長編 #4914の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「香村の話って、始祖鳥のことに集中していた?」 「え、ええ。まあ、その恐竜展の元々のテーマが始祖鳥だったから、それは理 解できるのよ」 「始祖鳥か……日本初公開の化石で盛り上がっていたけれど、コートゥルスラ プトルの発見で、かなり内容変更されたんだっけ」 「うん」 うなずいてから、違和感をかすかに抱いた純子。 (……私、変更された事情まで相羽君に話したっけ?) 自分の思い違いなのか否か、純子が確証を持てないまま、相羽の話が再開さ れる。 「念のために聞くけど、香村が持っていたパンフレットは、涼原さんの持って いた物と全く同じだったかい?」 「当然よ。同じ展示会を見に行ったんだもん。間違いない」 腰に両手を当て、胸を反らす。 相羽の方は顎先に右手を当て、肘を左手で抱えるようにして考え込んでいた。 どれほど根を詰めているのだろうか、額に汗している。気付いてみれば、高く なった太陽からきつい日差しが降り注いできていた。 「……中、入る?」 純子は返してもらったばかりのハンカチを畳んだ形のまま、両手で相羽の目 の前へ差し出した。 相羽は数秒遅れで反応した。ハンカチに焦点を合わせ、瞬きを何度かする。 「ほら。汗をかいてるから」 純子は相手の額を指差した。 「あ――いい、これくらい」 相羽は手の甲を額にあてがった。 「涼原さんこそ暑いでしょ。一応、用事は済んだから、帰るよ。話してくれて ありがとう」 「そんな大したことじゃあ……」 「それに、仲直りできてよかった」 相羽の真っ直ぐな物言いに、純子はしばらく絶句した。彼のほっとしたよう な笑顔を見ている内に、自然と次の台詞が出て来た。 「私も」 素直な気持ちだった。 こんなに爽快な気分で登校できたのは、何日ぶりだろうか。思わず、歩く調 子に合わせてハミングしてしまいそう。風は肌に心地いいし、頭上から優しく 包み込むような青空も気持ちがいい。 「おはよっ、相羽君!」 教室でその姿を見つけるや、純子は朝の挨拶をしていた。自分でも無自覚の 行動であり、周りが少々奇異の目で見ていることさえも気付かなかった。 「おはよ」 いつも通りのぼんやり目つき、でも楽しげな笑みをたたえた相羽の表情を見 つけることができた。 「俺には?」 相羽の横に立っていた唐沢が、自分自身を指差しながら話し掛けてきた。 純子は一瞬考え、「おはよう、唐沢君」と小さく頭を下げた。 「あー、よかった。もしや俺は、涼原さんの目に映らない、透明人間になって しまったのかと思うところだった」 唐沢のこの言葉はわざとに決まっている。 純子はかすかに苦笑しながら、二人に尋ねた。 「朝から何の話をしてたの?」 「ん、話ってほど具体的じゃないけど、息抜きにどこか遊びに行けたらいいな ってことをね」 相羽に続き、唐沢も答える。 「海、どう? プールでもいい。暑さがしのげればどこでもいい」 「どうって、私に聞かれても。男子だけで行くんでしょ?」 「よよよ。そういうつれない返事、悲しくなるぜ。涼原さんも一緒に」 二の腕で目の辺りを覆い泣き真似をしたかと思うと、急に紳士的態度で片手 を差し出す唐沢。忙しい奴だ。 「海かぁ。うん、行きたいよね。みんな揃ってにぎやかに」 「お、乗り気? 念のため聞くけど、スケジュールは問題なし? いつぞやみ たく、モデルとかタレントの仕事でお流れなんてのはごめんだぜ」 「唐沢君には言ってなかったっけ。問題なし。当分休業状態ですから」 純子の返事に唐沢はいよいよ本当に顔をほころばせた。 「よし。じゃ、海に行く――というか泳ぎに行くことは決まりね。日の方はよ く考えて決めなくちゃいけないが」 「涼原さんは、外出することを家の人に何も言われないの?」 相羽が前髪をかき上げ、ふと気掛かりになった風に問うてきた。 「受験の用意に関してはうるさくなってきてるけれどね。一日だけなら多分、 問題ないわ」 「それなら」 自分の席に腰を落とし、安心した様子の相羽に、純子は逆に聞いた。 「相羽君のお母さんは、受験生が夏休みに出かけること、何にも言わないの? ――唐沢君だって、緑星目指すと決めたんだったら、大変なんじゃあ……」 「心配ご無用」 腕組みをして何故か得意げになる唐沢。 純子と相羽は怪訝がって互いに目を見合わせ、それから改めて唐沢に注目し た。 「俺、まだ親には言ってないんよ。どのレベルの高校狙っているのか、具体的 にはぜんーぜん」 「……そういう問題か?」 相羽が疑念を呈する。純子はと言えば、力が抜けて、相羽の机に両手を突い てしまった。学生鞄が机の角っこをかすめるように揺れ、止まる。 「表面上、多少遊び歩いても、親はある程度は見逃してくれるだろ。要は、影 でどれだけ努力するかってことさ」 理屈としては合っているような気もする。だけどどことなくおかしくて、純 子は笑い声をこぼした。 「補講だって言うのに、随分楽しそう。私も仲間に入れてもらえるかしら?」 急に飛び込んできた声に振り返る。そうするまでもなく、高いトーンの声の 主は白沼と分かったけれども。 補習授業のあとすぐに出かける用事でもあるのか、白沼はいつも以上におし ゃれな服を着ていた。白にほんのりピンクを色づけしたドレスで、清純なイメ ージが漂う。 相羽が事情を簡単に話すと、白沼は目を細めた。唇の端がかすかに歪んだと ころを見ると、どうやら喜んでいるのではなく、悔しがっているらしい。 「それ、いつになるの? もっと早く決めてくれたらよかったのに。八月に入 ったら、ほとんど留守にしてしまうから」 「例によってご旅行かい」 からかい口調の唐沢に、白沼はじろりと目線を合わせた。 「そうよ。受験生だからさすがに海外は遠慮したけれど……相羽君、来年こそ 来てよね」 「どうなるか分からないよ」 相羽の返事が気に掛かり、純子は目で尋ねた。すると相羽は答えず、代わっ て白沼が髪を一度派手にかき上げ、自慢げに応じる。 「私が別荘に招待したの。なかなかタイミングが合わなくて、今年もどうやら 難しいみたいだけど、来年はね」 と、最後には再び相羽への要請になっていた。 「今そんなこと言われたって、相羽も困るだけじゃないかねえ」 唐沢が距離を保ちつつ、口を挟む。白沼は当然のようににらみ返した。もは や条件反射に近いかも。 「あなたに言ってるんじゃありませんから」 「いいや、そういうことじゃなくてよ。たとえば学校が違えば、そういう約束 を守るのも難しいんじゃないのかなって意味だ」 「心配してくれてどうもありがと。でも、おあいにく様。私の成績、知ってる でしょ?」 棘のある口ぶりだったが、確かに白沼の成績は学年全体でもトップクラスだ。 たいていの高校に楽々受かるだろう。 「白沼さんは高校、どこを目指しているの?」 純子は念のために聞いてみた。理由は特にない。強いて言うなら、場の空気 の緩和を狙ったということにでもなるかもしれないが、純子本人は無自覚であ った。 「もちろん、緑星よ。涼原さんもでしょう? ふふふ、また同じになるのね」 「入れると決まったわけじゃないから……」 ほくそ笑む白沼に、純子は当たり前の注釈を着けた。 しかしそんなことにはお構いなしに、白沼は続けて言う。 「でもね、考え直すなら今の内よ」 「な、何で――」 そんなことを言われなくちゃいけないのか、という意味の台詞を吐こうとし た純子だったが、相手の方が一歩早かった。 「私が心配してあげるのもおかしいんだけれど、入ってからのことも考えてお くべきじゃないかしら。あなた、高校生になってもまだ続けるのよね、芸能人」 「……」 「そりゃあね、緑星、校風は自由な方よ。でも、甘くはないから。タレントで も特別扱いしてくれないわよ。進学校だし」 「言われなくたって、それぐらいは覚悟できてるわ」 純子は両手を握っていた。 「両立できないぐらいなら、モデルをやめる」 「あら、そう。余計なお節介だったわね」 白沼はにっこり笑って、案外簡単に引き下がった。言いたいことを言って、 満足だったのかもしれない。 「来年、一緒の高校になったら、きっと来てよね」 まだ同じポーズをしている純子に背を向け、相羽に話し掛ける白沼。 (……何となく悔しいっ) 胸の内を全て出せなかった純子の頭の中には、もやもやした物が残ってしま った。折角の朝からの上機嫌に少し影が差す。 (こうなったら、絶対に緑星に受からなくちゃ。あんなこと言われたまま、引 っ込みつかないじゃない) ようやく拳から力を抜いた純子に、唐沢が囁くように言った。 「俺としては、多少レベルを下げてくれた方がありがたいんだけど」 「うん?」 「いや、何でもない」 口笛を吹くときみたいに口をすぼめる唐沢だった。 首を傾げる純子の耳に、再び白沼の声が届いた。 「――そう言えば、涼原さんの所属している事務所、何ていうのかしら」 純子に向けてではなく、相羽に尋ねている。 相羽は答えようとしつつ、迷った風に純子の方を見やった。結局、回答を放 棄して、純子にバトンタッチ。 「えっと、小さなところだから、言ってもきっと分からない」 「それでもいいわよ。ファンレター出してあげるわ」 悪戯げな笑みをなす白沼。 純子は、久住淳との兼ね合いを考慮し、半分だけ嘘をつくことにした。 「Hibikっていうの」 「ふうん。確かに聞いたことないわね。小さいって、どれぐらい?」 「えーっと、所属しているのは私だけ」 いざ答える段になると、結構恥ずかしかった。 が、そんな心配をよそに、白沼の反応は直接的には特になし。代わりに、ど きっとすることを唐突に言ってくれた。 「久住淳の所属事務所も、彼一人だけなのよね」 「――」 何も言えずに、相羽と目だけ合わせる純子。それも真正面からではなく、横 目の遠慮がちなもの。 唐沢一人が口に出して応じた。 「久住淳て確か、極端に露出の少ない、歌手の?」 「さすがに芸能関係は詳しいわね。女の子達のために情報を仕入れるのに一生 懸命で、ご苦労様」 口数が一言も二言も余計な白沼。だが、唐沢もこのようなことは言われ慣れ ている。受け流して、逆に質問を発した。 「白沼さんがこういう芸能人に興味を持つなんて、どういう風の吹き回しかな」 「悪い?」 「悪いなんて言いやしないさ。ただ、珍しいってだけ」 唐沢が肩をすくめると同時に、予鈴が鳴り始めた。白沼は自らの机に向かっ て歩き始めながら、さらりと答えた。 「ファンなの、久住淳の」 純子は鞄を落としそうになるほど、心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。 ――つづく
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