長編 #4915の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
休み時間、廊下の片隅で相羽が純子を呼び出して話したのは、モデル活動に ついてだった。 「何? しばらく休むのに」 「仕事そのものの話じゃないんだ。母さんの言葉を借りると、宣伝材料を一新 しておきたいんだってさ」 「宣材を作り直すのね?」 意味は分かったが、活動休止を決めたこの時期にそんなことをしようとする 意図が理解できない。その点を問い質すと、相羽の返事の内容は明快だった。 口調の方はいささか気乗りしないトーンだったけれども。 「売り込みをするためらしいよ。ブックは事務所の方で資料を揃えて作る。コ ンポジットのデータを全て最新の物に取り換えるから、そのために出て来てほ しい……以上、連絡終わり」 「ちょ、ちょっと。日にちはいつなのよ」 慌てて聞き返しながら、相羽の肩を指先でつつく。 「夏休み中ならいつでも。君の都合のいい日でいいよ。当然じゃないか」 「そうなんだ? じゃ、こっちから連絡するね。おばさまによろしく伝えて」 「了解。ああ、それから……朝の白沼さんの言葉だけど」 「――ふふっ、あれには驚いたっ」 思わず微笑をこぼすと、相羽は意外そうに目を細めた。 「ばれたわけじゃないのかな」 「多分。まあ、ちょっぴり面倒なことになったかもしれないわね」 「随分前向きだね。放送日も近いっていうのに」 「だって、目の前にいて気付かれなかったんだから、もう平気と思わない? 確かに暗かったけれど。それに白沼さんたら、多分、誰のサインでもよかった んだと思うの。私が前に鷲宇さんのサインをもらってきたことがあったから、 対抗して珍しいサインがほしかったのよ」 周囲に注意して声を低める純子。対する相羽の返事も小声になった。 「白沼さんがテレビ局まで足を運んだのは、確かにそういう理由からかもしれ ない。でも、今になってわざわざ久住淳のファンだって言うのは、少し理屈に 合わない気がする」 「じゃあ、どうだって言うの」 「案外、本気なのかも」 「あはは、まさか。同性に好かれるのは、恵ちゃんからだけで精一杯」 「だといいんだけどね」 笑って相手にしない純子の横で、相羽はぽつりとつぶやいた。 八月に入って、補講授業から解放された。無論、学生の本分はついて回るけ れども、遊ぶこともまた子供の特権だ。 「海は無理だからプールになったけれど」 買い物に出かける道すがら、町田が皆に話を振った。 先ほどまでの地下道は涼しかったが、エスカレーターに乗って外に出た途端、 むっとした暑さに触れた。町田がプールの話を持ち出したのは、それがきっか けだったのかもしれない。 「都合のいい日を早く決めないと、夏休みが終わっちゃうわよ」 「大げさねえ。まだたっぷり残ってる」 井口が笑いながら否定するのへ、町田は立てた人差し指をちっちと横に振り、 真面目くさった口調で受けた。 「計画を立てていないとあっという間に過ぎてしまうもんなんだ、休みなんて。 これまで八年間、何を経験してきたのだね」 「それはあるかもしれないけど」 納得する井口の隣で、富井は空を見やりながらそわそわと両手を組む。 「いつでもいいから、相羽君と一緒に行けますように……。ついでに、その日、 雨なんて降りませんように」 「雨は降らなくても雷が鳴る、なんてパターンもあるけれど」 町田がぼそっとつぶやくのに対して、富井以上に過敏に反応したのは、言う までもなく純子。 「その日が雷だったら、私、絶対パスするっ」 「やあねえ、たとえばの話よ。もしもそうなったら屋内プールに変更すればい いわ。だいたい、雷ごろごろしてるときに、外のプールで泳がせてもらえるも んですか」 にやにや顔の町田の前で、純子は沈黙、うつむいた。