長編 #4855の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「え、ええ。僕がお手伝いさせてもらうようになってからは、初めてでした」 「初めてノンフィクションに取りかかるのに、初めて手伝いを必要としなかっ た、か……。あ、いや、分かりました」 刑事はウェイトレスを呼び、ホットコーヒーを頼んだ。ウェイトレスが去る のを待って、再開する。 「集めた資料はどこにあるんですかね? 赤石さんの家をちょっとばかり調べ ましたが、作品に使用済みの物しか見つからない」 「さあ、知りませんよ。全然見せてくれませんでした」 茶本は早口になるのを意識した。嘘がばれやしないかと、刑事の様子を変に 窺ってしまう。 (自分が集めたノンフィクション用の資料、隠してんだよな。ひとまず封印し とこうって西川さんに言われて、従ったものの……黙ってて大丈夫かな) 下を向いて、メモを取る振りをした茶本。 飛井田は気に留めた様子もなく、親指で頭頂部辺りをごりごりかきながら、 ため息をまじえて答えた。 「そうですか。残念だな。まあいい。さあて、次は非常にしにくい質問をしな ければいけません。西川さんと赤石さんの仲はどうでしたかねえ?」 「どういうつもりの質問ですか。西川さんが赤石先生を?」 茶本は嘘がばれなかったことに一安心しつつ、新たに怪訝さを感じた。 「んー、そこまで言っちゃいない。ただ、あの人が赤石さんのノンフィクショ ンに乗り気でなかった節が見受けられる」 ちょうどコーヒーが来て、ウェイトレスが「ホットコーヒーのお客様」と言 ったのと重なる。 空になった食器を下げられ、代わりに置かれたコーヒーを、ブラックのまま 飲み始めた飛井田。 「で、茶本さんの見解を聞かせてくれませんか」 「二人の仲ですか……議論が起きることはあっても、それはよい作品のためで したから」 「これまでの経緯は結構。ノンフィクションについてどうだったかに絞って、 思い出してくださいよ」 「西川さんが乗り気でなかったのは、僕も感じてました。ただ、それが不仲に つながるとは考えにくいですよ。て言うか、考えられない」 「被害者に最も近かったあなたが仰るんじゃあ、しょうがない。うーん、出直 してきます。お邪魔しましたな」 刑事はホットコーヒーにミルクをたっぷり投じると一気に干した。間を置か ずに椅子をがたごと言わせて立ち上がる。捜査に忙しいのか、それとも単なる ポーズなのかは知らないが、実に慌ただしい有り様だ。 (早く犯人捕まえてくださいよ、刑事サン!) 飛井田の背中を目で追いながら、茶本は切に願った。 (事件解決の目途が付いてからじゃないと、僕の作品が出版しにくいじゃない ですか) 善城寺病院を尋ねた飛井田は、事前に取り付けた約束よりも十五分ほど待た され、院長に会うことができた。 「殺人事件の捜査でいらしたそうですが、私どもの方では何のことやらさっぱ りですね。司法解剖を受け持った記憶も、殺しに関わる負傷者の治療に当たっ た記憶も、最近はありません」 飛井田の前に姿を見せるなり、善城寺仁は一方的にこれだけ喋った。 相手が回転椅子に落ち着くのを待ち、飛井田は事情を伝えにかかる。 「善城寺さんの弟さん、西川良作さんの関係者が亡くなりまして」 「ああ……存じておりますよ。作家の何とかいう方が殺害されたと」 「赤石拳という方です。良作さんが担当されてましてね。その関係で、ここに 寄らせてもらいました」 「関係と言われましても、無関係としか思えませんね」 にべなく言うと、斜め右を見上げる善城寺。正方形の黒いアナログ時計が壁 に掛かっていた。早々と刑事との会話が疎ましくなったのか。 飛井田は相手に調子を合わせることにした。 「いやあ、全くその通り。私もそう思うんですが、上司の命令で。細かいこと を気にする質なんですかねえ。つながりがあるかもしれん、調べて来いと、う るさいんです」 「ふむ。どういう理屈で、つながりがあると仰るのかな、刑事さんの上司は」 「はい……。赤石さんは次の作品で、医療ミスや行き過ぎた実態をテーマにす るつもりだったらしいんですな」 「ほぉ」 鎌をかけた飛井田に対し、善城寺は面白くなさそうに相槌を打つだけだった。 