長編 #4851の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ああ……じきに来られるでしょう。西川さんの名前は、手帳のアドレス欄の 一番上にありましたしねぇ」 「はあ、そうでしたか」 これも意外だった。アドレス欄の最上位は家族か、スタッフの茶本だと思っ ていた。 「お付き合いは長いんで?」 「赤石先生がデビューしてからずっとです。十六年目ですか」 「ほう、長いですなあ! よほど気が合っていたと見えますね」 「ええ。先生はあんまり偉ぶらない人柄でしたし、まあ、口幅ったいですけど、 二人三脚で大きくなったようなものでした」 「そうでしたか。いやあ、そういう人に言うのは気が引けるんですが、実はで すね」 飛井田は手の平で顔を撫で回した。 さも重大事めいたもったいの付けように、西川は身を固くした。 「赤石拳て、聞いたことないんです」 「はあ?」 「私はこういう方面にとんと疎くて、知らない作家さんなんです。赤石拳…… 赤い試験、赤点をイメージしてしまうな。これって本名ですか?」 「本名です」 「ふむ、ペンネームっぽいのにな。まあどうでもいいか。売れっ子だったんで しょう? そういう赤石さんがどうして殺されたんでしょうかねえ」 「さあ……あの、刑事さん」 「飛井田で結構ですよ」 一瞬張り詰めかけた空気が、また緩む。西川は咳払いのあと言い直した。 「飛井田さん。赤石先生はどういう風にして、その、殺されたんでしょうか」 「え? あっ、まだ話していない?」 飛井田は左手で頭を抱え、右手を西川へ向けた。 「そうですよ、聞いてません」 「これは私としたことが。てっきり、もうお伝えしたものだとばかり。いえね、 普通は真っ先に聞いてくるもんですから」 「何が?」 次第にいらいらする心を押さえ込み、西川は言葉をつなげた。 「つまりですね――おおっと」 飛井田は出入りする鑑識課員をよけ、改めて答えにかかる。 「知人が殺されたと聞いた人は皆さん、だいたい似たような反応をするもんな んです。『え? 本当ですかっ。何故? いつ、どこで、どういう風に?』と ね。なのにあなたは駆けつけるや否や、他社の担当者の存在を気にされた。だ からとっくの昔に説明を受けたものかと思い込んでました」 刑事は上目遣いに見据えてきた。 これはどういう意味だろう?――西川は庭を見やるふりをし、相手から視線 を外した。返答内容を充分考えてからまた向き直る。 「あ、あれは、当然いると思っていた顔ぶれが見えないので、不安になったん です。正直に言えば……私だけが疑われてるんじゃないか、と」 「そいつはすみませんでしたね。そんなことはありませんから、ご安心くださ い。……ただ」 「ただ? ただって何です」 息を飲み、喉仏を動かした西川。急速に口中が乾く。 「いえ、大した問題じゃありません。ちょっと引っかかる程度で」 「何なんですか、はっきり言ってもらいたいですね」 強気に出る西川。対照的に飛井田はのんびりしたもの。額に右手を親指から 当て、にわとりのとさかみたいな形を作っている。 「西川さん、あなたが何も説明を聞いてないんだとしたら、どうしてここへ来 られたんです?」 「……へ? 赤石先生が亡くなったと聞いて、赤石さんの家に来た。これのど こがおかしいんですか」 「私は記憶力に自信のある方ではないですが、あなたへお電話差し上げたとき、 確か、言わなかったと思う。西川さんがさっさと電話切ってしまったせいもあ りますが。その、赤石さんが死んだのがどこなのか、という点をね」 血の気の引く音を聞いたかもしれない。 飛井田の目つきが気になる。こいつは私を疑っているのか。表情の変化を読 み取ろうとしているのか。 だが、まだ何の証拠もない。落ち着いて振る舞えば切り抜けられる。 西川は自分自身に言い聞かせると、無理をしてでも微笑を浮かべた。 「なんだ、そんなことを気にしてたんですか。そうか、私も迂闊でしたね。場 所も聞かずに飛び出したとは。しかし、赤石先生がご自宅で執筆なさることは 前から聞いていましたんでね。