考えてみれば当たり前 のことだと分かっていても、身体が覚えた雷嫌い故、反射的に拒絶してしまう。 「あー、暑かった」 アーケードの下に入り込み、ようやく一息つける。気のせいか、吹き込む風 も肌に冷たく感じられた。 今日のお目当ては服。夏物が徐々に値下がりを始めていた。 「私達はバーゲンを狙わなきゃとてもやってられないけれどぉ」 店前までの最後の直線、富井が純子に振る。 「純ちゃんはいつでも買えるんじゃないの? 自分の稼ぎがあるからぁ」 「こらこら」 背後を行く町田がたしなめる。 「そういう話はしないの。親しき仲にも礼儀ありってね。するにしても、もう 少し遠回しに聞けないか」 「できないもん。それに、凄く気になるもんねえ。モデルやってどのくらいも らえる物なのか」 「うんうん。私も気になってた。純子のプロポーションに、果たしていくらの 値が」 井口がこう言うと、町田は肩をすくめて嘆息した。 笑って聞いていた純子は、その表情のままぽつりと答える。 「私にも分かんない」 「な、何でー?」 「最初の頃は手渡しでもらっていたけれど、振り込みになってからはお母さん に見てもらってるの」 「それって、親に任せ切りってこと?」 「そうよ」 店の正面に来て立ち止まっても、まだ話は続いた。 「元々、お金もらうためにやってるんじゃないしさ。おかげで、いくらあるか も知らないの。あはは」 「下ろすのは?」 「え? ああ、あらかじめお母さんに使い道を話して、問題なかったら下ろし てもらってる」 「もったいない!」 声を高める富井と井口。それどころか、町田までもこのときばかりは二人に 力いっぱい同調。 「預金通帳と印鑑、自分の物にしときなよー。絶対その方がいいって。あんた、 ほしい物はないの?」 「もちろんあるわ。でも、まだとても手が届かないはずだから。――あ、フラ ッシュ・レディのジャンパースカートなんてあるんだ? ふふっ」 衣類を見て回りながら返事する純子。他の三人も、手に服を取ってはみるも のの、気が入っていない様子だ。 「ほしい物って何なのか、聞かせて」 「ん? 私はね、天体望遠鏡がほしい。それと、化石の発掘体験に参加する費 用もあればいいな」 質問者の町田は口を半開きにし、やがて頭をかいた。 「……あんまり、かわいくないわね」 「どういう意味よ」 「女らしい欲望ってものが……まあいいわ。それはともかくとして、確かに望 遠鏡は高いわね。どうせ純のことだから、とてつもなくいいやつを欲しがって るんでしょ」 「うーん、そうなるのかな? レンズの径が――」 「ああっ、もういい。聞いても分からない」 耳を塞ぐポーズのあと、町田は服選びに没頭を始めた。富井も井口も苦笑い をしたりため息をついたりし、ワゴンに手を伸ばす。 (おかしなこと言った?) 今度は純子の方が不満顔になり、手を止めた。だが、長くはこだわらず、掘 り出し物探しに復帰。ほどなくして小さな水玉模様のワンピースを見付け、試 着も上々だったので購入した。 「――あれ? 郁江達は?」 姿の見えなくなった富井と井口を捜して視線を巡らしつつ、町田に尋ねる。 「ボーイズの方に行った」 腕組みしながら答える町田。肘から紙袋をぶら下げている。 「ボーイズに行って、どうするの」 「そりゃ、当然。父親に買うわけないし、男の兄弟がいるわけでもないんだか ら。分かるでしょ」 町田の目配せに、純子も一秒後に理解した。 「相羽君へのプレゼントなのね」 「多分。しっかし、二人揃って選ばなくてもいいと思うのだがねえ」 「共同戦線張ってるって言ってるから」 純子と町田は袋を店の人に預かってもらって、ボーイズコーナーに移動した。 井口達二人はTシャツが満載されたワゴンに、身を乗り出す風にしていた。 女性物に比べるといささか無造作に積み上げられているが、なかなかよい物も あるようだ。 