長編 #4878の修正
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そしてつづけた。 「わしが追いはじめたのは、リヒテンシュタインブルクの事件が起きてからのこと でな。メイガスというのは好奇心旺盛な者が多いのだが、わし自身はおまえたちか ら見れば隠者のような生活をしていた。だから気づくのが遅れたのだ。ヴェリオに 危険を感じたほかの三人も似たような連中だったようでな。悔やまれるが、そうい った性向の者でしかあれの危険を見ぬくことはできなかったのだ、とも考えられる。 ともあれ、占術でもあれのいきさきをなかなか特定できずにいた。むろん、具体的 に何が起こっているのかも、いまのところわしにはわからん。ただ、ようやくここ で追いついた。あのヴェリオめにな。占盤も、間近にしたせいか強く反応している」 「なるほど。それがディーパス、エルヘン・シュトラッセ方面、というわけですか」 そのとおり、とヴィルデンハーンは深くうなずく。 「オベル人自体が、ここ数世紀で異常な超常能力を獲得した、という伝説をもって おるのだろう?」 「そのとおりです」 「そして人類と接触したのが三年前。だがそれ以前に接触を連中は予期していた。 そのためにヴェリオに、人類の使用する言語を教育までした。オベル人自体の研究 は進んでいないらしいが、ヴェリオにはPSY反応その他の物理的な超常能力反応 は発見されていないはずだ」 「おっしゃるとおりです、ヴィルデンハーン師」 「となれば、おなじ状況で超常能力を駆使しておる存在は、この神聖銀河帝国に住 む人間ならすぐにわかりそうなものだがな」 「ですが、メイガスはアウグレスを通さなければ生まれないもの、とだれでも考え ていますから」 「おおむね、それは正しい。それに、わしはヴェリオがメイガスの一種であるとは 一言もいってはおらぬわ」 「それは承知しておりますが……」 「呪装弾というのはな。わかりやすくいえば、精神に働きかける弾丸のことだ。P SY反応も、最近判明したエル・エマド圏内における聖職者の神秘体験も、そして むろんわしらの駆使する魔術も、ひろい意味で精神の内包する力の作用、という点 では同じといってよい。科学的手段で検知できるできぬは、科学が魔術や神秘学に 対するにそれだけ立ち遅れていることの証明にすぎぬということであろうが。物理 的手段で排することのできぬ相手には、その範疇をこえた次元で対応せねばならぬ のは道理であろう?」 「それはつまり」ハイムは、ごくりとのどを鳴らす。「呪装弾が実効を発揮すると は限らない、ということですか」 「あり得ることだな」しごくあっさりと、ヴィルデンハーンはうなずいた。そして、 つづける。「ようやく追いついたぞ」 「E―4―8ブロック、Y反応」 とオペレータが告げたのは、一拍遅れてからのことだった。 「すぐにR反応にかわる。わしの見立てにまちがいはないわ」 自信たっぷりにヴィルデンハーンがいった。 うらづけるように、担当オペレータが興奮した声音で告げる。 「反応がRに変わりました。“ウィーザルシャ”標的に接近中」 「機動警察に出動を要請!」 ハイムが叫ぶ。命令はすかさず実行に移された。 「どれくらいかかる?」 魔術師がきく。 「十分、見てください」 「ながいな」 「マルガに焦点をしぼっていましたから」 「エルヘン・シュトラッセではたしかに離れている。しかたがない、か」 いって、老人は白髭につつまれた口のなかでもごもごと何かをつぶやいた。 ふいにそのとき、ぱささっ、と羽ばたきの音が室内にひびきわたった。 きこえるはずのない種類の音に、ほぼ全員が眉根をよせてふりかえる。 老人の肩に、鳥が舞い降りる光景。 否――鳥ではない。 黒い巨大な翼。鉤爪のついた二本の肢。一見はたしかに鳥に酷似していたが―― その黒影には、首がなかった。 「使い魔――ですね?」 ごくりとつばをのみこみ、ハイムが一同を代表しておそるおそる問いかける。 じろりと一瞥をくれただけで老人はこたえず、「いけ」とつぶやく。 黒い翼をばさりとまがまがしくひろげて、“鳥”は飛びたった。すぐに低い天井 に到達し――吸いこまれるようにして、消える。 使い魔――魔術師の使う幻獣である。魔力の中継や補佐などに使用される、とい われているが、くわしいことは一般には知られておらず、不確定な噂がいき交って いるだけだ。