亡くなったと聞いてここに駆けつけるのは当然 じゃないでしょうか」 「なるほど。自宅で執筆するのが常だったんですか。それじゃあ、あなたがこ こへ飛んで来るのも道理です。失礼を言って、どうもすみません」 「かまいません。それが仕事でしょうから。それよりも、状況を教えてもらえ ますかね」 墓穴を掘りそうになるのは一度でたくさんだ。刑事の口から情報を聞いた形 をこしらえておけば、余計な振る舞いをしてしまうのを避けられるだろう。 そんな計算から西川はストレートに尋ねた。 「ええ……物盗りの犯行らしく見えますね」 「泥棒ですか」 ほくそ笑むのをこらえる。多分、表情が険しくなった風に見えただろう。 飛井田は西川とともに家の中に向かいながら、続けた。 「被害者は……失礼、赤石さんは玄関の鍵を開けていたんですな。他に痕跡が ないから、泥棒は玄関から侵入したようです」 「先生は戸締まりには無頓着な方でした」 屋根の下に入ると、飛井田は「もういいかい?」と中に向かって了解を求め た。馬面の初老男性が顔を出し、「結構ですよ、警部」の返事があった。 上がり込むと、飛井田は書斎を目指した。西川はあくまで飛井田のあとを着 いて行くにとどめる。 書斎は遺体や凶器が片付けられ、ライトも消されていた。捜査の証である白 いテープや番号札さえなかったら、主の帰りを待っていると錯覚させるだけの 空気が残っていた。 「赤石さんが亡くなったのはこちらです。こちらで録音中に後ろから襲われ、 殴られた」 「殴殺ってやつですか。素手? それとも凶器?」 「凶器です。トロフィー……じゃなかった、ブロンズ像で何度か殴ってました。 ああ、そうだ」 左の手の平を右拳で軽く叩く飛井田。西川は警戒心を強めた。 「西川さんは当然、この家に入ったことあるんですよねえ?」 「そりゃそうですが、それが一体?」 「凶器のブロンズ像が、どこにあった物なのか確かめていただけます?」 西川は黙ってうなずき、いくばくか考えた後、刑事に言った。 「どんなブロンズ像か知りませんが、賞状やトロフィーの類なら客間にありま す。そこを見れば一目瞭然でしょう」 「分かりました。お願いします。えっと、客間はどちらで……?」 先ほどとは逆に、西川が先導する形になった。客間に入ってすぐ左、ちょう ど胸の高さの棚に手が届く。そこがブロンズ像のあった空間だ。 「うむ。ほこりの痕跡がうっすらと残ってる。大きさも合いそうだ」 棚に残る四角い模様を満足げに眺めた。 「あとで照合することにします。いや、どうも。では書斎に戻りますか」 引き返してから、飛井田の話に耳を傾ける。ほぼ思惑通りに警察が事件を解 釈していると分かり、西川は安心して聞き流していた。 飛井田はテープを若干巻戻し、再生を始めた。 「これ、赤石さんの声に間違いないですか」 「……はい。間違いありません」 「そうですか。この声を聞いた侵入者は、警察へ通報されたものと勘違いして、 凶行に走ってしまったのかもしれません。――それにしても音声入力技術もか なり進んでますな。こうしてちゃんと文字になってる」 電源を入れっ放しのパソコンの画面を指差し、感心した口ぶりの飛井田。実 際にやってみようとしないのは、詳しい操作方法は知らないためだろうか。そ れとも現段階でこれ以上捜査資料をいじるのがためらわれるからか。仮に試し ても未登録の声はほとんど認識されないが。 「……おや」 つぶやきに振り向くと、飛井田が眉間に深いしわを作っていた。 あえて口を挟まず、続きの言葉を待つ西川。 「おかしいな。ここ、見てください」 と、またも画面を指差した刑事。指先が触れてしまったらしく、液晶画面の 文字がいくらかにじむ。それでも読むのに差し障りはない。「病人」とある。 「ここ、文脈から言っても『病院』だと思ったんで、注意して聞いてると」 飛井田はテープを短い間巻戻し、同じ箇所を聞く。 「ほらね、『病院』と言ってる。これ、どうしてなんでしょう?」 「ああ、それは機械の判別ミスですよ。能力の限界と言うか、たまに間違うん です。たとえば『移動電話』と入れるつもりが、『井戸出ぬわ』となったのを 見たことありますよ。