彼の様子をじっと観察しながら、飛井田は早口で続けた。 「その資料集めに取りかかっていたんですが、どういう訳か、良作さんに相談 を持ちかけていない。良作さんに頼めば、医者の世界、病院の実状を容易に知 れたのに――とまあ、こういう次第で」 「なるほどね。分からなくはありませんが」 善城寺は口元を手で拭うと、煙草を手に取った。 「吸ってもよろしいか?」 「もちろんですとも」 承諾を得ると、飛井田の目の前で、善城寺は気持ちよさそうに吹かし始めた。 時間稼ぎしていると解釈できなくもない。飛井田は待った。 やがて、椅子を軋ませ足を組んだ善城寺は、ゆっくり話し出した。 「私には分かるな。赤石氏が弟に協力を求めなかった理由が」 「ぜひ、拝聴したいもんです」 「簡単ですよ。医療のミスや勇み足がテーマでしょう? 医者をやっている私 にそんなことを尋ねても、まともに教えてもらえるとは思えない。無理に聞き 出すにしても、気を悪くされてしまうと考えたんでしょう」 「ははあ」 「かと言って、遠回しに聞いて、あとで出来上がった作品が医療過誤を描いた 物だと知られては、なお悪い。要するに、赤石氏は人間ができていたんですよ」 自信たっぷりに言い切り、短くなった煙草の先端を灰皿に押し付けた善城寺。 「うーん、お言葉を返すようで恐縮ですが、医療過誤への警鐘として、医術の あるべき姿と言うか正しい道を示す役目を先生に頼む、なんてことがあっても よかったと思うんですがねえ」 「それは蛇足かつ手前味噌というものじゃないかな。編集者の身内にそういう ことをさせれば、かえって反感を招く」 「そういうもんですかね。結局、弟さんからの打診は全くなかったと」 「弟からも赤石氏からもなかった」 「善城寺さんは、弟さんと知り合いである作家の方達とは、面識はなかったん でしょうか」 「ありません。それが何か」 片眉を上げる善城寺。飛井田は急いで両手を振った。 「大した意味はありません。ひょっとしたら赤石さんが別のルート、つまり弟 さんを通さずに調べようとしたんじゃないかと。その可能性がないことを確か められました」 「ふん、結構ですな」 足を戻し、善城寺はネクタイの具合を直した。 飛井田は相手の仕種をほんの少し真似たあと、聞き込みを続けた。 「話は換わりますが、看護婦の備前早苗さんをご存知ですか」 「あん? もちろん。ここに勤めているばかりか、弟と付き合いのある子です からな」 「どんな女性です?」 「普通の看護婦ですよ。真面目で働き者で……恐い話が好きだ」 「恐い話が好き?」 口を半開きにする飛井田に、善城寺は初めて笑顔を見せた。 「私の偏見かもしれないが、看護婦は総じて怪談が好きのように思えるね」 「へえ。面白いことを聞きました。それじゃあ、備前さんも赤石さんの作品を 読んでいたかもしれませんね」 「さあね。そうだとしても、事件に関係ある?」 「刑事ってのは、つまらん可能性まで考えなきゃならん職業でして。備前さん が、担当編集者と恋仲なのをいいことに赤石さんに接近し、何らかのトラブル が起きたのではないか……」 「そういうことでしたら」 やれやれといった風情で肩をすくめつつ、善城寺は提案した。 「備前君に会って話を聞けばいいでしょう。しかし、弟から聞いておぼろげに 記憶してるんだが……彼女は事件の夜、弟と一緒だったんじゃなかったかな?」 「確かにその通りです。でも、死亡推定時刻にはかなり幅がありましてね。ア リバイ成立とはいかんのです」 刑事の断言に、善城寺は一拍遅れで表情を変えた。 「それは言い換えると、私の弟にもアリバイがない、ということかね」 「ああ、言われてみれば、そうなりますか。まあ、型通りの捜査ってやつでさ あ。どうかお気になさらず。貴重なお時間を割いていただき、感謝しとります」 含みのある物言いをして、飛井田は一方的に切り上げ、席を立った。対面当 初とちょうど逆だった。 備前が暇になるまで、飛井田は約二十分待たされた。喉が渇いたこともあっ て、紙コップのジュースを二杯、空けていた。 (仕事中に話を聞きに行った方が喜ぶのだろうか? さぼれるって) 待合いの長椅子にどっかと腰掛けたまま、妙なことを考えていた。 そこへ突然、きんきんした声で話し掛けられた。思わずしかめ面になって顔 を向けると、写真で見た備前早苗がそこにいた。何が嬉しいのか、手を叩いて 喜んでいる。 「あ、やっぱり当たりました? よかったあ。いかにも刑事さんて顔だわ」 どう反応していいのか分からないのでそれには返事せず、飛井田は隣に座る ように言った。 「時間の方はかまいませんかね」 「はい、それはもう。宜保(ぎぼ)婦長から許可もらいましたし、いくらでも」 何でも聞いてくれ、何でも話すからという気を全身から発散する備前。 飛井田は、この分ならストレートに尋ねても問題ないと判断した。 「作家の赤石拳、知っているだろう? この間死んだ」 「もちろん知っています。西川さんが担当してる大先生ですし、私もたまに読 んでいますから」 「会ったことは?」 「赤石拳と? ありませんよ、そんな。ある訳ないじゃないですか」 備前は頬を膨らませ、足をばたばたと踏み鳴らした。怒ったのか、怒った素 振りなのかはちょっと分からないが、きっと後者だろう。 「しかし、西川さんに頼めば」 「とんでもないです。あの人、仕事とプライベートはきっちり分けて。それは もうつまんないぐらいに、きっちり。私だって有名作家の人達に会いたい気持 ち、ちょっぴりあるけれど、西川さんがそういう方針だから従ってます」 「サイン会なんかでも、赤石さんと会ったことはないと?」 「はい。そんな暇ないですよ。ほんと、馬鹿みたいに忙しいんですから。時間 の縛りがきつくって。刑事さんが来てくれてほっとした。いい気分転換」 関係ない点までお喋りが広がっていく。飛井田は片手を挙げ、ブレーキを掛 けた。 「それじゃ、そうだな、西川さんから噂なんか聞かなかったかい? 赤石先生 に関する噂」 「噂と言うほど秘密めいた物はないわ。あれはね、そう、裏話。赤石先生がお 酒の席でどうだったかとか、食事の好みはこうだとか。その程度よ」 「そうかぁ。じゃあ、今度はこの病院のことを知りたいんだが」 「何ですか?」 「ここ最近、善城寺病院を辞めた人がいたら、教えてほしい」 「んー、私が知ってるのは、半年ぐらい前に一人、三ヶ月前に結婚退職が一人。 それから――」 備前の口から出た名前その他をメモに取る飛井田。 「こういうことが、何か役に立つんですか」 「分かりません。成り行き次第ですな。関係ないことを願っていますよ。あ、 無論、捜査の過程であなたから教えられたと言いやしないからご安心を」 手帳を閉じ、無造作に仕舞う。そして思い出したように付け足す。 「赤石さんの知り合いが、ここに入院したことはなかった?」 「はい、それなら一年ほど前にありました。一人だけですし、西川さんを通じ てでしたから、よく覚えてるんです。確か、団秀太郎(だんしゅうたろう)と いう方がスキーで足を骨折して」 「その団さんは、赤石さんとはどういう関係なんだろう?」 「ちょっとだけ待ってください……そう、建築事務所の方。赤石拳の自宅を建 てるのに関わって以来、懇意にされてたとか」 「なるほどね。では、これで……おっと、一つ聞き忘れがあったんだ」 腰を浮かしかけ、また座る。備前はまだ好奇心を失っていない様子。高い声 で応じた。 「何ですか?」 「いやあ、あなたには答えにくいかもしれないんだが、赤石さんが殺された夜、 西川さんと会ってた訳だよね」 「はい、それが」 飛井田は西川の申し立てた時刻に間違いないことを確かめた上で、重ねて尋 ねた。 「どんな感じでした? いえ、デートの内容を根掘り葉掘り聞こうと思っとる んじゃありません」 「嫌だわ、刑事さん」 「西川さんの様子、どうでしたかってことです。普段と何も変わらなかったで しょうかね」 「うーん、そう言われてもねえ。一緒にいるときは凄くどきどきしてるから、 なんて、冗談よ」 「その調子だと、変わりなかったんですか」 「ええ。でも、一つだけ、気になったことはありました。腕時計のバンドが」 ――続く
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