長編 #4920の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「坂祝が言うには、津野島の立ち技はなってないんだってさ。『僕の蹴りなら 容易く倒せる』と言い切った。あいつ、空手をやっているんだな。初めて会っ たとき、手が割とごつごつしてたのが印象に残ったっけ」 他人事のように話す相羽。純子は焦れったくなって、声高に叫んだ。 「空手だったら、空手の道場でやっていればいいじゃないっ」 「……僕に言われても、な」 「だ、だからっ。やらないんでしょ? ルールが違う」 「まあ、喧嘩する気はないけど。試合ならいつかやってもいいかな」 「え? そんなの……だって、今日が最後って言ってた」 「じゅ――涼原さんは、僕に試合させたくないんだ?」 表情が全体に明るくなった相羽。 「そうよ。今日初めて見たけれど、もういい。あんなの見たくない」 皆の視線が集まる中、純子ははっきり言い切った。 (見てみたいと願ってきたけれど、こんな思い、一度で充分よ!) 観戦時の記憶が蘇って、目がじんわり濡れてくるのを感じる。純子は急いで 言い足した。 「あんなことずっと続けたら、身体が保たなくなるわよ。手だって、痛いんで しょ? 私、ピアノやってる方が好き」 「なるほど」 今度は妙に納得した口ぶりで応じ、相羽は腕組みをした。スポーツバッグが 小脇で窮屈そうに揺れる。 「津野島からももう一遍と約束させられたんだけど、君にそう言われると」 「まあ、待てよ」 割って入ったのは、それまで黙りこくっていた唐沢。相羽の台詞を止めると、 唐沢は純子に顔を向けた。 「涼原さんはいきなり今日みたいな殴り合い、蹴り合いを見たからびっくりし ただろうけど、ああいうのがすべてじゃないんだぜ。俺達が最初に見に行った ときは、パンチやキックのないルールだったってことは話しただろ?」 「うん」 「そっちの試合も見れば、考え方も変わってくると思うな。なあ、富井さんや 井口さんはどうだった?」 「今日の? うーん、二回目で慣れたのかなぁ。まあまあ落ち着いて見てたよ。 相羽君、格好よかったし。負けちゃったのは残念だったけどぉ」 富井は遠慮がちに相羽を見上げながら応えた。井口がそのあとに続く。 「一回目よりも、今日の方が気持ちよく見てられたかなあ。前は相手の反則で 勝ったから、嫌な雰囲気だったわ。今日は、全力出し切った感じ。――違うか しら、相羽君?」 「はは、全力までは行ってないけど、終わってすっきりしてるのは確かだね」 言って純子を一瞥する相羽。これ以上、今日の試合結果を話題にしたくない、 そんな風情が見え隠れする。 その間に町田が動いた。唐沢を振り向かせ、詰問調で話し掛ける。 「ちょっと。どうしてあんたが色々言うわけ? 相羽君のことでしょうが」 「ふん。俺だって、男だからな」 「何のこっちゃ?」 「負け越したままでやめられねえよな、相羽?」 にやりと笑う唐沢に、相羽はゆっくり時間を取ってから答えた。 「……ああ。やめたくないのが本心」 「やっぱりな。ちょうどいい、津野島と坂祝を倒せば、通算三勝二敗で勝ち越 しだぜ」 唐沢の作った青写真に、相羽はただ微苦笑を返した。 (……笑ってるから、分からなかった。私のこと気遣うぐらいだから、余裕あ るんだと思ってた) 相羽の横顔を見つめていて、純子は気付かされた。 (相羽君、悔しいんだ) * * 「相羽信一君、一人かい?」 下校途中の相羽に声を掛けてきたのは、浅い色のサングラスをした男だった。 相羽にとって見知らぬ存在であるにも関わらず、相手はこちらの名前を知って いた。当然、通常よりも警戒の度合いが増す。軽々に返事するのさえためらわ れ、相羽は立ち止まるだけにした。 「相羽信一君に間違いないはずだが、返事してくれないか。――ああ、こちら がまず名乗るべきということだな」 少しずつ近付いて来ながら、相手の男性は相羽の表情をそのように解釈した。 「私は奥寺という者だ」 名乗って、にこり。男性はサングラスを外した。目の方は全然笑っていなか った。 「何の意味もありませんね」 相羽は冷たい口調に努めた。無視しようと思えばできる。だが、そうさせな い何かを感じていた。ならばせめて相手のペースに巻き込まれないよう、自分 を保たねば。 「名前を聞いても、僕には何の意味もない。僕のことを知っているのは何故か、 どうして声を掛けてきたのか。この辺の疑問に答えてくれるような説明が聞き たいんですよね」 「なるほど。賢明だ」 折り畳んだサングラスを胸ポケットに差し込むと、奥寺は整えられた髪を指 先でいじった。次の言葉をどうしようか、逡巡する様子が窺える。 相羽が、誰か知っている人が通らないか、周辺に気を配っていると、不意に 奥寺が言い放った。 「僕はある種の調査を行うことを職業としている。酒匂川家の人から依頼を受 けて、相羽信一君、君に接近したというわけだ」 「――」 息を飲んだ。 青天の霹靂と言ってもオーバーでも何でもない。 前触れもなく姿を現した酒匂川の人間は、相羽にとって、悪い知らせを携え ほくそ笑んでいる妖精のような存在だった。 奥寺は煙草を口にくわえると、ライターを手で囲いつつ火を着けた。 「驚いたかね?」 「ええ。まあね」 相羽は肩をすくめた。相手に、道の端っこに来るよう促したつもり。果たし て奥寺は応じた。 「まず、依頼人についてぺらぺら話すことに驚きました」 「――ふははは、なるほどねえ。守秘義務を無視してるじゃないか、という意 味か」 煙草の煙が二人の間を流れていく。 「幸い、調査に関しては全てを任されているんでね。酒匂川の名を隠し通せな んて命じられちゃいないんだ」 「どうやって分かったんです」 平坦な口調で問う相羽。相手の男は頬を緩ませ、吸い差しの煙草を地面に落 とした。微風に転がる。 「苦労話を聞いてくれるのかね」 相羽が嫌な顔をしたのにもかまわず、にやりと笑って吸い殻を踏み付ける奥 寺。ノーネクタイのスーツ姿は、いかにもフットワークの軽そうな印象があっ た。 「酒匂川家からの依頼、いや命令を受けて、私も張り切ったよ。久しぶりの大 仕事だからねえ。最初は、君のお母さんは広告業界に関わっているに違いない と踏んで、色々と探ったんだが、実際のところ、空振りばかりだった。ガード が堅かったように思えたしねえ。あれ、君達の対抗策だったのかい?」 「……」 「結局、最後は偶然が私に味方してね。全然期待せずに、新聞記事を検索して みたんだ」 思わず歯ぎしりをした相羽。奥寺の話を聞いた瞬間、どこに糸のほつれがあ ったのかを理解した。 「君は小学生のとき、お手柄を立てていたね。被害者のためになったのはもち ろん、こっちとしても幸いだったよ。その記事に小学校の名前が載っていたか ら、学校に問い合わせをして、それからは楽だった。学校なんかはプライバシ ーの問題でガードが堅いものだけれど、なに、こちらは酒匂川の命を受けて動 いている。言ってしまえば、君は身内だ」 相羽の眉毛がかすかにうごめく。指を当て、意識して止めようとする。 奥寺は両腕を広げ、得意げに続けた。 「君の祖父が、君の所在を知りたがっていることにしたよ。嘘ではないからね。 この証明は割に簡単だった。こうしてようやく住所などを突き止めたわけだ。 学校にも口止めしておくべきだったんじゃないかな」 自然と奥寺をにらみつけていた。 奥寺は肩を大げさに震えさせ、すくめた。 「おお、恐い恐い。そんな恐い顔をしないでくれ。これが俺の仕事だ。好きで やってるんじゃ――」 「だったらやめればいい」 相手の語尾を遮り、きつい調子で言い放った。 奥寺は目を白黒させて、その表情に苦笑を起こした。