その噂ではおおまかに、実体をもった現実の動物になんらかの魔術的 操作をほどこしたものを使い魔として使役しているのだ、という説と、使い魔自体 は幻であって実体はなく、ただ魔術師自身の精神が分離独立して移動するものであ るのだという説のふたつにわかれる。 いま眼前で見せられた光景からすると、後者の説が正しいように思えた。 が、とうぜんのごとく老魔術師は何ら解説をくわえぬまま、担当オペレータにぎ ろりと視線を向ける。 「くわしい状況を報告せんか」 「あ……失礼しました」狼狽しつつもオペレータはモニターに向き直る。「“ウィ ーザルシャ”は目標の上空五メートルを維持しながら追跡、監視を続行中です。場 所はエルヘン・シュトラッセ4−11ブロックから5−2ブロックにさしかかると ころです。南西方向に移動中」 「南西方向に何がある?」 「雑多ですね。目的地がどれ、と特定できるようなものはありません。パトゥム・ バザール、イルハベルク大学、エルヘン小学校、同中学校、ホテルが三、いえ、四 軒に、ランドール・プラザ――これはショッピング・ストリートのようなものです。 あとは市立競技場とインドアスタジアム――」 「それだ」老人の眼光が鋭さを増した。「スタジアムだ。何か催しものが行われて いるのか?」 「少々お待ちを。……わかりました。まもなくオーギュスト・ハウザーのコンサー トが開催される予定です」 「なるほど」 「それが、ヴェリオの目的地ですか?」 不思議そうにハイムはきいた。ちらりと一瞥をくれ、ヴィルデンハーンは「わか らん」と不機嫌そうにつぶやく。 「スタジアム、ときいてピンときただけだ。根拠はない。勘だ。魔術師の、な」 にやりと笑う。 それから、しばしなにごとか考えこんでいたが、ふいに一般コンソールについた オペレータに問いを発した。 「ヴェリオ関連と推定される七件の事件で、溶解消失の中心点に何があったのか、 資料があるかどうかさがせ」 了解しました、といつも以上にきびきびとした口調で、三人の一般オペレータが コンソールに向き直る。 結果はすぐにでた。メインモニターに一覧が表示される。 最初の悲劇の地、カハラードでは、開拓時代からの伝統である収穫祭が全市をあ げて開催されていた。リヒテンシュタインブルクの消失地の中心には恩寵公園。そ のほかに特定されているのが先史文明遺跡で、ここでは定期的に観光客向けのショ ーが開催されていることが付記されている。あとは、爆発が広域にわたるために中 心に何があるのかは特定できないが、そのうちの二カ所で音楽と演劇の公演が催さ れていることが判明している。 「ふむ、わしの意を正確にくみとっておるな。おまえの使うオペレータはなかなか 優秀だ」 にやりと笑いながら、老人はいった。ありがとうございます、と無表情に告げ、 ハイムはつづける。 「つまり、お祭り騒ぎのたぐいがヴェリオの目的地だ、ということですか?」 「というよりは、歓楽であろう。お祭り騒ぎでも、スポーツや格闘技などの荒々し いものは見あたらん。事実、ヴェリオはそういったものには激しい嫌悪感を示して いた、と記録にあったはずだ」 「おっしゃるとおりです。が、それと爆発溶解事件とどう関連が――」 いいかけたハイムの言葉をさえぎるように、“ウィーザルシャ”のオペレータが 悲鳴のような声をあげた。 「ヴェリオが走りだしました。“ウィーザルシャ”に気づいたようです」 視線は異様な感じがした。あわてて周囲を見まわしてみるが、けぶる雨の下、注 視を投げかけている者の姿はどこにも見あたらない。にもかかわらず、いくつもの、 いくつもの視線が自分を異常な興味をもって観察しているのを感じてやまないのだ。 ヴェリオは立ちどまらず、ただ鼓動をはやめながら歩きつづける。どこから、だ れが自分を見つめているのかわからない。胸がしめつけられる。 そのなかでも、とりわけ強烈で印象的な視線がひとつ。 圧倒的な圧力を内包している。胸がつらぬかれるようだった。 さらに足をはやめる。鼓動が一層激しさを増す。おだやかな故郷の光景を狂おし く想起する。故郷で静かに暮らしているときは、鼓動のはやまるような不安や恐怖 とは無縁でいられた。死は諦念とともにゆっくりと静かにおとずれるだけ。ほかに、 オベルたちを、そしてヴェリオをおびやかすものは何もなかったのだ。 人間世界には、それが無数にあった。人間。それはすべて人間につらなっていた。 