長編 #4912の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「つきましたよ」 私は運転手の言葉によって、再び現実に戻った。私は料金を払い、父とともにタ クシーを降りる。 目の前にテツオの指定したビルがあった。そのビルは既に廃ビルとなっており、 一階はいつもシャッターが降りた状態だ。しかし、地下に降りる階段は開いており、 その地下には小さなライヴハウスがある。テツオはそこにいるはずだ。 私は父と共に、地下への階段を降りる。その壁には、派手に落書きが行われてお り、足下には空き缶やゴミが散乱していた。 重いドアを押して、ライヴハウスへ入る。とたんに、スポットライトを浴びせら れた。声がかけられる。 「ステージにいきな」 ステージといってもフロアと段差がある訳ではない。私と父は、機材の並べられ たステージに立つ。照明がより強くあたった。 薄暗いフロアには、4、5人の若者がいるようだ。そのうち一人が立ち上がる。 テツオだった。 「ねえさん」 薄暗くてよく判らないが、顔にあざがある。殴られた後のようだ。服も破れてい る。「ねえさん、金は持ってきてくれたかい」 「何いってるのよ、100万円なんてうちにあるわけないでしょう」 また一人、若者が立ち上がる。 「こまるなあ、おねえさん」 金髪で鼻翼にピアスをした若者だ。悪魔の絵の描かれたTシャツを着ている。金 髪の若者は、傍らのスキンヘッドの若者を立たせた。スキンヘッドは足に包帯を巻 いていた。 「みろよ、こいつを。こいつの足をナイフで刺したんだよ、あんたの弟はよぉ。な あ、こいつは、サッカー選手になるのが夢だったんだぜ。この怪我のおかげで一生 走れなくなっちまったんだよぅ。え、とんでもねぇ話じゃねぇか」 スキンヘッドはがりがりに痩せており、目の下には隈があり目はうつろだ。どう みてもシンナーのやりすぎである。サッカーをやったら走る前に、ボールを蹴った 時点で骨が折れそうだ。 金髪は話を続ける。 「金をもらえば、こいつも納得するさ。しかし、それがねぇってんなら、しょうが ない。警察にいくぜ。あんたの弟はよう、犯罪者だ。前科ものだ。それがいやなら なんとかしろよ。風俗とかよう、AVとかよう、色々あるじゃん。あんたが風俗い きゃあおれも客としいってやるぜぇ、なあ、どうよ」 「刺すところを間違えたみたいね、テツオ」 私は静かにいった。 「どうせなら心臓をひと突きにすればよかったのよ」 「ねえさん」 「てめぇ」 金髪の顔色が変わり、一歩前へ出る。 「やるとけ」 若者たちの後ろから声がかかる。ひとりの男が立ち上がった。年は30前後だろ うか。長髪で漆黒のスーツを身につけている。果てのない遠くを見つめているよう な、奇妙な目つきの男だった。 「あんたさぁ、稲妻旅団のミナコだろ」 黒衣の男は、私を見据える。私は頷いた。このライヴハウスは記憶にある。私た ちはここでギグをしたことがあった。 「おれがさあ、まだこいつらみたいにガキだったころだよ。10年以上昔になるよ なあ。忘れられないよ、あんときのことはよ。あの時のあんたの歌はよぉ。忘れた くても、忘れられねぇ」 「サカキさん」 金髪が割って入ろうととするのを、サカキと呼ばれた黒衣の男は目で制する。 「なあ、ミナコさん。どうだい。もういちどあのころの歌を、聞かせてくれねえか。 それでおれが満足できりゃあ、100万の話は無しにしようや」 「サカキさん!」 金髪が詰め寄る。サカキは目を私にむけたまま、ドスの利いた声を出した。 「てめぇ、おれのやることに文句があるのか」 金髪は少し逡巡し、後ろに下がった。 「どうだい、ミナコさん」 「稲妻旅団は終わったのよ。随分前に」 「残念だな」 サカキはつぶやくように言った。 「あんたの弟は、傷害罪だ」 テツオが叫ぶ。 「ねえさん、頼むよ。なあ、おれのために歌くらい歌ってもいいじゃねぇか。おれ たちは、姉弟だろ。家族だろ。なあ、ねえさん」 私はため息をつく。 「いいわ。聞かせてあげる。稲妻旅団の最後の歌を」 私は、カセットレコーダーを取り出すと、中のカセットを抜いた。それをサカキ に放り投げる。 「このテープをかけて」 サカキはカセットを若者の一人に手渡し、指示を出す。サカキは私の方に向き直 って言った。 「なあ、ひとつ教えてくれよ」 私は黙ってサカキの視線を受ける。 「なぜ、稲妻旅団は終わったんだ」 「死んだからよ」 サカキは目で問いかける。 