長編 #4804の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「詳しいことはあとで話すよ。長くなるんだ」 「やっぱり、何かあるのね」 「今はそれよりも……香村とどうだったのかを聞きたい。興味ある」 相羽の口ぶりにはどこかごまかすような響きがあった。 「話してもいいけれど」 手を後ろに組んだ純子は、相羽の正面に回った。線路のある側を背中にする 格好だ。相羽の方が五歩ほど下がる。 「危ないよ。足元、気を付けて」 「うん、大丈夫よ。――話してもいいけれど、相羽君が詮索するのって珍しい」 「そうかな。有名人好きだから」 「あ、嘘ばっかり。少なくともカムリンは嫌いでしょ。顔を合わせる度に、会 話が刺々しいわよ。私だってちゃんと聞いてるのよ」 純子に指差されて、相羽は片手で口元を覆った。いつものぼんやり目つきを 保てないのは、内心焦っている証拠に相違ない。 「そうだなあ……よく知らないのに好き嫌いを言いたくないけど、テレビ番組 を観たときと実際に会ってみたときの印象が変わらなかったから。正直言って、 嫌いなタイプかもしれない」 「そんなに嫌な人じゃないわよ。――あっ、来たわ」 プラットフォーム前に快速電車が滑り込んできた。夢中になって気付かなか ったが、放送も流れている。 「だから香村のことを知るために、君の話を聞こうかなって」 思い付いたような相羽の口ぶりに、純子はうなずいた。 「いいわ。でも、ほら。電車の中、結構混雑してる」 停止直前の車内には、つり革を持っている人影がたくさんあった。 「それが?」 「香村君の話をしてるのを、他の人に聞かれたらややこしくなるかもしれない でしょ。だからあとでね」 純子は言い置くと、身を翻してドアの脇に着いた。 「代わりに、あなたの話を先にして」 「……しょうがないか」 中に入って、空席がないのでドア近くに立つ二人。 発車後、車内アナウンスが終わるのを待って、相羽は始めた。 「間違いなく悪戯だろうから、聞くけれど」 「悪戯って?」 「この手紙を水曜日に受け取って……。受け取ったというか、学校の下駄箱に 入ってた」 相羽が取り出した封筒からは、かわいらしい便箋が覗いていた。手紙を渡さ れ、純子は先に文面に目を通した。 「びっくりしても大声出さないよーに」 相羽の事前通達がなかったら、純子は間違いなく叫んでいただろう。 「なっ。何よ、これ」 抑えた声ではあるが、気持ちは叫んでいる。出した覚えのない、いや、絶対 に出していない自分名義の手紙が薄気味悪く感じられた。 「やっぱり、君の手紙じゃないんだ?」 「決まってるでしょ、こんな」 意味ありげな手紙を書く理由がない。 純子は封筒ごと相羽に突き返した。 「よかった。うん、僕の観察力も満更じゃない」 対照的に、表情が明るくなる相羽。手紙を握りつぶそうとして、はっとした ように思い止まる。 「一応、証拠だから保管しておこうっと」 「何よー? さっぱり分かんない」 話が見えなくて、頬を膨らませた純子。今や安心し切った空気を全身に漂わ せる相羽は、微笑のあと説明を再開した。 曜日の食い違い、イニシャルJとZ等の一件は、なるほどと関心はするもの の、自分は書いていないという厳然たる事実を知る純子本人にとって、それ以 上の意味はない。逆に疑問が生じた。 「そこまで分かってたのなら、行かなければよかったのに。ううん、ちょっと 私に電話してくれるだけで済んでた」 「だって」 しばらく言い淀んだ相羽。視線を純子から外し、ドアのガラスに映るもう一 人の純子へ向けた。 「もしも本物だったらと思うとさ。絶交されたら嫌だもんな」 そして前髪をしきりになで上げる。腕が邪魔で、純子からは相手の表情がよ く見えなくなった。 「絶交なんかしないってば」 純子は笑み混じりに応じた。次いで、頬に右の人差し指を当てて小首を傾げ る。ストレートに垂らした髪が揺れ動く。 「まだ分からないんだけど」 「ん、何でしょう」 「私の家に電話して、手紙が偽物だと確認できたわけでしょう? そのあと、 どうしてこっちの駅までやって来たのよ」 相羽の目がまた落ち着かなくなった。唇を一度、ぐっと噛み込んで、思い切 った様子で返答する。 「遅くなると君のお母さんが心配すると思って、迎えに行ったんだ」 「変。何であんたがそこまで考えるのよ。気の回し過ぎよ。だいたい、偶然す ぐに会えたからよかったようなものよ。私がもっと遅くなってたらどうする気 だったの?」 「別に。待つよ」 さり気ない返事。 呆気に取られると同時に、純子の身体が傾いた。いや、程度の差こそあれ、 乗客みんなだ。一つ目の駅に着き、純子達のいる側とは反対のドアが開いた。 十数名が乗り降りする。結果的に乗客数は増えたようだ。二人も奥に詰め、純 子はドアを背にし、向き合う形で相羽が立つ。 電車が走り始め、周りがざわざわする中、口を開いたのは純子の方。 「待つって……そう言えば、いつから待っていたの、あそこで」 「さあ?」 手すりを握り直しながら、かすかに笑う相羽。 