長編 #4832の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
一人で喋っている。口は忙しなく動くが、手がお留守になりはしない。ベッ ドの毛布をちゃんと開けてくれていた。 「仰向けでいいですか」 「うん? ああ、好きなように。多分、熱にやられたか疲労だから」 先生が体温計やら洗面器やらを用意する間に、相羽は純子の身体をベッドに 乗せた。虫の鳴き声みたいな軋む音が短く聞こえた。手の甲に触れたシーツが 適度に暖かいと分かり、ほっとする。 「毛布は……」 「待て待て。正式に計ってから」 先生が体温計片手に駆け寄ってくるのを前に、退こうとする相羽。だが、で きなかった。純子の手がまだ制服の一部を掴んでいる。赤ん坊の手のように、 やわらかく握りしめる形。振りほどくのは容易いだろう。 「こらこら。いつまで引っ付いてるんだい。ラブシーンをやるなら、よそにし てちょうだい」 状況の分からぬ先生は空いている手で相羽の背中を景気よく叩いた。口調は 無論、冗談めいているが。 「ちょっとだけ待ってください、すみません」 そう断って相羽は上着を脱ぎ始めた。夏服に切り替わったばかりで、シャツ を脱げばもう下着だ。 保健の先生が面食らって目を丸くし、しかも白黒させる。 「――そのまま押さえ込む気じゃあるまいね?」 「涼原さんが服を掴んでるんですよ。無理矢理外すの、かわいそうかなって」 言葉を濁しながら、相羽はシャツを脱ぎ去った。同時にベッドから離れる。 先生は呆れた風に肩をすくめ、それからおもむろに純子の体温を測りにかか った。相羽の上着を邪魔くさそうに持ち上げ、 「見るんじゃないよ」 と部屋にただ一人の男子へ忠告してから、純子の胸元から電子体温計を滑り 込ませる。 相羽は丸椅子に腰掛け、床を見つめながら、これからどうしよう?と思った。 「先生、いていいですか」 「あん?」 保健医としての仕事に専心して、返事が短くなる先生。 相羽も短く答えた。 「様子、気になるから」 「朝礼は?」 「もうすぐ終わりですし、ほら、この格好じゃ戻れない」 「――ほんと、しっかり掴んじゃってるわ、この子」 相羽の服は今や、毛布代わりとなっていた。 「しかし、制服の予備ならここにある。着ればいいでしょうが」 先生の断固とした言い方に、相羽は口を閉ざした。 (まずい、それがあったか。でも、純子ちゃんのこと) どう切り抜けようか思考を巡らせている相羽へ、祝福の鐘の音が届く。運動 場の方が急に騒がしくなった。集団の足音が響く。朝礼が終わったのだ。 「もう終わりか。なら、いなさい。あとで担任やクラスメートに容態を伝える 役目に任ぜよう」 いささか芝居めいた調子になった先生は、腕時計で時間を確認した。水銀体 温計のときの癖なのかもしれない。 しばらくして高い電子音が鳴った。体温計を抜き取る。 「思った通り、平熱だわ」 「じゃあ、一体?」 安心するとともに、疑問も浮かぶ。 「呼吸も乱れてないし、苦しがってもいない。変ないびきをかいてるわけでも ない。となると」 体温計を仕舞い、歩いてその場で小さな輪を描く先生。 「さすがタレントってとこかな」 「は?」 意味不明の診断の言に、相羽は目で問い返した。先生は、にっと笑い、その 表情とは裏腹に淡泊な調子で言う。 「睡眠不足だね。心配ないよ」 「……よかった」 きょとんとしていた相羽の表情が、急速に和らいだ。それに呼応するかのご とく、先生まで満面の笑みになる。 「しばらくそっとさせてあげてください。お願いします」 「はいはい。次の授業が始まるまでだよ。それにしてもこの子、そんなに大活 躍してるのかねえ?」 「え、まあ。