長編 #4918の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
唐沢がしなだれかかるように縋り付いてきたのに、純子は無反応。それもそ のはず、さっきに引き続き、この休憩時間も試合場から――相羽から目を離し ていない。一挙一動、見のがしてなるものか。そんな気概さえ感じられる視線 で。 「さあさあ、助け船に期待するのはあきらめて、賭け、やめることね。どっち が勝とうが、パンのやり取りは中止!」 「どっちがって、相羽が勝つだろ。ああ、俺の儲けが」 未練を残す唐沢の頭を町田がはたく。それが合図だったみたいに審判が進み 出て、最終ラウンドのために両選手を手招きした。 やがて始め!の声が掛かった。 * * 最後のラウンドを迎える前に、相羽は勝ちを意識した。このまま蹴り続けれ ばきっと勝てる。 その一方で、グラウンドに付き合おうかという色気も出て来た。 (津野島が再戦したがった理由を思うとな。グラウンドでけりを着けたい。し かし、こちらからタックルに行くと膝を食らいかねないし、かと言って津野島 に先手を取らせて寝技に入ったんでは負けてしまう) 「この調子で行け。勝てる。おまえの蹴りのスピードなら、津野島もキャッチ できないようだぜ。蹴って蹴って蹴りまくれ!」 望月が太い声で告げる。 相羽はマウスピースを噛むと、ゆっくりうなずいた。 そして、審判の指図を待たずして腰を上げた。 始め!の掛け声。 相羽は相手を呼び込むように下がった。打ってくるところを足を伸ばして牽 制する。 津野島は下がって体勢を整え、仕方ないとばかり、キックの構えに入った。 そこを狙う。一瞬、足が揃った津野島を、なぎ払うように蹴る。 バランスを崩した津野島だが、ダウンまでには至らない。片足を引き、飛び 跳ねるようにしながらも回り込む。 執拗に追う相羽。立ち姿勢での足の運びはほぼ互角でも、バランスのよさで 圧倒的に優位だ。足が届く距離になれば、ローキックをこつんこつんと当てて いく。もしも津野島が捨て身のパンチを狙ったとしても、それをブロックして 逆に返すだけの余力が相羽にはある。 あとはラッキーパンチか、かに鋏などの奇襲の飛び技から寝技に持ち込まれ ることを警戒していればいい。 一分経過! どちらの側のセコンドか分からなかったが、そんな声が聞こえた。 ここまで来たら、KO狙いの猛攻をするのは、常識的には意味がない。相羽 自身、津野島のパンチは恐い。 残り三十秒を切ったら、グラウンドを挑んでみようか?――相羽の脳裏をそ んな考えがよぎった。三十秒なら、仮に寝技で不利な体勢にされたとしても耐 え切れる、という読み。この方が相羽には魅力的だった。 冷静に蹴りを放ちつつ、頭の中でカウントする相羽。最終ラウンドも残すと ころあと三十五秒ぐらいになったかな、というそのとき。 相羽は悲鳴を聞いた。 短かったが、間違いなく純子の悲鳴。 え――。 声のした方向を横目で見た。 次の瞬間、微々たる痛みがやって来て、それに遅れること約一秒、視界が傾 いた。 (――あ) 自意識を取り戻したとき、相羽は畳の上に倒れていた。顔を起こし、左右に のろのろと振る。ダウンカウントを取る審判の仕種が目に入った。 両手を突き、立とうとする。しかし、腰を浮かした段階で、今度は前のめり に倒れそうになった。 (やばいな。足に来てるってやつか。脳が揺さぶられるって、こういうことか) 習ったことを心中で繰り返す自分がいた。でも、身体が動かない。 十が数えられ、審判が大きく手を振った。次いで、津野島の立つコーナーへ 片腕を高々と向ける。 (これは……どじを踏んだな。ま、いいか) 相羽は這うようにして移動すると、純子の姿を探した。このときになって初 めて、大きな歓声が湧き起こっていたんだと気付く。そんなこと、どうでもい い。 「おいっ、動くなって!」 転がるように駆け寄ってきたのは望月。白衣の大人も傍らに跪いていた。 「いや、平気だよ」 救急医に聞かれる前にすっくと立ち上がった相羽。嘘みたいにどこも痛くな い。眩暈もしない。 「座れって! 興奮した身体だと、分からんもんなんだ」 肩を押さえつけられ、相羽は仕方なく座った。代わりに、望月に言う。 「なあ、涼原さんは大丈夫か?」 「スズハラサン? ……あっ、おまえの友達の女の子か? こんなときに何言 ってる?」 呆れよりもむしろ怒っている様子の望月。 相羽はあきらめて、自分で探した。 (確か、体操マットの上にいたはずなのに、いない) 視線を下げる。唐沢や町田の後ろ姿を確認できた。 「おい」 低い声に目を向けると、津野島がそばまで来ていた。首からタオルを下げ、 汗を滴らせている。膝裏には氷があてがわれていた。 「何故、よそ見をした?」 「……悪い。好きな子の悲鳴が聞こえたから」 正直に答えたのだが、これには津野島ばかりか望月まで呆気に取られたらし くて、「はあっ?」と音量を大にする。 「おまえ、そんなことに気を取られて、パンチ食らっちまったのか」 肩を掴んで揺さぶってきた望月の横で、医者は「よかろう。何ともないよう だ」と診断結果を述べ、そそくさと立ち去った。