廊下の片隅で四人は集まった。 「どうしたのかと心配で、ご飯も喉を通らないくらい……」 「嘘ばっかり。郁江ったら、しっかり食べてたじゃないの。それもいつもより 早かったんじゃない?」 井口の意地悪な指摘に富井は舌を出した。 「あれは、だって、ちょっとでも早く食べ終わって、純ちゃんに話を聞こうと 思ったからだよー」 「それはまあ、私も同じだったから。――で?」 ――つづく
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