……先生もご存知なんですね」 「ん? ああ、コマーシャルとドラマに出たって、先生全員の間で話題になっ たからね。ドラマは見逃したけれども、コマーシャルは見たよ。――ふむ」 純子の寝顔を見下ろした保健の先生。 「こうして見てるとかわいらしいだけなのに、メイキャップって大したもんだ わ。まさしく、『一瞬にして、大人』だ」 口紅の広告の件を持ち出されると、相羽は顔の下半分を手で覆った。赤らむ 予感がしたのだ。脳裏に、撮影時の記憶が画像として鮮明に映し出される。 小さく頭を振って、余計なことを追い払う。 (――あのときも反対すべきだったかもしれない。こんな、疲れて寝てしまう までになるなんて。顔を知られるようにもなったし……。結果論だよな) 誰にも分からぬ程度の自嘲を浮かべる。 そのとき、相羽の目の前に白い布が垂らされた。学校指定のシャツだ。持っ ているのは当然、保健の先生。 「立派な身体つきなのは分かったから、これでも着ておくように」 「はぃ……僕の服、まだ握ったままですか」 問いながら、純子の眠るベッドへ自ら目を向ける。 気持ちよさそうな表情の純子が、相羽のシャツを両手で掴んでいた。その袖 の辺りが、今にも純子の唇に触れそうな位置にある。 相羽は口紅を着けた純子を思い起こしていた。 思い出の中の恥ずかしさと嬉しさとが相半ばして、一つの笑顔に結晶する。 表情を隠すつもりで、シャツを被った。 「集会が終わったのに、友達がだーれも来ないってのは変だねえ」 保健の先生がふとつぶやいた。 「ひょっとして、すぐホームルーム始まったんじゃない?」 「あ。かもしれませんね」 替えのシャツを着た相羽は、席から腰を浮かせた。 「涼原さん、起こさずにこのままお願いします」 「しょうがない。今回だけだよ」 「あとでシャツ取りに来ます」 言ってから保健室の戸口に向かおうとした相羽。 ちょうど、引き留めるかのように、純子の口から声が漏れ聞こえた。 「……ん……KAむらくN……またわすRE……」 * * 目覚めは田圃に踏み入れた足を引っこ抜く作業に似ている。抜いた足を再び 泥に突っ込むと、また眠ってしまうだろう。 幸い、純子の足はあぜ道に着地できた。 「……ん……相羽君? あれ? おはよう……ございます」 リクライニングシートを起こすときみたいにゆっくり起き上がった。何故だ か知らないけれど恥ずかしさを覚えて、身体を隠すように掛け布団を引き寄せ る。 四つの瞳が純子を見つめていた。 「お姫様のお目覚めだね。いいタイミングだ。彼と一緒に教室に戻りなさい」 保健の先生に言われて、ベッドを降りる。が、まだ頭の中には霧が立ちこめ ていた。 「あのう、どうしてここにいるんでしょう、私……」 先生は直接答えず、相羽の方をちらっと見やった。 「びっくりした。全校集会やってるときに、倒れたんだ」 「倒れ……」 自分の身体を見下ろす。怪我なんかはしてないようだが、所々に砂粒が付着 している。 「おかげで僕は服を脱ぐ羽目になった」 「はい? 何ですって?」 純子は瞬間的に身を縮こまらせ、相羽を見つめ返す。だが、詳しい説明はも らえなかった。 「いつまでもくっちゃべってないで、ほれ、教室に行きなさい」 保健の先生は、肝心な場面で出て行くように命じてきた。わざとなのか、表 情のそこかしこに笑みが窺える。 相羽は純子の前まで来ると、手をベッドへやった。しばらくごそごそしてい ると、掛け布団に丸め取られる形になっていたシャツが出て来た。 「どうして服が。それ、相羽君の?」 謎が一つ増えた。相羽は着ているシャツの一番上のボタンに指をかけた。 「うん。また着替えなくちゃな。先に行ってて」 「……外で待ってる」 説明を聞きたくて、待っていようと決めた。 保健室の扉を静かに閉め、壁に背を向けて立つ。