長編 #4891の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「……変?」 分からなくて向き直り、小首を傾げる。前田は自分自身の目元を指差しつつ、 吐息混じりに答えた。 「少しやつれたように見えるけれど、自分じゃ気付かない?」 再び鏡の中の自分を見つめ、瞬きを数度繰り返した。やつれているとは思わ なかったが、精彩を欠いているような感じはした。 「さっきの時間、頑張りすぎたかな」 「どうかしら。朝から何となく感じていたんだけれど、気のせいと思って言わ なかったのよ」 「そんなにおかしく見える?」 教室への道のりを行きながら、自分もまた目元を示して尋ねる純子。 「涼原さんは普段、たいていは肌の艶が最高にいいからね。ちょっとでもやつ れたら目立つかも。それに……」 気を持たせるかのように間を取る前田。 純子は辛抱できず、先んじて聞いた。 「それに、何?」 「あなた、今、誰かと喧嘩してるでしょ」 ずばりとした物言いに、純子は気圧され、前田に半歩遅れた。スピードを上 げてすぐに追い付く。 「ど、どうして分かっちゃうんだろ」 「やっぱり、喧嘩してるんだ」 純子の今の反応で、前田は確信を得たらしい。 (うわぁ、引っかかったわ。私ってどうしてこう、実生活だと演技が下手なの かなあ……って、ドラマの演技も大したことないけれど) 内心自嘲する純子に、前田が頭を小さく下げる。 「半分、かまをかけたようなものなの、ごめんね。まあ、安心したわ。あっさ り認めるんだから、大した喧嘩じゃなさそうね」 「うん、つまんないことと言えばつまんない。でも、根が深くなるかもしれな くて……」 「あれだけ仲がいいのに、どうしたの?」 「どうしたのって言われても。――前田さん、私が誰と喧嘩してるか、分かっ て言ってるの?」 教室を目前にした廊下で、純子は気が付いた。思わず前田の顔を、穴が開く ほどまじまじと見てしまう。 前田は一拍遅れでくすっと吹き出してしまった。 「ええ、分かってる。この間まで、何かにつけてはお喋りしていたのに、ここ 数日はぱったりと途絶えてるわよね、相羽君と」 「ああん、ばれてる」 「ばれてないと思う方が、不思議じゃないかしら? それで、何が原因なの」 ドアを開け閉めし、覗かれないための暗幕をくぐって、女子ばかりの教室に 入る。着替えを始めてからも、純子と前田の会話は続いた。 「原因……よく分かんないのよね」 上着を脱ぎ去ると、髪の毛が前に来て視界が真っ暗になった。頭を振って元 の状態に戻す。 「どちらかが謝れば済むこと? それとも済まない?」 「ううーん……」 考え込んでしまって、着替えもストップした。しばしの沈黙のあと恐る恐る、 自信のない口調で言った。 「……悪いのはあいつの方だと思うんだけど」 「……分かんないなあ」 すでに髪の手入れを始めていた前田は、苦笑を浮かべた。 「やっぱり、原因を聞かないと何も言えないわ」 「それは……前田さんは、私が前、ドラマに出たこと……」 「知ってる。噂で聞いた。あー、思い出すと何だか腹が立つ。どうして直接言 ってくれないのよ」 笑ったまま純子の身体を揺さぶる前田。 純子は制服に腕を片方だけ通した格好で、ゆらゆらしながら答えた。 「言い触らすような真似したくなかったのよー。だから、気付いた人にだけ事 情を話して……ごめんね」 「なーんだ。こっちから聞けばよかったのね」 手を止め、腕組みをすると納得した風にうなずく前田。 「話が逸れたね。そのことが関係してるの?」 純子は喧嘩のいきさつを話して聞かせ、その間にようやく着替えることがで きた。あとは髪をくくり直すだけ。 手近の椅子に腰を落ち着けた前田は肘を突くと、さも当然と言った口振りで 意見した。 「そりゃあ、相羽君だっていい気はしないでしょ」 「何で?」 「何でって……決まってるじゃない」 「分かんない。どうしてあいつが口出しするのか……関係ないのに」 大真面目に首を傾げた純子に、前田は二の句が継げなくなった様子で、ただ 唇を尖らせた。それから思い付いた風に耳の辺りの髪をかき上げ、間を取る。 やがて口を開いた。 「とにかく……事態が悪い方に変化したら言って。いつでも相談に乗るから。 何たって、私には立島君との仲を取りなしてもらった恩があるしね」 前田の言葉を聞いて、純子は懐かしく思った。 (あ、あのこともばれてたのね) * * 学校で純子の姿を視界の片隅に捉える度に、どうするかなとため息混じりに 考える。 今、相羽の心の大部分を占めるのはそのことなのだが、現実は、邪魔ばかり 入る。友達から宿題を教えてくれと頼まれたり、暑さに負けじとサッカーに誘 われたり。そして極めつけは……。 「これ、食べてみて」 白沼の手を離れ、机に置かれた包みにはクッキーが山盛りになっていた。 「昨日、家で作ったのよ。調理部の人ほど上手に焼けたかどうかは分からない けれど」 そう言いつつ、自信に溢れた笑みを見せる白沼。 相羽は顔を起こした。放課後の日差しがまぶしい。目を細めて、何を言うべ きか間を取って思案する。 「試食して。感想が聞きたいわ」 白沼が待ちきれないように身を乗り出してくる。机がかすかに傾いた。 相羽は一つだけクッキーを摘み、口の中に放り込んだ。 「……正直に言っていい?」 「おいしくない?」 白沼の表情が見る間に曇る。まだどうにか笑顔と呼べるが、最初の華やぎは 消えていた。 