長編 #4800の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
宿題が半分近く、手着かずで残っていた。目で追っていた文字がぼやけ、上 の空になる。 この気持ちは何だろう、と思った。 ドラマの放送日が迫るにつれ、胸が締め付けられるように痛くなるのは、ま だ分かる。自分の演技が全国的にさらされることを考え、気が重くなってくる。 うん、いかにもありそう。 だが、今の純子が感じているのは、それとは全く別のようだ。 (私、香村君とどうしたいのかしら……自分でもちっとも理解できない) 鼻の下で挟もうとした鉛筆が、転がっていった。ほどなく、教科書の開いた ページにできた谷間で止まる。 (白馬に乗った琥珀の王子様、か。みんなが冷やかすものだから、私自身、そ の気になっていたのかもしれないよね) 鉛筆を拾い上げず、思考に没頭する。カーテンの外はすっかり暗くなってい た。窓を開けて見上げれば、星々がいくつも輝いているに違いない。 (現実にはそんなうまく行くはずない。香村君、ガールフレンドたくさんいる だろうし。だいたい、私って……香村君を好きなの?) 根本的な問い掛けに、純子は自ら言葉に窮した。顔の肌を両手でさすり、目 を閉じる。 (自分が香村綸のファンなのは認める。だけど、香村君のことをどう思ってい るかは……うーん。好きでいるような気もする。でも、これはファンとしての 気持ちに、琥珀の思い出がプラスされて、それで好きになった気がしてるだけ なのかもしれない) まだドラマは流れてないけれど、誰かに相談したい気持ちがどんどん強まっ ていた。 (お父さんもお母さんも、前に話してみて、当てにならないって分かったもん ねえ。あーあ、住所や名前を尋ねるのは無理としたって、写真ぐらい撮っとい てくれてもよかったのに。そうしたらこんな長い間……いけない、今は愚痴を こぼしていても始まらないわ。 あと話せるのは、相羽君だけなのよね。ううん、問題ありよ。やっぱり男の 子にはね、恥ずかしくて。 だから……琥珀の人が分かったとだけ言って、芙美達に聞いてもらうのはど うかな?) 名案に思えたのは一瞬だけ。明るくなった表情がすぐまた曇る。 (相手は誰?って聞かれたら、ごまかし通せる自信ないわ。みんな、他人事な のに凄い勢いで聞いてくるだろうから) ドラマが放映されるまで、我慢するしかないか――あきらめて、頭を宿題に 切り換えようとしたが今夜はそう簡単にはいかなかった。 (香村君と、もっと話がしたい) 頬杖をつき、天井と壁のつなぎ目辺りを見上げていると、ため息が出た。 (恐竜展での思い出、いっぱい話したいな。あれから今までどんなことがあっ たのかも聞きたいし、もちろん私の方にも伝えたい話はたくさんある。だから、 お願い。あと一度でいいの、香村君と会えますように) 頬杖を解くと両手をお祈りの形に組み合わせる。特に神様を信じてるわけで もないのに、このときばかりは自信が持てた。 (八年ぶりに巡り会えたんだもの。きっとまた会える) ようようのことで心に区切りをつけられた。 「夜分にすみません」 相羽の母に電話したのは、香村とまた会える可能性があるかどうか知りたか ったから。 結局、放映日が過ぎるまで我慢できなかった。放映が終わると、もうつなが りが切れてしまうような思いに駆られてならない。 「香村綸君? 試写会のあと、一度、事務所に電話がかかってきたわよ」 「し、仕事の話ですか?」 期待を込めて、若干前屈みになる純子。 「いいえ。仕事の話なら、すぐにあなたに連絡してるわ」 「あ……そうですよね」 送受器を持ったままうなだれる。期待はあえなく泡と消えたが、では何の電 話だったの?という疑問は――まだ浮かんでこない。 