長編 #4835の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子はうなずき、安堵した。と同時に、相羽の二の腕をずいっと押した。 「最初から言ってよ、もう!」 「おっと」 押された勢いで足元をふらつかせながらも、相羽は顎を使って冊子の山をし っかりキープする。 「あ、ごめんなさい」 「先に用事をすませよっか?」 「――今、開けるね」 鍵を握り直し、鍵穴へ差し込む。せめてものお詫びにと、扉を開けて相羽を 先に通した。 先生の机の片隅に冊子を二つの山として積んでから、純子は改めて聞いた。 「同学年じゃなく、小学生でもないとしたら、どうなるの? もっと年上?」 「さあ。僕らより年上なら普通はJを使うだろうから……」 手掛かりをなくした相羽は肩をすくめた。そして人差し指を上に向けて提案 してきた。 「とりあえず、同じ悪戯をされても引っかからないようにしとかない?」 「賛成。だけど、どうやって」 「合い言葉のような物を決めるんだ。もし仮に僕から純子ちゃんへ本当に手紙 を出したくなったら、その手紙の最後に合い言葉を書く。偽の手紙を出した奴 は合い言葉が分からないから、真似できない」 いいアイディアだと思った。 「どんな合い言葉にするのよ」 決めるのなら、二人きりの今この場がいいだろう。 「できれば覚えやすくて、手紙の最後に書いてあっても不自然じゃないのがい いかな。言葉じゃなく、印でもかまわない」 「私が決めていい?」 「もちろん」 自分を指差した純子に、相羽は微笑ましげにうなずいた。 純子もつられて笑みを一層広げる。 「追伸の形でね、昨日はオリオン座のリゲルがよく見えました、こんな風に書 くの」 「毎回オリオン座のリゲルにするの?」 「ううん。星座や星の話だったら何でもいいのよ」 純子の案に、上目遣いになって検討を加える様子の相羽。程なくして視線を 元に戻す。 苦笑を交えて、ぽつりと言った。 「手紙を出す度に、星の勉強しなきゃいけないな」 二人を取り巻く空気に笑い声が満ちた。 それが一段落し、職員室に鍵を返したあと生徒昇降口まで来たとき、相羽が 思い付いたように始める。 「純子ちゃん。教えてほしいことがあるんだ」 「ん? 何なに?」 改まった口調に対し、純子は興味津々。 相羽は手の平で顔を一撫ですると、深呼吸をした。そして思い切った風に。 「前に言ってた恐竜展に関係してて――」 * * 自分の部屋で確認を繰り返すこと三度。 相羽はばかみたいに幸せになった。にやけてはいないが、身体の内では弾ん だ心がタップダンスを始めそうなくらい、気持ちが高まっている。 母親から急に仕事が入って帰れなくなったと電話があっても、夕食がインス タントラーメンになっても、全然気にならない。 (やった! 時期も場所も合っている。正確な日にちまでは分からなかったけ れど、同じ恐竜展だったのは間違いなしっ。やっぱりあの子が純子ちゃん!) 椅子を倒さんばかりに立ち上がり、両手に拳を作っている。 頭の中では、もう次のこと――どうやって純子ちゃんに伝えよう?――を考 え始めていた。 だが。 (……待てよ。これだけじゃあ、僕と純子ちゃんが同じ恐竜展に行ったことが あるというだけで、あの子が純子ちゃんだっていう絶対的な根拠にはなってな いのかな) 推理小説好きの神経が、変なところで変な形として首をもたげてしまった。 (可能性を弄ぶのなら……香村と純子ちゃんの間で琥珀のやり取りがあって、 僕は別の女の子と全く同じように琥珀のやり取りをした、という場合もないと は言い切れない……よな) 唇を尖らせて息をゆっくりと吐き、渋面になる。目の前の窓ガラスに映って いた。 「どうすればいいんだよ」 そういう形に口を動かす。声にはしなかった。 (今からでも純子ちゃんにはっきり伝えようか? もし僕が想像してる通りだ ったら、思い出してくれるかも――思い出してくれたらいいな。 でも……香村のあとになったからなぁ。真実がどうあれ、あいつの方が印象 強くなってるとしたら、思い出してくれない可能性だってある。それに、純子 ちゃん、思い込み激しいところあるみたいだから、打ち明けたって信じてくれ なくて、『香村君の真似して、何のつもり?』なんて言われたりして) 自嘲気味に笑みをなし、相羽は再び椅子に落ち着いた。 告白しようという決心は、すでに、またも揺らいでいた。朝礼のとき倒れた 純子が香村とおぼしき名を口にしたのを聞いて、不安にかられたためだ。 (せめて、琥珀の一件をはっきりさせてから、だな……) そしてため息混じりにつぶやく。 「あーあ。僕も何かもらっておけばよかった」 * * 「久しぶりだね」 電話に出た純子は、相手の声を聞いた途端、どきりとした。 「元気してた、涼原さん? それとも、風谷美羽がいいかな」 「――香村君」 「あれれ、硬い。かちんこちんに硬い喋り方じゃんか。初めて会ったときに逆 戻りかい?」 「そんなことないわ。電話してくれるなんて思ってなかったから、驚いてしま っただけ」 「時間を作るのに苦労したんだぜ。君とゆっくり話せるように」 「そうなの?」 「だからもっと喜んでくれよん。じゃなきゃ、カムリン――」 「あはははっ!」 爆笑してしまった。後ろに気配を感じて振り返ると、母親が何ごと?という 顔を覗かせていた。首を振り、何でもない意志表示をしてから会話に戻る。 