長編 #4946の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
== == == == == == == <<<ラストシーン プレビュー>>> 相羽が指定したのは、通学路をほんの少し外れたところにある公園。広くて よく整備されているのだが、ひと気がなく、また周囲を背の高い木で囲まれて いるためか、寂れた印象がある。 「わあ、ブランコ。懐かしいっ」 小学校の校庭ではよくこいでいたのだが、以来、見かけることさえ珍しい気 がする。思わず近寄り、触れた。きぃと軋む音がする。 「乗ろうっと。ねえ、相羽君も乗ってよ」 「話があるんだけど」 「いいじゃない。乗りながらでも、できるでしょ?」 「そ、そりゃあ、まあ……」 「だったら。一人だと、恥ずかしい」 ブランコの鎖に外から手を回し、拝む格好をすると、相羽が折れた。 「しょうがないな」 つぶやきながら、ブランコの木製の台に立つ。 「えいっ――と」 純子は両足に前方向の力をかけ、こぎ始めた。身体が「く」の字になって、 前に揺れる。いっぱいに進んだところで、今度は背を伸ばし、後ろに戻る。そ れを繰り返して、徐々に勢いを着けていった。 「あのとき以来よね。ここでブランコ漕ぐのって」 「……ああ。立島と前田さんの」 察しのいい相羽に、純子は表情をほころばせた。隣を向いて、大きくかぶり を振る。 「そうそう。二人の仲を取り持った」 「取り持ったというのは、ちょっと違うような。占いに見せかけた手品で、誤 解を解いただけだ」 「いいじゃない、キューピッドの役を果たしたと思った方が。気にしない、気 にしない」 片手を離し、顔の前にかかった髪をかき上げる。勢いをつけすぎたようだ。 「それで、話って何?」 ブランコの揺れるスピードを緩めつつ、気軽な調子で相羽に聞いた。 「うん……」 相羽はブランコをこぐことなく、立ったままでいる。鼻の頭をかいた。 「話しにくい」 「どうしてよ」 「せめて、ブランコ、止めてほしいんだ」 「――分かったわ」 純子は足下の台を見た。少し汚れているから、腰を下ろすのはためらわれる。 そこで今度は地面に目をやり、場所を見定めた。 「えいっ」 ブランコが前に行くのに合わせ、飛び降りた。ブランコの前にある緑色の柵 を越え、着地。スカートを押さえながらにしては、うまくいった。 「やった」 会心の笑みを浮かべて振り返り、相羽の前に行く。 相羽の方は少しばかり口を開けて、ぽかんとした。 「降りろとは言ってないんだけど」 「いいの、別に」 安全のためブランコと他の敷地とを仕切る丸味のある柵に純子は腰掛けた。 相羽を見上げる形になる。 「これでいいでしょ。さあ、言ってみて」 半分だけ顔をしかめながら、聞く。斜め右前、木々の間を通して射し込む夕 日の光がまぶしかったから。 相羽は唇をなめてからも、まだ話そうとしない。 「どうしたのよ」 純子の言葉には答えず、相羽はブランコから片足ずつ降りると、純子の真ん 前に立った。 そして、肩を上下させ、深呼吸。 (何をもったい付けてるのかしら) 純子が小首を傾げるのと同時に、相羽は口を開いた。 「僕が好きな人は、涼原さんなんだ」 == == == == == == == 正直言って、「わざと意地悪をしてきているんじゃあ……」と感じずにはい られなかった。 それほど飛鳥部の要求は厳しい。これまでも散々発声練習をやらされたし、 舞台での立ち位置や目線の向け方、袖に下がるタイミングまで事細かに指示さ れている。そして今、感情表現について、うるさく言われているところである。 「ドラマだと、音楽で雰囲気を盛り上げたり、『心の中の声』を入れて見てい る人に説明したりもできるけれど、舞台劇はそうは行かないのよ。