危険がさし迫っている――何の根拠もなく、ヴェリオは漠然と感じた。とてつも なく邪悪なもの。ヴェリオに巨大な害意を抱くものの集団。追いつかれれば、ヴェ リオは硬く、重く、そして冷たい鎖にがんじがらめにからめとられて捕縛されたあ げく、失意と絶望と地獄の苦痛に苛まれるながい時間を経て死へと追いやられるだ ろう。 その前兆が、まとわりつく視線なのだ。 おそろしいほどのパニックがヴェリオの意識内部で稲妻のように荒れ狂い、いま しも破裂寸前のところでかろうじて踏みとどまる。必死に意識を拡散させる。 ――いる。 背後。頭上。 ふりかえり、水滴のふりそそぐ天に視線をあげる。 灰色の空に、異様なものが浮遊していた。 ずんぐりとまるい、子犬ほどの大きさの物体。 表面には不気味な突起が無数に生えでており、腫瘍のようにいくつもの瘤状のも のが盛り上がっている。 視線は、その背後からきていた。 物理的には、はるかに隔たった場所から送られる視線だ。何か、波のような性質 をもったものがその距離に介在している。 それはヴェリオにとってきわめて邪悪なものに感じられた。 恐怖にかられて、走りだす。 雨が、全身をつつみこむ。 ウィーザルシャ。 治安維持局に装備された、監視システムの呼称である。街路の要点に配置され、 場合によってはランダムに移動しながら街に脅威をもたらす異常の発生を監視する システム。基本的に各ブロックに一機ずつ配置され、通常は一点にとどまってゆっ くりと、規則正しく四周をながめわたすだけだが、必要に応じて浮遊システムを発 動し、移動を開始する。 異常の基準となるパターンを数百万単位で入力され、そのいくつかが複合すると Y反応を、街の治安維持に明白に脅威をもたらすと判断した場合はR反応を示す。 基本的な機能は、警察に配された“ファルファデ”と同じだ。“ファルファデ” は監視業務のほかに市民のターミナルとしても使用され、一種の移動交番のような 機能を果たすが、“ウィーザルシャ”にはそういったインターフェースは存在しな い。かわりに――“ファルファデ”にはない機能が付加されている。 武器だ。治安維持のために、さまざまな武器をオプションで装備できるようにな っている。今回は緊急事態のため通常装備であるレイ・ガンが搭載されているだけ だが、大型のブラスターやミサイルランチャーを換装することも可能だ。大規模な 対テロ活動を想定しての設計である。 もちろん、特定の人物の画像を入力してそれを探索させることも可能だった。今 回は、イルハベルクじゅうの“ウィーザルシャ”が総動員で探索にあたっている。 その“ウィーザルシャ”が送信してくる画像のなかで、少年は弱々しく四肢をも がかせるようにして走っていた。 解析画像が横顔を映しだす。ぶきみな無表情が、雨にぬれたその顔を鎧っていた。 「ほかの“ウィーザルシャ”も、この地区に集めますか?」 「いや……」 ハイムの問いに、ヴィルデンハーンはめずらしく口ごもった。それからいった。 「やめておけ。追跡中の“ウィーザルシャ”にももうすこし距離をとらせろ。どち らにしろ、人間の足ではあれを引き離すことはできんのだろう?」 「ええ」 こたえ、ハイムはオペレータにうなずく。 「椅子を用意してくれ」 かたわらに無言でひかえていたフロリアに、ヴィルデンハーンがいった。 管制室は、秘書がふだんいる場所ではない。フロリアはとまどったように四囲を ながめまわした。制してハイムは室内につめる係員のひとりに視線で合図を送る。 「標的がバザールに入ります」 オペレータが告げた。ひとけのない街区をぬけて、映像は雨にもかかわらず無数 のひとびとでにぎわう市場の光景を映しだした。少年はあいかわらず、よろめくよ うに走りつづける。 ロビーから調達してきたらしい、クッションのきいたチェストが運びこまれた。 礼もいわずにヴィルデンハーンは深々と背もたれに背中をあずけて腰をおろし、 目をとじてながいため息をつく。 そして、つぶやくように口にした。 「たどりついた。正念場だ」 同時に――モニターのなかに少年が、激烈ないきおいでふりかえる光景が映しだ された。 無表情な顔貌のなかで――その視線にだけは、ありありとした恐怖がうかがえる ような気が、ハイムにはした。 視線のさきには――首の欠落した、黒い鳥影。
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