すべてが演技に見える。 「おじさんには他にいい職がなくってね。さて、お母さんに会わせてくれるか な。それとも、君一人を酒匂川の家に招待してもいいのだが」 「どちらも断る」 無駄とは分かっていても、意思を示さねばならない。相羽は最初から話し掛 けられなかったかのように、奥寺なんて男がその場に存在しないかのように、 静かに歩き始めた。 「ふん。どうやら嫌われたようだ」 肩をすくめた奥寺だが、落胆した様子は微塵もない。こうなることを予想で きていたに違いない。じきに相羽に追い付くと、笑声混じりに伝える。 「いずれ近い内にお邪魔させてもらうよ」 「歓迎しない。僕も、母も」 「つれなくしなさんな。私を単純に敵と見なしていたら、君達のためにならな い……かもしれないぜ」 謎めいた笑みを浮かべる奥寺。相羽は黙ったまま、続く言葉を待った。ただ、 聞きたくない意識も頭のどこかで働く。 「私は、まず私一人でお伺いしようと言っているのだ。酒匂川の人達を連れず にね。子供の君に、この意味が分かるかね?」 奥寺の挑発的な問い掛けに、相羽は頭を冷静にし、考えてみた。 (……なんだ。推理小説に出て来るけちな探偵というわけか) 当たっているかどうか、根拠はない。ただ、奥寺の言葉と顔付きが相羽に一 つの想像をもたらした。 (向こうに報告しない見返りに、何か要求してくる……?) 嫌な予感に虫酸が走る。どちらに転んでもいい気はしない。しかし。 (どうせ僕だけで判断できることじゃない。一刻も早く、母さんに伝えなけれ ばいけない) 素早く決断を下すと、相羽は奥寺に応えた。 「分かったよ、奥寺さん。今の時点で、僕には何も決められない。とりあえず、 母に話す」 「ようし、いい子だ」 「ただし、僕らの家に来ないで。態度が決まったら僕らから連絡する。だから 連絡先を教えてもらいます」 「……教えてもらいます、か」 中学生らしからぬ押しの強い口調に、奥寺は降参したらしかった。手帳から 一枚紙を破り取ると、乱暴な手つきで走り書きをした。 「ほら、電話番号だ。疑うのなら、今すぐかけてみればいい」 「いいよ。確かめる気はない」 メモを受け取り、読める字であることだけ見て取って、ポケットに仕舞う。 別れ際、奥寺はにやにや笑いの表情を作って、相羽に言った。 「こちらが切り札を持っていることを忘れてくれるな」 「……どうぞ好きなように」 * * 純子はビーチボールをキャッチすると、水しぶきに目を瞑った。波立つプー ルに全身がふわふわ揺れる。 目を開けて、相羽の表情を視界の片隅に捉えた。しばらく考え込んでしまう。 (やっぱり、おかしい) あんな浮かない顔をしてる相羽を見たのは、これまでに数えるほどしかない。 純子達が話し掛けると笑みを作って応じるが、無理をしている様子が所々に覗 く。純子や唐沢らがお喋りしている中、一人ぼんやりして上の空だったり、タ オルや財布を置き忘れたり。 (だいたい、目が笑ってないのよね) 今日のプール、楽しくないのかしらと推測せざるを得ない。 「純ちゃん、何してんのぉ! 早くぅ!」 「あ、はい」 富井の声に振り向き、ボールを緩やかに投げようとした瞬間、盛大に水を浴 びせられた。 水のカーテンは瞬間的に現れ、消えた。次に、前髪が張り付いて、視界が効 かなくなる。 「……あのね、郁江」 「私じゃないよー。芙美ちゃんと唐沢君がやった!」 純子が髪をかき分け、視界を取り戻すと、背泳ぎで逃げていく二人の姿が認 められた。 「まったく、油断も隙もないんだから」 言いながら、純子はボールを真上に放った。間髪入れず右足を水中から引き 抜き、落ちてくるボールを回し蹴りよろしく蹴飛ばした。 ボールは唐沢と町田目がけて一直線。 ――つづく
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