香村のむくれ口調が耳に届いた。 「そこまで笑うか」 「だって、だって……あはは」 まだ思い出し笑いが止まらず、言葉が途切れる。目尻に指を当てると、涙が 着いて来た。 「そんな変なおどけ方する香村君、初めてよ。テレビでも見たことない」 ようやくまともに答えられた。 「おかしい?」 「うん、おかしい。似合わない」 「まじで? 仕方ないなあ。イメージは大切にしなければ。じゃあ、バラエテ ィ進出はあきらめるとしよう」 大真面目に言ってから、香村もまた声を立てて笑った。 「バラエティ番組にも出るの? それはそれで見てみたい気が」 「自分は出てもいいかなと思ってるんだけどねえ、事務所がどうかな。みんな、 うるさく制約つけてくるしさ。――こんな話がしたいんじゃないんだけど」 向こうの電話口で唇を尖らせる香村の顔が容易に想像できた。純子はどうぞ と促し、話題を待つ。 香村は焦らすかのように時間をおいて、やおら喋り始めた。 「六月二十九日、まるまる休みが取れたから、会おうよ。前よりもっと遠くに 行きたいな。君はどこか行きたい場所ある?」 「ちょっと待って」 戸惑いを覚えた純子だが、香村のペースに巻き込まれまいと、懸命に冷静さ を取り戻す。 「まだ何も返事してないっ」 ここはきつく言わなくては。 しかし、香村にはくじけたところは微塵もなかった。 「前に会ったとき、最後に確か、また喜んで会うとか言ってたよ」 「言ったかもしれないけれど、都合を聞かないで決められると……困る」 「じゃあ聞こうっと。六月二十九日、暇?」 純子は目の前の壁に掛かるカレンダーを見た。と言っても、そこにはタレン トやモデルとしての活動予定までは書き込んでいない。即答はできない……と 思ったが。 (よく考えたら、期末試験一週間前じゃないの) 気付いて、その旨を告げる。 「テスト? そんなものあるんだ」 「当たり前でしょ。香村君の学校にはないの?」 「恐らくあるけれど」 この台詞だけで、続きを聞く気力が萎えた。 「全然気にしたことないな。適当にやってても、まあまあ大目に見てくれるか ら。いい成績取る必要ないしさ」 「……私はそれなりにいい成績取りたい」 両立できないぐらいなら、芸能活動の方を辞める。そう考えている。 でも、香村に対して自分の主義を押し付けるつもりはないし、この考えを披 露するだけでも嫌味になりそうな気がしたので、控える。 「優等生なんだなあ。僕とは大違い」 「そんなこと」 「ああ、でも会いたいなぁ。一度目のときのこと、覚えてる?」 「え、ええ」 「あのときは僕、時間をやりくりするのにだいぶ無理を重ねたんだけどね。楽 しかった? 君が楽しかったのなら、それでいいや」 純子は送受器を持つ手を変えて、次いで頭を抱えた。香村のあからさまな言 いようを聞いて、その意図を察した。むげに跳ね付けるなんて真似、純子には できない。会うこと自体には嫌な気はしないんだし。 「少しだけならいいよ」 純子の返事に、香村は「よし」と小さく叫んだ。もしかすると、電話しなが らガッツポーズしたのかもしれない。 再び圧倒されない内にと、純子は条件を出した。 「あのね! 一つお願いがあるんだけど」 「誰かのサインが欲しいとか?」 「違うってば。今度こそ、もっとじっくり話がしたいの。いいでしょう?」 「うーん」 稀なことに、香村が口ごもった。 ここぞとばかり、押しにかかる純子。 「じゃなきゃ、会うのやめるかも……」 「待った! 分かったよ。どうせ遠出は無理になったんだしな。いいよ。トー ク中心で行くとしますか」 香村の慌て気味の声に、純子はくすりと笑った。香村を困らせたのはこれが 初めてだろう。 「それじゃ、細かいことを決めないと」 * * 一日早い誕生日プレゼントというわけではないだろう。しかし、それは間違 いなく母からの大きな贈り物だった。 スタジオのある建物のロビーは、天井の高いホールになっていた。夕刻、母 とともに訪れた信一は固くなるのを自覚した。 鷲宇憲親と会うからではない。もう何度も会っている、平気だ。緊張する理 由は別のところにある。 「そういうことなら、もっと早くから言ってくれてよかったのに」 鷲宇の手は、信一の頭を撫でようとして、途中で肩に切り換えた。相羽の上 向きの視線に気付いたに違いない。 苦笑を暫時見せ、鷲宇は手を引っ込めると前にも増してにこやかになった。 「話は僕の方で通しておくから、信一君は設備の整ったところでちゃんと音を 録っておいてくれるかな」 「は」 矢継ぎ早に話す鷲宇に、信一はお礼の言葉を差し挟む間もなく、ただうなず いた。とんとん拍子に進み、戸惑っているせいもある。 ロビーの一角のシートに移り、続ける。 「まあ、話を通すと言っても、僕はニーナに伝えるだけ。音楽院の人にはニー ナから頼んで、あとは回答待ちということになる。それでかまわないかい?」 「充分です」 やっとまともに返事できた。瓶の向きを間違えて飲めなかったラムネを持ち 替え、ビー玉が邪魔にならなくなった感じだ。 「録音はテープがいいそうだよ。他の媒体だと簡単に、しかも分からぬよう改 竄できる余地が大きいからね。無用の懸念を抱かずにすむようにということさ。 その代わり、最高の録音環境を整えなきゃならないね」 「分かります」 ――つづく
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