そうして一分もすると扉が また開いた。 出て来た相羽は、片手にカッターシャツを抱えていた。 「洗濯して返すことになった。五分程度しか着てないのにね」 「どうして服を着替えてたの?」 歩きながら聞く。足のスピードはゆっくり。本当は急ぐべきだが。 「君がぎゅっと掴んでたから」 「私が? 何で」 「僕に聞かれても」 肩をすくめ、表情に苦笑を交える相羽。純子はこれ以上説明を求めるのをよ そうかと思った。いい予感はしない。 「集会の途中で純子ちゃん、いきなり倒れてきたんだよ。偶然、受け止めるこ とができたからよかった」 「あぁ……」 すりガラス越しに記憶のビジョンを覗いてる感じだ。おぼろげながら思い出 してきた。 「あのとき……穴か何かに吸い込まれる気分だった。ぽかぽかしてたでしょ。 もう眠くって」 「倒れる前に目が覚めるでしょ、ふつー」 「悪かったわね。ふつーじゃなかったのよ」 唇を尖らせようとするところへ、相羽から注意が与えられる。 「怒る回数が増えると、しわができるって言うよ。モデルとして頑張ってもら うためにも、いつも笑っててほしい――と、母さんが言ってた」 「はーい、分かりました。それで? まだ服の話とつながらないんだけど」 純子は舌の回転を若干早めた。三年生の教室は一階にある。保健室も一階。 故に、もうじき着いてしまう。 「純子ちゃんは寝てしまったって言ったけれど、どこかで身を守る意識が働い たんじゃないかな。手近にあった物をとっさに握りしめたんだから」 「……」 相羽に見つめ返され、察しのついた純子は口ごもるしかなかった。 教室に足を一歩踏み入れると、みんなから注目されて、「もう大丈夫なのか」 とか「何だったの?」と、矢継ぎ早に尋ねられた。 (うわぁ。寝てたなんて言いにくいよー) 口元をひきつらせ気味の純子。相羽をちらりと見やったが、委員長の彼はか すかな苦笑を残して席へすたすたと歩いて行ってしまった。 「涼原、大丈夫だったか。どうしたんだ」 牟田先生に問われて、純子は覚悟を決めた。 * * 教室に居残っていた相羽は、ドアが開いた瞬間、純子が来たものだと思った。 修学旅行関連でクラス委員の仕事があったのだから、それも当然。 しかし違う顔が覗いたので、相羽は鉛筆を取り落としてしまった。 「……白沼さん。忘れ物でもした?」 ドアを静かにぴたりと閉めた白沼は、問い掛けには反応を見せず、小走りで 相羽のいる机へと歩み寄った。学生鞄を持っている。 見上げる相羽に、微笑を添えてようやく答える。 「忘れ物じゃないわ。今日は私が代わりにやることになったから」 「代わりって?」 再び即答を避け、白沼は相羽の隣の席に腰掛けた。 この段階で相羽は想像が付いたものの、何も言わないでおく。鉛筆を持ち直 し、資料まとめに復帰する。 白沼は筆箱を取り出すと、シャープペンシルをつまみ上げた。 「涼原さんの代わり。忙しいものね、彼女」 「白沼さんに、涼原さんの方から代わってほしいと言ったの?」 「違うけれど。私が忙しいんだったら代わってあげるって言ったら、涼原さん がOKしたのよ」 「ふうん。何か言ってなかった?」 「――言ってたわ。相羽君に謝っておいてほしい、だって。思いやりがあるの ね、彼女」 答えてから白沼は肩をすくめ、ため息を小さくついた。 「白沼さんは時間、いいのかい? 僕一人でも何とかなるけれど」 「気にしてくれるのね。今日は何もないわ。日が暮れても平気よ」 白沼は机を動かし、相羽の机に隙間なく寄せた。 「そんなに時間掛からないよ」 「でも、もしも暗くなったら、送ってくれる?」 ――つづく
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