「稲妻旅団は稲妻旅団を作った男、ミツオの死と共に終わったの」 電子ピアノの音が響いた。 アキオのピアノ。 あの時のピアノ。 終わりの日にアキオが弾いていた、あの曲が流れる。 ミツオが死んだ日。 あの日のピアノ。 私は再び記憶の中へ沈んでいく。 ミツオはある日、稲妻旅団の終了を宣言した。ミツオの気まぐれで始まったもの であれば、ミツオの気まぐれで終わっても不思議はない。しかし、当時の私とアキ オ以外のメンバは納得せず、終了する理由をミツオに問うた。ミツオは笑みを浮か べ、私を見つめながらいった。 「愛したからさ」 あっけにとられたメンバの前で、ミツオは平然と宣言した。 「ミナコをおれが愛したからだ。もうミナコの歌をおれ以外の人間に聞かせる気は 無い」 その理由は、本気かどうか判断しかねた。いずれにせよ、馬鹿らしくなったのか、 メンバは質問する気を無くし、そのまま議論することなく帰っていった。私を含め て。後に残ったのは、アキオとミツオだけだった。 その日の夜。 アキオから電話がかかってきた。アキオは言った。 「君のための曲を作った。聞きにおいで」 場所はミツオのマンション。昼間、ミツオが終了宣言をした場所だった。私がそ の部屋へ入った時、アキオはその曲を弾いていた。 真冬の夜。 野に晒された白骨を、玲瓏と輝く月が照らす。 そして、そこへ静かに雪が降りそそぐ。 そんな、曲だった。 「ミツオはどこなの」 私の問いかけに、アキオは唐突に演奏を中断する。 カーテンを開き、向かいのビルを指さす。そこは、ミツオの住むマンションと同 様の高層マンションだった。そこから、一人の男が飛び降りる。 悲鳴。 しばらくして、サイレンが鳴り出す。 「まさか、今のが」 私の言葉にアキオは、少し皮肉な笑みを浮かべ答える。 「君の歌は、君だけのものだ」 そして今、あの日の曲が流れている。アキオは祖父の理論を理解し、それをもと に曲を作ったのだ。脳内分泌を変容させ、数日以内に鬱病の発作を起こすような曲 を。それはメロディには直接関係なく、リズムと音程のある組み合わせによって、 脳内に寄生するレトロ・ウィルスをコントロールするはずだ。まちがいなくミツオ はあの日、アキオの曲によって鬱病の発作をおこして死んだ。 私たちは死ぬ。 私たちはみんな死ぬ。 そう思うと、何か静けさが私の心に満ちてゆく。サカキもテツオも金髪も、みな 言葉を発することなく、アキオの演奏に耳を傾けている。私たちは魔法の調べに運 ばれ、死の国へと向かっていた。 「しっかりしなさい、ミナコ」 突然、後ろから声をかけられた。父だ。父が私に語りかける。 「まだ、終わっていない。戦いなさい。生きるために」 父は無意味なことを言っている。しかし、父は私をミナコと呼んだ。それが私を 酷く混乱させる。生きる?もう手遅れだ。みんなアキオの曲を聞いた。 いいえ、そうでは無い。 あの日、私とアキオはこの曲を聞いた。でも、私はその時死んではない。 アキオは死を免れるための解除キーを設定した。 私はあの日、そう、歌ったのだ。 私は無意識のうちに、アキオの演奏に合わせて歌った。解除キーは、その歌のは ずだった。 そして私は、歌った。あの日の、思いでの歌を。一度作動したレトロ・ウィルス は、解除キーとなる歌とピアノ曲が混交したものにコントロールされ、変更した遺 伝子を元に戻していく。私は私の中で何かが終わってゆくのを感じた。私は日常に しがみついて生きはじめた時、全てを終わらせていたつもりだった。しかし、何も 終わっていなかったのだ。今、ようやくアキオの手によって終わりが訪れた。 その日、沈黙したままのサカキたちをライブハウスに残し、私たちは家に帰った。 その後、サカキたちは何も言ってこなかった。不思議なことに私の父は、その日か ら正常に戻った。記憶の混乱は消滅し、働けるようになる。 あの日から5年。父は再び会社勤めをしいたが、2年前に死んだ。私たちの家も 取り壊されて、既に無い。今では、大きなマンションが建っている。弟は大手電機 会社の広告課に就職し、広告デザインの仕事をしているようだ。私は会社をやめ、 音楽のインディーズレーベル事務所で働いている。かつてアキオが出したCDを扱 っているレーベルだ。 弟と会うことは、めったに無い。 私の手元には、まだあのテープが残っている。アキオが私に残した唯一のもの。 ラベルにはこう、書かれていた。 『君の思いで。トオノ・ミナコへ』
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