チーターか何かだろうか、獣のシルエットがプリントされたシャツを両手に 持ち、品定めをする井口。 「どう思う、これ? よくない?」 「デザインはいいけれどぉ、色合いがちょっと地味かなあ」 「すっきりしてていいと思うけど。私は好きだな」 町田が口出しすると、富井と井口は慌てぶりも露に振り返った。 「芙美ちゃんが着るんじゃないのっ!」 「おー、こわ。そんな怒らなくても」 腕を抱えて身振りの真似をする町田。その隣で純子は苦笑を浮かべ、それか らワゴンを覗き込む。 「私も意見言っていい?」 「相羽君にあげるんだよ」 「分かってる。相羽君ね、オリオン座が好きなんだって。ほら、あそこにある 青っぽいやつ」 純子が指差した先を、きょろきょろ見回す二人。じきに井口が気付いた。 「これ?」 青地が四角くプリントされ、そこにオリオン座が浮かび上がるような形で描 かれている。他のシャツの山に埋もれているときは見えなかったが、袖にも星 のマークが入れてあった。 「いいんじゃない? 涼しげだし、シンプル」 「格好いいとは思うけれど、少し子供っぽいような……」 「子供だからいいじゃないの」 やや不平そうな富井を、町田がたしなめる。 「本当に子供っぽいっていうのは……こういう感じを言う」 町田が引っ張り出したシャツには、アニメ『グラン=ハザード』の巨大マシ ンの絵柄がでかでかと印刷されていた。 「それぐらいなら、言われなくても分かるよぉ」 富井はでも、アニメ柄を見せられて意を固めたらしく、オリオン座のTシャ ツを手に取ると大事そうに丸めた。 「これにしようっと」 「ずるーい! 私が先に手にしたのに!」 井口が声高に抗議する。富井は、「他にもいいのがあるよお。ほらあれ」と か何とか、気を逸らすために騒がしい。 純子と町田は同時に息をついていた。 買い物のあとは地下街のコンコースへ行き、売店に足を向ける。各自、クレ ープやらパフェやらを買って、ベンチへ。 「こうしているといつもの夏と変わりなく思えるのに」 パフェの器を両手で掴んだまま、富井が静かな調子でため息をついた。 「受験生なんだよねえ」 「今さら嘆かない、嘆かない」 切って捨てて、クレープの縁にぱくつくのは町田。次の一瞬、眉を寄せたの は口に含んだ分にクリームが入っていなかったかららしい。 「あーあ、帰ったら勉強しなくちゃ。帰りたくなあい」 「楽しんでるときにそういうこと言わない。何もかも忘れて、今を楽しむ。こ れが正しいあるべき姿」 「だってぇ、私は芙美ちゃんほど仙人になれないもん」 「誰が仙人だ、誰が」 富井と町田の掛け合い漫才のようなやり取りに、純子はくすくす笑った。そ して右の人差し指を立てて富井に教える。 「そういうのはね、えっと、達観と言うのよ」 「……純ちゃんてば、難しい言葉知ってるのね。勉強してるんだ?」 「勉強して覚えたんじゃなくて、相羽君の書いた小説にあったわよ。読んだで しょ?」 「えー? もちろん読んだけど……昔のことだから、どんな漢字が出てたなん か、忘れたよー」 「意外と真剣に読んでないんだ?」 頭を抱える富井に、井口がからかい気味に言う。富井は即座に腕を下ろして、 否定した。 「中身は覚えてるもん! 真剣に読んでるよ!」 「はーい、分かりました」 井口が両手の平を向けて富井を制する仕種をした、そのとき。四人が座るベ ンチの後ろに人の気配が。 振り向くと、男の人がひとり、ふたり、三人。年は同じ頃、いや、向こうの 方が一つ二つ上かもしれない。耳のピアスはともかくとしても、顎髭を生やし たり、高そうなブレスレットをしたりと、中学生には見えない。 「君達、暇してるなら、遊ばない?」 ――つづく
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