「実は知らせようかどうしようか迷っていたのだけれど……それがね、藤沢さ んからじゃなく、香村君本人から事務所に電話あったの」 「はあ」 相羽の母の話を聞いて、遅ればせながら疑問に感じた。 (本人が電話? どうして) 台詞にせずとも、答はすぐに届けられた。相羽の母の口調には含み笑いと優 しさとが混じっていたかもしれない。 「何て言ってきたと思う? あなたの自宅の電話番号を教えてほしい、だって」 「……ええと。その『あなた』というのは」 瞬きを小刻みに繰り返しながら、純子は確認しようとした。髪が目に入って きそうで煩わしい。 「そうよ。プライベートだから教えなかったけれど。知りたければ本人に会っ て聞き出してくださいってね。教えた方がよかったかな」 「え。――香村君はどうして電話番号を知りたがったんでしょう?」 返事に窮し、純子は逆に質問した。 「純子ちゃんと話がしたいみたいね。ドラマの出来についてとか、他にもたく さんお喋りしたいことがあるって言っていた」 「そう、ですか」 「こちらから連絡取ろうと思えば、できるわよ。いいって言ったのに、香村君 の携帯の番号なんだけど、教えてもらっているから。どうする? 必要?」 ストレートに尋ねられて、どぎまぎ。知りたいのは山々だが、つい返事が遅 れた。その間に質問を重ねられる。 「ねえ、純子ちゃん。ぶしつけな質問するけど、いい?」 「はい。何ですか」 「香村綸君のことをどう思ってる?」 「――あの、分かりません」 虚を突かれた思いの中、それでも、宙ぶらりんの心を明快な口調で表明した。 「会いたいいことは会いたいんですけれど、それっていうのはとにかくお話し してみたいなっていう気持ちが先にあって」 琥珀の件には触れないでおく。入り組んでて長くなりそうだし、話せば誤解 されないとも限らない。 相羽の母は軽く息をついた。 「そっか。香村君自身が電話で問い合わせてきたのは、多分ね、香村君が交際 を事務所に禁じられているからだと思うの。ここで言う交際って、本物の恋人 という意味の他に、恋人と思われるような付き合いもだめっていうのを含んで いるんじゃないかな。タレントとしてのイメージを壊さないように」 「分かります」 「だから間違っても、あなたからガイアプロへ電話して直接問い合わせないよ うにね。色々迷惑かけることになるわ」 言われて、ああ、そういう手があったわと気付いたものの、もう遅い。どの みち、電話してそれとなく聞き出すような芸当ができるはずもなかったが。 「あなたにそのつもりがあるのなら、電話番号を教えてあげる。純子ちゃんの ことだから何の心配もいらないと思うけれど……他の人に言ってはだめよ」 「はい、もちろんっ」 そして、教えてもらった電話番号を二度確認し、しっかりメモした。 「それからね、時間帯を選んでかけてほしいんだって。番組収録中やマネージ ャーと一緒に移動中だと、周りを気にして思うように喋れないから。本当に大 変ね、アイドルも」 「いつならいいんでしょうか?」 この問いには、具体的な日時が返って来た。それを再度尋ねてやはり書き取 る純子。 「どうもありがとうございました」 「あのね、純子ちゃん。あまり深入り……いえ、やめときましょう」 「はい?」 「そうだわ。お母さんかお父さんに換わってもらえる? 順序が逆になってし まったけれども、きちんとお伝えしておかないとね」 「はぁ。かまいません。しばらく待ってくださいね」 純子は送受器を耳元から離すと、母を呼んだ。 * * <今度の日曜日、会ってくれる? どうしても打ち明けたいことがあります。 ずっと前から何ヶ月も迷って、やっと決心できたの。だから、絶対に来て。 お願いよ。 本当はね、コンピューター授業のとき、これをメールしようと思ったの。 だけど、最後の勇気が出せなくて。 