何度も言っ てるでしょ、そこのところをわきまえてと」 「はい」 純子としてはうなずくほかない。一生懸命やっているのだが、他の部員に比 べて下手なのは自分でも分かっていた。 「だから、感情は多少オーバーでもいいから、身振り手振りを加えて、しっか り表現する」 「はい。……具体的にどうすれば」 「人に聞く前に、感じた通りにやってみて」 冷たい言葉に、思わず膨れっ面になりそうなところを、純子はすんででこら えた。逆に笑みを作る。ちょうど、感動しての喜びを表さなければいけないシ ーンに差し掛かっているのだ。 『わぁ――凄い。きれい』 台詞を口にしながら手を胸の前で組み、さらには軽く飛び跳ねてみた。目は、 あたかも一面の花畑を見ているかのように、輝かせるつもりで見開く。 「うぅーん」 飛鳥部はその容姿に似合わない、男性のような低いうなり声を発した。気に 入らないらしい。 「涼原さん、あなた、自分の役が分かっていない」 「はぁ、はい」 「それまでずっとお城の中で、世間知らずのまま暮らしてきたお姫様よ。そん な、かわいらしく見せようと意識した動作をするものかしら。もっと自然に、 内から勝手に出て来るような感情表現があると思わない?」 「……分かります」 別にかわいらしく見せようと意図してやった演技ではなかったが、観る側が そう受け取るのであれば、改めざるを得ない。 (それにしても、よりによって私に主役なんて、無茶苦茶な割り振りをするわ。 理解できないよ。脚本も飛鳥部さんのオリジナルだから、参考にできる物がな くて厳しいし) 重圧を改めて強く感じつつ、どんな仕種が自然だろうか、考える純子。と、 他の部員のひそひそ話が耳に入ってきた。 「――の割に、あんまり大したことない――」 「そりゃあ、テレビドラマ――」 「――たった一本」 これもまた、わざと聞こえるように言ってるのではないかと感じてしまうの は、被害妄想だろうか。 (……これくらい、覚悟できてたことよ) 唇を噛みしめた純子は前髪をかき上げた。 * * 人通りの少ない小径で、唐沢は立ち尽くし、片手で頭をかいた。 弱ったな、と声にこそ出さなかったが、心中でつぶやく。 (髪黒いから、日本人だと信じて疑わなかったのに……参った) 足元では、女の子がうずくまってべそをかいている。背中の半分ほどを覆い 隠すほどのロングヘアは、よく見ればソバージュになっていた。 (どうすりゃいいんだ。声かけておいて、立ち去るわけにもいかな……おっ) 周囲を見渡した唐沢は、遠くを歩くクラスメートを発見。思わず頬が緩む。 「おーい、相羽ーっ! どうにかしてくれよー!」 両手を頭の上で大きく振る。 その間も、女の子は指先で目をずっとこすっていた。たまに覗く虹彩の色は 青っぽい。 小走りで駆けつけた相羽は視線をまず女の子に落とし、次いで唐沢に向けた。 「どういう状況?」 「言っとくが、俺が泣かしたんじゃないからな」 唐沢の自己弁護めいた注釈に、相羽は「分かってるよ」とうなずきを返す。 「まず、どうしてこんな場所にいるのかを聞きたい」 相羽の住むマンションの近くだ。道路を三本越えればたどり着く。 唐沢は自らの首筋をもみながら答えた。 「俺にしては勉強しすぎで頭痛くなってきたんで、気分転換に散歩に出たわけ。 ぶらぶらしてたら、いつの間にやらここへ来て、だな。この子がうずくまって いるのを見つけた」 顎で示す唐沢。相羽も再び女の子を見下ろした。 「声、かけたのか」 「まあな。面倒臭いとは思ったが、放っておくわけにもいかないだろ。ところ がその子、外人なんだよ」 「外人。