長編 #4868の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「いいよー!」 とことこと歩幅を短くして慎重に降りる富井。井口の方は手すりをしっかり 持って、普通に降り立った。 「ほら。純」 「え、押さないで」 たたらを踏みそうになりつつ、相羽のいる先へ進む。 と、後ろを振り返ると、当然着いてくると思っていた町田の姿がない。 「あれ?」 視線をずらして、町田が唐沢と何やら言い合いをしているのが見えた。いつ もの調子で深刻な物ではないが、先ほどの続きだとしたら何となく間が抜けて いるような。 「純子ちゃん。前に立つ?」 「え? は、はい」 勢いで返事して、端に寄る相羽の横をすり抜け、前に出る。 後ろで、手すりを左右の手でしっかり掴む相羽。 その体勢になって初めて、状況を意識した。 (これって一応二人きり……) 一瞬、白沼の顔が脳裏に浮かぶ。告白するという言葉が嘘だと知って、あの ときの自分は間違いなくほっとした。そんな意識が、自覚が瞬時にして蘇った。 (郁江や久仁香、それに遠野さん達のことを思ったから? それとも私自身?) 「揺らすよ。準備OK?」 「うん」 上下の揺れが徐々に激しくなる中、純子は吹っ切った。 揺れに対応し、飛び出す水の勢いに強弱の差が出て、面白い。波紋が一定の 距離をおいて一列にできる。不揃いの串団子みたいだ。 「あんまり近くに落とさないでー!」 「え? 何で?」 「しぶきが凄いの!」 「あ、そっか。でも、ちょっとぐらいならいいでしょ」 「少しだけよ!」 そうする内に気付いた。 相羽が板を踏み揺らすリズム……聞き覚えがある、と言うよりも身に覚えが ある曲と同じなのだ。 (これって、『そして星に舞い降りる』だわ) 姿勢を崩さないよう、手すりをしっかりと握りしめながら、肩越しに振り返 ってみる。 相羽と目が合う。相手の表情に、特に変化した様子はない。 「相羽君……この揺らし方は、私に仕事のことを忘れさせないため?」 「あら。早くもばれたか」 途端に苦笑を浮かべた相羽。それでもリズムは外さない。 「でも、仕事を忘れさせないためじゃない」 「じゃ、何で?」 前へと向き直りながら尋ねる。返事はすぐに来た。 「好きな曲だから」 「……」 純子の鼻梁に赤みが差す。それを意識して、片手で顔半分を覆おうとした。 その刹那、身体が傾く。 「――きゃ」 重心が後ろにかかり、倒れ込みそうになる。間を置かずに、後ろから支えの 手が伸ばされた。同時に板の動きも収束に向かう。 完全に停止して、それからさらに五秒ほど後に、純子は小さく言った。 「あ、ありがと。ごめんね」 相羽が何か言ったが、その声はかき消された。 「何やってんの、純」 「純ちゃんたら、案外どじなんだからぁ」 ハプニングに気付いた友達から、うるさく言われてしまった。 純子は照れ隠しに笑みを作りながら、細心の注意を払って立ち上がった。 * * 夕食後すぐ、町田は各階にある待合いスペースにいた。 他にも同級生が何人かいる。だが彼ら彼女らと会話を交わすことなしに、ソ ファに身を沈めていた。隅にあるテレビの番組を見るともなしに見て、時間を 潰す。 やがて唐沢が現れた。すぐさま立ち上がる。 「遅かったわね」 「女の子達につかまってね」 しゃあしゃあと言った唐沢。あながち嘘でもないのだろうが、町田の癇に障 るフレーズには違いない。 「町田さん、話って何さ?」 「ここじゃだめ」 先行して階段の方を目指す町田。エレベーターがあるため、階段はひと気が 乏しい。上って踊り場に着くと、手すりを背に町田は唐沢を迎えた。 「ここでならいいわ。静かだし」 「ほんとなら純子ちゃんと二人きりのはずだったのにな」 後頭部に両手を回し、唐沢はさも悔しそうにこぼした。足取りもぶらぶらと 投げ遣りだ。 「それはあんたの勝手な思い込みでしょうが」 町田が切って捨てる。 唐沢は離れた位置に立ち、手すりにもたれかかると不服いっぱいにかぶりを 振った。町田を指差しながら言う。 「そっちが邪魔したからだぜ、あれは。で、用って何だよ」 「さっさと済ませたいから、単刀直入に行くわよ。あんたって、大勢と付き合 ってるけれど、誰が本命なの」 唐沢が虚を突かれた風に目を丸くしたのは一瞬だけ。 「おや。そんなことを気にするとは、めずらしめずらし」 不意にふざけ口調になった唐沢を、町田はにこりともせずに追及する。 「前にも同じこと聞いたわ。こんなにはっきりとした形じゃなかったけれどね。 あんた、はぐらかしてくれてさ」 「ふむ。今になってまた知りたくなったってか」 「そうよ」 大きくうなずく町田。 「何でだ? どうでもいいじゃん。芙美には関係ないだろ」 首をすくめる唐沢。今一つ噛み合わない展開。 町田は状況を打破しようと、強い調子で言い切った。 「いいや、ある。……友達のことだから」 「はあ? 分からん」 「とにかく、答える気あるの? ないの?」 詰問調で押し通す。その甲斐があったのか、唐沢は軽い口ぶりではあるが話 の流れに乗り始めた。 「さあて。どうやら当たりを付けられているみたいだ。頭の中にある名前、言 ってみ」 「純よ。純子が本命なんじゃない?」 横を向き、鋭い調子で聞いた町田。 唐沢は上の階と下の階を順に見渡し、それからさらに間を取ってから答えた。 「……ぴんぽーん」 その表情は、悪戯を見つかった幼稚園児みたいだった。 