相羽は、今は視界から外れた純子のことを思い浮かべつつ、クッキーを飲み 込んだ。 「おいしいよ。ただ、母さんの手作りには負ける」 「――それならいいわ」 機嫌を直した白沼は、相羽の片腕に手を絡めてきた。 「全部食べてよね」 体育館での体育のあと、跳び箱やマットを片付けていた相羽は、自然な流れ で女子の方も手伝っていた。 「見かけよりも力あるのね、相羽君て」 「そうかな? 誰でもこんなもんでしょ」 「今日ちらちら見てたんだけど、相羽君、格好よかったわよ」 「そりゃどうも」 「何段跳んだの? 男子で一番上だったでしょ?」 会話しながら思う。 (自分て、こんなに女子と話してたっけ) これまでさして意識しなかったが、近頃、他の男子に比べたら多いと感じる ようになった(唐沢他数名の例外もいることはいる)。無論、男女を意識する ことなく接してきた結果である。 ただ、最近になって気が付いたのには、理由があってしかるべき。 「ちらちら見てたって、唐沢の間違いじゃないの?」 冗談ぽく尋ねると、女子達も「それもあるかな」と切り返してきた。 「じゃあ、みんな唐沢目当てで、僕はそのおこぼれってわけ」 今度はふてくされたような仕種を作る。女子の慌てた反応が即座にあった。 「そんなことないって」 「逆に、男子に全然興味なさそうな子もいるけどね」 「……」 こんな話を聞くと、単純に結び付けてしまう。自分の好きな子と。弱気にな っている証拠だ。 (純子ちゃんもそうなのかな。具体的に聞くわけにも行かないし) どうしたものかと悩む。 が、片付けを終え、手をはたいていると、女子の方から言ってくれた。 「そう言えばさー、涼原さんと喧嘩でもしたの?」 「――何で」 毅然とした返事で動揺を隠したつもりだったが、体育倉庫の重い扉を閉める のに手間取ってしまった。 「だって、ついこの前まであんなによく話してたのに、この頃さっぱり」 「涼原さんの方も、何となく避けてるみたいだし」 「そうよねえ。さっきも、相羽君の部活がどんなのか聞こうとしたら、さあっ て話逸らしたわよ」 矢継ぎ早に言われて、改めて現況を自覚させられた相羽。それに、純子の方 でも避けているんだなということが分かって、落ち込みに拍車が掛かる。 (だめだ) 渡り廊下を行きながら、思う。 (いくらみんなと話せたって、純子ちゃんがいないとだめなんだ。何とかしな きゃな……) * * 美容院を利用するのは初めてではなかった。これまでも着物を着るときなど、 何回かセットしてもらったことがある。 しかし、今日はまた特別だった。 「あの、お願いします」 開けたドアの隙間から顔だけ覗かせ、左右を見やる。開店したばかりのせい か、まだ手持ち無沙汰げにしていた女性の美容師が、待合いの椅子から身を起 こした。どうやら、時間潰し用の週刊誌の入れ替えを行っていたらしい。 「あら、いらっしゃい」 「お久しぶりです」 軽くお辞儀して中に入る。小さな店で、客が四人も来れば一杯になる。でも、 設備はほぼ最新の物が一通り整っていた。 「さあ、どうぞ」 奥から二番目の席に案内された。以前、窓際の席でやってもらったことがあ ったが、外を行き交う人達にじろじろ見られている気がして、落ち着かなかっ たのを覚えている。 純子は座って、ヘアスタイルのリクエストを伝えた。 「洋服もお洒落しているわね、涼原さん。これからお出かけね?」 「はい」 「もしかして、デート?」 「ち、違います」 すでに髪をいじられているので、首を振ることはできない。目を泳がせるよ うにして否定した。 「友達に会うだけ」 「友達に会うだけで美容院に来てくれるなら、うちも大繁盛ね。じゃあ、よほ ど大事な相手なのかな」 「滅多に会えない人、です」 「ふうん。そう言えば、涼原さん、芸能人してるんですってね。今日会いに行 くのは、その関係じゃない?」 「あの、誰からその話を」 「うちの息子が我がことみたいにはしゃいでたけれど、あら、秘密だったの?」 「いえ」 短い返事をした純子は、心中でクラスメートをどやしつけていた。 (清水のやつ〜。最近何も言ってこないと思ったら、私がいないところで喋っ てたのね。気付いてるなら気付いてるで、そう言ってくれないと、こっちが焦 っちゃうじゃないの) 思わず嘆息する。そこへ、美容師――清水の母は純子の毛先を持ちながら、 鏡を通じて微笑みかけてきた。 「カットミスしたら、罰金ものかしらね? いつも以上に丁寧かつ慎重にやら せてもらうわね」 そして時間が過ぎて、ちょうど仕上がる頃に、店のドアを押して清水が突然 現れた。外から帰宅したのは分かるが、店の中を通るとはどういうことだろう。 椅子を降りたところだった純子は、彼が野球のユニフォーム姿だと視認した。 「やっぱり、涼原か。表の自転車、小学生のときから変わらねえのな、へへ」 帽子を取るとかすかにうなずき、満足そうに笑む清水。 そんな息子を叱りつける母。 「こら。こっちに入って来ちゃだめだって、何度言ったら分かるの!」 他にお客がいないとは言え、大した剣幕だ。清水はたじろぎつつも応戦する。 もしかすると、純子の手前、というのもあったかもしれない。 「俺ん家だからいいだろ」 「せめて、泥だらけのときは遠慮しなさいっ。小遣いまた値下げよ!」 ――つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE