長編 #4850の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
同時に、殴りつけたのとは全く別の、固い物同士がぶつかるような音があっ た。だが、今の西川にそれを気にする余裕はない。赤石の命がどうなるか、見 届けなければ。必要があれば、三度目、四度目の痛撃を加え、葬るのだ。 椅子とテーブルの間に、体躯を押し込める形で、窮屈そうに倒れた赤石。す ぐそばまで駆け寄った西川は赤石を観察し、ぴくりとも動かないことを見て取 った。殴りつけた頭部から血がにじみ、髪の一部をぬらぬらとてからせている。 (死んだ? まだ分からんな) 少しだけ考え、西川は両手を赤石の首に添えた。肉をひきちぎらんばかりに 渾身の力を込め、一気に絞める。 赤石は何の声も発さない。しかし、やはりまだ絶命していなかった。顔が紅 潮していく。西川はそれに気付いた刹那、手を離しそうになった。が、もはや 後戻りはできない。緩んだ手にまた力を入れ直すと、そのまま絞め続けた。 しびれを覚え、自分の両手を見やると白っぽくなっていた。いつの間にか瞑 っていた目を開けた途端、赤石の死に顔が視界に飛び込む。 「ひっ」 舌をだらんと垂らし、眼球をひん剥いたその有り様に、西川を手を離すや尻 餅をついてしまった。 口を覆い、吐き気をこらえると立ち直りを見せる西川。 「落ち着け」 声に出して自分の身に、心に言い聞かせる。それでも容易に収まらない恐怖 感。気力を維持しようと、西川は深呼吸を繰り返した。 三分近く余計な時間を取ってから、西川は後始末に動き始めた。準備してお いた革手袋をはめ、ハンカチを取り出すと、ブロンズ像に着いた指紋を拭う。 電灯のスイッチや椅子の肘掛け、棚等に着いた分はさほど神経質に拭わなくて もよい。西川は何度もこの家を訪問しているのだから。 ボトルをサイドボードに戻すと次に二人分の湯呑みとグラスを流し台に運び、 手袋を外してから静かに洗った。終われば無論、指紋を拭き取るのを忘れない。 急須は食卓の方に運び、片付けていないように装った。 見落としがないかの点検をするとともに、自分の衣服を見下ろす西川。ボタ ンがもぎ取られたり、布地を破いたりはしていない。が、ある異変に気付いた。 (時計が壊れた) 腕時計のガラス製のカバーにひびが入っている。針も九時三十四分辺りで止 まっていた。 思わず唾を飲み込む。不吉な予感を覚えたのかもしれない。しかし、このハ プニングが逆に西川を冷静にした。 (殴りつけたとき、そう、二度目に殴ったとき、勢い余ってテーブルの角に当 ててしまったらしい) そうしてガラス面を子細に観察する。幸いにも破片の欠落はないようだ。少 なくとも目に見える限りは。 ひとまず安心できた西川は、用心して破片がこぼれぬように腕時計を外すと、 ハンカチで包んだ。 (壊れた腕時計を持っていたら怪しまれる。修理するのもまずい。なくしたこ とにするか……いや、事件が露見したあと、関連性を疑われるかもしれない。 自分は赤石先生に一番近しい人間だから、それだけでも警察に話を聞かれるだ ろう。疑惑を招く要素は極力排除しなければ) 天啓が降りてきたのは、次の瞬間だった。 思い付きに従い、西川は遺体の横に跪くと、赤石の手首から腕時計を外した。 それを自らの左手首にはめる。次いで、テーブルの隅に置いた、ハンカチにく るんだ自分の時計を引き寄せ、そっと取り上げる。 ここで少し立ち止まって熟考する。と言っても、のんびりしている余裕はな い。脳細胞をフル回転させた。 (仕上げはあとだな。先に死体を動かす方がいい) 絨毯に血の飛沫がないことを確かめたあと、西川は赤石の肉体を背負った。 言うまでもなく、凶器のブロンズ像も片手に握る。客間の電気は消した。 勝手知ったる邸内を迷いなく進み、書斎に到着した。大した距離ではないが、 緊張からか、息が乱れる。 かまわず、計画通りに行動する。遺体を椅子に座らせてから明かりを灯した。 視界良好となり、細かい直しを遺体に施す。 (入口に背を向けて座っての口述筆記中に後ろから殴り殺された、と見せかけ るためには……多少、姿勢を崩すべきか。うん、二度殴ったんだ。一度目で立 ち上がって逃げようとした赤石先生を、犯人は追い打ち。じゃあ、椅子に座っ てたらおかしいじゃないか) 無駄をしでかしたことに舌打ちする西川。だがプラス思考に転じる。 