長編 #4955の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ちょ、ちょっと、前田さん、危ない。ペンで汚れちゃう」 後ずさった純子を見て、前田は鼻で小さく息をついた。 「そうそう。その顔でいてちょうだいよ」 「あー、もう、何言ってんのか分かんない」 それでもどうにか落ち着きを取り戻し、再び作業に没頭する純子。数学の先 生が使う大きな定規を借りて、縦に長い線を引き始める。途中、定規の長さが 足りなくなるので、膝立ちのまま自分のいる位置を下げて、定規をスライド。 四つん這いのような格好で続きを描く。これの繰り返しをしていると。 「あの、涼原さん」 相羽の声が後方でした。ちょっぴり違和感を覚えたのは、名字で呼ばれたせ いか。ともかく、両手を着いたまま肩越しに振り返る。 「何?」 途端に顔が赤らむのを自覚した。後ろ向きに下がっていった結果、純子はそ のお尻で相羽と長瀬、近藤の三人を机に押しつけんばかりに追い込んでいた。 男子達三人も途中で言うに言えなかったものと見える。 「ご、ごめん! つい、夢中で。あははは……は」 謝ると同時に相羽達へ向き直る。冷や汗が出た。 「別に謝ってもらわなくても、俺達はいいけれど」 「なあ」 近藤と長瀬が目を合わせる。どことなく含み笑いしている。次に、長瀬が相 羽を指さした。 「こいつが作業に全然手が着かなくなった。何しろ、涼原さんがまっすぐ相羽 めがけてバックして来るもんだから」 「そんなことねえよ」 強がった口調で相羽が長瀬の言を否定した。しかし、利き手でない左手にか なづちを持っているところを見ると、やはり作業は滞っていたに違いない。 「は、早く言ってくれればやめたのに」 「……あんまり熱心にやってるから、邪魔するのも気が引けた」 そう言って、ぷいと横を向く相羽。かなづちを持ち替え、木の板を打ち付け 始めた。 「あ、そ、それ、手品に使うの?」 気まずさを払拭しようと、純子は相羽達の手元を指し示しつつ尋ねた。木の 板がコの字型に組み合わされている。 三年五組独自の呼び物という名目で、喫茶店で手品を披露する羽目になった 相羽は、横を向いたまま答える。 「使うかもしれない」 「何、それ……はっきりしないの」 「教えたら驚きが減る。だから教えない」 「別にいいじゃないの。私はお客じゃなくて、同じクラスなんだから〜」 「だめ」 やっと純子へまともに向いた相羽は、いたずらげに笑った。 当初の気恥ずかしさも消え、純子も意地になる。 「手品に使わないんだったら、他に、どんな使い道があるのか言ってみなさい よ。これぐらいなら、教えてくれたっていいはずよね」 「棚」 「たな?」 おうむ返しに言った純子の口調は、あかさたなを唱えるときのアクセントに 似ていた。 「喫茶店にはカップや皿、砂糖、コーヒー豆なんかを置く場所が必要だろ。そ れに使う」 「……うまく逃げたわね」 「違うよ、涼原さん。ほんとに使うんだ」 近藤が言い添えた。先ほどと違って真顔だ。相羽に加勢しての言葉ではない らしい。 「涼原さんはいなかったから知らなくて当然だけれど、棚を作ってくれって、 白沼さんや前田さんから頼まれてるんだ」 「――ほんと?」 後ろの前田に尋ねると、イエスの返事。純子は口をつぐみ、しばし考えた。 追及の手がかりを失って、次の言葉が見つからないのだ。 「はいはい、分かりました。こうなったら当日はたっぷり驚かしてもらいます わ。期待してるからね」 純子としてはプレッシャーをかけてやるつもりだったのに、当の相羽は平気 の体で即答した。 「がんばるよ」 「純ちゃん、最近、どんな感じー?」 渡り廊下を進み、中庭へ向かう道すがら、富井からの唐突な問いかけに、純 子は目で詳細を求めた。 富井は舌足らずな調子で答えながら、指を折る。 