ふざけ半分の返答の仕方に頭を抱えると、唐沢の言葉が続けて聞こえた。 「言ってなかったっけ?」 「聞いてないわね。本命がいるにも関わらず、アプローチできなくて困ってる とは聞いたけれど」 「そんなこと喋ったか、俺。何たる不覚」 唐沢はますます芝居がかり、髪をかきむしった。 町田は呆れてため息混じりになるも、次に取りかかることにした。 「肝心なのはこっから先よ。純にしたの? アプローチって言うか、告白って 言うか」 「うむ。今日のあれを見てりゃ、分かりそうなもんだが」 「してないのね」 「ああ」 真顔になって、でも、ぶっきらぼうな返事の唐沢。直後に、ぼそりと「何で 芙美なんかに話してんだろうな」と付け足した。 再び視線を明後日の方向へやった町田。聞こえないふりして問いを重ねる。 「何でよ。本命大事なのは理解できるけれど、告白は無理としても、デートぐ らい、あんたなら簡単でしょうが」 「かわされるんだよ」 ぶすっとして、不機嫌な口調になる唐沢。その様がおかしくって、町田は思 わず吹き出した。 「そんなに笑えるか」 唐沢が顔を向けて聞いてきた。声の響きに怒ったような感じはない。自嘲的 な物腰だ。 これには町田も安心して、軽口で応じられる。 「まあね。プレイボーイのあんたが、苦もなく手玉に取られるなんて、そりゃ 笑えるわ」 「……だろうな。だけどな、俺の気持ち知っててかわすんなら、こっちとして もあきらめるなり別の方法考えるなりしようってもんだが……涼原さんは俺の 気持ちに全然気付いてくれてない。俺がいくら誘っても、その他大勢と一緒と 思ってる」 肩を落とし、唐沢は嘆息する。これは演技ではないだろう。 「これまでのつけが回ってきたわけね。遊びすぎた代償よ、いい気味」 「えらい言われよう。俺にそんなこと言う女子って、おまえぐらいのもんだぜ」 「わははっ、私はあんたの本質を見抜いてるからね。小さい頃に出逢ってたお かげかしら」 町田の切り返しに、唐沢は手すりから背を浮かすと、肩をすくめた。 「そんなもんかね。だけどさ、俺が本気にされないのはまだ分からなくもない わけよ、うん。でも――」 「へぇー、自覚あるんだ」 「うるさい、話の途中だ。――俺と同じ立場のやつ、いるだろ? あいつまで まるで相手にされてない様子なんは、どういうこっちゃと思うんだな」 唐沢はぼかした言い方をしたが、町田にはすぐ察しが付いた。口元に親指の 爪を当て、いくらか逡巡した後、その名を声に出す。 「それ、相羽君のこと?」 「ああ。涼原さんを好きなやつは他にもいるだろうけど、俺にとってあいつが 最大のライバル。で、はっきり言うとだな、涼原さんは相羽のことどう思って るんだ?」 「さあ……。分かってるのは、要するに、あの子はこの手の話に滅茶苦茶鈍い ってことだけ」 「何でだよ」 どこかしら怒ったような口調になる唐沢。 「色んなことに気の付く人だぜ、涼原さんて。頭だっていい。レンアイ関連に なるとどうして気付かない?」 「私が知るわけないでしょ。ただ、ひょっとしたら……あの子にとって、男子 に優しくされるのは特別なことじゃないのかもしれない」 言ってしまってから、何となく笑いをこらえる町田。 「私の想像よ、これ。純は物心着いてからずっと、みんなに優しくされてきた んじゃないかな。慣れてると言ったら変だけど。だから、男子からどんなに優 しくされてもそれが『好きだ』っていう信号とは受け取らない。ん、まあ、友 達の延長として大事にしてくれてると感じるだけでさ」 「それはまた……そうだとしたら、俺達は報われないな」 唐沢が大きなため息をついた。 「報われたいなら簡単よ。はっきり口に出すことよ」 町田がにやにやしながら提案すると、唐沢は「あほか」とつぶやき、首を振 った。 「それができりゃ、俺だって悩まねえよ。はっきり『好きだ』と伝えて、すっ ぱり断られたら目も当てられましぇん」 「やっぱり、あんたでもそうなんだ」 「ふん。そんで? 俺にこんな白状をさせるからには、芙美チャンは何かして くれるんですかねえ? 俺の気持ちを涼原さんに伝えてくれるとか」 「何で私が」 「わーってる。冗談だよ、じょーだん。ほんの冗談な」 くどいぐらい繰り返すと、唐沢は手を重ねて指をぽきぽき鳴らした。 「手伝ってくれなんて思わねえけど、邪魔すんなとは切に思うぞ」 「ああん? 邪魔って」 とぼける町田。 唐沢は足音をさせずに歩き出したかと思うと、町田の正面に立った。 「思い当たらねえってか? 今日のことにしたって、あれが邪魔でなけりゃ何 だって言うんだよ」 「そりゃあね、友達思いの芙美さんとしては、友達には少しでもよい男とくっ ついてほしいわけ。分かる?」 「――芙美。おまえって、ほんと慎みを知らんやつだね」 「この場合、裏表がないと言ってほしいわね」 人差し指を伸ばし、突き付けようとした刹那、上方から甲高い声が矢のよう に飛んで来た。 「きゃあー、こんなところにいた!」 「やあねえ、何二人きりで話し込んでるの、唐沢くぅん」 “唐沢親衛隊”の女子が四名、いや五名か。けたたましく階段を駆け下りて きた。彼女らは町田の存在を無視するかのように唐沢にまとわりつく。 「ああ、ごめんね。部屋に行く約束だったね。何して遊ぶ?」 ――つづく
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