それでちゃんと書き直そうとしたら決心が鈍りそうな気がしたから、だから プリントアウトして、置き手紙することにしました。この方が決心したときの 思いを込められた気がする……。 来れるかどうかの返事は……こわいから聞きません。 学校で顔を合わせても、このことには触れないで。恥ずかしい。電話もメー ルもだめ。もしこの約束を守ってくれないなら、絶交よ。本当はこの手紙だっ て、読んだあと、燃やしてほしいぐらいなんだからね。 日曜日、たとえあなたが来てくれなくてもずっと待ってる。 場所は―― …… …… 涼原純子 > 相羽は三度、手紙に目を通すと、落ち着くために折り畳んだ。 今日の夕方、学校から帰る際に靴箱に入っているのを見つけた。 黄金比率の真っ白な封筒。留め口にはピンクのハートのシールが張ってあっ た。表には「相羽君へ」という柔らかな文字、裏面の右下隅には筆記体で小さ く「Z.S」と。 家に戻り、自分の部屋にこもってから、丁寧に開封してみたところ、うっす らと水色がかった便箋が出て来た。そこに横書きで文章が連ねてあった。 相羽の目は真っ先に、最後の一行に向けられた。 (純子ちゃんが? 手紙?) 舞い上がったのは一瞬だけ。 最初に感じた疑問は、読み終えた今も変わりがない。むしろ深まっただろう。 (毛筆体の印刷……学校のパソコンを使えばできる。でも、何故、手書きじゃ ないんだろ? 確かに理屈は通ってるかもしれないが) 純子の性格を思い浮かべる。 (こういうとき、手書きにする人だと思ってたのに。もちろん、純子ちゃんの こと全部分かったなんて考えちゃいないけどさ) 相羽は封筒の方を手に取った。表と裏にある数少ない文字に目を凝らす。差 し出したのが純子と分かって改めて見ると、アルファベットの方は判然としな いが、宛名書きは純子の筆跡と違う。 「これまで印刷か」 意外感に包まれる。手書きと信じていたが、注意してみるとそうでないのは 明白だった。 (万一にも他人に見られて、書いたのが純子ちゃんだと、筆跡から知られるの を嫌がった?) 文面にはなかった心理まで推測しようと試みる。 しかし、どことなくしっくり来ない。もどかしいのだ。文面は純子らしさが なくはないが、直に話せる相手に手紙を出すという形態そのものが純子に似つ かわしくない気がする。 (それだけ重要な話ってことなのかな) 一旦は納得しかけた。納得しようとした。 「……日付が合わないんだよなあ」 もう一つ疑問を口にする相羽。首だけ動かして、時間割表を見つめた。 今、パソコン授業は金曜日にある。そして今日は水曜。 (同じ文面をメールで送ろうとしてたなら、ここの『次の日曜』って、もう過 ぎてる。うーん、一週間延ばしたけれど文面は変更しなかっただけと言えばそ れまでだが――どことなく変。それに、『コンピューター』も気になる。たい ていは最後を伸ばさずに『コンピュータ』って書いてたように思う) 相羽は封筒を持ち直し、最大の疑問点を凝視した。それはイニシャル。 (Zね。確か純子ちゃんは、Zでなしに、Jを使っていたはず。ハンカチにあ った刺繍を見た記憶ではJだった。間違いない) これだけの根拠を見つけたから、相羽には自信が生まれた。この手紙は純子 からの物でなく、誰かの悪戯だと。 だが……感情は理屈を上回るときもある。 (もし万が一、純子ちゃんの手紙だったら) 心の中に百万分の一パーセントでもそんな予感が生じれば、もうだめだ。純 子に直接聞いて確かめる方法は採れなくなる。自分の推理を信じて、その結果、 好きな子から絶交されては泣くに泣けない。 (仕方ない。日曜日は……時間作れる。行ってみるしかない) 相羽は手紙を封筒の中へと戻し、一番上の引き出しに仕舞い込んだ。 * * ――つづく
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