「いっぱいあるよ。勉強とか仕事とか、文化祭とかクラスとかさあ」 「勉強の話はしたくないなあ、せっかくの休み時間なんだから」 言って髪を手で軽く押さえた。外の風が心地よい。木々のざわめきが香りを 伴って通り過ぎて行く。 「仕事は休みだって、前にも言ったはずでしょ。文化祭は喫茶店やることに決 まったの。調理部のときとさして変わらないわね、あはは」 「いいなあ、かわいくて。うちのクラスなんか、ゲーム屋さんだよぉ」 「ゲーム屋さんて?」 「お祭りの縁日の屋台にあるみたいなゲームを色々集めたやつだよ。射的や輪 投げ、おもちゃの魚釣りなんかの」 「面白そうじゃない」 先に来ているはずの町田と井口の姿を求め、視線をさまよわせつつ、純子が 感想を述べる。すると富井は嫌々をする風に首を激しく振った。 「そうでもないよっ。男の子向けばっかりなんだもん」 「何を騒いでるんだか」 富井の抗議を包み込んだのは、町田の超然とした声。しかし富井も黙らず、 改めて状況説明と主張を行った。 「私も喫茶店したかったあ」 「いいじゃないの。クラスごとに特色が出てこそ、楽しいってもんよ」 「芙美のクラスは何?」 井口が聞いた。彼女自身は富井と同じ組だが、「ゲーム屋さん」に不満を抱 いているのかどうかは分からない。 「うちらは占いの館だよん」 歯を覗かせて笑う町田。何がそんなにおかしいのか分からないが、得意げで ある。 「最初はフィーリングカップルみたいなのを企画してたんだけど、かなり無理 があるなってことで、占いに変更したの」 「じゃあ、恋占いもある?」 富井が興味を引かれた風に、両手を組んだ。 「当然。占いの花形スターは恋愛関係でしょうが」 「占いって、素人がやってもいいのかなあ」 井口が言って純子と顔を見合わせた。純子も同じ疑問を抱いて、うんうんと うなずく。でも、町田は平気な顔をして言ってのけた。 「それなりに占いの勉強をして取り組むからいいのよ。資格試験があるわけじ ゃあるまいし」 「先にそういう裏話を聞かされたら、ありがたみなくなるよね」 「うん」 「ちょっと待った!」 純子達のがっかりした口ぶりに、町田はすかさず釘を差した。 「だからって、観てもらいに来てくれないなんて、友達甲斐のないことは言わ ないでしょうね」 「はいはい、分かってますって」 「行くよー。どんな方法の占いでもいいから、恋占いしてもらいたいなって思 ったとこ」 富井の言葉を捉え、敏感に反応する町田。 「それってつまり、相羽君のことかね」 「言わなくても分かってるでしょっ。芙美ちゃんてば意地悪なんだから」 「結構ご無沙汰しちゃって、私も郁江も欲求不満状態なのよね」 井口のフォローに、富井は首を大きく縦に振った。 「クラスが別々になっただけでもダメージ大だったのに、調理部終わっちゃっ たから、会えるチャンスがさらに減ったもん。今はせいぜい、純ちゃんをだし に五組に訪ねて行くぐらいしかないんだよぉ」 「あはは……は」 うらやましげに見つめられ、純子は空虚な苦笑いをした。「だし」と言われ たことも気にならない。 「何で笑うのよー。こっちは真剣なんだから」 「そんな、別におかしくて笑ったわけじゃない」 「どうせ純ちゃんには恋する女心が理解できないのよー。純ちゃん、こういう 話には布団着なんだから」 「無頓着でしょ」 町田が端然と指摘すると、一瞬口ごもる富井。次いで、両手を慌てふためい たように大きく上下させて、空気を追い払う。 「と、とにかくさあ。純ちゃんは相羽君と一緒にいることに慣れすぎ」 「前にも聞いたわよ」 また口を挟む町田。 「芙美ちゃんは黙って」 富井から言われてしまって、「へいへい」と舌を出す町田は一応は口をつぐ んだ。 「純ちゃんなら高校も相羽君と同じところ行けると思うけれど、そうなったと き、ちゃんと見張っててね。