椅子に座らせた遺体の背を押し、床に転がす。こうすれば真実味を与えられ よう。二度の試行錯誤を経て、納得の行く形で床上に遺体を横たえた。後頭部 からの血を床に垂らせられれば万全だが、それは無い物ねだりというものだ。 ブロンズ像はやや離れた位置に放り出した。 (犯人は泥棒。物色中に赤石先生の声を聞き、見つかったものと勘違いした。 そこで客間にあったブロンズ像を取り、声のする書斎に行く。先生はちょうど 一一〇番するシーンを口述筆記している。焦った泥棒は部屋に入り、ブロンズ 像で殴りつけた。その後、勘違いに気付いたがもう遅い。凶器を放り出すと財 布だけ奪って逃げ出した――これでいい) 計画を反芻した西川は、忘れない内にと腕時計の交換を行った。表面を拭っ て指紋を消しにかかるが、ガラスのひび割れが気になって強くはこすれなかっ た。だが、大丈夫だろう。少しぐらい自分の指紋が着いていても不思議じゃな い。それより大事なのは、赤石の指紋を着けておくことだ。 (――ついでに針をいじって、アリバイ作りだ) その作業を済ませると、西川はカセットテープのラックに手を伸ばした。 (『神々の嘲笑』の一作で、途中まで声を吹き込んで、お蔵入りさせたと言っ ていたのは……これだ) 最下段の右端に見付け、引っ張り出す。机の上にあるテープレコーダーにセ ットし、中身を聞いた。間違いない。 それから西川は机上のパソコンを起動させた。口述筆記と言っても赤石の場 合、テープに吹き込むのがメインではない。音声入力機能でワープロ文書を作 成し、あとでスタッフの茶本に誤字訂正等の推敲させている。テープレコーダ ーに同時録音するのは、茶本が文章内容の確認を必要としたときのためである。 (余計な物音は入れないでいいだろう) うめき声をいくらか偽装したくなるが、万が一にも赤石でなく西川の声だと 判別されては元も子もない。口述筆記の同時録音はパソコンと連動しており、 シフトキーを押しながらでないと記録できない仕組みになっている。故に、犯 人から逃がれようとする物音やうめき声が入っていなくても、不自然ではない。 カセットテープの内容に合わせて特定の文書を読み出し、いつもの執筆時の 状況を作り上げると、西川はうなずいた。机の上の物にはパソコン以外、一切 触れなかった。机から何かが落ちていた方がそれらしくあるかもしれないが、 どんな落とし穴があるか分からない。余計な細工はしないでおく。 (先生が集めた資料は……) 机の引き出しや棚のクリアケースを順番に見ていく。思惑通り、二番目の箱 に目的の資料を発見できた。ぱらぱらと指で弾いて中身を確認、間違いない。 (これさえなかったら、こんなことにならなかったのに) 今さら悔やんでも遅い。西川は必要な分を全て抜き取り、きつく丸めると内 ポケットに押し込んだ。 仕上げに、ノンフィクション作品のデータが入ったファイルを全て取り出し、 消去しておく。単に削除しただけでは復活可能である恐れが残るので、空の文 書を同名のファイルとして一旦保存した上で、削除するのだ。別ディスクにあ るバックアップ分も同様の手口で消し去った。 西川は書斎を出ると、他の部屋を適度に荒らし、玄関を開け放したまま逃走 した。奪った財布は札束を抜き取り、捨てた。 (車まで走って五分。ようし、うまく行く) 腕時計を見て確信を得た。最後の気力を振り絞り、駆け出した。 今朝からの二時間足らずで、西川の消しゴムは三分の一ほどがなくなってし まった。 (茶本が見つけてくれるものと計算していたのに……予定が変わったのか? まあ、発見が遅れてもアリバイ作りが無意味になるだけで事態が悪化する訳で はないが) 来るはずの知らせを待ち受けて、仕事が手に着かない。ファンレターやアン ケート類の仕分け・整理という比較的重要でない作業だからまだいいようなも のの、この調子が続くと精神衛生上よくない。あらぬことを口走らないよう、 変に無口になっているのが自分でもよく分かる。 ようようのことで下書きをまとめ、正式に入力を始めようとしたとき、電話 が鳴った。携帯ではなく、机に備え付けの方だ。ランプの点灯がないから、外 部から直接掛かってきたと分かる。 「はい、陽光堂・第一文芸の西川です」 「あー、西川良作さんでしょうか」 寝不足の蛙みたいなだみ声で問われた。口調は優しいのだが、声の質が神経 に障る。