そのまま場外に出て関係者に 何ごとか伝えている。 「俺には大事なこと――」 途中で口をつぐむと、再度、純子の姿を探す。マットの積んであるスペース の下に目を凝らす。 「いた」 床に座り込んでいる純子の姿を見つけ、何故かしら安堵する。 同時に、こちらに向かって大きく手を振る唐沢の姿や、心配げにしている富 井達の様子も視認できた。 「相羽」 視界に強引に割り込んできた津野島。真ん前から見据えてくる。 「もう一回だ。いいな」 「でも、今日のは俺が甘かったわけで、それだけ弱いってこと……」 「こんな勝ち方では納得できない。約束してくれ」 言って、軽く頭を下げまでする津野島。 相羽は片膝ずつ、ゆっくりと立ち上がりながら、弱ったなとばかり頭に手を 当てた。 「約束したいところだけど、もうやめるかもしれない」 「何だって?」 先ほどとは別の意味で声を大きくした津野島、そして望月。 相羽は自分の拳を一瞥し、苦笑混じりに答えた。 「ピアノを弾くためには、思い切り撃てないもんで」 * * 「純子、ほんとにもう大丈夫?」 不安げに手を組む井口に、純子は笑顔を向けた。 「うん。私はいいから、相羽君の心配をしてあげてね」 へたり込んだまま、会場中央に視線を向ける。相羽が立ち上がり、控えに戻 って行く様子を捉えることができた。 あれから逆転負けしたなんて……未だに信じられない気持ちでいる。 相羽が敗北したのは認識していたが、倒される瞬間は見ていない。何故なら、 最高潮の場面で、純子はマットから落っこちてしまったのだから。 「案外、どじなんだから」 腰に両手を当て、ため息をこれ見よがしにつくのは町田。井口と富井はもは や純子から相羽へと視線を移していた。できるのであれば、相羽のところへ飛 んで行きたいに違いない。 「えへへ。どじだけど、運動神経はあるでしょ」 照れ笑いを浮かべる純子。 三ラウンド終盤、純子は気持ちが入るあまり、マットの上で膝立ちした。端 っこに座っていたことも災いした。拳を解き、手でメガホンを作って声の限り 叫ぼうとした刹那、ゆらりと身体が傾き、マットからはみ出してしまった。 あっと思ったときはもう遅い。そのまま転がり落ちるところを、とっさに手 を伸ばし、積まれたマットの側面に指先を引っかけた。そのことにより、ずり 落ちるように床に不時着した。 (格好悪い……他の人達のほとんどが試合に熱中していたから助かったけれど、 それでも恥ずかしいな) 思い出して、目の下辺りを赤くする純子。うなだれたところへ、勝馬が軽い 調子で言った。 「どうする〜、涼原さん」 「何のこと?」 「相羽に謝らなくちゃいけないかもよ。あいつ、試合中にこっち見て負けたみ たいに見えたからなあ」 回りくどい言い方に、きょとんとする純子。やおら腰を上げて、スカートの 後ろを払いながら問い質す風に聞いた。 「それがどうして私と関係あるのよ。私は見てなかったけれど、よそ見したの はあいつの意思でしょう?」 「そうだけどさ。俺の感覚では、同時に見えた。涼原さんが落ちて叫んだのと、 相羽が振り向くのと、ほぼ同じタイミング」 「――ほんとに?」 勝馬の方へ一歩詰め寄る。勝馬は慌てたようにうんうんと二度うなずいた。 が、純子はまだ信じられなくて、唐沢の方に身体を向けた。 「勝馬君の言ったこと、本当なの?」 「……ああ、多分ね」 頭をかき、上目遣いで応じる唐沢。 「あいつが振り向いたのが、涼原さんの声に反応したためかどうかは断言でき ないが、タイミングが重なっていたのは確かだな、うん」 「そんな……どうしよう」 さっきまで、相羽と会ったらどんな慰めの言葉を掛けたらいいのか、思いを 巡らせていたのだが、そこへ新しい悩みが加わってしまった。 (私のせいで負けた? そんなの……困る。会いたくても会えないよ) 自分の想像に気が重くなった。心なしか、顔色が悪くなったよう。 「なーにを深刻に落ち込んでるんだね?」 町田がぽんと肩を叩いてきた。その笑顔からして、先ほどの勝馬達の話を聞 いていなかったらしい。純子は自分の口から、勝馬達の言葉を伝えた。 「……ふむ。事実だとしたら、問題あるかも」 聞き終わり、しばらくしてから真剣な口調で述べた町田。 「やっぱり芙美もそう思う? どうしたらいいの? 相羽君に会いに行かない 方がいいかな……」 「いずれ顔を合わせるに決まってんだから、早めにこのあと会っといた方がい いと思うわよ」 「そうかなぁ……」 負けたショックがやわらいだ頃の方がいいような気もする。もっとも、これ は純子の立場からの見方だけれど。 「少年の部が終わったら、会いに行っていいんだっけ?」 唐沢に確認を取る町田。しかし、返って来たのは「知らん」というフレーズ。 「俺は聞いてねえもーん。別に、試合直後のあいつに会いたいわけじゃないし な。立島が知ってんじゃねえの?」 「あんたって……」 歯噛みした町田は、唐沢をあきらめ、立島に聞いた。 「ああ、そうだな。あと……高校生の二試合で終わりだ」 「じゃ、終わったらみんなで行こうよ」 町田の号令に、あまり気乗りしない純子だった。 ――つづく
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