相羽君に急接近する女子がいたら、すぐに知らせ てよ、約束よ」 「そ、それぐらいお安いご用だけど」 同じ高校に行けるかどうかまだ確定してない……という意味のことを告げよ うとするが、富井の口の方が早かった。 「よかった! きっとだよ」 今日もまた演劇部の練習を済ませ、教室に戻る。みんなのにぎやかな声を聞 くとほっとできた。 床に散乱する物を踏まぬよう、注意深く歩いて自分の受け持ちへ向かう純子 は、窓際に腰を下ろす相羽と白沼の姿を認めた。相羽が壁を背にし、その正面 には白沼が膝立ちして何やら熱心に話し掛けていた。手振り身振りが大きく、 声も弾む。顔が見えなくても、白沼の全身からは喜びが発散されていた。 「ねえ、文化祭の日、自由時間になったら茶道部に一緒に来てよ」 「休憩の順番が重なるかどうか分かんないだろ」 対照的に、相羽の表情はそれほど嬉しそうではない。つまらなさそうという わけでもなく、適度に相づちを打ちながら淡々と作業――折り紙による飾り付 け作り――をこなしている風情があった。 「そんなの簡単よ。順番重ならなくたって、誰かに代わってもらえば済むわ」 白沼の案にも曖昧にうなずく程度で、特に積極的な反応は示さない。 (相羽君に接近すると言ったら、わざわざ探さなくても、白沼さんが筆頭よね) 富井の言葉を想起し、純子は苦笑混じりのため息をついた。そして相羽から 視線を外そうとした刹那、 「あっ、涼原さん」 当の相羽に呼び止められた。 (……もう。どうしてこういうときに呼ぶのよ。白沼さんが機嫌悪くするかも しれない。察しなさいよ。普段誰にでも優しいくせして) 心の中で不満を一通りまくし立ててから、振り返る純子。 「何? 疲れてるから、ややこしい用事は嫌よ」 話を早く終わらせたい気持ちが働いて、余計なことまで付け足した。言って から、まずかったかしらと思い直す。 実際、相羽は口をつぐみ、続きを言いにくそうにしてしまった。頬の辺りが 迷いを表すかのようにかすかに震えては、止まる。 「いいわよね? 茶道部に来てくれたら、私が特別に立ててあげる」 白沼は隙を衝くみたいにして口を挟んだ。用件が終わったものと解釈したら しい。あるいは、終わらせようとしての行為かもしれない。 純子は結局、相羽から目を逸らさないでいた。それに応えて、相羽が立ち上 がった。 「悪い、白沼さん。話はあとで聞くから」 白沼の「でも」を封じ込める、強い調子で言い置くと、純子へ近寄る相羽。 純子は教室後方を見回らし、手にしたままだったスポーツバッグを自分の机 に軽く放った。白沼の視線を痛いほど感じつつも、何とか無視して相羽の言葉 を待つ。 「ちょっと廊下へ」 「え? みんなに聞かれたらまずいの?」 唐突に促された純子は、今度もまた仕事関係の話なのかなと見なし、相手に 確認を取ろうとした。 相羽は問い掛けに対して何も答えず、先に教室の外へ出る。随分と足早だっ た。半ば駆け出すようにして追いかける純子。 純子が廊下に立つと、相羽は教室の戸をゆっくりと閉ざした。そして左右に 頭を向ける。人の気配のないことを確かめる仕種。 「何なのよー。今日は一段と厳重警戒して……よっぽど重要な話みたいね」 相羽の様子がおかしくて、純子は思わず微笑していた。最前の相羽への不満 は霧散した。 「話がある」 相羽が固い調子で言った。顔つきにもいささか緊張が見られた。 それがまた滅多にない表情なものだから、純子は再び笑ってしまった。 「だから、その話をするために、こうして廊下に出たんでしょ?」 「違うんだ。君に、涼原さんに伝えたいことがあるから、放課後、聞いてほし い。忙しいのなら今日じゃなくてもいい」 ――つづく
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