だからこそ、赤石先生には茶本というスタッフの方がい て、推敲を任せているんです」 「あ、そうなんですか。なるほどー、そういうからくりなんだ。面白いもんで すな。機械のくせに聞き間違えるとは、何だか親しみが湧いてきますね。いや あ、勉強になります。私はてっきり、犯人が小細工をしたのかと早合点してて」 西川はおかしさのあまり鼻を鳴らした。 「刑事さん、あなたは物盗りの犯行だと言いましたよ」 「ええ、そうです」 「泥棒がパソコンをいじって細工するなんて、変じゃないですか。だいたい、 何の得にもならない」 「うーん、そりゃそうかもしれませんが」 まだ納得できない体で頭に手をやる刑事。うなり声を聞き流し、西川は今や 落ち着きを完全に取り戻していた。思い込みのきつい頑固な刑事だとしたら、 予想以上に楽に切り抜けられるだろう。 そこへ別の刑事がやって来た。 「お、古村(ふるむら)君。第一発見者からの話は聞き終わったか?」 「ええ、大まかなところは」 そう応じた古村は、西川へと振り返った。 「こちらは?」 飛井田の口から説明があり、そのあとで改めて自己紹介した西川。 「ちょうどいい。西川さん、伺いたいことがあります」 古村は真っ直ぐに尋ねてきた。 「亡くなった赤石さんは、昨日の午後九時から人と会う約束があったそうです。 どなたと会う予定だったのか、ご存知ありませんか」 「いいえ、残念ながら知りませんね」 肩を震わせて否定の返事をよこした西川。 「その話、誰が言ったんです?」 「第一発見者の方から聞きました。先ほど西川さんも名前を出された、茶本雄 二さんですよ。何でも赤石さんのお弟子さんだそうですなあ。ほぼ毎朝、モー ニングコールとご用聞きを兼ねて顔を出すとか」 古村は気安い調子で教えてくれた。 (やはり茶本が見つけてくれたか。彼とも会って、話を聞き出しておくのが賢 明かもしれない。それにしても赤石先生、名前を出さなかっただけで、人と会 う約束があることは口外してしまってたとは) 西川は思惑を巡らしつつ、刑事に註釈した。 「彼は弟子であり、スタッフでしたね」 「その、スタッフと言いますと?」 「赤石先生の執筆の手伝いをするんですよ。必要な資料を集めたり、清書をし たり」 「なるほど」 刑事がうなずくのを見届けたあと、西川は「茶本君と会いたいんですが……」 と切り出した。 「今後の仕事のことで色々と相談しなければ」 「ああ、そりゃそうでしょうな」 刑事二人に付き従い、外に出る。さらに案内された先は車の前。ぼさぼさ頭 の茶本がちょうど降り立ったところだった。若干青ざめた顔色が見て取れる。 格好こそ上下ジーンズのラフなスタイルだが、沈痛さはよく表れている。 (私もあの程度憔悴してみせるべきか。しかし、無理にできるものでもないか らな。突然の訃報に悲しむ暇もないということでいいだろう) 茶本の外貌を少々羨ましく感じる自分をおかしく思いながら、西川は声を掛 けた。 「茶本君。大変なことになったな」 「――あ、西川さん」 それだけ言って、互いに嘆息した。飛井田から了解を取って、やや離れた場 に移動する。 「信じられないですよ、赤石先生が殺されるなんてね……」 「私もだ。戸締まりなんかには無頓着だが、警戒心の強い人だった。それなの に泥棒に殺されるとは。茶本君は今朝、ここに来たのかい?」 「ええ。昨日の夜八時頃にお送りして、すぐお暇して……あれが生きてる先生 を見た最後になるとは。はあ、分かんないもんだなあ」 「今朝ここに来たのは、やはり仕事のため?」 「『神々のリベンジ』の最終チェック版をいただいて、僕が誤変換を見直すこ とになっていました。それが済んだらノンフィクションの続きに取りかかると 言ってましたが、僕は作品を丸ごと任してもらえそうな風向きだったので――」 「え、本当? どこの社が」 「言ってもいいんですかね。まあ、どうせ今度の事件で話自体がご破算になる 可能性大だし、いいか」 西川の問いに、茶本は一枚の名刺を取り出して答えた。名刺にはサカシマ出 版とある。 ――続く
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