思わず送受器を遠ざけながら返事した。 「そうですが、あなたは」 「失礼をしました。警察の飛井田(ひいだ)と申します」 「あ」 ついに来た!という意識が先走り、対応に間ができたかもしれない。送話口 を手で覆いながら言葉をつなぐ。 「け、警察の方が何のご用でしょう。私、スピード違反でもしてましたっけ」 余計な付け足しだったかなと思いつつ、答を待つ西川。 「ああ、そうじゃありません。えっと、再度確認させてください。あなたは赤 石拳さんの担当をなさってる編集者の西川さんですね」 「その通りですが……赤石先生が何か」 「非常にお伝えしにくいんですが、赤石さんは亡くなられました」 お伝えしにくいと言う割に、単刀直入な口調だった。 西川は叫ぶべきかどうか考え、ぐっとこらえることにした。笑い声を立てて 応じる。 「冗談でしょう?」 「いえ、事実です。この電話は、赤石さんの手帳にあった番号に掛けさせても らってるんですがね。事情をお伺いしたいと。どうやら他殺の疑いが濃厚であ りまして、つきましてはこちらまでご足労願えたら助かるのですが。あ、もち ろんお時間がないようでしたら、後日、仕事場にお邪魔してもいいんですが、 そちらも職場に刑事が来るとなると、何と言いますか鬱陶しい――」 「わ、分かりました。これからすぐ向かいます」 慌てた態度を示そうと、別れの挨拶もせずに電話を切った。同僚の視線がい くらか集まっているのを感じつつ、スーツの上着を腕に抱え持ち、席を立つ。 部長の前まで行き、声を絞り出した。 「赤石先生が亡くなったそうです」 後方で数名のざわつく気配があった。 「あん? おいおい、まだくたばるような歳じゃないだろう、あの人は」 てんで信じない様子の部長に、西川は両手をデスクに突いた。 「本当のようです。先ほどの電話は飛井田という刑事からで、先生は殺された と言ってきました」 「ま……まじな話のようだな」 「これから赤石先生のお宅に向かいたいんですが、よろしいですか」 「ああ。緊急事態だ、やむを得ない。何か分かったら連絡入れろよ。時間でき たらもう一人よこすかもしれん」 西川は黙礼すると、“とるものもとりあえず”を体現した風に慌ただしく駆 けていった。 背後では部長のぼやきが始まっていた。 「何てこった、まったく。デマであってくれ。大穴が空いちまう……」 午前十一時半を過ぎる頃、鉄道とタクシーを使って赤石宅へ駆けつけると、 すでに大きな騒ぎになっていた。パトカーを始めとする警察関係の車輌の他、 近所の人々も集まってきている。報道陣の姿がないのが意外と言えば意外だっ た。 西川にとって、意外なことはもう一つあった。 (自分が一番乗りか? 他の社の連中がいない) 確かに西川が赤石との付き合いが最も長く、親しくもしている編集者である。 しかし、一人だけというのは奇妙な感じだ。 「中に入らないでください」 立入禁止のロープの前で頑張っている警官に抑揚のない調子で注意された。 「私は赤石先生の知り合いで、編集者の西川と言います。飛井田という刑事さ んから電話で連絡を受けて来たのですが、どうすれば……」 「ああ、そう」 無愛想な口ぶりが続く。むっときた西川の前で、警官は振り返って大声を張 り上げた。 「飛井田警部! 西川という方が見えてます!」 「ん? 分かったー、今行くー」 間髪入れずに返事があった。電話で聞いたときよりは耳障りでない。しかし、 だみ声であるには違いない。 じきに姿を現したのは、中背だががっしりした体躯の中年男。髪は乱れてお り、服装の方もよれよれの背広でお世辞にもファッショナブルとは言えない。 大きな鼻は、似顔絵を描くとしたら真っ先にデフォルメしたくなるだろう。 西川は値踏みするような目つきになって、口を開いた。 「飛井田刑事さんですか」 「はいはい」 足元に注意しながらのせいか、軽い返事である。西川は相手が正面に来るま で待った。近くに来られると、背は西川の方が少しだけ高いと分かった。 「どうも、わざわざお越しくださって。えーと、西川良作さんでしたか」 「そうです、陽光堂の。あの、他の社の方達は」 気になっていた点を尋ねる。もしかすると、自分だけ呼ばれたのか。だとし たら、それは何故? 飛井田は顎を撫でた。スローテンポな対応だ。 ――続く
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