「腕時計はしないもので」 「駅に時計ぐらい掛かってたんじゃないの?」 「見てないよ。純子ちゃんを待ってたから」 「……もう。もしも私が帰ったあとだったら、置いてけぼりよ」 下を向き、ため息をついた純子。対して相羽は「あ、その可能性を忘れてい た」と、とぼけた調子で言う。 純子は相羽を見上げた。 「私のことなんかどうでもいいから。おばさまを大切にして。前に相羽君自身、 そう言ってなかったかしら」 「比べられないこと、言わないでほしい」 相羽が反応するのに重なって、ふぁんという警笛が聞こえた。ちょうど列車 同士がすれ違って騒音と震動が続く。 「えっ? 何て言った?」 「うん。聞こえなかったならいいよ。大切に想ってるから」 言い直してくれないのは少し不満だったけれども。 (大切にするって言ってるんだから、いいかな) そうして、純子も聞こえないようにつぶやいた。 「待つだなんて、ほんと、ばかみたい」 そこがいいところなのよね、分かってる。 街の最寄りの駅に降り立ったとき、駅前の時計は六時前を示していた。行き と同様、バスに乗るつもりだったが、自転車で来ていた相羽に純子は合わせる。 「家は大丈夫?」 公衆電話から離れた純子へ、相羽が尋ねてきた。 「うん。わけを話したから大丈夫」 「急ぐなら後ろに乗る手もあるけど」 自転車の後部を見やる相羽。純子は意外に思いつつ、首を水平方向に振る。 「二人乗りはだーめ、でしょ?」 「まあね」 前篭に人形を入れてもらい、しばらく行く。 頃合いを見計らい、純子は約束の話を切り出した。 「香村君ね、よく遊んでるみたいだったよ」 「へえ?」 相羽の反応は拍子抜けするぐらいあっさりしていた。 純子は相羽の押す自転車の、車輪が地面を踏みしめる音やペダルがたまに空 回りする音を耳にしながら続ける。 「色んなとこへ連れてってくれた。ゲームセンターやビリヤード場とか。その 人形ね、香村君が取ってくれた物なの」 「ふうん」 「ディスコやクラブは校則でだめだから、遠慮したんだけどね。ガラス越しに 上からみんなが踊ってるホールを見下ろせるとこがあって、楽しい雰囲気が伝 わってきた。そこで食べたソフトクリーム、おいしかったし。また行ってもい いかなって」 「あのさ」 相羽の口調が若干変化した。曇っていた刃物が光を取り戻したみたいに。 「香村とはどんな話をしたの?」 顔を向けてくるのを純子が見返していると、相羽は先の質問に補足した。 「ああいう芸能人て、どんなことを話題をするのか知りたくってさあ。噂話な んか聞けなかった?」 「芸能ネタって、好きなの?」 ストレートに聞き返した。相羽と今日出会ってから何度目かの意外さを感じ たためだ。 「特に好きというわけではなくて……ま、小説の参考に」 「はい? ああっ、また推理小説書いてくれるのね?」 「う、うん。芸能界を舞台にしたらどうかなって思い付いたんだ。まだ、本当 に思い付きの段階」 「そうなんだ? あ、恵ちゃんに読んでもらった分は? 私、まだだった」 不意に思い出し、手の平を上に向けて相羽に差し出す純子。無論、只今この 場で原稿をもらえるとは思っていない。 「今度、持って行くよ。それより」 「分かってる。香村君との話はね、うーん、実を言うと、気分はあんまり乗れ なかった」 「気分が乗らない?」 交差点に差し掛かり、一旦停止。ブレーキの音が相羽の声に被さった。 「そう」 安全を確認し、また進み出す。 「話の中身は面白いんだけど、私がしたいのと違ってしまったから。元々、今 日香村君と会ったのは、昔の思い出話をしたくて、なのよね」 「思い出話はたいてい昔のことだけど」 「もう、揚げ足取らないで。――その話が詳しくできなかったから、だいぶ物 足りない感じだったわ」 「思い出話って、どんなの? 香村とはついこの間、ドラマの共演で知り合っ たばかりなのに」 首を捻る相羽。ハンドルを掴む手に力が入ったように見えた。 (そっか、お母さんやお父さん以外には誰にも言ってないんだったわ。どうし よう……相羽君ならいいかな) 相羽を待たせた分、急いで答える純子。恥ずかしさをごまかすために、とび きりの笑顔を添えて。 「私がお守りにしてる琥珀のこと、覚えてる?」 「――もちろん」 相羽の遅れ気味の応答が気になったが、純子は言葉を重ねた。 「この琥珀は手にしたのは、小一の頃に行った恐竜と化石の展示会場なのよね。 そのとき偶然会っていたのよ、香村綸君と」 驚いた?と期待混じりに相羽の横顔を振り返る。 (……あれ?) 純子は戸惑ってしまった。相羽は確かに驚いていたが、度を越していた。目 を見開いて声をなくしている。 純子は気になりつつも、最後まで喋った。 「お土産コーナーで、最初に琥珀を見ていたのが香村君。手に取ってしげしげ と見つめていたわ。それを、ふふ、私ったらよっぽどほしそうな目をしていた のね。香村君が譲ってくれて――」 ――『そばにいるだけで 35』おわり
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