長編 #4872の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ねえ、涼原さん。映画館じゃないんだから、どこも同じでしょうが? 確か、 プラネタリウムのホールのてっぺんは、どの席からも同じ高さにあるって習っ たわ」 「ううん。設備によって違うけれど、見やすい席っていうのはあるの」 「……詳しいあなたが言うなら、きっとそうなのね」 納得した風に頭を振った白沼。相羽の前という理由もあったのかもしれない。 ともかく、空気が弛緩する。ことに遠野は、ほ……とため息をついたほど。 「それじゃあ、早く行こうぜ。どうせなら六人かたまって見る方がいいだろ」 唐沢と大谷が先に歩き出した。天井から下がる案内板や壁に描かれた矢印を 頼りに、角を折れ、階段を昇って行く。 純子は急ぎ足になりつつも、壁に描かれた絵に目を奪われていた。科学館ら しく、生物の進化の過程を表す一種の絵巻物になっている。 アンモナイトや三葉虫、ウミサソリといったところから始まり、イクチオス テガ、エダフォザウルスを過ぎて、ジュラ紀に突入。始祖鳥の絵の前で思わず 立ち止まった。 (始祖鳥って学説として定まってないのに。小学校のときに観た恐竜展でもそ う説明してあったわ。カンブリア紀の生物もアノマロカリスやオパビニアなん かが抜けているし……。いくら古くからある科学館だからって、新発見にちゃ んと対応して描き換えてほしいな) 心の中で一くさり文句を言う。そんな純子を後ろから遠野の声が押した。 「あの、涼原さん。よほどいい物があるの……?」 「え? ううん、ちょっと思い出してただけ」 向き直り、頭を掻きながら前に進み始める。その思い出は、歩き出してから も続いた。 (始祖鳥と言えば、香村君と出逢ったときの恐竜展。最初の予告では、始祖鳥 がメインテーマだったのに、新種の恐竜――羽毛を持つ小型恐竜が発掘されて、 根本から変更が行われたのよね。まだ調査が済んでないからって解説は詳しく なかったけれど、やっぱり得した気分になったっけ。うふふ、香村君も覚えて るかしら。これだけ大きな変更なんだから、覚えてていいはずなんだけど) 純子の思考が、六月末の香村との約束の日のことに及ぶ。楽しさを今から想 像していると……。 「純子ちゃん? あんなに早く行きたいって言ってた割に、随分ゆっくりだね」 相羽の声に、いつの間にかうつむいていた顔を起こす純子。自分がにやけた 表情になっている気がして、手の平で肌をこすった。 相羽の瞬きの回数が増えた。 「それ、何のおまじない?」 「何でもない。壁の絵に見取れていたら、足がつい。あ、遠野さんにも追い越 されちゃったのね」 苦笑いを作ってごまかし、小走りで駆け出した。 相羽があとからのんびり着いてくる。 「そんなに急がなくても、もう目の前だよ」 本当だった。プラネタリウム前の待合いスペースは、すぐそこだ。同じ学校 の面々がちらほらと集まってきている。無論、同じ班の唐沢達の姿も。 「涼原さん、まだ開いてなかったわよっ、入口のドア」 棘のある口ぶりの白沼。早く来た意味がないと言いたいのだろう。 「そっか、準備中……。ごめん、白沼さん」 髪を揺らしてぺこりと頭を下げる純子。再び上半身を起こしたとき見えたの は、白沼の拍子抜けした表情。純子が小首を傾げていると、白沼は慌てた調子 でつっかえながら言った。 「あ、謝ってくれたら、それでいいのよ」 「――よかった。じゃあ、一緒に並んでくれる?」 「そうね、今さら引き返してる時間もないわ」 白沼は当然のように相羽の腕を掴まえた。面食らった様子の相羽を引っ張る ようにして、入口のドアの前に行く。純子や唐沢達は、すぐあとに着いた。 実際のところ、来るのが早すぎたということはなかった。程なくして薄い緑 にストライプ模様の入った制服を着た係員がやってきて、扉の前をとおせんぼ していたロープのフックを外した。 「どうぞ、中へお進みください」 観音開きの扉を全開してから、優しい口調で告げてきた。 「本日はお客様が大勢いらしてますので、なるべく奥からお座りください」 ホール内でのアナウンスが言っている。 純子達六人は周囲の流れにとりあえず乗って奥へ進んだ。 「お勧めポイントはどこ?」 白沼が首を巡らせながら聞いてきた。 