ああ、言葉が通じないのか」 「さすが、察しがいい」 ぱちぱちと乾いた音の拍手をする唐沢。 「俺の語学力ではどうしようもなく、だーれも通りかからない。途方に暮れて いたところへ、相羽せんせーが現れたんで、ぜひ助けてもらおうと。おまえの 英語の成績なら、何とかなるんじゃないか」 唐沢が皆まで言わないうちに、相羽はしゃがみ込んだ。女の子と視線を同じ にして、話し掛ける。その発音に唐沢は己が耳を疑った。 (こいつ、こんなに話せるのかよ) しゃがんだままの相羽と女の子を見下ろしつつ、唐沢は口を半開きにしてし まった。気付いて、急ぎ、表情を引き締める。 女の子が早口で何か言った。いや、早口なのかどうか、唐沢には本当のとこ ろは判断できない。普通のスピードで喋っただけなのかもしれないのだが、と にかく聞き取れない。 それを相羽は難なく理解したようだ。間を置かずに聞き返している。 会話の成立に女の子の不安も徐々にしぼんでいっているらしく、泣き声が小 さくなりつつある。それと同時に、顔をくしゃくしゃにこすっていた手も、今 は止まって、膝の上だ。白い肌に、涙の跡がくっきり残っていた。 どうなっているのか聞いてみたい唐沢だったが、二人のコミュニケーション を邪魔するのも気が引けたので、黙っていた。せめて何か聞き取ろうと耳を澄 ますが、どうもうまく行かない。単語が断片的に分かる程度だ。 やっと聞き取れたのは、相羽が女の子の名前を尋ねたこと。それに対する返 事もどうにかこうにか。 「ラビニアちゃんて言うのか」 ヒアリング成功が嬉しくてつぶやいた唐沢。そこへ相羽が見上げながら言う。 「ラビニア=ハッターと言うらしい。親戚の子とはぐれて、迷子になったって」 「ふむ」 「日本に住む親戚の家に、両親と一緒に遊びに来たみたいだ」 「親は当然、両方とも外国人か」 「さあ、確かめてないけど、カナダから来たって。で、話を戻すと、親戚の家 の子と外に遊びに出て、はぐれたと言ってる。問題なのは、住所を全然知らな いって言うんだよ、この子」 相羽も弱った様子で、前髪を手でかき上げた。 「唐沢、何か知らないか」 「知るわけないだろ。俺だって、通りすがりの一般市民よ。だいたい、この辺 りの地理なら、おまえの方が詳しいんじゃないか」 「この子は親戚の家の名前も覚えていない」 「じゃあ……この辺で外国人の住んでる家に心当たりはないのか?」 なかなかいい提案だと心の中で自画自賛した唐沢。思わず、表情もほころぶ。 しかし、相羽の方もそれくらいはとっくに考えていたようだった。 「ない。探せば、町内案内板があるかもしれないが、それにだって外国人名で 出ているとは限らないしな」 「うーむ……しょうがない。ラビニアちゃんにあちこちの景色を見せて、記憶 にあるかどうかを頼りに、道を辿るしかねえよ」 「……時間がないんだけど。一人では無理か? 警察に任せるとかさ」 相羽の返事に唐沢は目を丸くし、首を前に突き出した。 (こいつがこんなこと言うなんて、よっぽど急ぎの用事があるのか? けどな あ、俺だって忙しいと言えば忙しいぞ) 唇をひとなめすると、唐沢は相羽の腕をつかまえた。 「そう言わずに、人助けだぜ。いいことすると、気持ちがいい」 「うーん……」 「だいたい、おまえがいないと、俺が困る。うまく家を探し出せたとしてもだ、 家の人に言葉が通じないと、説明できない。万が一にも誘拐犯と思われたら、 俺、泣くに泣けん」 よ、よ、よ……とその場で泣き真似を演じる唐沢。実に分かり易い。 相羽の決断は早かった。 「了解。予定は変更すればいい。――ラビニア」 ――つづく
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