純子はプラネタリウムの機械とホールの広さを見、さらに解説者の席が別の 部屋にあることを確かめた。 「これなら、座席の中ほどだったら、多分どの方角でもいいわ」 「……早く来た甲斐があまりないアドバイスね」 憎まれ口を叩きつつ、純子の言った通りの位置取りで、相羽と隣り合わせに 座る白沼。 「こういうときは交互に座るのが鉄則、だよね」 唐沢が純子や遠野へ微笑みかけた。いや、実際は話し声しか分からないのだ けれども、薄明かりの中でも白い歯が覗いたんじゃないかと感じられるほど、 容易に表情が想像できる口調なのだ。 席は最終的に白沼、相羽、遠野、唐沢、純子、大谷という並びになった。交 互に座ることを提案した唐沢は、ちゃっかり、女子に挟まれている。 「星に詳しいすっずはらさん、分からないところが出て来たら解説よろしく」 「あの、解説者の人の話をちゃんと聞いていれば、分からなくなりはしないと 思うけれど。それに始まったら、なるべくお喋りしないようにしなきゃ」 「耳元に囁いてくれていーよ」 唐沢が自身の耳たぶを指でちょんちょんと弾き、大谷が「俺も」と追随した その刹那、上映開始を告げるアナウンスが静かに響いた。即座に口をつぐむ。 (さ、久しぶりのプラネタリウム、楽しみ!) 楽しみにしていたにも関わらず、上映が終了した直後、純子は少し不機嫌だ った。内容が悪かったわけではない。 足早にホールを出てから、全身を突っ張らせるようにして文句を言う。 「ホラー映画じゃないんだから、しがみつかないでよ!」 矛先は唐沢と大谷。二人とも、怒られている意識に乏しいのか、黙ったまま 笑っている。純子は腰に両手を当て、じっと見据えた。 それでも照れ笑いを続ける二人に、横合いから相羽が二言三言、囁く。唐沢 がようやく弁解めいたことを始めた。 「涼原さん、そんな怒らないでくれよ。蛇女の顔が恐ろしくって、つい」 蛇女とはメドゥーサを意味している。 プラネタリウムのプログラムの定番として、星座にまつわる神話を語り聞か せるコーナーがある。この日はペルセウス座のエピソードで、勇者ペルセウス が退治した怪物メドゥーサの顔が天井の一角に大写しになったとき、唐沢は純 子の腕を抱えるようにしがみついてきたのだ。本気で恐がったのではなく、悪 ふざけなのはまず間違いない。 驚いて短く叫んでしまった純子が、声を上げるのを必死にこらえていると、 今度は事態を察知した大谷も唐沢の真似をした。 堪忍袋の緒が切れるとはこのことか、純子は両者の手の甲をつねってやった。 それだけでは収まらず、こうして今再び怒っている次第。 「本当に恐かったの?」 唐沢と大谷のちょうど間に立ち、詰め寄る純子。一旦はイエスの返事をしか けた唐沢だったが、純子の迫力ある様子に、慌てたように言い直す。 「いや、ちょっとふざけてた」 純子は一つうなずくと、周りで見ている遠野や白沼を気にしつつ、続けた。 「私だって、冗談が分からないわけじゃない。でも、楽しみにしてたプラネタ リウムをあんな風に邪魔されたら怒るんだから」 「……悪かった。ごめんな、涼原さん」 唐沢が頭を下げた。右隣の大谷も、慌てたように同じ行動を取り、口の中で ぼそぼそと「すみませんでした」と言った。 純子は小さくうなずき、笑みを取り戻すと、明るい調子で告げる。 「よし、これでおしまいよ。さあ、お土産屋さんに行きましょっ」 呆気に取られた様子の唐沢と大谷、それに白沼や遠野も置いて、純子は歩き 出した。反応が一番早かったのは、相羽だった。 「みんな、早く行こう! 買う時間がなくなるぜ」 科学館の土産物屋――記念品売り場とすべきかもしれない――は、一階の出 口手前に設けられていた。広いスペースがあるが、退出時間が迫りつつある中、 すでにたくさんの生徒が群がっている。 純子はウィンドウショッピングさながらに見て回る内、浮き浮きしてきて思 わず新曲をハミングしてしまった。すぐに気付き、慌てて口をつぐむと辺りを 見回す。幸い、誰にも聞きとがめられてはいなかったようだ。みんな、土産物 選びに夢中だ。 (いけない、唱わないように注意しなくちゃ) そう思いつつ、買ったばかりのぬいぐるみを胸元で抱きしめる純子。これは 自分のためのお土産。気に入った物を見つけて、ご機嫌になっていた。 (壁の絵は古いままみたいだけれど、お土産は新しいのがあるのね。よかった) アノマロカリスのぬいぐるみ。漫画のキャラクターみたいにディフォルメさ れており、なかなか愛らしい。大きさはティッシュペーパーの箱ぐらいあって、 結構な値が付いていたが、純子は大満足。 「ぬいぐるみ抱きしめて、幸せそうな顔してるわね」 声に面を上げると、前田と立島がいた。仲睦まじく、品定めに歩いていたと ころを、立ち止まっていた純子が邪魔してしまったらしい。 「や、やあね、別に幸せってわけじゃないってば」 「そんなクワガタとエビのあいのこみたいなぬいぐるみ、かわいいか?」 立島が物を指差しながら、不思議そうに尋ねた。 「かわいいだけで買ったんじゃないわ。アノマロカリスって、カンブリア紀の 生命の大発生において最も特徴的な――ん?」 自己弁護の意味もあって力説する純子を、後ろから肩を叩いて止めたのは町 田。 「はいはい、ストップ。ほんと、純は化石に目がないんだから」 「うー、何となく、呆れられてる気がする」 見れば、町田だけじゃなく、前田と立島のカップルも押し殺した声で笑って いる。 「呆れてるんじゃないけれど、化石マニアのモデルさんてのは、なかなかいな いような」 立島がからかうような物腰で言った。そこへ前田と町田が絶妙のタイミング で声を揃えて言い足す。 「星マニアだけならまだしも、ね」 「……ふーんだ。いいもん、アノマロカリスちゃんは私の味方だよね?」 開き直って、ぬいぐるみと向き合うように持ち変えると、芝居けたっぷりに 語りかける。アノマロカリスの頭部を左右の人差し指で押して、うなずかせた ところで――。 「味方なら、僕もなるよ」 相羽がいつの間にかひょっこり現れて、小さいながらはっきりと言った。や やたじろぐ純子を差し置き、立島が反応を見せる。 「そう言や、だいぶ趣味が被ってるよな、相羽?」 「ん、まあな。涼原さんから影響受けたのも多分にある」 と言いながら、相羽は自分の買い物を示した。星図表と恐竜のポストカード セットを購入していた。 「あ、そのカード、どこにあったの?」 相羽との距離を一気に縮め、勢いよく尋ねる純子だった。 カードを純子へ手渡してから答える相羽。 二人の様子を見て、前田が苦笑をこぼした。 「本当に趣味が合うことで。あなた達にとったらこの科学館、まるで楽園ね」 そんな声も耳に届かず、話し込む相羽と純子。 「あーっ、もう買っちゃったか?」 突然、後方で唐沢の大きな声がした。みんなで振り向くと、唐沢と大谷が純 子の持つぬいぐるみを指差している。 「え、え? 買ったらだめだった?」 戸惑いを覚える純子。ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。 唐沢は大谷と目を合わせると、鼻の頭を掻いた。再び純子へ向き直り、言う。 「さっきのお詫びに、おごろうって二人で相談してたんだ」 「おごる? お詫びって?」 「だから、プラネタリウムのときのこと」 「なぁんだ。そんなのいいって。気にしないで」 手を振って辞退する仕種のあと、相羽との会話に戻ろうとした純子。 だが、唐沢達は気が済んでなかった。 「遠慮しないでいいんだぜ」 「そうそう。あんまり高いのは困るけどさ――いてっ」 唐沢が大谷の頭をはたいた。 純子は吹き出してから、改めて断った。 「いいよ、もう。自分のお土産に使えばいいじゃない。予定あるでしょう?」 「もちろんあるさ。けど、俺としましては、涼原さんに嫌な思い出、残させた くないんだよな。せめてもの帳消しに」 こんな唐沢の熱心な口ぶりを目の当たりにした成果、前田が横から意見する。 「あんなに言ってるんだし、おごらせてあげたら?」 「でも……それじゃあさ、楽しい思い出作りに協力して。ね?」 一つ手を叩き、首を傾げてみせた純子。唐沢達は先を促すかのようにうなず いた。 「まず、お土産選び。時間がもったいないわ。こうしてる間にも、どんどん過 ぎちゃう。みんなで一緒に選ぼ」 弾んだ調子で言うと、純子は相羽へと向き直った。 「お待たせしました。最初はポストカードね」 「了解。案内します」 おどけた口調でやり取りしたあと、歩き出した。 ――つづく
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